少し緩めのお話
今回も祥鳳さんの暴走が止まらない
深海棲艦は強大な敵であり、油断は大敵だ。だが、常に気を張り詰めていることは、人間にも、もちろん艦娘にもできない。緊張の継続は過度のストレスを生み、パフォーマンスの低下をきたす。つまり軍事的な効率から見ても、適度な休息は必要なのだ。
「月月火水木金金」の言葉が示すように、旧帝国海軍は厳しい訓練で有名だった。その伝統を受け継ぐ旧自衛隊にしてもそうだ。しかしそれでも、日曜日は決まって休みである。
もちろん、これは平時に限った話だが、戦時においても、休日というものは必ず与えられる。
自衛隊から海軍となっても同じだ。そして今日は日曜日である。最前線のパラオ泊地にも、束の間の休日が訪れていた。
―――だが、なにがどうなって、こうなった。
砂浜に立つ榊原の格好は、普段の第一種軍装とは程遠い。短パン―――海水パンツに、無難なパーカーを羽織り、パラソルを抱えた麦わら帽子は、どこからどうみてもバカンスに来た観光客そのものだ。数年前のパラオでは、ありふれた格好だったが、観光客などいない現状では、榊原の姿は浮いてる以外の何ものでもなかった。
「司令ー、こっちー」
砂浜から元気に呼ぶのは陽炎だ。彼女も、榊原と同じように水着を着ている。真っ白い肌が日焼けしてしまうのではと心配するのは、二人の妹が重なって見えるからだろうか。
「・・・行くか」
多分、ここ数年で最大の決心をして、榊原は陽炎の方へと歩きだした。
大丈夫、これは休暇だ。海軍に知られたからと言って、更迭されるようなことはない。・・・と、思う。
色々な心配事をわざと頭の外へと掃き捨てて、とりあえずはパラソルを立てることにした。
今日は、コロールからほど近い浜辺へと、パラオ泊地所属艦娘全員で繰り出している。曙との兵棋演習に負けた結果、特別休暇としてビーチへ行くこととなってしまったからだった。
さすがはパラオ、水着の購入には困らなかった。種類はあまりなかったが、各々お気に入りの一着を見つけられたようだ。
泊地の方はどうしているかというと、何かあったらすぐに知らせるようにと言い置いてきた。榊原は海軍特製の完全防水緊急通報機―――要するに防水携帯電話を持っており、何か異常があればそこに連絡が入る。
以前行っていた近海哨戒は、BOBたちから港湾部の哨戒艇に移されており、こちらに割く艦娘も必要ない。よって、パラオの全員が、このビーチで束の間の休暇を楽しめることになった。ありがたいと言えば、ありがたい限りだ。
―――トラック攻略戦も近い。丁度いい、息の抜き時かもしれないな。
そんなことを思いながら、手際よくパラソルを開く。ほんの半年ほど前までは、極々普通の学生だった身だ。夏休みを利用して、海にもよく行った。このくらいはお手のものである。
同じく持ち出したレジャーシートを、パラソルの陰に敷けば、ひとまず拠点は完成だ。陽炎が感心して言う。
「司令、随分手馴れてるわね」
「海はよく行ったし、海の家でバイトなんかもしてたしな。まあ、仕事のうちみたいなものだ」
シートが飛ばされないように、持っていた荷物を置く。陽炎もそれに倣った。
「他の皆は?」
「着替え中。もうそろそろ、来る頃よ」
早速準備体操を始めている陽炎の言う通り、着替えを終えたパラオ泊地の艦娘たちが次々と榊原の方にやって来た。
思わず息が詰まる。榊原とて、若き男性だ。うら若き少女たちばかりとなると、ドギマギもしてしまう。まして艦娘たちは、皆人並み以上に美人だ。
美女美少女たちと海水浴に来て、何も思わずにいられるほど、榊原は老成してはいなかった。
「お、パラソル準備できたか。サンキュな、提督、陽炎」
先頭に立つ摩耶が声を掛ける。露出の多いビキニが、惜しげもなくそのボディーラインを晒していた。
「ほとんど司令一人でやっちゃったわよ。あたし、なーんにもしてない」
「そうなのか?ま、いいや。荷物置くぜ」
広げたシートの上に、それぞれの荷物が置かれる。
「おっし、早速遊ぶぜーっ!」
待ちきれないとばかりに海へと走っていこうとする摩耶を、慌てて引き留める。
「待て待て、ちゃんと準備体操をしてからだ。それと、日焼け止めも塗らないと」
「えー」
摩耶の表情が不満げなものになるが、木曾以下水雷戦隊が率先して準備体操と日焼け止めを塗りだしたので、渋々従う。
海の家でアルバイトをしていた時に知り合ったライフセーバーの請け売りだ。「準備体操疎かにするべからず」、「紫外線侮るべからず」である。
艦娘たちに混ざりながら、榊原も準備運動をする。特に、攣ると致命傷になりかねない足は入念に。
「よっしゃーっ!突撃ーっ!」
終わった途端、真っ先に駆けだしたのは摩耶と陽炎だ。足を取られやすい砂浜をものともせず、韋駄天の如く駆けていく。その後を追って、木曾と長波、満潮が続く。それを溜息と共に見送った曙と霞は、お互い顔を見合わせて苦笑する。それから、競い合うように駆けていった。
「二人はいいのか?」
最後に残った、番傘を差す二人に、榊原は問いかける。元気一杯にはしゃぎ始めた駆逐艦娘たちを見ていた大和と祥鳳は、コテンと首を傾げて目線を合わせる。
その間に、空中放電のような現象があったことには、榊原は気づかないようにした。
「それより提督」
先に口を開いたのは祥鳳だ。普段の弓道着の際はさらしで抑えているらしい大きな胸が揺れる。
ものすごく嫌な予感がした。
「せっかくですから、私が日焼け止めを塗りましょうか?」
思いっきり咳き込みそうになった。
「な、なぜそうなる」
「いいじゃないですか、親睦を深めると思って」
「いえ、祥鳳さん。その役目はこの大和が」
割って入ったのは大和だ。こちらも、すらっとした長身に似合う、均整の取れたボディーをしている。
二人が対抗するように見つめ合う。
「大和さん、海は初めてでしょう。遠慮せずに、楽しんできていいんですよ」
そう言った祥鳳が、榊原の左腕を掴んで引き寄せる。
「祥鳳さんこそ、親睦を深めたいでしょう?どうぞ、皆さんと遊んできてください」
そう言った大和が、榊原の右腕を掴んで引き寄せる。
―――何この、安いラブコメ状態。
向かい合う、二人の大型艦娘。互いを主張するように胸を突き出し、静かに見つめあっている。その間に見えるアーク放電を、今度は無視することはできなかった。二人の背後に、大量の艦載機隊と、巨大な三連装砲塔が見える。
「ふ、二人とも落ち着くんだ。日焼け止めなら、俺一人で塗れる。わざわざやってもらわなくても大丈夫だ。それより、せっかくの特別休暇なんだから、二人とも楽しんできて」
榊原の訴え、というよりも懇願に、二人は再び押し黙る。見つめあっていたのは十数秒程度だったはずだが、間に容赦なく火花が散っているせいで、まるで永遠のように感じられた。
「提督の言う通りですね」
「そうですね」
それぞれ番傘を畳み、ゆっくりと海へ歩いていく。
「提督も、早く来てください」
そう言った祥鳳に、曖昧に手を振る。
―――俺なんかのどこがいいんだか。
周囲から鈍感鈍感と言われ続けた榊原であるが、さすがにここまではっきりと好意を示されればわかる。もっともそれが、どの程度の想いによるものなのかを見極められるほど、恋愛経験は豊富ではなかった。
吐きそうになった溜息を呑み込み、自らも海へ飛び込むべく準備する。諸々は抜きにして、目の前に広がる透明度の高い波打ち際は、童心を思い出すほど魅力的だった。
駆逐艦娘たちに散々弄ばれた後、一旦浜へ上がった榊原は、近くの桟橋まで来ていた。目的は単純だ。静かに釣り糸を垂らし、南国の魚たちがかかるのを待つ。釣れれば引き上げ、針を外してリリース。
桟橋の下駄に打ち付ける波は静かなものだ。ここ数年は使われていないらしく、フジツボの類がうじゃうじゃ張り付いている。
浜の方では、艦娘たちがまだまだ元気にはしゃぎ回っている。持ってきたシュノーケルを装着し、少しばかり沖の方で泳いでいる娘もいる。透明感あふれる魚の豊富な海は、さぞ綺麗な光景が広がっているに違いない。
―――のどかだ。
自然と綻ぶ頬を感じながら、たった今吊り上げたカラフルな魚を針から外し、海へと戻す。チャポンと飛び込んだ魚は、再び元気よく泳ぎだした。
「・・・何一人で黄昏てんのよ」
ペタペタと桟橋を歩いてきた足音が、ふいに榊原へ声を掛けた。見上げるまでもなく、声の主が曙だとわかる。
「黄昏時じゃないから、別に黄昏てたわけじゃないぞ」
「揚げ足はいいの」
餌を取り付けながら、曙の方を振り仰ぐ。しっとりと濡れた髪を垂らす少女は海から上がったばかりらしく、体全体が艶っぽい。水着の上から腰巻のような布―――いわゆるパレオを着ていた。花柄のそれが風に揺れ、たなびく。
榊原の視線に気づいたのか、海の方を向いた曙が、言い訳がましくまくし立てる。
「ほ、ほらあれよ。パラオだから・・・」
パレオ。頬を赤く染めて、ツイとそっぽを向いたままの彼女の言に、榊原は盛大に吹き出した。
腹を抱え、肩を揺らして笑う。若干頬を膨らました曙も、同じようにして笑いだしてしまった。
「ははは、なんだその理由」
目元に涙まで浮かんできてしまった榊原は、呼吸を整えて曙と向かい合う。
「いいな、パレオ。似合ってる」
「・・・あんだけ笑っといて、よく言うわ。・・・ありがと」
照れたように言った曙は、そのまま榊原の隣に腰を下ろした。履いていたビーチサンダルを脱いで脇で揃え、海面に足先を浸ける。ゆらゆらと楽しそうに足を揺らしていた。
「で、何してたの?」
「釣りだよ」
「そういうことじゃなくて」
誤魔化そうかと思ったが、曙に通じるわけもなかった。内心で敵わないなと思いながら、苦笑を浮かべる。
「ちょっと、思案に耽ってた」
「そう」
特に促すわけでもない。彼女はただ聞いているだけ。そう思うと、すっと楽になるものがあった。そういう不思議な雰囲気というか、魅力が曙にはある。
「いよいよ、始まるんだなと思ってな」
トラック攻略戦の実施が正式に決定した旨の暗号は、くしくも今日の朝に入ってきた。作戦概要は追って連絡船が持ってくるとのことだ。
ついにこのパラオが、最前線基地としての役目を果たす時が来た。トラック攻略の足掛かりとして設置されたパラオが、激戦の要となる。当然、その戦闘にはパラオ所属の各艦娘たちも参加することになる。
「クソ提督が気負ってどうすんのよ」
隣の曙はさらりと言った。
「最高指揮官でもなし、実際に戦うわけでもなし。クソ提督があれこれ心配したってどうにもならないでしょうが」
「・・・身も蓋もないことを」
榊原は再び苦笑する。こういうところで遠慮をするような曙でないことは知っていた。
「まあ、でも、」
水面をピチャピチャと波立たせる曙は、広がる波紋に目を落として、さも何気ない風に続ける。
「例えどんな編成になっても、あたしたちが最後に頼る指揮官は、他でもないクソ提督よ」
曙の立てた波に、釣糸の浮きが揺れる。波間を漂う標の動きが、何かを暗喩しているような。
「これ以上ない危機の時、あたしたちが指示を仰ぐのは、クソ提督よ」
確信、信頼、決意、矜持、とてつもなく大きなそれらを、榊原は背負っている。そのことを改めて知らしめられた気がした。
「あたしたちは、クソ提督を頼りにしてる。だからクソ提督も、あたしたちを信じて」
―――それは、殺し文句だよ。
だがそれは、今自分が欲していた答えのように、榊原には思えた。
彼女たちが戦うというなら、提督である俺が信じないでどうするか。
「信じてる」
今なら言える。覚悟などという高尚なものではないが、それでも自信を持って言える。その背中を押したのは、紛れもない、一月もの間隣にいてくれた曙の言葉だった。
「俺は信じている」
繰り返した榊原に、曙が満足げに頷いた。
「おーい、二人ともー。そろそろ飯だぜー」
摩耶の呼ぶ声が聞こえた。そろそろ昼時だ。
「行こうか」
竿を引き上げ、榊原が立ち上がる。一方の曙は、立ち上がる気配を見せなかった。不審げに窺うと、
「ほ、ほら。信頼の証」
スッと手を差し出してきた。引いて立ち上がらせろ、ということだろうか。そっぽを向いた頬が赤い。
榊原は、その手を取る。優しく、そっと包み込むように。柔らかい曙の手は、とても温い。陽射しにきらめく濡れた髪を揺らして、彼女は精一杯の―――そしてとびきりの笑顔を見せた。
ついに次回から、トラック攻略作戦第一段階開始です!
ここまで長かった・・・!
新しい提督とか、諸々出てきます。また、よろしくお願いします
それと、吹雪についても少しずつ触れていこうかと