今回で一旦トラックの話はおしまいの予定です
榊原を失ったパラオ艦隊。彼女たちの決断は・・・
・・・ああ、眠い。
冷たい。でも、気持ちいいかも。
どこだろう、ここは。
ああ、そうか。私は、確かここで・・・。
どれくらい経ったのかな?
皆は元気かな?
皆、は・・・。
・・・。
・・・はは、皆、いなくなっちゃったんだった、ね。
ああ、でも。あの娘は元気だろうな。私と同じだし。
探しに行かないと。きっと、寂しい思いをしてる。あの娘には私しかいないから。私にはあの娘しかいないから。
・・・。
でも、今は動けない、か。
だから、ね。お願い。私の代わりに、あの娘を探して?
やり方は簡単。教えてあげる。
だからきっと・・・私の大切な人を、見つけてね。
・・・感じる。
来て、くれたんだ。
アナタもずっと、私を探してくれてたんだ。
アナタもずっと、私に会おうとしてくれてたんだ。
二つに分かれてしまったって聞いた時は、驚いたけど。
でも、それでもいい。例え半分でも、アナタに会えるんだから。
それに・・・もう半分も、すぐに取り返すから。
もう、誰にも邪魔させない。私がきっと、取り返す。
そうしたら・・・もう一度、海に出よう。二人で一緒に航海しよう。
今度こそ、誰にも邪魔されず、二人だけで。二人きりで。
絶対に、楽しいから。
ずっとずっと、笑っていられるから。
待ってて。今、動くから。
アナタを迎えに行くから。
動け。動け、私。ほんの少し、あの娘を迎えに行くだけでいいから。
待ってて。今、行くから。
待ってて。私の―――
◇
「何が起こったの!?」
環礁を通過中だった大和は、ひっきりなしに飛び交う味方艦隊の通信を聞き届けつつ、誰にともなく状況の説明を求めた。
いや、聞かずとも、半分はわかってる。理解してる。
ただそれを、認めたくないだけだ。
榊原座乗の“曙”が、顕現の余波に巻き込まれて、轟沈。艦体は叩き割られ、激しい圧壊音と共に、トラック環礁の底へと沈んでいった。両名の生死は今もって不明。
嘘だ。嘘嘘嘘嘘。こんなのは、品の悪い冗談に違いない。
けれども、水道を環礁へと進むにつれて、それが紛れもない現実であることを思い知らされる。
水道からすぐの海面。“大和”からの距離二万メートルほどの位置で、朦々と水蒸気が立ち上っている。見紛うことなく、あれは顕現の時に現れる水蒸気。誕生を寿ぐ白い海水のベール。
だが今は、それが血塗られたベールに思えてならない。
あの内側の奴は、最愛の提督を、大切な仲間を、踏み潰したのだ。
冷静になれという方が、無理な話だ。実際、環礁へ先に進入したパラオ泊地艦隊各員も、殺気立っている。
現れたアイツは、一体何者なんだ。
「目標、正体不明艦」
大和は水蒸気の中の相手へ照準を命じる。発砲を堪えたのは、なけなしの理性だ。
水蒸気はほぼ正面。測距儀はほとんど旋回することなく、目標を捉える。
『“武蔵”より各艦。別命あるまで、射撃を禁じる』
環礁内の緊迫した空気を感じ取ったのか、最後尾の“武蔵”から栗田が指示する。落ち着いて、深呼吸をしろ。そんな意図が、言外に込められている気がした。
―――そんなこと、わかってる。
文字通り胸を撫で下ろすようにして、息を一つ。ただし、鈍色の輝きを放つ主砲だけは、晴れつつある霧の向こうを捉えて離さない。
『“摩耶”より各艦。水道出口よりの方位一八〇、距離三〇〇に艦影。敵「甲ロ」部隊と認む』
来た。このタイミングで、環礁内に残っていた最後の巡洋艦部隊が、一挺艦に接近してきたのだ。
ギリ。大和は奥歯を噛み締める。全くもって間が悪い。
『“武蔵”より各艦。三制艦、五水艦は敵巡洋艦部隊に対処。指揮は清水少佐が執れ。“大和”は不明艦を照準したまま待機』
栗田の静かな指示が、冷たくも聞こえ、また頼もしくも聞こえる。それが少し苛立たしい。
「見張り、何か見える?」
防空指揮所と艦橋内の双眼鏡に取り付いている妖精たちに尋ねる。霧の向こうで、何か動きはないか。何かわかることはないか。
―――もしも、深海棲艦なら。
迷わず、主砲の引き金を引いてやる。世界最強、ありとあらゆる艦を粉砕可能なこの四六サンチ砲で、叩き潰してやる。
「・・・水道を抜けます」
立ち上る水蒸気の向こうを睨むうちに、“大和”は水道の出口に到達した。不明艦との距離は一万九千メートル。搭載する全九門の四六サンチ砲を使用できるようにするべく、“大和”は面舵を命じた。
たっぷりと三十秒以上の時間をかけて、舵が利き始め、“大和”が反り上がった艦首を右へと振っていく。その動きに合わせて、三基の主砲塔がゆっくりと左舷側へ旋回する。測距儀も一緒だ。太陽にぎらついて、鈍色の輝きを放つ極太の砲身が、鎌首をもたげて、咆哮の時を待ち望んでいる。
直後、見張りをしていた妖精から、決定的な報告が入った。
不明艦に、深海棲艦特有の紋章と迷彩を確認したというのだ。
迷彩のパターンは、日本海軍の深海棲艦識別表の中にはない。いや、似ているものならある。以前、“大和”も戦った相手であり、日本海軍内では「改flagship」と呼ばれる深海棲艦たちだ。
不明艦の迷彩のパターンには、マリアナ沖で戦ったル級改flagshipと、どこか似通ったところがある。
強力な敵であることは、想像に難くない。
大和は、艦橋左舷に見える不明艦へと、さらに目を凝らす。間もなく中天に昇ろうとする太陽が、すでにほとんどが霧散している水蒸気の下に、不明艦の姿を照らしていた。
嫌な汗が伝う。短い間でしかないが、戦場で培われた勘が、警鐘を鳴らす。艦としての本能に近い部分が、目の前に迫る危機を告げる。
目を逸らすわけにはいかない。背中を伝う嫌な汗を無視して、大和は不明艦を凝視する。
なだらかなシアーのかかった艦首。
“曙”を踏み潰した巨大な艦体。
全てを睥睨する要塞のごとき主砲塔。
遥かな天を睨みつける対空砲。
そびえ立つ天守閣を思わせる艦上構造物。
一つ一つ、露わになっていくパーツが、その艦の凄まじいまでの存在感の証。
「嘘・・・でしょ・・・」
呆気に取られる、とはまさにこのことだ。怒りも悔しさも、何もかも全てが頭から抜け落ちていくような感覚。それほどに、その艦は圧倒的で、ともすれば危険な魅力をまとっている。
彼我の距離、一万八千メートル。それなのに、ひしひしと伝わって来る、暴力的なまでのオーラ。
破壊と蹂躙の象徴。海洋の覇者にして絶対王者。何者にも撃ち砕けぬ盾と、神すらも葬り去る矛を備えた、神ならざる怪物。
それは、とてつもなく巨大な、そして途方もなく強大な、海の支配者―――戦艦だった。
「“大和”より各艦!不明艦は、未確認の深海棲艦と認む!発砲を許可されたし!」
あれは、敵だ。少なくとも、味方ではない。そして間違いなく、大和の仲間たちを傷つける存在だ。
これ以上、誰も失うわけにはいかない。
『・・・“武蔵”より“大和”。不明艦への発砲を許可する。以後、不明艦を新型深海棲艦と認定する』
栗田が決断する。その命令を聞き届け、大和は表情を引き締めた。
目測ゆえに確かなことは言えないが、不明艦の大きさは、先に戦った戦艦棲姫のものよりも明らかに大きい。三百メートルは優に超えている。排水量は十万トンに迫るのではなかろうか。
当然、そこに据えられている火砲も、装甲も、戦艦棲姫を上回っているだろう。“大和”だけでは手に負えない。一制艦がまとまって挑んで、ようやく互角に戦えるだろうかといったところだ。
一制艦の残存艦―――“大和”、“武蔵”、“長門”のうち、環礁内に入ったのは、まだ“大和”だけだ。後続の“武蔵”が水道を抜け、砲戦を行えるようになるには少なくとも後五分。“長門”はさらに五分ほどかかる。その間、“大和”単艦で、あの戦艦を相手取らなくてはならない。
鳴らされたブザーの音が、環礁内に響き渡る。
未だ生死不明の二人。大切な人たちの無事を、今は祈る他ない。
「てーっ!」
丹田に力を込めて、大和は叫ぶ。号令から一拍。左舷側を指向していた各砲塔の左砲が、観測射となる第一射を放った。
轟音が木霊する。たった三門だけの射撃でも、四六サンチ砲の発する咆哮はすさまじい。衝撃波が激しく大気を揺さぶり、そのまま空を叩き落としてしまうのではと思うほどだ。
燃焼ガスによって音速の二倍にまで加速された重さ一トン半の砲弾が、鳴動する大気を切り裂いて、飛翔していく。弾着まではおよそ三十秒だ。
「っ!」
第一射から十数秒後。予想通りのことが起きた。不明艦が動きだしたのだ。
艦尾付近が激しく泡立ったかと思うと、巨大な艦体が、次第に加速されていく。丁度、“大和”と同航する形だ。
さらに、その艦上では、備えられた火砲たちがうごめき始めている。
観測機から三連装と報されている巨大な主砲塔が四基、威圧的な雰囲気を辺りにまき散らしながら、殊更ゆっくりと旋回していた。考えるまでもなく、その狙いはこの“大和”であろう。
妙に冷たい汗が額を滑り落ちた。
あれだけの巨艦だ。いったいどれほど強力な主砲を備えているのか。
“大和”と同等、すなわち一八インチ級の主砲を据え付けるなど容易い。あるいはさらに大きな口径の主砲か。それが全部で十二門。陽光にきらめくその姿が、何よりもこちらの恐怖心を煽ってくる。
蛇に睨まれた蛙、とはこのことだろうか。明らかな敵意を、圧倒的な力と共に見せつけられた時、誰しも身動きが取れなくなるものなのだ。現に今、大和は金縛りにでもあったかのように、不明艦から視線をずらせずにいる。
大和の意識を現実へと引き戻したのは、先に自らが放った第一射三発の弾着だった。
不明艦の加速を計算に入れていなかったため、四六サンチ砲弾は全て艦尾の海面に弾着している。全弾が空振りだ。命中弾や夾叉弾はおろか、至近弾すらない。
「諸元修正、急いで!」
焦りにも似た声で、大和は砲術科と、自らの頭を通り過ぎていく無数の計算式を急かす。
修正された諸元が各砲塔へ送られ、大和が第二射の号令を出す前に、災厄は始まった。
先に火を噴いたのは、不明艦の両舷を覆う対空砲だ。どうやら、対水上戦闘も考慮している両用砲だったらしく、ほぼ水平に近い仰角となった砲身から、無数とも思える炎を吐き出した。
狙いは当然、“大和”よりも前にいる三制艦と五水艦だ。
三制艦の戦闘を行く“摩耶”の周囲に、スコールのような砲弾の雨が降る。立ち上る水柱一つ一つはそれほど大きくない。それでも、異様に多い数と、連続して噴き上がる様が、まるで艦の前に立ち塞がる海水の壁のようにも見受けられた。
そして。いよいよその時もやって来た。
第二射の咆哮を受けた“大和”の動揺がいまだ収まらないうちに、不明艦の艦上にめくるめく閃光が走った。
大和は目を見張る。命中弾の光ではない。不明艦が“大和”への砲撃を始めたのだ。
一万八千メートル先の海上で生じた、四つの発砲炎。その尋常でない光量と大きさに、“大和”はしばし言葉を失っていた。
やがて、飛翔音が迫る。頭上を圧迫されるというのは、このことなのだろう。まるで空そのものが落ちてきてしまったかのように、大和には感じられた。
甲高い音が途切れた時、“大和”もまた災厄に襲われた。
天を突かんばかりの勢いで四本の水柱が噴き上がり、巨大な衝撃が艦底から“大和”を突き上げた。一瞬の浮遊感に大和は歯を食いしばり、不明艦を睨む。
数秒後、“大和”は三度目の射弾を吐き出した。
・・・すごく中途半端なところで終わってる・・・
まだまだ、最後に残ったフラグを回収する必要があります。でもそのためには、本土近海での戦いを書かなければ・・・
というわけで、次回からは本土近海迎撃戦です