気合い!入れて!撃ちます!
二挺艦の南水道接近と時を同じくして、一挺艦もまた、北東水道への突入を試みていた。
帛式防空陣形は解かれ、複縦陣を敷いている。戦艦、及びその支援を目的とした艦隊と、水雷戦隊の二列だ。
水雷戦隊の二番艦に位置する“曙”、その艦橋に立つ榊原は、最後の転針を終えた一挺艦全体を見回す。決戦へと挑む鈍色の艨艟たちは、内なる闘志を滾らせつつ、静かに波を切り裂いている。
夜明けとともに各艦から放たれた偵察機は、すでに北東水道前の敵水上部隊―――「甲イ」を発見している。ほぼ同時に、深海棲艦側の偵察機も一挺艦上空に現れ、電文を発していた。これで、お互いにその位置を掴んだことになる。
衝突は時間の問題だった。
「〇八〇〇」
正時を報せる曙の声。海面を離れた太陽は、東の空から海面を照らしている。それを左舷側に見て、一挺艦は北東水道へと進んでいた。
「予定通りなら、水道の入り口から二十五海里といったところか」
「行程消化はほぼ予定通りだし、大体そんなもんでしょうね」
曙の答えを聞き、頭の海図に写し取った航路を思い描いて、残りの行程を計算する。発見した「甲ロ」の位置は、水道入り口から十海里だったから、そろそろ会敵する頃だろうか。
差し迫った戦闘を予感させるように、複縦陣左列が慌ただしくなり始めた。各艦が観測機の発艦準備に入ったのだ。この辺りは敵の制空権下だが、“祥鳳”から護衛の戦闘機を出すことで、観測機を使用する心づもりだった。
戦艦同士の戦いで、観測機を欠かすことはできなかった。
程なく、四隻の戦艦から、零水観が飛び立った。複葉単フロートの機体が“曙”の頭を掠め、“祥鳳”から発艦した零戦に守られながら、高度を上げていく。「瑞星」発動機の爆音とプロペラの風切り音が、羅針艦橋にいても聞こえてきた。
「上からなら、もう見えてるでしょうね」
天井の向こう側、遥かな高みからの展望を想像するように、曙が呟く。
視点が上がれば、必然的に水平線までの距離が遠くなる。
海面から精々十メートルといったところの“曙”とは違い、海域全体を俯瞰できるほどの高度を取る観測機からであれば、もう間もなく十五海里を切るだろうかという敵艦隊の姿を捉えることができるはずだ。
その予想通り、放たれた各観測機から、連続して報告が上がった。
『敵艦隊見ゆ』
旗艦“武蔵”経由で、一挺艦全艦に、敵艦隊発見の報が入った。ほぼ同時に、“大和”と“武蔵”に搭載された二一号電探と三三号電探に感がある。光よりも重力の影響を受けやすい電波は、地球の曲面に沿って、その向こう側の敵艦隊を捉えたのだ。
距離にして、三万五千メートル。一応お互いの主砲射程圏内であるが、視界に捉えていない以上、砲撃戦が始まることはない。
―――栗田少将は、堅実な方だと聞いている。
戦艦の砲戦は、攻撃力と防御力が最大限に発揮される距離で行われる。日本海軍内において、それは二万五千メートルから二万メートルとされていた。
だとすれば、その辺りで仕掛けるつもりだろうか。
あるいはその前に、“曙”たち水雷戦隊に対して魚雷戦による攪乱と漸減を命じるかもしれない。
『“祥鳳”は艦隊より分離、後方にて支援に徹せよ。“卯月”、“磯風”は同艦を護衛』
砲撃戦においてはただの標的でしかない空母に護衛をつけ、戦場から退避させる。
『うーちゃんたちの分まで、よろしくぴょん!』
『先輩方のお手並み拝見とさせて頂こう』
卯月、磯風が、それぞれパラオ泊地艦隊向けの回線で激励を寄越す。これから赴かんとしている戦場には似つかわしくない、全くもっていつも通りの、飾らない言葉。それがパラオ泊地らしいといえばらしい。
「ったく、あいつら」
そう言いながらも、曙の口元はどうしようもなく緩んでいた。
『曙ちゃん』
最後に呼びかけてきたのは祥鳳だ。回線は“曙”単艦とのものに切り替えられている。
『私のフィアンセをよろしくね』
思いっきり咳込んでしまった。いつの間に俺は祥鳳の婚約者にされてしまったんだ。
「・・・はいはい。ちゃんと守るわよ。命に代えても」
ゴホゴホと涙目になりながら咳込んでいた榊原に代わって、曙が受け答える。そこで祥鳳との通信は終了した。
なんとか気管支の違和感を拭い去り、姿勢を整えて、榊原は前を見る。そこに、曙から追撃の一言。
「・・・クソ提督、いつの間に祥鳳と婚約してたわけ?」
「してないっ」
全力で否定した。
榊原の答えに、曙は目を細める。どこか不満げにも、安心しているようにも見える表情だが、そこから何かを読み取ることは難しい。
「・・・クソ亭主」
ボソリ。曙は呟いて、そっぽを向いてしまう。
「結婚しても『クソ』は取れないんだな・・・」
「ふんっ。言ったでしょうが。まだまだ半人前なんだから、クソで十分よ。仮に提督として一人前になっても、旦那さんとして半人前なら『クソ』のままよ」
そこまで言い切った曙は、なぜだか急に顔を赤くした。その頭から蒸気が噴き出る様子が見える。
「って、こ、これじゃあ、あたしがクソ提督の奥さんになるみたいじゃないっ!」
話がトンデモナイところへ飛躍してしまい、榊原は再び盛大に咳込んだ。
「な、なによっ!そんっなに、あたしが奥さんじゃ嫌なわけ!?」
違う。そういうことではないのだが、また変になってしまった気管支のせいでそれどころではない。そのせいで、ますます曙の機嫌が悪くなる。
ようやく深呼吸ができるようになった頃には、わかりやすく頬を膨らませて、再びそっぽを向いてしまった。
注意をこちらに向けるため、咳払いを一つ。
「クソ亭主か・・・悪くないな」
振り返った曙が、半目で首を傾げる。
「・・・マゾ?」
「断じて違う!」
そういう意味で言ったわけではない。
「そうじゃなくてさ。曙は、いい奥さんになりそうだなって」
人を奮い立たせるのが、これほど上手い娘も珍しい。
人を思い遣るのが、ここまでできる娘は珍しい。
そう思っているのは本当だ。
「な、何言って」
「曙が奥さんだったら、きっと俺も、楽しいと思う」
さっきのフォロー、のつもりで口にした言葉には、半分くらい本音が入っていたかもしれない。
というか、もしかしなくてもこれ、プロポーズの言葉っぽくなってないか?
お互いにそのことに思い至ったのか、急激に恥ずかしくなって、榊原は意味もなく頬を掻き、曙はますます真っ赤になって俯く。
「・・・そういうこと言うから、クソ提督なのよ」
ポソリとした呟きは、随分と久々に聞く言葉のように思えた。
*
「・・・もう、好き勝手言ってくれるんですから」
艦隊から離れ、戦場から距離を取りつつある戦友―――否、恋敵を大和は軽く睨む。もっとも、これだけ距離があり、通信も切れている状況では、その意志が伝わるのかどうかは微妙であるが。
卯月や磯風が激励の言葉を残していく中、祥鳳だけは、大和に対してのみ通信回線を開いてきた。
―――『提督と、曙ちゃんを、守って』
それだけ残して、祥鳳は離脱していったのだ。
本当に、好き勝手言ってくれる。
けれども、いつもの彼女とは違って、切実な声の色が、大和の心に引っかかっていた。
それは何か、勘のようなものかもしれない、と思っている。
ともかく。
大きく息を吸い込み、大和は前を見据える。間もなく見えてくるであろう敵艦隊を叩くことが、第一だ。それが同時に、祥鳳の願いをかなえることにもなる。
この巨砲は誰がために。
この心は誰がために。
右手を握り締める。決意の限りに力強く握ると、手のひらに熱が宿った。
“大和”は現在、複縦陣左列の二番艦につけている。一番艦は“武蔵”、後続するのは“長門”、“陸奥”の順だ。日本海軍最強の砲戦部隊と言える。
その後方には、パラオ泊地から参加している“摩耶”、“足柄”、二隻の重巡洋艦の姿もあった。
この六隻で「甲イ」の戦艦、巡洋艦を相手取り、その隙を突いて榊原指揮下の水雷戦隊が突撃する。典型的な「砲雷分離思想」の戦術だ。
これまでの解放戦でも、よくこの戦術を使ってきた。役割を明確にすることで、「砲」が「雷」を助け、あるいは「雷」が「砲」を援護する、という立ち回りができている。
そんな中でも、一挺艦はこれまでで最強と言っても過言ではない、規模と能力を誇る。その頼もし気な艦影を見回した大和は、安堵に似た微笑みと共に内心では心配も吐露する。
―――武蔵は大丈夫かしら。
昨夜に実施された、春島基地からと思しき夜間航空攻撃は、こちらの戦力減殺を狙ってのものであった。幸い、喪失や戦闘航行不能となった艦はないが、“大和”以外の戦艦と“摩耶”が、敵の新型兵器―――噴進弾を被弾していた。
装甲貫徹能力は低く、水線下への被害もなかったが、炸薬量が多く、艦上構造物には甚大な被害が出ていた。
“武蔵”は二発を被弾。右舷の副砲が爆砕され、主砲の電路にも異常が発生。一時は主砲の射撃が不可能となっていた。現在は復旧しているが、右舷甲板はささくれ立ち、艦橋付近には煤汚れも見える。
“長門”の被弾は三発。最も大きな被害は後部艦橋への一発で、“長門”は予備の射撃指揮装置を失っていた。
“陸奥”は被弾二発。航空作業甲板に立て続けに被弾し、航空燃料に引火。一時航空作業甲板上が火の海となっていた。このせいで観測機も全損し、現在は“大和”から代替機が出ている。
“摩耶”は被弾一発。舷側装甲にぶち当たって炸裂し、高角砲一基を大破させていた。
砲撃戦に支障が出るほどの被害はないが、何かしらの手傷は負っている。対する相手は、無傷の状態だ。これがどう響いてくるかはわからない。
―――今はとにかく、全力を尽くすことのみ。
余計な考えを振り払うように、頭を振る。
自慢の四六サンチ砲には、すでに一式徹甲弾が装填されている。狙いを定め、引き金を引けば、後は飛び出すだけだ。
その時は近い。大和が気を引き締め、再び前方の海面に目を凝らした時だった。
『水平線上にマストを視認』
“武蔵”からだ。先頭に立つ“武蔵”が、真っ先に敵艦を発見したのだ。
いよいよ、始まろうとしている。トラック環礁をめぐる最後の戦い、そのゴングが、今まさに鳴らされようとしている。
ゴクリ。生唾を飲み込む。何度目だろうと、この緊張感に慣れることはない。それに今回は、これまでのように、隣に提督はいない。
今度は私一人で、戦わなくてはならない。
『敵戦闘機、観測機隊に接近しつつあり。“祥鳳”隊は迎撃開始せよ』
鋼の協奏の間に始まるのは、空をかけた猛禽たちの争い。砲撃戦の前哨戦は、空で始まろうとしていた。
迫りくる敵戦闘機隊に、“祥鳳”所属の零戦たちが挑みかかる。一触即発の空戦場、その下を、二つの艦隊は、じりじりと間合いを詰めつつあった。
まあ、そう。そうねえ
相変わらず時間かかりそう
そろそろ終わりが見えてきたとはいえ、後二か月はかかりそうで怖い
イベントも進めてます。E3サボってたけど