トラック環礁の奪還に向け、いよいよ物語は終局へと向かっていきます
第八斉射が産み出した命中弾は、これまでで最多の三発だった。敵二番艦の前部、中央部、後部に一発ずつと、満遍なく命中し、火柱を上げている。抉り取られた構造物の破片が飛散し、甲板と海面を激しく叩いた。
敵二番艦から噴き出す黒煙は、すでに“大和”からでもはっきりと見えるほどになっている。艦が前進を続けているために、火の粉を含んだ黒い雲がたなびいていた。
―――やった!?
傍目には、相当な被害を与えているように見える。しかし、黒幕の向こう側がどうなっているのか、ここからは窺い知れない。
“大和”の第九斉射が放たれる。褐色の炎が大量に沸き起こり、太陽にも勝る閃光を青い海に反射させた。反動と爆風が艦橋を襲う。その間も、大和はジッと敵二番艦を見つめていた。
敵艦を観察する大和の視界は、すぐに遮られた。先に放たれた敵二番艦の第十二斉射だ。後方から炸裂音が響き、一番砲塔の正面防盾で火花が散る。
鋭い痛みに顔をしかめる。“大和”とて無傷ではない。小火災は各所で発生しており、応急修理要員はてんてこ舞いの状態だ。いかに世界最高の防御力を誇るとはいっても、その能力は満載排水量にして七万一千トン分でしかない。
まあ、それでも、破格の防御力であることに変わりはないが。
敵二番艦が黒煙を振り切って第十三斉射を放った。まだだ。敵二番艦はまだ戦うつもりでいる。
何と頑強な艦か。大和は奥歯を噛み締める。四六サンチ砲弾十発以上を命中させてもなお、戦い続けることのできる軍艦があるとは。
敵二番艦が戦い続けるのならば、“大和”もそれに応じざるを得ない。各砲塔では、開かれた尾栓から次弾が装填され、第十斉射の準備が進む。
そしてその前に、先の第九斉射が敵二番艦を押し包んだ。
高空から獲物に襲いかかる猛禽のように、四六サンチ砲弾九発が一気に放物線の坂を下り、敵二番艦を目指す。その内、装甲で覆われた甲板にキスできたのは二発だった。
第九斉射の弾着から十秒ほどして、敵二番艦の第十三斉射が降り注いだ。海神の巨大な手で揉みし抱かれているかのように、艦橋が衝撃で打ち震える。立て続けに襲ってきた激震は、これまでで最も大きかった。
「っ!てーっ!!」
負けじと、大和は準備の完了した第十斉射の発砲を命じる。発砲遅延装置を介して装薬が点火され、高温高圧のガスが砲弾を加速させる。重量一トン半の砲弾が九発も飛び出した反動は、七万トンの艦体が受け止めた。
一拍ほど遅れて、敵二番艦も新たに第十四斉射を放っていた。健在な九門の一六インチ砲身を振り立てて、あらん限りに砲炎を吐きだしている。どれほど傷ついても、そこには他のあらゆるもの睥睨する畏怖の象徴、戦艦としての威厳が溢れていた。
「右舷高角砲群より火災発生!」
先の被弾のうち一発が、高角砲や機銃が集中している箇所に飛び込み、砲弾を誘爆させたらしい。沈没には至らないが、火災炎で視界が遮られれば射撃精度に影響が出かねない。また、断線も懸念される。
応急修理要員は、機関区域付近の隔壁補強に向かっており、今は手が回らない。しばらくは、高角砲や機銃の妖精に自主的な消火を任せる他なかった。
被害はそれだけではない。各所から火災や断線、軽微な浸水の報告が次々に寄せられている。辛うじて主砲の統制射撃に関わる部分のみはほとんど被害を受けていないが、そんな幸運もいつまで続くかはわからない。
ふと、大和は顔を上げ、正面の“武蔵”を見遣る。
“武蔵”と敵一番艦との戦闘もまた、佳境に差し掛かっているらしかった。両艦共に斉射の応酬を繰り広げ、黒々とした煙を吐き出している。
砲戦に、決着の時が訪れようとしていた。
“大和”と敵二番艦。それぞれの斉射が海水の密林を作り出した。林立する水柱。迸る命中弾の閃光と、飛び散る引きちぎられた艦上構造物。
お互いの姿を隠すように広がった、白濁のカーテン。持ち上がった海水が重力に従って崩れ去り、視界が開けた時、全ては決していた。
痛烈な一撃に顔をしかめつつも、大和は顔を上げ、太陽の光が差し込む艦橋から右舷方向を見遣る。
およそ二万メートルの距離。“大和”と同航していたもう一隻の巨艦は、最早勇壮な姿を窺い知ることはできなかった。
艦中央部から、天を突かん勢いで濛々と黒煙が上がっている。黒煙は風に流され、艦の後ろ半分を完全に覆いつくしていた。
黒煙の合間からは、チロチロと甲板上を這う炎が見て取れる。手の施しようがないことなど、火を見るよりも明らかだった。
「・・・次弾装填」
介錯となる一撃を加えるべく、大和は次の斉射の準備を命じる。冷却された各砲の尾栓が開かれ、揚弾機を上がってきた主砲弾と装薬が詰め込まれる。
装填時間は四十秒。その間に、敵二番艦が新たな射弾を放つことはなかった。
先の第十斉射が、敵二番艦から主砲射撃の能力を奪い去ったようだ。
装填が終わり、“大和”はトドメとなる第十一斉射を放った。
強敵は、最大の敬意をもって、葬り去る。その意志を示すように、あらゆる音を奪い去る砲声が海上に走った。四六サンチ砲九門の衝撃が全幅三十九メートルの艦体を左舷側へ仰け反らせる。砲口から球状に広がった衝撃波が艦橋の窓をしたたかに打ち、ビリビリと震わせた。
砲弾の飛翔時間は、およそ三十秒。ストップウォッチを見つめるその時間が、果てしなく長いものにも、はたまたほんの一瞬の出来事のようにも思えた。
「だんちゃーく、今!」
秒読み通り、第十一斉射九発が敵二番艦の頭上から降り注いだ。
水柱は艦首付近に集中している。どうやら、機関にまで被害が及び、速力を落としていたらしかった。
命中弾は二発、確認された。
艦首に飛び込んだ一発は、バイタルパート外なのをいいことに、次々と階層を突き抜け、水線下で炸裂した。リベットと共に隔壁が吹き飛び、浸水が発生する。
もう一発は、第一砲塔の天蓋を叩き割り、これを木端微塵に破壊した。一基で一千トン以上の重量がある主砲塔が、まるで段ボール製の箱でもあるかのように、内側から引き裂かれた。砲身は吹き飛び、甲板に叩きつけられてひしゃげ、あるいは盛大な水柱と共に海中に飲み込まれる。
浸水が増大したのだろうか。観測機から、敵二番艦の行き足が完全に止まったことが報された。黒鉄の城としての威厳はそこにはなく、今はただの燃える鉄屑と化している。甲板はまさに地獄絵図であった。
「砲撃止め」
効果十分と判断し、大和は主砲に砲撃の中止を命じる。高圧ガスとライフリングの摩擦による熱を帯びていた砲身が下げられ、冷却作業が始まった。
“武蔵”と敵一番艦の戦闘もまた、終末の時を迎えていた。
健在な姿で海上に留まっているのは、“武蔵”であった。否、無傷とはいかない。先に被弾したため、損傷の度合いは“大和”よりも“武蔵”の方が酷かった。
よく見ると、第三砲塔の砲身が、あらぬ方を向いていた。主砲塔の中でも比較的装甲の薄い天蓋部分を撃ち抜かれ、内部から破壊されたのだろうか。戦艦同士の砲撃戦、正しく重量級の拳同士がぶつかり合う凄まじさを、如実に物語っていた。
それでも。多大な損傷を負いながらも、“大和”と“武蔵”は環礁突入に先駆けて障害となる物のうち一つを、排除することに成功したのだった。
『右一斉回頭、針路二七〇。転針後、最大戦速』
“武蔵”座上の栗田が反転を命じる。砲戦の間に、“大和”と“武蔵”は北東水道から四海里ほど離れてしまっていた。最大戦速の二十七ノットで反転しても、十分弱かかる。
北東水道の入り口では、水道突入を巡って一挺艦と「甲イ」の激戦が繰り広げられているはずだ。一刻も早く戻って、加勢しなくては。
舵を一杯に切り、七万トンの艦体が艦首を右に大きく振る。まだ各部で燻っている黒煙が、左へとたなびいた。
定格出力十五万馬力の機関が唸り、艦体を加速していく。緩やかな加速度を感じながら、大和は右舷側の甲板を見下ろした。
多数の被弾の跡が見える。副砲はねじ曲がり、高角砲は吹き飛び、機銃の残骸が散乱している。“大和”の右舷甲板は、文字通りスクラップ置き場と化していた。
手空きの機銃員や高角砲員が、残骸を海中投棄している。爆風で煽られた、かつて機銃か何かであった鉄塊が、舷側から波間に落ちて、吸い込まれた。
これが、戦艦同士の戦いだ。世界最強の破壊力を持った鉄の拳で殴り合い、相手の体を滅多打ちにしていく。先に倒れた方が負けになる、シンプルな力の世界。
―――だからこそ。
この力は、シンプルに、仲間を守る力となる。新たな世界を切り開く力となる。
それを知っているからこそ、祥鳳は大和に、「頼んだ」と言ったのだろうから。
水平線付近。多数の砲炎が入り乱れ、黒煙と硝煙の香りが燻っている。
戦場の匂い。多くの時を過ごしてきた仲間の匂い。
観測機から、詳細な状況が知らされる。
“長門”と“陸奥”の二隻は、巧みに舵を切りつつ、統制砲撃による命中率の高さを生かした砲撃戦を展開していた。これにより、ル級flagshipのうち三番艦の呼称が与えられたものを、中破相当まで追い込んでいた。
もちろん、無傷で済むはずもなく、射撃が集中した“陸奥”には、火災が発生している。被害は甚大だ。
巡洋艦以下の艦艇については、我らがパラオ泊地の各艦が相手取っている。“摩耶”、“足柄”の二隻が重巡を迎え撃ち、“曙”以下水雷戦隊が敵戦艦への肉薄のタイミングを虎視眈々と狙っている。
『“武蔵”目標、三番艦。“大和”目標、四番艦。測敵始め』
栗田が新たな目標を示す。敵四番艦までの距離は、およそ二万メートル。
「目標、敵戦艦四番艦。測敵始め!」
測距儀が左舷方向へと旋回し、いまだ損傷を受けていない敵戦艦へ、諸元の算出を始めた。
砲塔が水圧機によって旋回していく。目標となる敵戦艦は左舷前方。緩慢な旋回の間に諸元計算が完了し、敵戦艦への射撃に必要な旋回角と仰角を割り出した。
射撃の準備はすでに整っている。艦上に、砲撃戦の開始を告げるブザーが鳴り響いた。甲板上で作業をしていた妖精たちが、艦内へと戻って来る。
「てーっ!」
号令から一拍。“大和”の主砲が再び咆哮した。鎌首をもたげた各砲塔右砲から、敵四番艦への観測射となる、三発の四六サンチ砲弾が飛び出した。
次回は久しぶりにぼのたんの登場になりそうです
ここまでパラオ泊地ほとんど関係なかったですからね・・・
次回からは、序盤の戦い以来となる、水雷戦が行われます