戦艦同士の戦いが始まります
雲量三の空、ポツポツとした影が見えた。透き通るような青を背景に、影は確かに数を増やしつつある。太陽の光を受けてギラリと輝くその影に、“祥鳳”戦闘機隊長妖精は気づいていた。
方角からして、復旧したという春島の敵飛行場から飛んできた戦闘機だろうか。報告では新型機であるとされていた。
防空指揮艦である“摩耶”からは、すでに迎撃の指示が出ている。だが、今回忘れてはいけないことは。
眼下にチラリと意識をやる。そこを進むのは、トラック沖に雌雄を決するべく、波濤を踏み潰す艨艟たち。何物をも叩き潰す巨砲は矛、全身にまとう装甲は盾。
海の覇者たるその風格は、戦艦という艦種の偉大さを物語っていた。
それでも、戦艦にだってできないことはある。残念ながら彼女らに、自らの高空の目を守る術はない。
だから、代わりに守るのだ。そう言い聞かせて、戦闘機隊長妖精はスロットルレバーに手をかけた。
整備の行き届いた「金星」発動機が一際大きな唸り声を上げた。三翔プロペラの翼角が最適な角度に調節され、零戦が一気に加速される。
観測機隊の守りにつく“祥鳳”戦闘機隊の数は二十四機。対する基地側の機数は不明だが、大雑把に見積もっても同数程度だろうか。楽に戦える相手ではない。
両戦艦群の距離は三万五千を切ろうかというところだ。相対速力は三十ノット前後だから、砲戦可能な距離になるまで十分とかからない。
ともかく。それまでに、観測機隊が安心して弾着観測を行える環境を整えたい。
観測機隊の直衛に一個小隊を残し、隊長妖精が直率して敵戦闘機へと向かう。
出撃前から、編隊での空戦を厳命していた。単機での能力差は埋めようがない。しかし二機一組であれば、対抗は可能だ。
丸っこい敵機のフォルムが次第にはっきりしてくる。暫定的に“たこ焼き”と呼ばれている敵機は、かわいい見た目に反して、がっぷりと大きな口を開け、真っ赤な炎の紋様を躍らせて、こちらを威嚇している。横から太陽を浴びるその姿は、白い悪魔か、ヒトダマとでも形容するのがいいだろうか。
操縦桿を握り直し、深呼吸を一つ。正面の敵機を見据える。
初撃のタイミングは一瞬だけだ。
お互いに発揮する速力は五百キロ毎時超。みるみるうちに距離は縮まり、正面に見える敵機の姿は大きくなる。
次の瞬間、隊長妖精は操縦桿を倒し、機を横ロールから降下させた。ほとんど同時に、先頭の敵機の両脇で閃光がきらめき、機銃弾の曳光が翼端を掠める。
“祥鳳”戦闘機隊に、機銃弾に捉えられた機体はいない。それは敵戦闘機も同じだ。降下や急上昇で初撃をかわした零戦を、丸い敵機が追いかけ、各所で空戦が始まった。
編隊空戦という基本戦術は彼我共に変わらない。
一機が敵機の後ろにつけば、その後ろから僚機が妨害に入って来る。
二つずつの機影が複雑に入り乱れ、飛行機雲を引きずる。お互いに一歩も譲らない。一所懸命の心構えで戦う“祥鳳”戦闘機隊は、零戦のみで新型機に対して善戦していた。
だが、如何せん数が足りていなかった。
戦闘機隊長妖精が二機の敵機に気を取られている隙に、別の敵機が空戦場から飛び出して、観測機隊へと向かっていく。追いかける暇はない。気を抜けば、撃墜されるのは自分の方だ。
操縦桿を無理矢理倒し、フットバーを蹴る。鍛え上げた空戦技術の粋を集め、隊長妖精は半ば強引に敵機の後ろを取った。
すぐさま後方確認。もう一機の方は、僚機がしっかり押さえてくれている。
発射把柄を握ると、機首一三ミリ、翼内二〇ミリの機銃弾が飛び出す。狙い違わず敵機に吸い込まれた機銃弾は、仕込まれた炸裂弾を作動させ、内側から引き裂いた。銀色に輝く破片が飛び散ったかと思うと、敵機が炎を噴きだす。丸っこい機体は急激に推力を失って、くるくると落ちていった。
僚機に一瞬だけ目配せをして、すぐさま機体を操る。
濃緑で塗られた主翼が翻り、隊長機は空戦場を離脱する。僚機もうまく敵機をかわして、すぐ後ろにつけた。
追いかけるのは、抜け出した敵機だ。チラリと確認しただけだったが、数は四機と言ったところだった。残してきた一個小隊四機で防ぎきれるか。
観測機隊の前で、最後の壁となった零戦が奮闘している。形勢有利とは言い難い。
編隊空戦を駆使して対抗する零戦。その間隙をついて、敵機が観測機に襲いかかる。観測機は鈍足だが、複葉機ゆえに操縦性はいい。何とか寸でのところで射弾をかわしていた。が、それもいつまで続くかどうか。
再び乱戦に突入している敵機の横っ腹めがけて、戦闘機隊長妖精は機体を突貫させる。零戦を追いかけていた敵機はこちらに気づいたらしかったが、もう遅い。
隊長機から四本の曳光が伸びる。十分に引き付けて撃った射弾が、外れるはずはなかった。
僚機ももう一機に取り付いて、海面に叩き落している。六対二になれば、負けるわけはない。ものの一分と経たず、両機とも撃墜する。
その時。海面で閃光が走る様を、隊長妖精は見逃さなかった。
眼下、四隻の戦艦。その艦上で、巨大な黒煙が踊っていた。海面に沸き立つ雲のような煙と、大気を揺さぶる咆哮、さざ波を打ち消すほどの衝撃波。
始まってしまった。トラック環礁突入をかけた戦艦同士の砲戦が、ついに開始されてしまったのだ。
*
第一射の結果は、観測機から報されることはなかった。上空では彼我の戦闘機が入り乱れて制空権をかけた戦いを繰り広げている真っ最中で、鈍足の観測機が入り込む余地はない。致し方のないこととして割り切るしかなかった。
「全弾近。諸元修正急げ」
大和は淡々と砲戦指揮を執り続ける。無いものをねだっても仕方がない。今はやれることをやるのみだ。
もたげられた各砲塔の中砲は、先の右砲よりもほんのわずかに仰角が大きく取られている。修正された諸元がどこまで正確であるかは、撃ってみなければわからない。
一挺艦の戦艦群―――一制艦は、敵艦隊との距離二万五千メートルで砲撃を開始していた。
それより少し前、敵艦隊から分離した巡洋艦部隊もまた、一挺艦へと接近している。これを迎え撃つのは、清水指揮下の“摩耶”、“足柄”と、榊原指揮下の五水艦。
―――「ご武運を」
そう言って送り出したのは、つい数分前だった。
現在“大和”は、敵二番艦を目標として砲撃を行っている。艦影から、ハワイ沖において確認されていた新型戦艦と判断されていた。
否、単なる戦艦ではない。艦体の特徴的なカラーリングから、その戦艦が深海棲艦の中でも上位意志に近い存在であると推定されている。
戦艦棲姫。米海軍が“クイーン・オブ・バトルシップ”と呼んでいたところから、日本側でもこのように呼称されるようになった。
艦体のサイズだけで言えば、“大和”型と同等だ。推定される排水量は六万トン超。長砲身の一六インチ砲を三連装砲塔に収め前部に二基、後部に二基。艦上構造物群の両脇は計十基の両用砲で固められていた。
その艦影は、かつて米海軍において計画され、“大和”型の真のライバルとされてきた“モンタナ”級を彷彿とさせる。
それが二隻。あちらも二隻の“大和”型を意識しているのだろう。その第一射は、それぞれ“武蔵”と“大和”に向けて放たれていることが明白だった。
「第二射、てーっ!」
ブザーが鳴り終わると同時に、大和の号令が艦橋に響く。次の瞬間、右舷を指向した三門の四六サンチ砲が、巨大な火球を吐き出した。万雷にも勝る大音声が海上に響き渡り、艦橋が押しつぶされるのではというほどの衝撃波に震える。
同航する敵二番艦もまた、新たな射弾を放ってくるかと思われた。しかし、敵艦上に新たな炎が生じることはない。不気味な沈黙の意味するところを、大和は掴めずにいた。
―――一体、何を・・・?
答えはすぐに示された。敵一、二番艦が、相次いで面舵を切ったのだ。その姿は、“大和”と“武蔵”に「ついて来い」とでも言っているかのようだった。
あちらも、サシでの勝負を望んでいる。深海棲艦とは思えない非合理的な判断にも、なぜか納得してしまう自分がいた。
『挑戦を受ける』
前を行く“武蔵”から、栗田の声が届く。
『いずれにしろ、雌雄を決しなければならない相手だ。ここで、我々の手で、叩く』
大和にも異存はなかった。
体の内側から、何かが湧き出てくるような感覚。肌が泡立つほどの興奮。
これから挑むのは、お互いの死力を尽くした、戦艦同士の頂上決戦だ。
『面舵二〇。“大和”は我に続け』
「面舵二〇」
“武蔵”からの指示に答え、大和は転舵を指示する。舵角指示器の針の動きを追いかけつつ、大和は目線を五水艦へと移す。あちらもまた、まもなく会敵する頃か。
『残りの二隻は、私たちに任せてもらおう』
割り込んできた勇ましい声は、後続していた“長門”からのものだ。“長門”型の二人が相手取るのは、二隻のル級flagship。鬼や姫を除けば、深海棲艦の中でも五指に入る強力な艦だ。前回の『IF作戦』時には、“長門”が撃ち合って勝てなかった相手だった。
『陸奥と統制砲撃をやる。マリアナの時は、それで退けた』
大和の不安を打ち消すように、長門が力強く宣言する。二隻の同型艦が射撃諸元を共有する統制砲撃戦は、“長門”型二人の十八番だ。
単艦では敵わぬ相手に、技術と戦術で対抗するつもりのようだ。
“武蔵”に続いて、“大和”が艦首を右に振る。視界には、敵三番艦に対して射撃を集中する二隻の戦艦。「ビッグセブン」と称えられた偉容が、誇らしげにその主砲を猛らせていた。
軽く会釈をして、意識を前に戻す。見据えるのは、二隻の巨大戦艦。“大和”が戦うべき相手だ。
お互いの針路が、〇九〇に定まる。距離は二万三千メートル。
頃合いはいい。測距儀が旋回し、正面に敵二番艦を捉えた。基線長十五メートルの測距儀は三角測量の要領で二番艦への正確な距離を割り出し、そこに速力や位置関係、緯度によるコリオリの力、風向に温度などが加味されて、最終的な射撃諸元となる。
導き出された仰角と旋回角が三基の砲塔に送られ、それに合わせて砲台が旋回、左砲が極太の砲身を上げていく。
陽光を受けて怪しい鈍色をきらめかせる四六サンチ砲の砲口は、その先に敵二番艦を捉えていた。
主砲発射を告げるブザーが鳴る。この艦が上げる威嚇の声のように、大和には思えた。
「てーっ!」
大和の号令から一拍。三門の四六サンチ砲が、本日三度目、転針後一度目となる砲声を発して、一瞬のうちに全ての音をかき消した。
鼓膜を容赦なく叩く轟音と、襲ってきた横揺れに、大和はその身を任せていた。
・・・はい。夢の対決であります
これがやりたいがために、ここまで書いてきたと言ってもいい
大和対戦艦棲姫。果たしてどんな結末が待ち受けているのか