パラオの曙   作:瑞穂国

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二週間とか言っておいて、三週間経ってます。

お久しぶりです、瑞穂国です。

レポート地獄に一区切りがついた(と思いたい)今日この頃。

今回も急展開、本土防衛艦隊の後を引き継ぐのは、満を持して登場のあの方たちです!(どの方たちだ)


襲撃者

伊豆大島沖―――

 

「『敵艦隊の足止めに成功。第一護衛隊群の損失は一隻』、か」

 

横須賀からの報告を反芻し、相模は表情を引き締めなおした。

 

本土防衛艦隊も空軍も、決死の覚悟で敵艦隊を足止めしたのだ。現代兵器は深海棲艦に通用しないとわかっていても。

 

その一時間を、無駄にするわけにはいかない。

 

「提督、秋津洲さんには・・・?」

 

後ろから呼びかける声に、相模は振り返る。艤装を背負い、戦闘の準備を進めているのは瑞穂だ。

 

元々、水上機母艦である“瑞穂”は前線向きの艦ではなく、どちらかと言えば後方支援を担当する。だが今作戦においては、同じく後方支援の“秋津洲”とともに、比較的前線へと展開していた。

 

なぜか。その役割は何か。

 

「展開は完了したか?」

 

「はい。いつでも攻撃可能です」

 

「わかった。・・・秋津洲を動かそう。もう一度、敵艦隊を引っ掻き回す。それで、時間稼ぎは十分なはずだ」

 

わかりました。瑞穂はそう頷いて、“秋津洲”宛てに暗号電を飛ばした。

 

“瑞穂”も“秋津洲”も、その任務は本隊到着までの時間稼ぎだ。今頃沖ノ鳥島から驀進しているであろう、本土防衛の切り札が戦場へ切り込むための布石だ。

 

本土防衛には漸減邀撃が最適。日本海軍のお家芸だ。

 

―――好きにはさせん。

 

本土近海へその気配を迫らせつつある敵艦隊を睨み、相模は次の策を準備し始めた。

 

 

硫黄島沖―――

 

「うっうっ、ほんとにやるの、かも」

 

作戦にゴーサインが出てから、秋津洲は何度目になるかわからない溜め息を吐いた。

 

元々、後方支援が任務の艦だ。それは自分自身でよくわかっているし、ルソンという職場に満足もしていた。だがまさか、こんな形で、戦闘に加わることになるとは。それも、本土防衛という、とても大事な局面で。

 

「胃が痛いかも・・・」

 

お腹の辺りを抑えつつも、秋津洲は頬を張った。大変なのは自分ではない。大艇ちゃんたちだ。

 

“秋津洲”と共に顕現した、三機の二式大艇。本来、“秋津洲”は彼らの母艦ではなく、所属は別のところになる。“秋津洲”とは、二式大艇の活動を補助する、補給と整備のための、動く拠点のような存在だ。それでも、両者は縁あって共に顕現した。今は、三機の二式大挺を、“秋津洲”が保有していることになっている。

 

“秋津洲”の飛行隊。たった三機だが、他のどこにもない、唯一無二の飛行隊。

 

偵察と哨戒を主任務としてきた彼らだが、一応こういうことも想定して訓練を積んできた。それを指示したのは、他でもない秋津洲本人だ。

 

今、その成果を試せと言われている。

 

―――送り出すのが、母艦である私の義務、かも!

 

硬く決意をし、秋津洲は通信機を立ち上げる。ここから少し離れた空域で旋回待機している二式大艇へ、電文が飛んだ。

 

「作戦発動。大艇ちゃん、やっちゃって、かも!」

 

 

闇に紛れる忍者たちがいた。

 

総数はさほど多くない。二つの集団に分かれた忍者たちは、その身を闇に溶け込ませ、静かに、しかし確実に、目標へと接近を試みている。

 

その、翼の生えた忍者たちは、空軍の偵察機からリアルタイムで送られてくる情報を元に、ただひたすらに漆黒を駆けていた。発動機が力強くプロペラを回し、機体を前へ前へと推し進める。

 

そんな忍者の一機、“秋津洲”飛行隊のニ式大艇三機を率いる、一番機の機長妖精は、列機の様子を伺いつつ、前方の機影を注視していた。

 

とはいっても、実際に目視できているわけではない。味方機を見るのは、電子の目の役割だ。ニ式大艇の妖精たちは、スコープ上の輝点として僚機を見ている。

 

“秋津洲”飛行隊を含めた、ルソン基地航空隊は、大きく二つに編隊を分け、ひたすらに敵艦隊―――本土を急襲せんとする深海棲艦艦隊を目指していた。二つの編隊は前後に配置され、そのうち後詰めを担当するのがニ式大艇たちである。

 

一方、先鋒を務めるのが、“瑞穂”所属の航空隊だ。その数は全部で十二機。今作戦が初見参となる。

 

ニ式大艇とは異なる、単葉双フロートの機体。水冷エンジン搭載に由来する、研ぎ澄まされた日本刀を思わせるフォルムは、俊敏さを感じさせた。しかもその腹には、航空魚雷を抱えている。

 

水上攻撃機“晴嵐”。元々は潜水空母に搭載される機体が、回り回ってルソンに配備されていたものだ。“瑞穂”に集中配備された彼らは、航空戦力に乏しいルソン基地の、切り札中の切り札である。

 

“瑞穂”に搭載され、伊豆大島沖まで運ばれた十二機の“晴嵐”は、母艦を飛び立ち、十数分前にニ式大艇たちと合流したところだ。伊豆大島沖から敵艦隊までは、それほど時間もかからない。

 

二時間ほど前、第一護衛隊群と交戦した敵艦隊は、旗艦である新型戦艦の機関復旧を待って、乱れた陣形の再編を行っている。すでにそれも終え、再び横須賀への進撃を開始していた。

 

当初の予想から二時間分を稼いだとはいえ、敵艦隊が横須賀まで数時間の位置に迫っていることに変わりはない。頼みの綱は、沖ノ鳥島沖から驀進中の独立艦隊、そして横須賀残存の水雷戦隊だ。

 

ルソン航空隊の使命は、彼女らのために、活路を切り開くことにある。

 

先頭で隊を誘導する“晴嵐”から、「敵艦隊見ゆ」の報告がある。正確には、視認したわけではなく、電探の探知可能範囲に入ったことを意味する。距離は二万ほど。

 

報告と同時に、ルソン航空隊全機が高度を下げ始めた。夜間の対空戦闘は、電探頼みだ。であれば、敵の電探を掻い潜れる、低高度を飛行するのが得策である。

 

軽快な単発攻撃機の編隊に続いて、四発機である二式大艇もゆっくりと高度を下げる。高度計の針が回り、少しずつ小さな値を刻んだ。その値が三十を割り込んでもなお、機長妖精は操縦桿を起こさない。スロットルを絞り、速度を落としつつ、高度の秒読みをしていく。

 

高度が二十を切った辺りで、機首をわずかに上げた。失速ギリギリの速度を維持し、高度を下げていく。さながら、海面へと着水する時のように。

 

否、三機の二式大艇は、実際に着水した。

 

大島沖の海は凪いでいる。風はなく、波も立っていない。精々軽いうねりがある程度。この程度であれば、二式大艇の許容範囲だ。

 

着水した三機の二式大艇は、そのまま速度を落とすことなく、海面を驀進していく。鰹節のような機体底面が波を切って、飛沫を上げる。白い海水がまるで航跡のように、後ろについてきた。

 

操縦席から、少し上空を見る。“晴嵐”は、高度二十を維持して先を急ぐ。戦闘の隊長機が翼を振った。バンクだ。お互いの健闘を祈る、そういう意味だろう。

 

スロットルを吹かして“晴嵐”が加速、敵艦隊へ突撃する。暗い色の機体はすぐに闇に溶け、視認できなくなった。

 

代わりに、炎が海面に踊る。おそらくは敵艦隊の対空砲火だ。外縁を固める駆逐艦や巡洋艦が両用砲を振り立て、迫りくる“晴嵐”へ向けて砲弾を吐き出す。

 

強襲を目的とした艦隊とはいえ、総数二十隻ともなれば、その対空砲火は激烈だ。夜間でなければ、たかだか十二機程度の“晴嵐”に突破できるものではないだろう。

 

故に、夜だ。航空機の優位を最大限に活かす。

 

連続する砲炎が、敵艦隊の影から上がっている。炸裂する対空砲弾は見えない。新月の海では、光源と呼べるのは星明りだけであり、その光はあまりにも儚い。この戦場の全景を照らすには、全くもって足りていない。

 

本来、目まぐるしく移りゆく戦場の光景は、今回に限って誰にも見えていない。敵にも、もちろんこちらにも。

 

だが、どちらかと言えば、ルソン航空隊に有利な戦場であった。理由は明白だ。敵艦隊が盛大に対空砲火を放ってくれるおかげで、その光に浮かび上がる影を捉えることができた。それが目印となり、“晴嵐”の行く先を指し示す。

 

機載の電探上で、“晴嵐”が敵艦隊までの距離三千を切った。その高度はいよいよもって低く、対空電探で捉えられるか否かというところまで、電波の反射が海面に紛れてしまっている。

 

状況は敵艦隊も同じはずだ。いよいよもって、その対空砲火は“晴嵐”を捉えられなくなる。

 

そこからはあっという間だ。“晴嵐”たちはみるみるうちに距離を縮め、距離およそ六百にまで接近してから、敵艦に向けて魚雷を放った。引き起こしをかけた機体は、発動機の出力にものを言わせ、すぐさま上空へと駆けていく。

 

“晴嵐”が目標としたのは、敵艦隊の外周を固める駆逐艦と巡洋艦だ。夜間のため輪形陣こそ敷いていないが、敵戦艦部隊は警戒担当の駆逐艦と巡洋艦を数隻ずつ、艦隊両翼に展開していた。その内左翼のものを、“晴嵐”十二機は狙ったのだ。

 

放たれた十二本の魚雷が、六百の距離を航走するのに、大して時間はいらない。しかも超至近での投下であり、回避運動を取る余裕は全くなかった。

 

傍目にもわかる激しい閃光が、海面の数か所で生じた。魚雷炸裂の瞬間だ。どれだけの戦果を挙げたのかはわからないが、“晴嵐”の魚雷は狙い違わず、敵の警戒艦艇を捉えた。

 

ここから先は、二式大艇の仕事だ。

 

三機の二式大艇は、いまだ海面の上を滑走している。離水ギリギリの速度を保ち、白波を蹴立てながら敵艦隊へ肉薄していく。穿つはただ一点、たった今“晴嵐”がこじ開けた、敵艦隊防御陣形の穴だ。そこから、さらに内側の敵戦艦を狙う。

 

極限の低空飛行、というよりも最早水上航行に近い行動を取っているのには理由がある。

 

いかに二式大艇が優秀な航空機と言っても、それは大型水上機の範囲に限られる。四発機であるから動きは緩慢であるし、俊敏性という点ではどうしても単発機に見劣りする。特別速力が速いわけでもない。まして今回は、たった三機での攻撃である。

 

そこで、機長妖精は、電探の穴を突くことを考えたのだった。

 

低空に行けば行くほど、対空電探に捕まりにくくなる。これは、航空機の機体に反射する電波が、海面に反射する電波に紛れてしまい、電探上で判別がつかなくなるために起こる現象だ。ゆえに、海面上を滑走する航空機を捉えることは、ほぼ不可能である。

 

また、水上目標を捉えるための水上電探は、存外に小型目標を捉えにくい。理由は対空電探と同様であり、例え捉えられたとしても、相当に距離が近づいてからである。また、対水上電探では、対空砲群との即時連携は難しい。

 

しかも、作戦実施は視界の利かない夜と来た。

 

これらの理由を踏まえ、機長妖精は海面滑走という手段を選んだのだ。そして、事実として、距離五千を切ったというのに、敵艦隊に気づいた素振りはない。

 

二式大艇の翼下には、左右一本ずつの航空魚雷が懸吊されている。三機併せて六本。全て命中すれば、敵戦艦一隻を航行不能に陥れるのに、十分すぎる数だ。

 

先の魚雷で炎上する軽艦艇が、周囲を朧気に照らし出している。その光の中に、大きな影を捉えた。一瞬見えた艦橋形状から、ル級クラスの敵艦とわかる。

 

機長妖精は、目標をそのル級に定めた。

 

距離はみるみる縮まっていく。“晴嵐”には劣るとはいえ、船などより圧倒的に速い航空機だ。後一分もせず、投雷点がやってくる。

 

不気味な沈黙。それがこれ以上ない重圧となって、操縦席を見たいしている。二式大艇に乗り込んだ妖精の、誰一人として、身動きを取らない。ただジッと、息をひそめ、敵艦隊の様子を窺う。

 

燃える敵軽巡は、眼前まで迫ってもなお、こちらへ気がついた様子はなかった。先に攻撃を仕掛けた“晴嵐”が離脱したことで、もう攻撃はないと油断しているのだろうか。あるいは艦の保全に必死なのか。どちらにしろ、これ以上の好機はなかった。

 

敵軽巡の舳先を抜けた時点で、距離は一千を切り、七百まで迫っていた。十二分に必中と言える距離だ。これ以上近づけば、引き起こしが間に合わなくなる。

 

機長妖精は投雷を指示した。すぐに投下レバーが引かれ、二本の魚雷が海中へ解き放たれる。すぐさまスロットルを一杯に開き、二式大艇は離水にかかった。

 

程なく、巨大な機体は海面を離れ、上空を目指し始める。

 

さすがに敵艦隊も気づいた。慌てて対空砲火を放ってくるが、すでに三機は離脱にかかっていた。機銃弾が何発か機体を掠めたが、被害はない。

 

放った魚雷の命中に、大して時間は必要なかった。おどろおどろしい轟音が響き、闇夜にも明らかな水柱が立ち上る。狙い違わず、敵戦艦の舷側を抉っていた。

 

その末路は、もはや見届けるまでもなかった。否、その時間もなかった。

 

戦場に、新たな刺客が到着したからだ。




今回も超特急、ものすごい駆け足で過ぎ去っていきました、一話・・・

いやー、これがやりたかった。二式大艇で雷撃したかった。以上!

さてさて、次なる刺客とは誰なのか。乞うご期待!

調子が良ければ二週間以内にまた会いましょう。

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