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提督、着任ス
横須賀鎮守府。
隅々までよく掃除の行き届いた木張りの廊下を、真新しい徽章をつけた若い男が歩いていく。
榊原広人少佐。『提督』の有資格者として、海軍の課す試験と各種課程を修了した彼は、本日付で正式な提督となった。着任の挨拶をするために、今は横鎮の執務室長―――俗に言う提督長が詰める執務室へと向かっている。しばらくの間、カツカツと廊下を打つ足音だけが響いた。
「失礼します」
一際重厚なドアの前で立ち止まり、ノックをする。中からの返事を待って、ノブを捻った。
執務室は広かった。というよりも、重厚なドアに比して室内がかなり簡素にまとめられているために、そのような印象を受けるのだろう。飾り気のない本棚に、小さな観葉植物がある程度だ。その中で執務机に腰掛ける男に、彼は敬礼する。無帽なのでお辞儀だ。
「久しぶりだな、榊原少佐」
「お久しぶりです、秋山中将」
年齢はさほど変わらないように見えるが、三年も前から横須賀で戦い続ける目の前の男と彼では、階級も経験も雲泥の差がある。長年の悪弊を改め、戦果による昇進―――場合によっては降格を認めた海軍の中で、秋山は正に若き才能と呼ぶにふさわしかった。
「やはり慣れないな、同年代の人間から階級で呼ばれるのは」
秋山は苦笑して頭を掻くと、一度咳払いしてから話し始めた。
「さて、まずは提督就任おめでとう、榊原少佐」
「はっ、ありがとうございます」
榊原は軽く会釈する。
「本題に入る前に。艦娘については、どの程度聞いている?」
「いえ、ほとんどなにも。講義では、深海棲艦に対抗し得る“艦”を操れる存在だと」
提督候補生のすべてが提督になれるわけではない。中央に配属されるものも多く、もちろん課程を修了できずに脱落するものもある。そうしたところから艦娘の機密が漏れないように、研修過程では最低限の知識以外何も詳しいことは知らされていなかった。
「その通りだ。他にはどうか?研修内容からある程度目星はついてるだろう?」
「はっ・・・。考えられる限りは。自分でもにわかには信じ難いですが」
「まあ、最初は誰でもそう言う。けど、考えてもみろ。今のこの状況こそ、全く持って信じられないものじゃないか?少なくとも、数年前の俺は想像もしていなかったよ」
秋山が言い終わるのを見計らったように、もう一度執務室のドアがノックされた。榊原が叩いたときよりも柔らかく、軽やかな音が鳴り響いた。
「失礼します」
「お、来たか。入ってくれ」
ドアが開かれる気配を感じて、榊原もそちらを振り向く。入口には、何らかの資料を抱えた少女が立っていた。
「あ、もういらしてたんですね」
少女はそう言って、執務室に足を踏み入れた。
歳は十代後半、高校生か大学生といったところだろうか。今時に珍しいセーラー服を着て、後ろ髪をちょこんと結んだ、どこにでもいそうな女の子だ。ただし、そのささやかな胸元には、鎮守府の職員であることを示す小さな銀のバッジがきらめいていた。
榊原に会釈をして秋山のもとに向かう少女からは、微かに染み付いた潮の香りがした。明晰な榊原の頭脳は、少女が何者であるかを理解した。
「はい、司令官。頼まれていた資料です」
少女は両手で持った数冊の本と紙束の山を、ゆっくりと執務机に置き、それを二つの山に解体する。無駄のない動きで、随分と手慣れているようだった。
「ありがとう。助かった」
「いえ、お安いご用です」
少女はそう言って微笑むと、本棚に歩み寄って、観葉植物の鉢を手に取った。
「お水だけ変えてきますね」
「わかった。なるべく早く戻ってくれ。彼女は?」
「外で待ってもらってますよ。あまり待たせ過ぎると拗ねちゃいますからね」
それだけ言い残して、少女は執務室の隣の給湯室へ入っていった。
「―――中将、彼女は・・・?」
「ん?ああ、うちの秘書艦だよ」
秋山は、二つに分けられた山のうち一つをパラパラと確認しながら答えた。
「秘書艦・・・ということは、彼女も艦娘なのですか?」
「・・・正確には“元”だけどな」
「元・・・ですか?」
秋山の表情が、一瞬険しくなる。
「まあ、色々あったんだ。―――よし、こっちが少佐の分だ」
話はここまでとばかりに、秋山は二つの山のうち一つを榊原の方へ示した。
「うちにある資料だ。これから必要になると思う。持って行くといい」
「はあ・・・」
榊原は生返事をする。状況が飲めない。どこへ持って行くというのか。
結局、さらに質問を重ねることはできなかった。給湯室から、観葉植物を持った少女が戻ってくる。彼女はそれを元あったところへ置くと、秋山の横にすっと立った。
「さて、本題に入ろうか」
机の上で軽く手を組んだ秋山は、鋭さを増した視線で榊原を見据える。榊原は自然と背筋を伸ばし、姿勢を整えた。研修課程の中で身に付いた、一種癖のようなものだった。
「榊原広人少佐」
「はっ」
踵を揃えて、全身に神経を行き渡らせる。
「早速ですまないが、君にはパラオに行ってもらう」
「パラオ、ですか」
パラオの名はもちろん知っている。太平洋に浮かぶ小さな島々で、かの戦争中には激戦地ともなった。深海棲艦の出現後は孤立を恐れて政府をフィリピンに移しているはずだが、未だに現地で暮らしている人も多い。
「パラオに泊地が新設される。君の配属はそこだ」
「パラオ泊地・・・」
二ヶ月ほど前、海軍呼称『パラオ沖海戦』が生起したことは記憶に新しい。この時奪還した諸島に、海軍は早速前線基地を築いたようだ。かの戦争で旧海軍の泊地が置かれていたことからもわかるように、パラオは艦隊の投錨地にうってつけだった。太平洋の制海権奪還を目指す海軍にとって特に重要な拠点であることはもちろん、当面の目標と掲げるトラック環礁の解放にあたっては、作戦展開の最前線基地となることは明白だった。それだけの価値がある泊地であり、それを理解しているからこそ、深海棲艦の海上封鎖も激しかったのだろう。
しかしながら、この配属は異例と言えた。普通新任の提督というのは、本土の三鎮守府―――横須賀、呉、佐世保のいずれかに半年ほど配属され、艦娘を指揮するノウハウを実地で学ぶことになる。研修課程で叩き込まれた各艦種の特性を体に染み込ませ、以後の鎮守府、泊地、基地での艦隊運用に支障をきたさないためだ。それが唐突に最前線基地への配属と言われても、榊原にとっては正に寝耳に水といったところだ。
「すでに設営隊から、工期の八十パーセントを消化したと報告がきている。泊地としての運用に支障はない。このまま、すでに現地に駐在している警備隊にうちから一人を加えて、艦隊を編成する」
「では、自分は・・・」
秋山が頷いた。
「少佐には、その艦隊の指揮を執ってもらう」
至極簡単に言って、秋山はファイリングされた数枚の用紙を引き出しから取り、榊原に差し出す。受け取った用紙をめくると、どうも履歴書のようで、少女の顔写真と経歴―――戦歴と言うべきだろうか、それらがかなり大雑把に書かれていた。おそらく詳しい経歴については軍機指定が入っていて、これ以上のことを書けないのだろう。
―――アイツに頼めば、もっと詳しいのが手に入るかな。
そんなことを考えてみる。見つかったら軍法会議ものだが、そんなへまをするような友人ではない。
「私からは以上だ。何か質問は?」
「・・・では、ひとつ」
説明を終えた秋山に確認すると、目で続きを促してきた。
「パラオの提督長は、どなたがお務めになるんですか」
「少佐だよ」
即答した秋山に、今度こそ榊原は目を見開いた。
「本気でおっしゃっているんですか!?」
「もちろんだ。まあ正確に言えば、実質的な提督長ということになるがな。当面の間パラオは、横須賀の直轄として、書類上は私が指揮を執る。ただしこの通り、そう簡単に動ける身ではないのでね。実際の指揮は少佐にお願いしたい」
「はあ・・・。しかし、自分には艦隊指揮の経験など・・・」
「その点は問題ない。泊地の艦隊には、特に優秀な艦娘を集めた。私の考えうる限り、最強の布陣だ」
秋山は殊更楽しそうに、イタズラっぽい笑みを浮かべる。その表情に、榊原は初めて秋山が自らと同じ若い青年のように見えた。
この人には敵わない、と諦めて、榊原はもう一度、背筋を真っ直ぐに伸ばした。いずれにせよ、軍人である彼は、命令に従わなくてはならない。
「わかりました。榊原少佐、パラオ泊地提督の任、慎んでお受けします」
「よろしく頼む。出立は明日だ。それまでは、横須賀を堪能してくれ」
「はっ」
身を引き締めて答える。
話はこれで終わりと判断した榊原は、執務室を後にするべく回れ右をしようとした。が、どうも続きがあったらしい。それまで静かに秋山の横に控えていた少女が、その袖を引いて訴えた。
「もう、司令官」
「ああ、そうだった。少佐、君に会わせたい娘がいる」
少女が、秋山の頷くのを見て執務室のドアに駆け寄り、そっと開いて外と二言三言交わす。やがてその身がドアの外に消え、しばらくしてもう一人の少女の腕を引いて戻ってきた。
「お待たせしました!」
元気よく入ってきた彼女とは対照的に、もう一人の少女は強引に連れてこられたらしく、多少なりと慌てていた。
「ちょっ、吹雪引っ張んないでよ!」
「だって、曙ちゃんが恥ずかしがって入らないから」
「あたし一言もそんなこと言ってないでしょうが!」
「またまたー」
今にも食いつきそうな勢いの少女に、吹雪は笑顔のままで答えていた。その様子に、秋山も相好を崩す。
「お前らなあ・・・」
苦笑する秋山と違って、榊原は突然執務室で始まったあまりにも日常的すぎる光景に目をしばたくしかなかった。ふと、実家に残してきた二人の妹のことが思い出される。そして同時に、初めて間近に見る“艦娘”という存在が、ごく普通の少女であることに一種の安堵と驚きを覚えた。
「うるさい!あ、あたしをあんたたちの愛の巣に巻き込むな!」
・・・なんだかトンデモナイ言葉が聞こえた気がするのだが。
「あ、曙ちゃんナニいってるの!?」
「ふ、ふんっ。あたしは事実を言ったまでよ」
そう言った少女の顔も赤い。ナニを言っているのかわからないが、どうやら耳年増というやつのようだ。
「へ、へぇ~。そーゆーこと言っていいんだ~?」
「な、なによ」
「・・・右の、上から二番目の引き出し」
「ちょっと待った、なんで吹雪が知ってんの!?」
「ふふん、それはもちろん、秘書艦ですから」
勝ち誇る吹雪に、少女が再び反論することはなかった。よっぽど重要な秘密を握られていたのか、この吹雪という艦娘、なかなか侮れない。
「ほら、その辺にしておけ」
もう苦笑を隠そうともしない秋山が、最後にはプイッとそっぽを向いてしまった少女と自らの秘書艦を呼ぶ。しぶしぶといった感じで動き出した少女は、それでもすらりと姿勢よく、吹雪より半歩ほど前に出て執務机の横に立った。
見た目は吹雪よりも幼く見える。中学生か高校生といった体つきだが、目はしっかりとして勝ち気な印象を抱かせた。長くしなやかな髪は、群青の輝きを帯び、顔の右側から流れている。その結び目に開く、大きな花の飾りも、こちらの目を引いた。
何度も繰り返すようだが、ここが横須賀鎮守府でなく、榊原も提督でなかったのならば、彼女を謎の敵と戦う力を持った艦娘であろうなどと思いもよらなかったことだろう。目の前の少女は、どこにでもいるごく普通の娘で、しかしながらただの人間にはない、独特の雰囲気をまとっているのも事実だった。
「というわけで少佐、君の初期艦を紹介しよう」
初期艦というのは、新任の提督に一連の艦隊運動を教える艦娘のことで、大抵の場合は駆逐艦が務める。そのため初期艦には、高い能力が求められた。
何が可笑しいのか、秋山は満面の笑みで少女に目配せをした。ちなみに、本当にちなみにだが、後ろに控えている吹雪もまた、微笑ましげな視線でこちらを見つめていた。
―――なんだ、一体。
ただハテナマークを浮かべるしかない榊原と違って、少女はウンザリといった様子で視線を受け流し、彼の方へさらに一歩、進み出た。息を吸い込み、榊原の目をまっすぐに見つめて、少女はこう名乗った。
「特Ⅱ型、綾波型駆逐艦八番艦の曙よ」
吹雪については・・・まあ、今はいいか
これぐらいの文章量で進めていくつもりです
では、また