大和と戦艦棲姫、激しい火砲の応酬が続きます
敵二番艦の第五斉射による被害が集計されるよりも早く、第六斉射が“大和”に襲いかかった。
弾着の瞬間、黒い物体が前甲板に吸い込まれるのを、大和は見た。
巨大な爆炎が視界を覆う。木くずが飛び散り、衝撃に艦体が打ち震える。
「っ!」
微かな痛みが、艤装を通して伝わる。バイタルパートが弾き返したはずだが、それでも十分な破壊力が“大和”を叩いていた。
衝撃は後部からも襲ってきた。こちらは明らかに何かが破壊された甲高い破壊音が混じっている。装甲の薄い艦上構造物が、一六インチ砲弾に貫かれたようだ。
薄く黒煙を引きずる敵二番艦を睨む。同時に放った“大和”の斉射もすでに到達しており、命中弾は一発と報告されている。今度は前甲板でも、火災らしき揺らめく光と、黒煙が生じていた。
その煙を吹き飛ばして、新たな斉射の炎が海上に踊った。さすがの四六サンチ砲といえども、あれだけの巨艦から攻撃能力を奪うのは、容易いことではない。
敵二番艦の第七斉射からおよそ十秒。遅ればせながらも、“大和”が次なる斉射を放つ。
前甲板六門、後甲板三門の四六サンチ砲が一斉に咆哮した。一六インチ砲弾の爆炎など比べ物にならないほどに巨大な砲炎が、右舷方向へと吐き出された。等速度的に広がる衝撃波が容赦なく海面を叩き、巨大なクレーターを作る。
第二戦速で航進を続ける“大和”の艦体が、大きく左舷に傾いた。斜めになる艦橋の床に、大和は足を踏ん張る。
強烈な反動が、四六サンチ砲の威力を物語っていた。
鼓膜を突き抜けた砲声が、脳髄を震わせる。その余韻がようやく収まろうかという頃、新たな敵弾十二発が、唸りを上げて大和の頭上を圧迫した。
これまでで一番大きな衝撃が、床下から大和を突き上げる。ふわりとした浮遊感。どうやら敵弾が、艦橋基部で炸裂したらしい。
艦橋基部は、戦艦の中でも装甲の厚い部分だ。実質的な被害はないだろうが、やはり気分のいいものではない。
火災発生の報告が上がった。今の被弾で、右舷艦橋基部辺りから出火したらしい。応急修理班が、防火装備を担いで急行する。
―――射撃指揮系統に異常なし。
ほっと胸を撫で下ろす。艦橋トップの射撃指揮所と、各砲塔を結ぶ電路は健在だ。
“大和”の第五斉射が敵二番艦に到達する。
白銀の水柱が連続して立ち上り、巨大なその姿を覆い隠す。海水のカーテンの向こう側で、オレンジの光が瞬いた。命中弾の炎だ。
水柱が崩れ去ると、敵二番艦が健在な姿を現す。
―――しぶとい・・・っ!
相変わらず黒煙を噴いているが、その量は増えていない。むしろ、根元の火災は小さくなっているようにさえ見受けられる。
頑丈な艦だ。
たった今の斉射で生じた命中弾は二発。それでも、敵二番艦に動じた様子はない。
新たな射弾が、下界を見下ろして嘲笑うかのように、甲高い音と共に落下してくる。約三十秒間隔の斉射は変わっていない。それが敵戦艦の頑強さを如実に物語っていた。
“大和”を八度目の斉射が包み込む。艦橋のすぐ後ろから、金属が強引にねじ切られた異音が聞こえてきた。そのすぐ後には、気体がものすごい速度で排出される掠れた音。
敵弾の一発が、“大和”の煙突を貫いたらしい。
蜂の巣甲板と呼ばれる装甲が、“大和”の煙路には施されている。敵弾から艦の心臓部を守るために備えられた蜂の巣甲板は、その役目を十二分に果たし、一六インチ砲弾の機関室侵入を防いでいた。
機関室からも、異常を報せる報告はない。
大和は自らの眉間に皺が寄っていることを自覚していた。致命的な被害は受けていないし、“大和”の装甲は完璧に一六インチ砲弾による破壊を防いでいる。それでも、多数の被弾が続くことは避けたい。
今後の作戦展開、すなわち『NT作戦』最後の仕上げとなる、敵基地の破壊と上陸拠点の確保に、余力を残しておかなければならない。
そして、大いなる矛盾なのだが、『NT作戦』の目的を達成するには、今ここで、全力で敵水上部隊を片付けておかなければならない。
“大和”が、今日六度目となる全力の咆哮を上げた。すでに十発を数える命中弾を受けているが、砲声は衰えず、九門の四六サンチ砲からは重量一トン半の徹甲弾が飛び出した。
その牙が狙うのはただ一つ、敵二番艦の喉元のみ。
敵二番艦の第九斉射は、“大和”に遅れること十秒ほどして放たれた。前甲板六門、後甲板六門の一六インチ砲は、いまだ一門として欠けることなく、“大和”に対して明確な敵意を向けている。迸るオレンジ色の炎が、海面すらも焼こうとしていた。
彼我の砲弾、合計二十一発が、遥かな高みですれ違う。それはほんの一瞬だ。徹甲弾は放物線の頂点まで上り詰めると、溜め込んだ位置エネルギーを運動エネルギーに変換しながら、狙いをつけた目標へとまっしぐらに突っ込んで行く。
弾頭が装甲にぶち当たる。被帽と装甲がお互いの身を削り、せめぎ合う。それでも、四六サンチ砲弾の持っていたエネルギーが、敵二番艦の装甲に打ち勝った。
盛大に炎が弾ける。水柱の隙間からはっきりと、斉射のそれとは異なる光が見て取れた。
命中弾は二発。今度は後部に集中していた。
敵二番艦への被害を見極める前に、今度は“大和”を衝撃が襲う。艦そのものを揺らすのは命中弾の爆発、艦底から突き上げるのは至近弾の爆圧だ。
二番缶室から軽微な浸水の報告が上がる。多数の至近弾によって、装甲を留めていたリベットに緩みが出たのだろう。その隙間から、海水が侵入したようだった。
いかに“大和”といえども、その耐久力は無限ではないというわけか。
―――それでも、まだまだ戦える!
被害の蓄積など、彼我共に同じだ。こちらが苦しい時は、相手も苦しい。最終的に勝利を収めるか否かは、ここで踏ん張れるだけの能力があるかどうか、そして少しとは言い難い運の要素。
勝利の女神、その笑顔をいかに引き寄せるかにかかっている。
装填が終了した第七斉射を告げるブザーの音。硝煙が燻る艦上に、ほんの一時、静けさが訪れる。
静寂を破ったのは、四六サンチ砲の高らかな砲声だった。頭上で輝く太陽が霞んで見えるほどの光球は、あらゆる聴覚を奪い去る大音声と、艦上の煤をまっさらに吹き飛ばしてしまう衝撃波を伴っている。押し潰された海面が、鏡のように空を映す。
自らが斉射を放つとともに、敵二番艦の様子も観察していた大和は、ふとした違和感を感じる。それまで艦の前後でバランスよく沸き起こっていた砲炎の量が、今回はアンバランスに見えたのだ。具体的に言えば、後部の主砲から生じる炎の方が、少ないように思えた。
―――もしかして・・・?
大和の予想を裏付ける報告は、すぐに観測機から寄せられた。
敵二番艦の四番砲塔が沈黙。たった今の第十斉射では、新たに砲炎を上げていなかったというものだった。
先に放った“大和”の第六斉射が、敵二番艦最後部の主砲から、射撃能力を奪ったのだ。
四番砲塔を四六サンチ砲が貫いたのか、あるいは付近に弾着して旋回や発砲に必要な機構を抉り取ったのか、それはわからない。
はっきりしていることは二つ。
四六サンチ砲弾は、敵二番艦から四分の一の火力を奪ったこと。
弾火薬庫は誘爆せず、敵二番艦はいまだ健在であること。
発砲からおよそ三十秒。彼我の砲弾はほとんど同時に、目標とする敵艦を包み込んだ。
耳をつんざく打撃音と、頭を掻きむしる破壊音が、“大和”の艦上に響き渡った。痛みに上げそうになった悲鳴を大和は噛み殺す。
けたたましい音を立てて、真っ二つになった一番副砲が甲板に落下した。三本あった一五・五サンチ砲の砲身は、まるで小枝でもあるかのように吹き飛び、海面に盛大な飛沫を上げる。
弾火薬庫への引火はない。副砲自体の装甲は断片防御に毛が生えた程度だが、その下の弾火薬庫の防御は主砲と同等だ。
ひとまず胸を撫で下ろした大和は、冷静に注水を命じる。最早ただの可燃物倉庫となった一番副砲弾火薬庫に、ポンプによってくみ上げられた海水が流入した。弾薬の着火点は水の沸点よりも上だから、弾薬庫の誘爆という最悪の事態は避けることができる。
ダメージコントロールの進捗を確認し、改めて敵二番艦に目を遣る。
観測機からは、一発が新たに命中弾として報告されている。艦上構造物の両脇に配された高角砲群に飛び込み、周囲のモノを薙ぎ払いながら盛大に弾けた。
現在、被弾箇所からは、新たに黒煙が燻っていた。高角砲弾が誘爆して、火災が発生したのだろうか。
しかしながら、敵二番艦はまだ、その闘志を失ってはいなかった。すでに第十一斉射が放たれ、“大和”に向けて飛翔中だ。
一方の“大和”も、まもなく第八斉射の準備を終える。
「てーっ!」
瞬間、艦橋に強烈な光が差し込む。大和の影がくっきりと艦橋の床に伸びる。まばゆいその光に目を細め、大和は再び、弾着までの時間をストップウォッチで確かめる。
一番副砲への注水が完了し、ポンプが止められる。その他にも、被害報告が各所から上げられていた。応急修理の妖精がてんやわんやとなっている。
だが、いくらこの身が傷つこうと、戦いをやめるつもりはない。
高空から風切り音が聞こえ始めた。敵二番艦の第十一斉射九発が、まもなく“大和”に到達しようとしているのだ。
丹田の辺りに力を溜め、大和は身構える。
弾着のその瞬間、後ろから突き飛ばされるような衝撃が襲いかかってくる。一瞬のうちに巨大な応力がかかったことで、耐えられなかったブルーアイアンが断裂した。艦上構造物が大きく抉られる。
「っ!」
大和は苦々し気に眉を寄せる。
たった今の被弾で、後部艦橋との連絡が途絶した。途中の電話線がやられたのか、それとも木っ端みじんに消し飛んだか。
後部艦橋には、予備射撃指揮所が設けられている。艦橋トップの射撃指揮所が何らかの理由で使用不能になった際、その代役を担当するところだ。
これで“大和”は、主砲統一射撃に必要な機材の予備を、失ったことになる。
ズキリ。背中が痛む。被弾による損傷が、艤装を通じて、大和の痛覚を刺激する。
だが。
「・・・負けない」
ポツリ、言葉が漏れる。
最早意地に近い、何か。そしてこれ以上ないほど、自らの存在意義を感じることができる、強い感情。
「お前たちなんかに、負けない!」
大和の言葉に呼応するように、第八斉射が敵二番艦を包み込んだ。
百三十話を越え、ようやく終わりが見えてきた・・・
まだ、後、二、三戦残ってるけどな!