パラオの曙   作:瑞穂国

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タイトルに深い意味などない!

そして前書きに書くこともない!

つまり、前書きの意味がない!


大和ハ国ノマホロバ

黒鉄の城が、ゆっくりと動きだした。緩慢な動きでも、六万トンなど軽く超えている艦体を動かすために上げられる機関の轟音は、並の船の追随など許さない。晴れ渡った午後の空の下を、榊原を乗せた“大和”は、泊地沖の演習海域へ向けて、微速で向かっていく。

 

「舵ブレてるぞ、まっすぐ」

 

「は、はい」

 

同じく艦橋に立つ摩耶が、大和に注意する。これだけの規模の艦だ。舵一つとっても、その動きには細心の注意が払われるのだろう。

 

海面から四〇メートル近い高さの艦橋から見える景色は、壮観の一言に尽きた。ただし、大和の方にはその景色を楽しむ余裕はないらしく、摩耶の指導のもとで艦の操作に集中している。沖に出るまでは手持ち無沙汰な榊原は、微速から半速に増速した“大和”の右舷側を見た。

 

駆逐艦が一隻、随伴している。細く絞られた艦体一杯に武装を積み込んだ快速艦は、“大和”に寄り添うようにして波間を進んでいた。

 

並走する“曙”の艦橋から、こちらを窺う気配がした。実際には、角度的な問題で直接見えることはないのだが、何となくそんな感じがしていた。

 

大和着任から三日。今日から本格的な習熟を行う。戦艦だけあって、一度動くために必要な資材は馬鹿にならないが、調べた結果、“大和”の燃費はむしろ良好であることがわかっている。そもそも、BOBの機関は通常艦よりも二割から三割ほど熱効率がいいので、基本的に低燃費の艦が多い。それに、こんなところで出し惜しみしても仕方ないので、大和の一日も早い戦力化に向けて、積極的に錬成に努めていくことになった。

 

通常軍艦の慣熟には、半年近くがかかると言われる。大型艦では千人を越える乗員が、各々の持ち場に慣れ、連携が確立するまでにそれだけの時間がかかるのだ。それに対しBOBは、基本的な動きを艦娘一人で制御できるので、艦娘がその操作に慣れるだけで慣熟訓練は終わる。その期間は艦娘によってまちまちだが、大体一、二か月と言われた。

 

教官役は摩耶。その他の軍艦とは比べ物にならない規模を持つ戦艦の教導ができるのは、パラオには摩耶しかいなかった。

 

榊原はというと、パラオ初の戦艦ということで、格段に難しくなる艦隊運動に慣れるために、昼食を取り終わった時点で摩耶に確保され引き摺られて来たのであった。大和はともかく、榊原は慣れがなければ、他艦との適切な連携指示は出せない。

 

ちなみに曙は、「あたしが演習中の対潜護衛をやる」と強固に主張して、着いてきたのであった。

 

―――「健気な秘書艦だな」

 

出港前、含みたっぷりの、摩耶が見せた笑顔の意味はわからない。

 

舵が安定したのか、それ以降は摩耶から特別指示が飛ぶことはない。三人とも、静かに艦橋に立っていた。もっともそれは、当の大和におしゃべりをしている余裕がないからなのだが。

 

「提督、指示出してみろ」

 

「わかった」

 

いくらか沖に出たところで、摩耶が促す。

 

「原速」

 

「り、両舷原速」

 

大和が復唱し、主機の回転数が上がる。同時に曙にも指示を出すと、見事にピタリと並走を続けた。さすがの錬度だ。

 

「曙ちゃん、すごいですね」

 

心底感心したように、大和が呟く。艦を動かすことで精一杯の彼女にしてみれば、こんなにピタリと追随してくる曙の技能は、まるで魔法のように思えるのだろう。艦隊運動を第一とする駆逐艦ゆえの、優れた腕前だった。

 

「艦隊行動ってのは、一人でやるもんじゃないからな。自己主張は強いが、あいつはそういうのをちゃんと弁えてる」

 

同じように“曙”の動きを見遣った摩耶が、そう評した。それは、パラオ泊地に所属する全ての艦娘に言えることだ。各々の個性は強烈を通り越した何かだが、それでも艦隊運動は整然として美しい。榊原は改めて、彼女たちの技量に感服する思いだった。

 

大和も、そこまでにならなくてはならない。

 

「よし、この辺でいいだろ」

 

演習海域に到着すると、早速とばかりに摩耶が頷く。まずは動かしてみろ。そういうことだろう。

 

予定される練習用の航路は、頭の海図にはっきりと描かれている。後はそれに沿って、的確に指示を出すだけだ。

 

榊原にとっても、戦艦の操艦は初めてだ。それまで泊地最大だった摩耶の、七倍はあろうかという大和である。その舵がどの程度のものなのか、想像もつかなかった。

 

大和に手渡された通信機を握る。そろそろ、最初の転針ポイントだ。

 

「転針、取舵二〇」

 

マイクに吹き込む。すぐに大和が復唱した。“曙”の方でも、タイミングを見計らって、転舵をするはずだ。

 

転針の指示を出した後も、“大和”は前進を続ける。莫大な排水量は慣性力となって艦の周囲に働き、水流を作り出す。舵が利きだすには、この力に打ち勝ったうえで、横向きのモーメントが生まれることが必要だ。それまでの間、艦はただひたすら、惰性で進み続ける。

 

それにしても、なかなか舵が利きださない。それまで乗っていたのが駆逐艦の“曙”が主であったからか、戦艦ゆえの緩慢な転舵には、焦れるものがある。それは大和も同じらしい。摩耶からの厳命で、最初に動かして以来、舵には手を着けていないみたいだが、不安で仕方がないのだろう、うっすらと汗を浮かべて、艦首に立つ波を見ていた。

 

結局、“大和”が艦首を左に振ったのは、転舵の指示からたっぷり一分近くも経った時だった。横向きのモーメントが艦を動かし、鋭いカーブ描く。指示通り二十度の回頭があった後、艦は再び直進に戻った。

 

“曙”も、しれっとした顔で着いて来ている。転針前と位置取りもほとんど変わっていない。

 

「今見た通りだ」

 

摩耶が言う。摩耶は昨日も、基礎的な外洋航行の指導をしていた。舵の利きについては、すでに見ていたはずだ。

 

「“大和”の艦体はでかくて、舵が利き始めるまで相当なロスがある」

 

―――回避運動の時は、要注意だな。

 

航空機に対する回避行動は、敵機の未来位置を予想したうえで取らなければならない。長いロスタイムは、それだけ回避を難しくする。

 

「ただし、舵が利き始めてからは早い。それと、カーブの半径も小さい。多分、長門型なんかより断然鋭く曲がれるぜ。艦隊行動には有利だな」

 

旋回時に描く半径は、そのまま艦隊運動のしやすさに直結する。小回りの利く艦は、複雑な艦隊行動にもついていきやすい。それだけ、他艦との連携もできる。

 

「タイミングさえ掴んじまえば、後はどうとでもなる」

 

摩耶はそう締めて、励ますように大和の肩を叩いた。大和もコクリと頷く。「頑張ります」と、そういうことだろう。

 

―――俺も、頑張らないとな。

 

結局のところ、艦隊全体に転舵などの指示を出すのは提督である榊原だ。彼自身にも、“大和”の転舵タイミングを掴む義務がある。そのために、摩耶も彼をここに呼んだのだから。

 

「にしても、化け物だな、あいつ」

 

打って変わった気の抜けた口調で、摩耶は窓の外の“曙”を見遣った。“曙”と“大和”が行動を共にするのは、今日が初めてだ。にもかかわらず、寸分違わずにピタリと位置を合わせる彼女の操艦術に、舌を巻いている様子だった。

 

それをさも当たり前のように、特に偉ぶるところもない彼女は、謙虚というか、可愛げがないというか。

 

―――可愛げがないのは、俺の方だったか。

 

初めての航海で、そう言われたことを思い出した。

 

「とにかく、慣れだ。慣れるしかない」

 

「は、はい」

 

摩耶が力説する。頷いた大和もやる気だ。

 

転舵の指示は繰り返される。取舵、面舵、減速、増速。提督の指示が飛ぶと、大和が復唱し、舵や主機を動かす。戦艦の習熟訓練は、結局夕暮れ近くまで続いた。

 

 

 

訓練が終わり、泊地沖に投錨した“大和”から、内火艇で泊地へと戻る。指示の連続で若干声が枯れた榊原は、横で疲労の色を浮かべる大和を見遣った。トレードマークの番傘は、昼に出港した時よりも低い位置で開いている。

 

「はー、早く風呂入りてー」

 

摩耶が体の節々を伸ばして息を吐く。涼やかな風が泊地から吹くと、三人の髪がそれに揺れた。

 

「お風呂・・・いいですね」

 

大和もうっとりと呟く。あれだけ集中していたのだ、相当にエネルギーを消費したに違いない。風呂は、疲れを癒すにはもってこいだ。

 

パラオの大浴場は、庁舎の割に豪華で、なんと露天風呂までついている。ありがたい限りだった。

 

「・・・お?」

 

前方に迫る埠頭に目を遣った摩耶が、面白いものを見つけたように声を漏らす。小柄な人影が一人、静かに立っていた。

 

先に戻っていた曙だ。

 

内火艇が埠頭に着いても、特に動くでもなく、三人が上がってくるのを待つ。先に上がった摩耶が、ニヨニヨと笑って声を掛けた。

 

「お疲れ。お迎え、ご苦労様」

 

肩を叩くと、曙の眉がピクリと跳ねて、目を逸らした。小声で「お疲れ」と言った横顔からして、何か思うところがあって、こうして埠頭で待っていたらしかった。

 

摩耶と違い、榊原には皆目見当もつかない。大和に先に上がってもらうと、摩耶と同じように「お疲れ様」と声を掛けて、さらに待ち続ける。

 

―――用件は俺か。

 

それだけは、やっとわかった。

 

内火艇の妖精がニヤニヤとこちらを見ている。“大和”所属の妖精だが、大和とは違ってお茶目な妖精だ。ちなみに、着任時に大和が自ら降りてきたのは、この妖精が勧めたかららしい。

 

彼の笑顔の意味が解らず、とりあえず埠頭に上がる。腕組みして待つ曙に近寄ると、その双眸が細くなってこちらを見ていた。

 

「・・・ただいま」

 

なんて言ったものか、迷った末に、「お疲れ様」ではなくそう言うことにした。曙の目が見開かれ、ツイッとそっぽを向いてしまう。

 

これは間違いだったか。改めて「お疲れ様」と声を掛けようとしたが、その前に、

 

「・・・お、おかえり」

 

か細い声で、曙が言った。

 

―――可愛げがない、なんてことはないな。

 

微笑んだ榊原から益々目を背けてしまった曙は、何も言わずに庁舎へと歩きだす。

 

相変わらず、何を考えているのかはいまいちわからない。

 

「操艦の腕は、さすがだな」

 

「・・・別に。あれぐらい普通でしょ」

 

何気ない口調で褒めると、いつも通りのそっけない答えが返ってきた。

 

「ついては、訊きたいことがあるんだが」

 

「何?」

 

「艦隊の操艦で、大事なことは何か聞きたくてな。こういうのは、曙に訊くのが一番だと思った」

 

「そんなこと」

 

さもつまらなそうに、曙は喋り出す。転針指示のタイミング、各艦の位置関係の把握や、相対位置の変化。そっけない態度とは裏腹に、アドバイスは的確でわかりやすい。噛み砕いて言っている様子はないから、これが彼女の素の教え方なのだ。

 

―――本当に、初期艦の鑑だ。

 

他の初期艦に会ったことはないが、それでも曙の指導は、群を抜いて上手いと思う。知識も豊富だ。

 

「―――とまあ、こんな感じ。わかった?」

 

「ああ、助かった。ありがとう」

 

「ふんっ、別に。クソ提督が変な指示したら、あたしたちが困るじゃない」

 

最後に憎まれ口が着いてくるのもお約束だ。

 

「曙のその知識は、やっぱり初期艦になるときに勉強したのか?」

 

「・・・違う。特にそういうことはやってない。あたしが着任した時に教えてもらったことを、そのままクソ提督に言ってるだけ」

 

「先輩の艦娘請け負いか。誰なんだ?」

 

何気ない質問に、影が差したように見えた。並んで歩く曙は一瞬黙って、わずかに険しくなった表情で庁舎の扉を開けながら、ボソリと呟いた。

 

「・・・吹雪よ」




十七話まで来といて、吹雪に関する説明がゼロや・・・

どないしよ・・・

ま、トラック攻略し始めればなんとかなるだろ!(適当)
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