トラック諸島をめぐる戦いはいつ始まるんですかねえ?
そもそも始まるんですかねえ・・・(疑いの目)
とにかく、今回もよろしくお願いします
「結局、もうお昼ね」
頭上の太陽を見上げる仕草をして、曙がぼやいた。現在太陽は、一日のうちで最も高い位置まで昇りつめ、キラキラと海面を照らしていた。時計を見れば、確かに正午を過ぎている。
いまだに食堂部が着任していないパラオ泊地の食事は、三食すべて自炊だ。これから帰るとして、損傷艦のドック入りや、補給作業の準備を勘案すると、昼食は随分遅くなりそうだった。
「腹、減ったな」
榊原も呟く。実際に戦闘を行っていない自分ですらこれなのだ。まして彼女たちは、どれ程であろうか。
「昼ごはん、ね」
何やら思案顔の曙は、今日の食事当番であった。大方、メニューでも考えているのだろう。
「パン、だな」
「まあ、そうね」
「魚もあった」
「そっちは夕食でしょ」
「ソテーか、煮込みか」
「・・・ねえ」
「どうした?」
「なんであたしたち、ご飯のメニューを考えてるの?」
もっともな質問であった。
「何でだろうな・・・」
人間、お腹が減ると、思考が偏るものなのである。主に、何かを食べる方向に。
クーっと、可愛らしい音がした。榊原の隣からだ。チラッとそちらを―――曙の方を見ると、
「・・・こっち見んな、クソ提督!」
お腹の辺りを押さえて、赤くなった顔を背けている。
彼女の腹の虫が鳴いた音だったらしい。
腹が減っては戦はできぬ。できるだけ早く、腹ごしらえをしたいものだ。
が、結局榊原の願いは、若干の延長を余儀なくされた。
きっかけは、陽炎からの通信だった。
『ねえ、司令』
昼食のメニューについてあれやこれやと考えていた榊原と曙は、不意を突かれる形となった。そのため、普段以上に堅い受け答えとなったのは、榊原も自覚していた。
「何があった?」
『いや、深海棲艦じゃないんだけど・・・』
そう前置いて、陽炎は続ける。
『ドロップじゃないかな、って』
「・・・ドロップ?」
聞いたことのない言葉を耳にして、榊原は首を傾げる。そんな彼の代わりに、曙が返答した。
「近い?」
『右舷。すぐそこよ』
「わかった。ちょっと待って」
陽炎に待つように指示すると、曙が榊原の方を向く。彼が何かを問いかける前に、その小さな口元が動いた。
「艦娘の邂逅には、二つの種類があることは知ってるわよね?」
「ああ。もちろんだ」
建造と、海域での邂逅。前者は、妖精と艦娘(大抵は秘書艦)の助けを借りて、資材を消費し、艦娘とBOBの基となる『船魂』を召喚する方法だ。これは泊地のドックで行える。後者は、その船魂と海域で邂逅する方法だ。こちらはランダムの要素が強く、出現の詳しい条件等もわかっていないが、主に深海棲艦との戦闘があった付近で邂逅することが多いと言われる。
「海域での邂逅を、あたしたちはドロップって呼んでる」
「つまり、近くに新しい艦娘がいる、ということか?」
「そうなるわね」
それだけ説明すると、曙はもう一度陽炎と通信を開く。それを待っていたのか、陽炎は詳しい話を始めた。
『場所わかったわ。三時の方向、距離一二(一千二百メートル)』
榊原はマイクを取り、その声に答えた。
「わかった。本艦と陽炎で邂逅に向かおう」
『りょーかいよ』
短いやり取りの後、通信を艦隊全体に向ける。
「全艦、先に泊地に帰投してくれ。俺が帰るまでは、摩耶に指揮を任せる」
『OK。で、やっとくことは?』
「ドック入りと補給。それが終わったら、昼食の準備」
『了解』
まあ、とは言っても残りのメンバーでまともに料理ができるのは霞だけである。今度、何か奢らなければ。
「面舵九〇。陽炎、続いて」
曙の号令に呼応して、すぐに艦首が右に振られる。“陽炎”も同じだ。排水量の軽い駆逐艦は、舵の反応も早い。
艦隊から分かれた二隻の駆逐艦は、新艦娘との邂逅が予想される海域へと向かう。一千二百を詰めるのに、原速の彼女たちなら数分とかからない。
「あれね」
前方を見据えていた曙が呟くのに合わせて、榊原も双眼鏡を覗き込む。
前方の海域が、淡く光り輝いていた。まるで、海の底から何者かが光を当てているような、そんな色彩だ。魚の群れかとも思ったが、光の色は白銀ではなく黄色、いやむしろ金に近いだろうか。たゆたう海面が光を拡散して、真昼なのに確かな存在感を放っていた。
「あの光が、そうなのか」
資料で見て、知ってはいた。それでも、実際に見るのとでは大違いだ。揺れ動き、波動を放つあの船魂は、まさしく生命そのものだ。息遣いまでもが、この“曙”に伝わってきそうだった。
それでも、この距離まで近づかなければ、視認するのは不可能だ。陽炎は、一体どうやって、あの光を見つけたのだろうか。
「陽炎、お願い」
『了解。接近します』
“陽炎”が“曙”を追い抜いて、光へと近づいていった。主機を止めたのか、その艦体はやがて惰性だけで動き始め、その動きも光り輝く海面の真上で完全に止まった。一方の“曙”は、そんな“陽炎”を見守るかのように舵を切り、彼女の周囲をある程度の距離を持って旋回し始める。
「なぜ、接近しない?」
双眼鏡から海域を眺めていた榊原は、疑問を呈する。できれば、邂逅の場に居合わせたいものだが。
「艦種によっては、出現時の衝撃が馬鹿にならないからよ」
「しかし、“陽炎”は大丈夫なのか?」
「邂逅者に選ばれたのは陽炎よ。問題ない」
また知らない単語が出てきた。最近の若者の言葉は解りにくいね、などと思う榊原も、実は若者であるはずなのだが。
「艦娘の邂逅は、その邂逅者を選ぶ。なんていうか、感覚的なことしか言えないんだけど、テレパシーみたいなもんね」
「テレパシー、か」
なるほど、つまりこういうことだろう。
新しい艦娘の居所がわかったのは、陽炎が“彼女”からテレパシーを受け取ったから。邂逅者というのは、そのテレパシーを受けた艦娘のことだろう。顕現―――邂逅した艦娘を、BOBと共に形作る行程は、その邂逅者でなければ担えないということか。
彼の推測を裏付けるように、陽炎から快活な声が聞こえてきた。
『船魂の回収に成功。顕現に入りまーす』
「了解」
見れば、海面から光は消え失せ、代わりに光の粒のようなものが、艤装を外して甲板に立つ陽炎の手に収まっている。特大の蛍のように明滅するその光が照らす陽炎の横顔に、榊原は一瞬言葉を失った。
神々しいまでの光。くっきりと濃くなった陰が、逆に光を際立たせ、白く透き通るような肌を輝かせていた。
―――綺麗だ。
海軍人も含めて、一部の人々が「神の遣わした者」と艦娘を呼ぶのもわかる気がする。
「そういえば、顕現っていうのは、どうするんだ?」
「眠れる船魂を起こすのよ」
曙は事も無げに言い切った。
「起こすって・・・王子様のキスでもするのか」
榊原としてはジョークのつもりだった。が、
「その通りよ」
「・・・えっ」
大真面目に肯定されてしまったので、間の抜けた声を上げる羽目になってしまった。
“陽炎”の甲板上では、いよいよ顕現が始まろうとしていた。自らの手の内に宿る淡い光の粒に、陽炎が形の良い唇を近づけ、そっと口づける。途端、それまでの波動が大きく変化し、眩いばかりの光の本流を、陽炎の手のひらから溢れさせた。生命の息吹を吹き返した光の粒を、陽炎は宙空へと放った。
「衝撃に備えて!」
余りの光景に息を呑んでいた榊原は、曙の呼びかけで我に返り、両足を踏ん張った。
陽炎の手を離れた光の粒は、ゆっくりと放物線を描いて、元のように海面に降り立とうとした。その勢いが、まるで重力に逆らうかのように衰え、海面に着く頃にはほとんどゼロとなる。
変化は唐突にして劇的だった。光の粒が海面に触れた途端、それまでの何十倍という光が溢れ、一瞬のうちに視界を真っ白に染めた。思わず目を細めた榊原を次に襲ったのは、横殴りの衝撃波。“曙”の艦橋が揺れ、あたかも小舟のように波を乗り越える。
光の渦の中で、激しい水飛沫が上がるのも見える。強烈な閃光に霞んだその内に、大きな物体が形作られているのが、辛うじてわかった。
始まりがそうであったように、終わりも突然やってきた。溢れていた光の本流は、ある時を境に収束を始め、その中心―――物体のある方へと向かっていく。それが完全に収まった時、“陽炎”の横には、もう一隻の艦がいた。
―――顕現は、成功か・・・?
双眼鏡を覗き込むと、その艦の細部がよくわかる。
艦形はどうみても駆逐艦だ。横に並ぶ“陽炎”とほぼ同じである。すなわち、一二・七サンチ連装砲が前部一基、後部二基。艦橋のすぐ後ろには一番煙突があり、それに続いて四連装魚雷発射管が二基、二番煙突を挟んで配置されている。
『顕現に成功。なんか、あたしの妹みたいね』
陽炎本人が言うのなら、そうなのだろう。
さて、と。
「ここからどうしたもんか・・・」
「まあ、基本的に艦娘が自分で機関を始動してくれることを祈るしかないのよね」
「・・・始動しないときは?」
「海賊に倣って、強制接舷」
何とも原始的なやり方である。
もっとも、その心配は必要なかったみたいだ。
顕現したBOBから、大きな機関の始動音が聞こえた。新たな艦に、新たな息吹が宿る音だ。駆逐艦とはいえ、その機関から発せられる鼓動は力強い。心を奮わせる、頼もしい音だ。
『陽炎、離脱しまーす』
「わかった。お疲れ様」
甲板に立って、感慨深げに艦を見つめていた陽炎が、タッと踵を返して艦橋へと登っていく。すぐに主機が回転を始め、“陽炎”が微速で動きだした。
「ほら、自己紹介して」
代わりにゆっくりと近づく“曙”。曙に促された通り、榊原はもう一度マイクのスイッチを入れて、“彼女”との通信を試みた。
「始めまして。こちらは、パラオ泊地提督の榊原広人少佐と、駆逐艦“曙”だ。貴艦の名前を教えてもらいたい」
しばらくの間があった。じりじりとした時間。通信回線は開かれたまま、“彼女”はまるで何かを見定めるように、ゆっくりとその口を開いた。
『夕雲型駆逐艦、“長波”様だぜ。よろしくな、提督!』
威勢のいい声だった。元気ハツラツな、少女の声だ。
フッと頬が緩むのを感じた。
「ああ。こちらこそ、よろしく」
ボーッ。“長波”の汽笛が、それはそれは嬉しそうに鳴り響いた。それに応えるように、今度は曙が汽笛を鳴らす。新たな仲間を歓迎する、暖かなやり取りに、榊原はついに破顔した。
「着いて来てくれ。長波を、パラオに案内しよう」
「改めて。よろしくな、提督」
軽やかに埠頭に降り立った少女―――長波は、キシシと笑ってその右手を差し出した。榊原も微笑み、その手を握り返す。
「こちらこそ、よろしく。そしてようこそ、パラオ泊地へ」
次の瞬間、榊原の後ろで控えていたパラオ泊地所属艦娘たちから、歓声が上がった。我先にと長波に駆け寄ると、少々手荒い歓迎をしていた。もみくちゃにされて、「わわっ!?」と驚いた声を上げながらも、長波の表情は晴れやかだった。
「よっしゃーっ!今日は長波の着任を祝って歓迎会だーっ!」
摩耶の号令に全員が「おーっ!」と腕を突き上げる。それから善は急げとばかりに、準備に取り掛かろうと食堂へ駆けて行った。
榊原は、それを苦笑して見送る。今晩は、これまでで一番の賑わいになりそうだ。もちろん、榊原も嬉しい。何と言っても、パラオ泊地に着任して初めての邂逅だ。それに、昔から賑やかなのは大好きだ。
―――俺も、準備を手伝わないとな。
料理要員は曙と霞、木曾、そして榊原しかいない。歓迎会用の料理を作るなら、人手は必要なはずだ。
しかし、榊原は大事なことを失念していた。
歓迎会の準備の前に、出撃によって後回しとなった書類の山を相手取ることを思い出したのは、榊原の秘書艦が半目で彼を連れ出しに来た時だった。長波が榊原に抱いた第一印象が「曙の尻に敷かれている」だったのも、無理からぬことというものである。
曙によって執務室に連行された榊原が、そこから出て来られるのは、歓迎会の準備も大詰めになった時であった。
長波様可愛い、超可愛い、萌え袖なのにあの感じがすっごい可愛い
何が言いたいかっていうと、長波様可愛い
さて、長波様が加わったパラオ泊地艦隊。一体どこへ向かうつもりなのか・・・
(キャラが強烈すぎて、隙あらば作ったプロットから抜け出そうとするのは内緒だ)