パラオの曙   作:瑞穂国

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色々回収していきましょう

一機艦の結末、そして横須賀に迫る影

※九月二十八日

内容を一部訂正


結末ト思惑

「塚原少将、大丈夫ですか」

 

こちらを呼び続ける、女性の声が聞こえた。どこか不安げに震えている声のおかげで、少しずつ、意識が覚醒してくる。

 

同時に、全身の痛みも感じた。激しく体を打ち付けた鈍痛で、意識は急激に現実へと引き戻される。

 

ゆっくりと、重い瞼を持ち上げる。目に入ったのは、黒煙が燻っている青空と、こちらを覗き込んでいる人の影。目の焦点があっていくにつれて、その顔がはっきりと見えてきた。

 

不安げに塚原を見つめていた赤城は、少しだけ明るい顔を見せた。

 

「よかった・・・気づいたのですね」

 

心底ほっとしたようなその表情が、どこか普段の赤城とは違う。

 

もしかしたら彼女は、機動部隊の長たらんと、いつも一生懸命に背伸びをしていたのかもしれない。

 

痛む腕を、その頭に伸ばす。髪を軽く撫でると、嬉しそうに口の端を緩めた。

 

「ああ。この通り、大丈夫だ」

 

それから呼吸を挟んで、体を起こす。赤城は止めたが、これは俺の仕事だ。

 

現状を確認しなくては。

 

「説明をくれ」

 

「・・・はい」

 

表情を引き締めて、赤城が頷いた。

 

「俺はどれくらい気を失っていた」

 

「三十分ほどです。艦橋付近への被弾で吹き飛ばされて、激しく体を打たれていました」

 

記憶が飛ぶ前、意識を失った瞬間のことを思い出す。

 

敵艦載機隊、そして基地航空隊から集中攻撃を受ける一機艦。中でも最大の“赤城”は目立った。

 

経験にものを言わせて回避運動を続けていた“赤城”だったが、全弾を回避することなど到底不可能だった。

 

最終的な被弾は、爆弾八発、魚雷五本。爆弾のうち一発は、艦橋のすぐ正面に命中して、炸裂した。爆風は艦橋をもろに襲い、窓ガラスと共に艦橋の中のものを全て吹き飛ばした。当然、塚原と赤城も。

 

艤装に接続されていた赤城は、辛うじて壁面に打ち付けられずに済んだが、塚原はそうもいかなかった。

 

「しばらくは、意識がおありでした。その間に、退艦の指示と、指揮権を近藤中佐に移譲する旨、命令がありました」

 

「・・・そうか」

 

報告を受けながら見つめていた景色のおかげで、大体の事情は把握できた。

 

そこは、見知った“赤城”の艦橋ではなかった。

 

今、塚原と赤城が身を委ねている船は、四万トンの巨艦とは程遠い。“赤城”に搭載されていた、内火艇だ。

 

“赤城”は今、塚原の目の前に横たわっている。その身を炎に焼かれ、赤々と燃え盛る鉄の塊となって、周囲の海水を沸騰させる。四本を被雷した右舷に大きく傾き、今しも海に飲み込まれようとしていた。

 

もはや“赤城”が、救いようのない状態であることは、誰の目にも明らかだった。

 

―――南雲の言っていた通りになってしまったな。

 

こうなることを危惧していた、同期の顔が浮かぶ。結局のところ、彼が予期した通りになってしまった。

 

一機艦の受けた損害は、“赤城”の喪失に留まらない。無傷の艦を数える方が早いくらいだ。

 

空母の中で無事といえるのは、“加賀”一隻のみだ。その“加賀”にしても、至近弾多数と飛行甲板後部に一発を被弾している。

 

その他、海上に姿を留めているのは、“千歳”と“利根”、“筑摩”、三隻の駆逐艦のみだ。一機艦は、実に五隻のBOBを撃沈されたことになる。

 

ただ、艦娘だけは全員救助されている。それだけが救いかもしれない。

 

「このまま、“加賀”に向かいます」

 

よろしいですね?確認を取る赤城に頷く。

 

慣れない手つきで、赤城が内火艇のハンドルを握る。普段操船を担当している妖精の姿はない。艦娘と違って、BOBを魂の拠所とする、一種の憑神のような妖精は、その沈没によって姿を消してしまう。だから今、内火艇を操船できるのは、赤城と塚原だけだ。

 

ゆっくりとした速力で、内火艇は“加賀”舷側へと寄せていく。静寂が訪れたトラック沖の空の下、停船している“加賀”の舷門には、こちらを心配そうに見つめて佇む人影があった。

 

 

「『乙ロ』、『乙ハ』は依然健在。現在、二、三機艦の攻撃隊が攻撃中です。『甲イ』、『甲ハ』はすでに排除に成功し、挺身艦隊は環礁への突入を敢行するとのことです」

 

各艦隊から寄せられる報告電を、大淀が一つ一つ読み上げる。その声を、艦橋に上がってきた東郷は、黙って聞いていた。

 

トラック環礁をめぐる戦闘は、終局へと向かいつつある。すでに戦艦同士の砲撃戦には決着がつき、機動部隊の戦いも佳境だ。

 

昨日中に「乙イ」部隊を撃破した日本海軍機動部隊だが、すでに損害の激しかった一機艦が、今朝一の空襲でついに瓦解した。まともに運用可能な空母は“加賀”と“千歳”のみであり、その艦載機隊も壊滅状態だ。もはや戦力には換算できない。

 

残った二個機動部隊のうち、南雲指揮下の二機艦は、ついぞ昨日中に発見できなかった「乙ハ」とがっぷり組み合って、艦載機の応酬を繰り広げている。背後を取られ、先手を打たれた形になっていた二機艦だが、南雲はうろたえることなく、切り返している。戦況はひっ迫しているとのことだ。

 

一方の三機艦は、「乙ロ」を目標として攻撃隊を放っている。夜明けとともに索敵隊を放ち、「乙ロ」の再確認後、〇七三〇から第一次攻撃隊を、〇九一五から第二次攻撃隊を放っている。今は第二次攻撃隊を放ち、針路を〇九〇に取ったところだ。

 

一通り報告を終えた大淀が、眼鏡の位置を直す。レンズの奥で瞳が光った。

 

「アメリカがトラックを要求してくることは予測できましたが・・・こんな形で、強引な手を使ってくるとは思いませんでした」

 

米第七方面艦隊―――ポートモレスビーを拠点とする艦隊が加勢に現れた旨、二挺艦より報告が上がっている。第七方面艦隊から放たれた攻撃隊は春島の基地施設を叩き、戦艦部隊は二挺艦と共に「甲ハ」と戦闘を行っていた。

 

この後、米艦隊がどうするつもりなのかは、いまだ判然としない。少なくとも、二隻の高速戦艦を含む水上部隊は、二挺艦と共に環礁内への突入を計っている節がある。機動部隊の動向は今もって不明だ。

 

―――米国政府から、何らかの接触があったという情報はない。

 

内地の政府関係者には、東郷の協力者もいる。日本政府に何らかの動きがあれば、その筋から暗号電が飛んでくるはずだ。

 

いや、確かに暗号電は飛んできた。しかし、その内容は、日本政府と米国政府間の動きを報せるものではなかった。

 

また別件で、東郷が危惧していた内容だ。

 

「アメリカ海軍上層部の独断で動いた、と見るべきでしょうか?」

 

「いや、確たる成果を残してから、正式に日本政府にトラックの共同管理を持ち出してくるつもりかもしれん。いずれにしても、アメリカが焦り始めているのは事実だ」

 

遅々として進まないハワイの解放に、アメリカ国内でも政府への批判が高まっている、との情報がある。多少強引な手を使ってでも、状況を打破したいというのが、アメリカの本音だろう。

 

「今は、彼らの推移を見守る他なさそうですね。ここから、何かできることは、ありませんし」

 

思案気に首を傾げていた大淀が、眉を八の字に下げた困り顔で結論付ける。東郷にも異論はない。

 

連合艦隊司令部から、第七方面艦隊に対して、何らかのアクションは取らない。それが東郷の決定だった。

 

「また、何かあったら、戻って来る。君の意見は、参考になるからな」

 

「恐れ入ります」

 

大淀が一礼したのを確認して、東郷は後部格納庫内の司令部施設に戻るべく、踵を返そうとする。が、その東郷を、大淀の目線が引き留めた。迫力があるわけではない。理知的な色が、このまま格納庫に戻ることを許さないのだ。

 

何か、言いたいことが、ありそうだ。

 

「どうかしたか」

 

「先ほどの、暗号電の件です」

 

やはり、そこに突っかかって来るか。

 

「『アメノハバキリ』。横須賀襲撃を意味する電文ですよね?」

 

「・・・正確には、日本本土への、深海棲艦艦体接近を意味する暗号だ」

 

十数分前、横須賀鎮守府からもたらされた極秘電文を解読する乱数表は、東郷のみが持っている。その内容を読めるのは、東郷だけだ。

 

アメノハバキリ。その文面が意味するところは、深海棲艦の大規模な艦隊の日本本土接近だ。

 

『NT作戦』遂行中の日本海軍に、本土に戦力を残してくる余裕などなかった。特に横須賀はほとんど残っていない。本土と前線の間の船団護衛を担当する、巡洋艦と駆逐艦を主軸とした部隊のみだ。

 

昨晩のうちに一度目の戦闘が生起した旨の報告が、電文には添えられていた。今頃は、更に本土に近い海域での、最終防衛戦を展開している頃だろうか。丁度、こちらの砲戦部隊がトラック環礁に突入し、基地施設攻撃を始める時刻と被ることになりそうだ。

 

本土が攻撃されたとなれば、ことは重大だ。海軍だけの責任問題では済まない。今後の、日本政府の方針にも関わって来る。

 

「いいのですか?このまま、各艦隊に報せないままで」

 

「報せたところで、何もできはしない」

 

東郷はかぶりを振る。

 

今から全速力で引き返しても、本土までは数日かかる。最早『NT作戦』参加艦艇に、できることはない。

 

「無駄に不安を煽るだけだ。今は、目の前の作戦に、集中させるべきだろう」

 

それがわからない大淀ではないはずだ。

 

大淀はただ黙って、こちらを見つめていた。

 

「手は尽くした。後は、横須賀の秋山中将に、任せるだけだ」

 

「・・・わかりました。お引き留めしてしまい、申し訳ありません」

 

今度こそ、話は終わり。東郷は“大淀”の艦橋を後にして、艦内を後部の格納庫へと戻っていく。

 

手は尽くした。現状で可能なありとあらゆる方策を講じた。

 

本土を守るのは、秋山率いる横須賀残留艦隊だけではない。

 

日本海軍の隠し玉、“本来存在するべきでない”軍艦で構成された艦隊。

 

それに、本土防衛艦隊第一護衛隊群もいる。

 

彼ら彼女らが時間を稼げば、呉の高速艦隊も加勢できる。

 

勝算は、ゼロではない。

 

―――それでも、低いことに変わりはない。

 

秋山の力量が試されている。否、試されているのは、東郷と、連合艦隊の今後もまた同じだ。

 

『敵編隊接近。対空戦闘用意』

 

丁度その時、艦内スピーカーから、敵編隊の接近を報せる大淀の声が聞こえてきた。

 

戦闘はまだ終わっていない。トラック環礁を解放することが、『NT作戦』の目的であり、東郷が今取り組むべき目の前の仕事だ。

 

司令部要員が詰める格納庫に戻る頃、敵攻撃隊と直掩戦闘機隊との戦闘が始まった。




はい、ルソンの方の話をしてた時に、書いてましたが・・・そろそろ始まります、横須賀攻防戦

あと一話、トラック沖の戦いについて、書いておきます
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