パラオの曙   作:瑞穂国

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最近遅くてすみません

そろそろ終わりが見えてきたトラック沖海戦

今回は南水道側の戦いを書いていきます


南水道ノ攻防

「ああもう、鬱陶しい!」

 

すでに二桁になろうかという転針の後放たれた射弾を見送り、角田は苛立たし気に叫んだ。

 

南水道で敵戦艦と対峙していた二制艦は、いまだにその壁を破れずにいた。

 

二隻のル級flagshipを、正面から相手取るのは、巡洋戦艦でしかない“金剛”型には荷が重すぎる。ゆえに角田は、転舵を繰り返して敵艦の狙いを逸らしつつ、搭載する四五口径四一サンチ砲が有効打を与えられる距離まで接近することを選んだ。

 

だが、ル級もまた巧みだった。

 

こちらの転舵に合わせて、あちらも舵を切り、距離を取り続ける。加えて、随伴する巡洋艦と駆逐艦の存在が厄介だった。

 

両者の戦闘は、これだけ激しい艦隊運動を行っていながらも、膠着状態に陥っていた。

 

三度目の射弾が、敵一番艦に命中して火焔を上げる。これで七発目だ。それでも、まったく堪えた様子はない。平然と新たな斉射を放ってくる。

 

“金剛”が相手取る二番艦も同じような状態だ。黒煙を吐くこともなく、四隻の巨艦は弾雨の中でダンスを踊っていた。

 

―――せめて敵巡洋艦を何とかしないと。

 

指揮下の巡洋艦、駆逐艦が肉薄できれば、まだ対抗できる。しかしそれは、高望みというものだ。

 

敵巡洋艦は、ピタリと敵戦艦に寄せて戦い続けている。こちらの巡洋艦と距離を取り、決定打を受けない位置で砲戦を行っていた。

 

―――弾の浪費は、嬉しくないね。

 

巡洋艦の主砲は装弾時間が短く、発射間隔が早い。弾火薬庫も大きくないから、あまり戦いが長引きすぎると、環礁突入後に敵艦隊残存や陸上施設を叩く砲弾がなくなってしまう。

 

そろそろ、覚悟を決めなければならないか。

 

「司令・・・」

 

比叡が問いかけるようにこちらを見る。そろそろ弾火薬庫の残弾を気にし始める頃だろう。

 

「やるしかない、か」

 

「はい」

 

ここを突破しなければ、『NT作戦』を成し遂げることができない。二挺艦に求められているのは、最低限、敵水上部隊を排除すること。

 

―――また、厳しい戦いになりそうだねえ。

 

eliteですら、“金剛”型には荷が重い。flagshipともなれば、激しい損傷を受けることは必至だ。

 

それでも、やるしかない。

 

「左一斉回頭、針路〇三〇!」

 

ほぼ真東に向けて進んでいた二挺艦に、取舵を命じる。丁度、敵艦隊を南水道へと押し遣るような針路だ。こればかりは、敵艦隊も応じざるをえまい。

 

細く絞られた“比叡”の艦首が、次第に左へと向いていく。それとは逆に、艦橋には右方向の遠心力がかかり、床がわずかに傾く。角田は足を踏ん張って、敵戦艦を睨み続けた。

 

艦の回頭に合わせて、全四基の主砲塔も旋回する。陽光を浴びて煤汚れた砲口がきらめき、強大な獲物に牙をむく。

 

案の定、敵戦艦もこちらに合わせるようにして、舵を切る。お互いに同航のまま、諸元計算がやり直された。

 

先に計算を終えたのは、二隻のル級だった。

 

「っ!」

 

角田は目を見開く。二隻のル級は、初弾から斉射を放ってきたのだ。

 

―――読まれてる・・・!?

 

こちらが舵を切った時点で、距離を詰め、決着をつけに来ていることを察しているのだろうか。弾量でこちらを圧倒するつもりらしい。

 

「応戦します!てーっ!」

 

比叡が気合いの限りに叫んだ。左舷を指向した主砲口からめくるめく閃光が迸り、二万メートルの距離がある敵戦艦に向けて一トンの砲弾を吐き出す。細長い“比叡”の艦体が、大きく横に仰け反った。

 

“高雄”に率いられた巡洋艦部隊も、敵巡洋艦と距離を詰めるべく、加速している。その後には、“川内”指揮下の四水艦も続行していた。切り札となる酸素魚雷ならば、あるいはル級を仕留めることができるかもしれない。

 

―――そこまで接近するためにも、私たちが頑張らないと。

 

敵一番艦からの第一射が、“比叡”の艦首正面にまとまって弾着した。炸裂した砲弾が容赦なく海水を巻き上げ、丈高い水柱を作り出す。

 

“比叡”の艦首が、もろに水柱に突っ込んだ。日本刀のように鋭い艦首が海水のカーテンに飲み込まれ、錨鎖や揚錨機をバラバラと水滴が打って濡らす。

 

さすがに初弾命中とはいかなかったようだ。それでも、一度に放たれる弾数が多い分、圧迫感がある。さながら目の前に突如として巨大な壁が出現したかのような感覚だ。

 

二万メートルという距離が、果てしないもののように感じられる。

 

―――それでも、押し切る他ない。

 

空振りとなった第一射の結果を受け、“比叡”が修正された第二射を放つ。こちらはセオリー通りの交互撃ち方だ。できるだけ砲弾を無駄にしたくない。

 

巡洋艦以下の艦艇も、砲戦を始めている。“高雄”型重巡洋艦姉妹三隻と、リ級と思しき敵巡洋艦三隻が撃ち合っている。こちらはまだ距離が離れており、有効打を得るには時間がかかりそうだ。

 

敵一番艦の第二射は、再び艦首付近で水柱を噴き上げる。海面を叩き割った砲弾が海中で炸裂し、その爆発が波を産む。激しく艦首に叩きつけた波が、錨鎖管を逆流して艦首甲板に溢れた。

 

入れ替わりで到達した“比叡”の第二射は、敵戦艦の左舷に水柱を上げている。命中には程遠く、まだ修正が必要だ。

 

お互いに新たな射弾を放つ。一六インチ級の砲声に大気が揺らぎ、衝撃波で海面がへこんだ。

 

先に目標に到達したのは、ル級の射弾だ。

 

次の瞬間、鋭い大気の鳴動に、艦橋の窓が揺れた。

 

近い。本能的にそう感じると同時に、艦橋のすぐ横で水柱が立ち上った。命中や夾叉こそしていないものの、十分に至近弾と言っていい。

 

敵弾が“比叡”を捉えるのも、時間の問題だ。

 

このままでは、マリアナ沖の二の舞になる。焦りを多分に含んだ水滴が額を伝った。しかし、有効な手立てはない。このまま押し切る他ないのだ。

 

奥歯を噛み締めようと、何も変わらない。

 

その時。ひたと、手に触れるものがあった。

 

比叡だ。気付かずに握りしめていた角田の右手を、比叡の左手が、そっと包み込んでいた。

 

「大丈夫です」

 

優しく語りかけるような声に、ハッとする。

 

「なんとかなります。なんとかします。今までだって、そうやって来たじゃないですか」

 

彼女の浮かべている挑戦的な笑みは、おそらくいつも自分が浮かべていたものだったはずだ。

 

根拠はない。けれどいつだって、そうだった。

 

なんとかなると信じるところから、いつも始めていたじゃないか。

 

―――僕は、馬鹿だなあ。

 

苦笑が漏れそうになる。角田は小さく頷いて、比叡の意見に賛同を示した。

 

「それに、こんなところで司令を泳がせたら、塚原さんに申し訳が立ちませんから」

 

最後についてきた言葉に、思いっきりむせるところだった。

 

とはいえ、状況が好転するわけではない。敵一番艦は修正された第四射を放ち、それに“比叡”も応じる。

 

次の瞬間。想像だにしないことが起こった。

 

敵一番艦を水柱が包み込んだ。敵二番艦も同様だ。

 

丈高い水柱は、間違いなく四一サンチ砲のもの。しかし、“比叡”の砲撃も“金剛”の砲撃も、到達するには早すぎる。

 

さらに言えば、日本戦艦の特徴である、極彩色の水柱ではない。海水に硝煙が混じっただけの、白濁した水柱だ。

 

一体、誰が。

 

答えは、敵一番艦の射弾が至近弾となった瞬間に、示された。

 

『おい聞こえるか。南水道前でダンス踊ってる日本艦隊』

 

海軍の国際共通バンドに入感したのは、明らかな米国訛りの、若干粗暴な英語だった。

 

『こちらは合衆国海軍、ウィリアム・ハルゼー大佐だ。第七方面艦隊、ここに見参』

 

随分と芝居がかったセリフで、声の主は名乗った。

 

ウィリアム・ハルゼー大佐。第七方面艦隊。どちらも聞いたことのある名前だ。確か数か月前に、パラオ泊地の艦隊と接触を持ったという、米国の艦隊とその指揮官だ。

 

「・・・こちらは日本海軍、角田治美大佐。貴艦隊の目的をお聞かせ願いたい」

 

角田の問いに対するハルゼーの答えは、単純にして明快だった。

 

『我々は、日本海軍のトラック攻略作戦を、支援するためにやって来た』

 

凛々しい笑みを含んだ答えと共に、南の空から発動機の爆音が聞こえ始めた。

 

「機影と艦影を確認!」

 

比叡が報告する。

 

まるでそれを狙っていたかのように、ハルゼーは最後の一言を、流暢な日本語でこう締めた。

 

『待たせたな、ひよっこども!』

 

 

「まったく、あの提督は」

 

こちらの内心を代弁するような一言を漏らし、こめかみのあたりを揉むこの艦の主を、第七方面艦隊参謀長マーク・ミッチャー中佐は苦笑と共に見つめていた。

 

「提督には、困ったものです」

 

話しかけると、少女―――グアムが振り向いて、頷いた。随分と難しい顔をしている。

 

「私にとっては、参謀長だけが救いです」

 

「そう言ってもらえるとありがたい」

 

提督であるハルゼーの性格のせいか、この艦隊には自由人が多すぎる。頭痛の種は増えていく一方で、減ることはない。そして、あっけらかんを通り越して無頓着の域にすら達しつつある提督の代わりに、いつも頭を悩ませるのは、ミッチャーとグアムであった。

 

「後で、日本海軍から苦情が来ないといいのですけど」

 

「まあ、そんなことを気にするような方ではないですからね」

 

後方の空母に乗って指揮を執っている上司を思い浮かべる。今頃、してやったりとでも言いたげに、大笑いしていることだろう。こちらの気も知らないで。

 

「・・・ところで、参謀長」

 

再び声をかけられて、ミッチャーはグアムに意識を戻す。

 

「私が旗艦で、よろしかったんですか?指揮能力も戦闘能力も、“コンステレーション”や“アイオワ”の方が高いと思いますが」

 

今更その質問をしますか。艦隊随一の頭脳派だが、どちらかと言えば、心配性で臆病な少女なのだ。それを必死に、冷静さで覆い隠し、振舞っている。そのことを知っているのは、ミッチャーだけだ。

 

「いいんだ。生残性を考えれば、旗艦を最も戦闘能力の高い艦にする必要性はない。それに、私としては、気の合う君と一緒の方が、やりやすい」

 

「・・・そう、ですか」

 

こちらの真意を図るように、ジッと目を合わせるグアム。やがてその瞳に、ヤンキー魂が灯る。

 

「わかりました。そのご信頼に、必ずや応えて見せます」

 

―――そんなに、肩肘張らなくてもいいんだよ。

 

心の中で唱えても、口には出さない。彼女が決めたことを否定するつもりはない。

 

それに、今後のことを考えれば、しばらく彼女には、肩肘を張っていてもらわなければ。

 

『ほら、どうしたの後輩。全然見当はずれの方を撃ってるわよ』

 

『ああもう!気が散るから話しかけないで』

 

南水道最後の砦となっている敵戦艦へ第四射を放ちながら、二隻の一六インチ砲艦が言い合っている。敵戦艦の方は、彼女らに任せるとしよう。

 

「敵巡洋艦部隊まで、距離一万六千ヤード(約一万五千メートル)」

 

“グアム”以下、“ヘレナ”、“クリーブランド”の三巡洋艦が相手取るのは、I級(日本呼称リ級)と思しき巡洋艦だ。砲戦能力が高く、おまけに魚雷まで備えている厄介な相手だが、“グアム”の一二インチ砲、そして速射性能の高い“ヘレナ”、“クリーブランド”の六インチ砲をもってすれば、十二分に戦える相手だ。

 

―――それに。

 

電探に映る影を思い浮かべる。八インチ砲搭載の日本巡洋艦もまた、敵巡洋艦部隊に接近中だ。

 

この戦いにかける思いは同じ。否、その先にハワイ解放がかかっている分、合衆国の方が大きいかもしれない。

 

彼我の距離が一万五千ヤードを割った時点で、“グアム”は最初の射弾を放った。




いよいよ、アメリカ艦隊参戦!

もちろん、ただの救援が目的ではないわけですが・・・その辺りは、次回ということで

トラック沖海戦を整理していきましょう
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