大和姉妹は勝利しましたが、いまだ予断を許さない水上部隊戦
決着の肉薄雷撃を敢行します
「てーっ!」
今日何度目になるかわからない、主砲発射の号令を叫ぶ。色々な号令を叫び続けているのと、昨夜まともに寝ていないこともあって、喉の状態は最悪だ。それでも、気合いの限りに、声を張る。
清水が座上する“摩耶”に続行して、“足柄”は敵巡洋艦と渡り合っていた。
自慢の二〇・三サンチ砲連装五基十門は、およそ十五秒おきに、砲炎を吐きだしている。現在の目標は、ホ級軽巡だ。
大気を切り裂いた砲弾が、ほっそりとした敵巡洋艦を包み込む。五千五百トン級軽巡ほどの大きさしかないホ級には、二〇・三サンチ砲弾でも十分だ。水柱が収まると、ホ級の後甲板で炎が燻っている。
一方のホ級も、“足柄”に対して撃ち返してくる。六インチ砲弾が舷側装甲にぶち当たって弾けた。
「それだけかしら?」
こちらは重巡洋艦だ。六インチ砲弾の一発や二発でやられるほど、柔ではない。
全主砲で次弾の装填が終わり、“足柄”は再び斉射を放つ。砲口から飛び出した二〇・三サンチ砲弾が低いアーチを描いて飛翔し、一万メートル先のホ級を襲う。
ホ級の艦上で爆炎が踊り、抉り取られた艤装の破片が舞い散る。手応えはあった。
炎に甲板をあぶられるホ級が、その速力を落としていく。どうやら今の一撃で、艦の推進に関わる機構を破壊したらしい。あるいは機関部まで、被害が及んだのかもしれない。
燃え盛る小柄な軽巡洋艦は、もはや脅威足り得ない。
『右一斉回頭、針路二二〇』
前を進む“摩耶”から、転舵の指示が来る。敵巡洋艦部隊との位置取りを変えるのだ。
連続した転舵を続けながら、“足柄”と“摩耶”はジワリジワリと敵戦力の漸減に努めている。敵巡洋艦の残存は、ト級軽巡一とリ級重巡一。どちらもeliteだ。
―――榊原中佐は、いつ突入するつもりかしら?
チラリ。二隻の重巡と同じように、敵艦隊との距離を計っている、パラオ泊地水雷戦隊を見遣る。
“足柄”たちが相手取る巡洋艦部隊とは別に、敵戦艦の周りには、護衛の駆逐艦が随伴している。敵戦艦に肉薄雷撃を成功させるには、これを振り切る必要があった。
榊原は、その陣形の乱れを待っているようだった。そしておそらく、それは清水も同じだ。
時宜が訪れたのは、“足柄”がト級軽巡に対して三度目の交互撃ち方を行った直後だった。
パラオ艦隊とはおよそ一万五千メートルの距離がある敵戦艦の周囲に、新たな水柱が生じた。戦いが、次なる局面を迎えた瞬間だった。
敵三番艦の周囲には二本、敵四番艦の周囲には三本が立ち上った水柱は、明らかにそれまでのもの―――“長門”型二隻の四一サンチ砲のものより、一回りほど大きい。
“大和”と“武蔵”だ。二隻の四六サンチ砲艦が、深海棲艦の大型戦艦と決着をつけ、水道へと戻ってきたのだ。
清水の反応は迅速だった。
『砲撃止め。左一斉回頭、針路一〇五』
「来たわねっ!」
それまでにも増して、体中の血が騒ぐ。
針路一〇五。その先は、敵戦艦二隻の針路と交差する点だ。
ついにパラオ艦隊が、敵水上部隊と雌雄を決するべく、肉薄戦を仕掛けるのだ。
“摩耶”と“足柄”の役目は、巡洋艦と駆逐艦の牽制をしつつ、五水艦に突入の道を切り開くこと。
『最大戦速』
回頭が終わるなり、速力を上げるようにと、指示が飛ぶ。“足柄”の主機が唸り、力強くスクリューを回転させて、海水を後方へと掻き出す。その反動が主軸を通して艦体に伝わり、強力な加速度を与えた。
艦尾の海水が沸き立つ。“足柄”と“摩耶”は、ともに急加速して、三十三ノットの最大速力を発揮していた。
まるで申し合わせたように、五水艦の六隻も速力を上げた。“木曾”を先頭に配し、美しい単縦陣を形成して、一文字に突入していく。
単縦陣の四番艦。何かと気にかけている駆逐艦娘の艦を見つけて、口元を緩める。
その道は、必ず切り開いて見せる。
『本艦目標、変わらず敵巡洋艦一番艦(リ級elite)。“足柄”目標、敵巡洋艦四番艦(ト級elite)』
急な加速に、慌てて追随する二隻の敵巡洋艦は、当然こちらの動きを止める気だろう。これを撃破するのは、“足柄”たちの役割だ。
「了解!目標、敵巡洋艦四番艦!測敵始め!」
パラオ艦隊の右舷から迫る敵巡洋艦二隻に向けて、測距儀と主砲を指向する。
まもなく、諸元算出が終了し、各砲塔の右砲が砲身をもたげる。目標とするト級との距離はおよそ八千メートル。できれば三射程度で命中弾を得たいものだ。
「てーっ!」
仲間への道を切り開くため。そして水道の先へ道を切り開くため。足柄は声を張り上げる。
二〇・三サンチ砲五門の高らかな砲声が、艦橋に木霊した。
*
五水艦と並走する二隻の巡洋艦が、砲撃を始めた。
海面をオレンジ色に染め上げる砲炎を艦橋右舷に認めて、榊原は頷く。
“大和”と“武蔵”が戻ってきた時点で、榊原はこの戦いに終止符を打つべく、突撃を決断した。やるならばここしかなかった。
予想通り、敵戦艦を守る駆逐艦隊の隊列に、わずかな乱れが見られた。どの艦隊に対して備えるべきか、判断を迷っている様子だった。
その乱れが、榊原と清水の狙いだった。
これで、敵駆逐艦隊による五水艦への妨害がワンテンポ遅れる。それだけ、残存の敵戦艦二隻に対して肉薄することができる可能性が高まるということだ。
―――最後の問題は。
早くも第二射を放っている“摩耶”と“足柄”から視線を艦首方向へと戻し、榊原は目標とするル級flagship二隻を見遣る。
“長門”と“陸奥”は、息の合った艦隊運動と精度の高い統制砲撃で善戦していたが、さすがに相手が悪すぎた。
統制砲撃の目標としていた敵三番艦に対しては、ある程度被害を与えている。しかし、それとは逆に、敵四番艦に対しては一度も砲撃を行っていない。つまり無傷の状態だ。
ル級flagshipの艦上構造物両舷には、対航空機と対軽艦艇の両方を担当する両用砲が備えられている。連装砲塔、片舷五基、計十基二十門。
敵戦艦への肉薄に際して、この両用砲が、最後の障壁になる。
―――射程に入るまでに、戦艦部隊が叩いてくれることを祈る他ない、か。
波を乗り越えた“曙”の艦首が、海面を強く叩く。艦首の質量によって押し退けられた海水が横方向へと飛び散り、錨鎖管を逆流した海水が艦首甲板を濡らす。
「敵駆逐艦に動きあり。敵艦隊右舷の五隻が離脱して、こちらに接近中。会敵まで五分」
「十分だ」
曙の報告に、榊原は自信をもって答える。
「・・・随分落ち着いてるわね」
隣に立つ曙が、こちらを流し見て言った。それに対して、苦笑に近い溜め息を漏らす。
「落ち着いているというか、どちらかと言うと諦観に近いかな。ここまで来たら、俺にできることは曙たちを投雷点まで連れていくことだけだ」
「・・・あっそ」
ぷいっと視線を前に戻してしまった曙の声は、どこか不満げだ。
しばらく、考え込むような間があった。それからゆっくり、曙が口を開く。
「安心しなさい。クソ提督のことは、あたしの命に代えても、守るから」
思わぬ言葉に、目を見開いてしまう。その後には、苦笑が漏れてしまった。
そういう意味で言ったわけではなかったのだが。余計な心配をかけてしまっただろうか。
頼りになる相棒。逞しい先輩。厳しく、優しい秘書艦。そして、大切な、俺の部下。
曙―――彼女たち艦娘を守り、導くのが、提督たる俺の仕事だ。
「・・・わっ、ちょっ、なによっ!?」
曙の頭に手を添え、クシャッと強めに撫でる。
「すまん。言い方が悪かった。そういうつもりで言ったんじゃない。曙との未来のためにも、必ず勝って、帰ろう」
「わ、わかったから!頭撫でんな、クソ提督!戦闘中だから!」
苦言を呈する曙の言葉に従って、手を離す。調子に乗り過ぎたかもしれない。
手櫛で髪を整えた曙が、再びチラリと、こちらを窺った。
「まったく。いい加減自覚しなさいよ、そういうところがクソ提督なの」
と、言われても。具体的にどのあたりがクソ提督なのか、いまいちわからない。
「善処するよ」
「・・・絶対、わかってないでしょ」
完全にばれている。その点については、半目の曙を、笑顔で誤魔化すしかなかった。
第三射で敵巡洋艦一番艦に対して夾叉弾を得た“摩耶”が、斉射に移行する。一射遅れて、“足柄”も斉射に踏み切った。“摩耶”は八発、“足柄”は十発の二〇・三サンチ砲弾を、敵巡洋艦に対して叩きつける。
五水艦と、突撃を阻害しようとする敵巡洋艦、その間に位置取る“摩耶”と“足柄”は、さながら五水艦を守る盾だ。
―――任せたぞ、清水。
二隻の巡洋艦を指揮する同期に、心の中で呼びかける。その期待に応えるように、“摩耶”の砲弾が敵巡洋艦一番艦の頭上から降り注ぎ、艦上に爆発炎を生じさせた。
「敵戦艦は?」
「まだ、“長門”、“陸奥”と交戦中」
その報告と同時に、敵三、四番艦が新たな砲炎を上げる。一方の“長門”と“陸奥”は、完全に押されている形だ。
特に“陸奥”の損害は、端から見ていても大きいことがわかる。艦の後部は炎と煙で覆われており、その下を窺い知ることは最早できない。
“長門”も無傷ではない。四発の一六インチ砲弾を受けた“長門”は、副砲数門と高角砲が犠牲になっている。航空作業甲板では小規模ながら火災が発生中だ。
二戦艦の苦境に、険しい顔にならざるを得ない。
新たに砲戦に加わった“大和”と“武蔵”は、いまだに夾叉も命中もない。二隻の戦艦棲姫との戦闘は、余程激しいものだったのだろう。特に“武蔵”の射撃精度がひどい。
「敵戦艦との距離、一二〇(一万二千メートル)」
曙が読み上げる。右舷前方に見えている敵戦艦を、榊原は睨んだ。
―――始まる・・・か?
榊原の予感は、当たっていた。
敵戦艦の艦上に、それまでの主砲発砲とは違う、新たな炎が沸き起こった。
炎は艦上構造物の横で生じている。大きさは小さいが、明らかに数が多い。その正体を、榊原は理解した。
鋭い飛翔音が迫るよりも早く、敵戦艦の艦上に二度目の発射炎が踊る。射撃の間隔が異様に短い。
数秒後、五水艦の右舷海面が、ミシン目のように連続して沸き立った。多数の水柱だ。一つ一つは戦艦の主砲弾よりはるかに小さいが、何と言っても数が多い。
敵を一撃で葬り去るのではなく、ジワリジワリと戦闘能力を削っていく。そしてそれは、ひ弱な駆逐艦にとって、最も厄介な相手。
敵戦艦の両用砲が、五水艦の接近を阻むべく、両用砲による弾幕を張り始めたのだ。
先に言っておきます
作者は速射砲至上主義です。両用砲大好き
幾重もの壁を食い破り、パラオ泊地艦隊は雷撃を成功させられるのか・・・?