パラオの曙   作:瑞穂国

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また遅くなってしまいました

なんだろうね、明らかに時間がない


見エザル敵機

艦橋から右舷側に目を向け、同時に電探に映る影を意識しながら、摩耶は顔をしかめた。理由は明白、目の前に横たわるこの暗闇だ。

 

電探が捉えた敵編隊だが、残念ながら肉眼で見ることはできない。

 

訓練を受けた夜間見張り員でも、最大で距離二万メートルの敵艦を見つけることしかできない。三万メートル以上離れた航空機を目視しようというのが、到底無理な話なのだ。

 

第一、月と星の明かりだけでは、一千メートル先の敵機を見つけるのでさえ、一苦労である。

 

―――こりゃ、厳しいな。

 

益々顔が険しくなるのがわかった。艦隊の対空番長に相応しい装備と経験を持つ摩耶だが、それでも夜となると勝手が違う。敵機を直に見て対空戦闘をすることは望めない。頼みの綱と言えば、電探と見張り員ぐらいだ。

 

「敵編隊に動きはあるか?」

 

直立不動のまま、清水が尋ねる。口調はすでに、防空指揮を執る指揮官のそれだ。冷静な声に、深呼吸を一つ。

 

「特にない。多分、まだこっちに気づいてない」

 

「わかった。何か動きがあったら、すぐに報せてくれ」

 

「言われなくても」

 

灯火を落とした艦橋の中で、長身の影がはっきりと頷いた。機関の音に混じって、衣ずれの音がする。

 

清水が対空戦闘用意を通達したことで、艦隊はにわかに慌ただしくなり始めた。ただしその動きは、敵機に気配を悟られぬよう、極力抑えられている。

 

そうこうする間に、敵編隊との距離がわずかずつ縮まっていく。電探の影がはっきりし始めて、摩耶はその規模を推し量る。

 

「数、三十から四十」

 

何とも言い難い数だ。

 

「主砲を右舷に向けておけ」

 

「了解。弾種は三式弾から変えてない」

 

「わかった。俺の号令まで待機」

 

眼下の連装砲塔が、鈍い音と共にゆっくりと旋回していく。装填されているのは、昼間のうちから対空戦闘に備えておいた、三式弾だ。全八門の五五口径二〇・三サンチ砲が、右舷を指向して鈍色にきらめく。

 

「“大和”、“武蔵”、主砲旋回中」

 

後方に続いている二隻の巨大戦艦の様子を、見張り員が報せる。どうやら栗田もまた、二戦艦の主砲による三式弾射撃を狙っているようだ。

 

とはいえ、各艦ともに主砲の引き金を引くことはない。この暗闇だ、できれば穏便に済ませたい。見つからなければ、それで万事解決だ。

 

―――頼む、このまま見つからずに、通り過ぎてくれ。

 

対空戦闘の準備を怠らないながらも、摩耶はそう願っていた。

 

「距離、三〇〇(三万メートル)」

 

そんな摩耶の思いをよそに、敵編隊との距離はジリジリと詰まっていく。緩慢に過ぎていく時間が、嫌な汗を内から噴出させる。

 

息を潜める一挺艦各艦の機関音は、心なしか静まっていた。

 

「っ!!」

 

だが、来るべきものが来てしまった。

 

距離二万を切った頃、敵編隊の動きが明らかに変わった。それまで何かを探し求めるように、フラフラと飛行していた電探上の影が、急に統制のとれた動きを取る。予想される針路が北寄りに修正されていき、やがて真っ直ぐに、この一挺艦の方を向いた。

 

「気づかれた!敵編隊、針路を変えてこちらに接近中!」

 

「全艦対空戦闘始め!」

 

清水が言い終わるか終わらないかのうちに、摩耶は主砲の引き金を引いていた。暗闇の中、蒼を極限まで濃くしたような黒色に染まる海面に、オレンジ色の炎が現出して、反射する。艦の前進に伴う波が光を受けて、場に似つかわしくない、幻想的な輝きを見せる。

 

だが、それも一瞬のこと。炎の次に噴出してきた硝煙の黒い雲が、辺りに漂う。鼻をつく匂いが、艦橋まで届いた。

 

後方からも、遠雷に似た轟音が響く。

 

「“大和”、撃ち方始めた。続いて“武蔵”、撃ち方始めた」

 

同じように三式弾の射撃に備えていた二隻の巨大戦艦が、その九門の主砲を咆哮させた。生じる火球の大きさは、遠目に見ても、“摩耶”のそれより遥かに大きなものだとわかる。あれが紛れもなく、世界最強火砲の上げる砲炎だ。

 

二隻の“大和”型に続いていた“長門”、“陸奥”も発砲する。明日はいよいよ、敵戦艦との一大決戦だ。その前に、揚弾機に乗っている三式弾を撃ち切ってしまおうという魂胆なのだろう。

 

三式弾の有効射程ギリギリの射撃だ。到達までは時間がかかる。その間に、“摩耶”は再装填を終え、第二射を放った。

 

第一射が中空で炸裂する。漏斗状に広がる子弾の光が、本物の花火のように見える。夜空に花開いたそれらが、一斉に敵編隊に襲いかかる。

 

とはいえ、夜間の射撃と言うこともあり、有効な射撃とはいかなかったようだ。炎が上がった様子もなく、それ以上の戦果確認は不能だった。

 

その一瞬のうちに、見張り員が敵機の様子を報せる。

 

「敵編隊下降!多分雷撃機だ!」

 

「対空砲火を海面付近に集中!」

 

仰角を上げていた高角砲が、慌ただしく海面付近に砲口を向ける。

 

迫る敵機の腹に、黒々とした弾頭を主張する魚雷の姿が見えた気がした。

 

“摩耶”の主砲は、なおも咆哮する。一制艦の四戦艦も、第二射となる三式弾を放った。鏃型の帛式防空陣形、その中央付近で次々に砲炎が踊っていた。

 

三式弾の豪雨にもろに突っ込みながらも、敵機は怯むことなく、一挺艦へ突撃してくる。その編隊が三つに分かれていることは、見張り員から報告が上がっていた。“摩耶”は最も手近な敵編隊を狙っている。

 

―――あいつらの狙いは、間違いなく戦艦だ。

 

所謂漸減作戦というやつだ。明日の決戦前に、少しでもこちらに手傷を負わせておくつもりなのだろう。

 

だが、そうはさせない。対空番長の名にかけて、味方艦を必ずや守り抜く。それだけの力が、“摩耶”には与えられているのだから。

 

敵編隊が、高角砲の射程圏内に入る。次の瞬間、右舷側の長一〇サンチ砲が、褐色の炎を吐き出した。装填速度にものを言わせて、砲身が冷却される間もなく、次々に高角砲弾を撃ち上げる。

 

空中で炎が沸き起こった。高角砲弾に巻き込まれた敵機が、火を噴いた瞬間だった。

 

お互いに、手探りとなる夜間の戦闘。その難しさを、改めて痛感する。

 

残念ながら、日本海軍の高射装置は、電探と完全に連動するまで至っていない。そのデータを流用はできるが、直接的に対空戦闘に関与することはできない。あくまで参考値の一つだ。

 

じれったい、というのが本音だ。電探に映る影を、摩耶ははっきりと認識している。しかし、その敵機に対する射撃が、満足のいく成果を上げているのか、ここから確かめる術はない。

 

その時、海面付近に、まばゆい燐光が生じた。蛍光灯を何倍にも強くしたような白い光に、摩耶は目を細める。

 

照明弾だ。陣形右翼、おそらくは“曙”か“霞”が、撃ち上げたのだろう。マグネシウムの燃焼に由来する人口の太陽が、限定的ではあるが海面を明るく照らし出す。その中に、うごめく黒い影。

 

深海棲艦の航空機だ。だが、どうも艦載機とは様子が違う。特徴的な三角形の機体ではなく、どこか丸みを帯びた機体。そのフォルムには見覚えがある。

 

「陸上機か。夜間襲撃なんて手を使ってくるわけだ」

 

同じものを確認したらしい清水が、感情の抜け落ちた声で呟く。冷淡なその声が、今はかえって落ち着きを与えてくれた。

 

改めて、敵機を見遣る。照明弾の光に照らされる機体は、以前パラオ泊地を空襲した大型機によく似ていた。しかし、そのサイズはいくらか小ぶりだ。艦載機と大型機の、中間くらいの大きさである。

 

―――性格としては、陸攻に近い機体か。

 

陸攻―――陸上攻撃機は、旧帝国海軍が保有していた航空機で、その名の通り陸上基地での運用を前提とした機体だった。主なものは双発の中型機であり、乗員が多いこと、機体にある程度の余裕があることから、夜襲も含めた多角的な任務展開を可能としていた。

 

ただし、欠点もある。双発機である以上、単発機よりは大型にならざるを得ず、結果として運動性能は低下した。ようは機体が鈍重なのだ。

 

目の前の敵機も同じだ。照明弾が照らし出すまでは気づかなかったが、その動きはお世辞にもいいとは言えない。雷撃を狙っているのだろうが、その高度も中途半端で、どうもおっかなびっくりやっている節がある。

 

照明弾の下で、高角砲弾が炸裂した。光の中に機体が浮かび上がることで、格好の標的となっているのだ。視認することはできないが、無数の弾片が飛び散って、敵機に襲いかかる。

 

白に混じって、オレンジの光が海面に反射した。敵機の一機が、高角砲弾に絡め取られ、炎を吐き出している。フラフラと不安定に飛び続けていた敵機だったが、やがて力尽きたのか、海面に衝突する。真っ黒な海に吸い込まれた敵機の姿は、すぐに確認できなくなってしまった。

 

ほぼ同時に、陣形右翼で新たな閃光が生じた。“曙”と“霞”が、機銃による対空射撃を始めたのだ。暗闇の中を、青白い曳光が鋭く切り裂いていく。

 

「全機銃、撃ち方用意!」

 

“摩耶”の機銃も、まもなく敵機を有効射程に捉える。パラオ泊地工廠部謹製の二五ミリ機銃が、今こそその真価を発揮する時だ。

 

パラオ泊地所属各艦から、濃密な弾幕が形成される。曳光弾の引いている尾が、猛吹雪となって敵機を押し包んだ。

 

そうそう簡単に落ちたりはしないが、これだけの機銃をもろに受けて無事でいられる道理もない。機銃弾をまともに浴びて、ズタズタになった敵機が数機、真っ黒い魔物となった海に飲み込まれる。

 

それ以外の機体は、弾雨を逃れるべく、機体を滑らせている。照明弾の明かりだけでは、その動きに追随するだけでもやっとだ。

 

―――けど、なんとか・・・なりそうだ。

 

少なくとも、投雷コースを大きく逸らせることはできている。あんなに不安定な飛行をしていては、統制のとれた雷撃を仕掛けることは難しい。

 

乗り切れる。摩耶がそう確信しかけた、その時だった。

 

空中で新たな炎が上がる。丁度敵編隊が飛行しているあたりだ。すわ、敵機を撃墜したか。しかしどうも、様子がおかしい。

 

オレンジ色をした光は、敵編隊の各所で、ほとんど同時に生じていたのだから。

 

―――一体、なんだ・・・?

 

得体の知れないことが起こっていることだけを理解して、摩耶は目を凝らすしかできなかった。その目が驚愕に見開かれる。

 

人魂のようにも見えるオレンジ色の光が、信じられない速度で、こちらに迫って来たのだ。

 

「なんだあれは!?」

 

摩耶が素っ頓狂な声を上げるのとほぼ同時に、清水が艦隊内通信に設定されている通信機のマイクに向けて叫んだ。

 

「衝撃に備えろ!」

 

その短い指示を飛ばした後、こちらを振り返る。

 

「噴進弾だ!」

 

「噴進弾!?」

 

それ以上の答えを求める前に、“摩耶”正面の海面が沸騰した。目と鼻の先に生み出された海水の柱に、艦首が思いっきり突っ込む。

 

第二弾は右舷海面に弾着。飛び散った海水が、甲板にバラバラと降り注ぐ。加熱した高角砲の砲身が、ジュッと音を立てた。

 

噴進弾―――ロケット推進を利用した爆弾のことは、話に聞いていた。現代海戦の主力が、航空機からそちらに移っていることも。

 

それを、深海棲艦も使用してきたのだ。

 

もちろん、現代の所謂ミサイルとは比べ物にならない。精度は御覧の通りだ。それでも、深海棲艦が新たな槍を手にしたことに変わりはない。

 

「“長門”被弾!」

 

後方の戦艦に、噴進弾一発が吸い込まれる。触発信管なのだろう、盛大に炎が噴き上がり、爆砕された備品の破片が飛び散る。

 

深海棲艦の狙いはこれだったのだ。中途半端な高度で飛行していたのは、魚雷を使うわけではなかったから。おそらく、今回使用された噴進弾は、あくまで滑空爆弾の延長線上にある代物なのだろう。

 

また一発、噴進弾が炸裂する。今度は“武蔵”だ。スマートな艦橋が、炎で赤々と染め上げられる。

 

「くそっ」

 

飛翔してくる噴進弾に機銃を向けるが、並大抵の航空機より遥かに速いそれを捉えるには至らない。

 

第五弾。今まで味わったことのない種類の衝撃が、艦の後方から襲ってきた。




アーケードのイベントが始まりましたね

ブラウザの方も、そろそろ春イベですか。今回はどんな凶悪海域が・・・
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