パラオの曙   作:瑞穂国

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どうもです

ついに、ここまでたどり着きました・・・!

連載四個掛け持ちを決めたときは、どうなることかと思いましたが、とりあえず物語の最初の重要ポイントに行き着きました


作戦前夜

「隣、座るぞ」

 

夕食の席で、その声は唐突に掛かった。

 

『IF作戦』発動前夜。それまでよりもさらに増した緊張感の中でも、食堂の艦娘たちは賑やかだ。その様子を眺めながら夕食の鮭に手を付けようとしていた榊原は、不意にかかった声の主を振り返る。榊原と同じトレーを持った将校は、彼の同期であり、第五期生主席であった、清水隆之少佐だった。

 

細身で長身、短く揃えた髪に、細い目と、同じぐらい細いフレームの眼鏡。白衣を着ていれば、海軍の人間というよりもむしろ研究者に見える。

 

元々の性格なのか、清水はあまり自分から他人に関わろうとするタチではなかった。同期たちがたまの休暇に飲みに行こうとすると、着いてくるかは半々といったところだ。

 

そんな清水が、自分から榊原に声をかけてきた、のみならず隣に座ってもいいかと聞いてきたのだ。明日辺り、槍でも降って来るんじゃなかろうかと、榊原は一瞬本気で思ってしまった。

 

「いいぞ」

 

まあ、特に拒否する理由もないので、榊原は隣の席を示す。清水は腰を下ろすや、すぐに手を合わせて夕御飯に手を付け始めた。

 

―――なんで、わざわざ俺の隣に座ったんだ。

 

つくずく、この主席様の考えることはよくわからない。

 

変に気を遣ってもアレなので、榊原も箸を動かす。出撃前だからだろうか、鮭の塩気が、いつもよりも効いている気がした。

 

そのまま食事は進んで行く。しかし、隣に珍客がいるせいで、妙に意識してしまう。この時ほど、気さくに話せる悪友の存在を欲したことはなかった。

 

「・・・榊原」

 

突然、清水が榊原の名を呼んだ。あまりに唐突だったので、思わずご飯をむせてしまった。ゴホゴホと咳き込む榊原を、清水は怪訝な目で見遣る。

 

「・・・なんだ、お前」

 

「いや、すまん。ちょっと・・・」

 

ちょっとビックリした、とは言えずに、榊原はそのまま姿勢を正した。

 

「で、どうした?」

 

榊原は続きを促す。が、自分から話し始めたくせに、清水は一向に口を開かなかった。悠然と鮭の最後の切り身を咀嚼して、きれいさっぱり片付いた夕御飯に手を合わせた。

 

「・・・随分と、艦娘たちと親しいんだな」

 

冷淡な声だ。そもそも清水の話し方からは、感情が読み取れることはまずない。

 

「ああ。俺は彼女たちの提督だからな。できるだけ、いろんなところで交流を持つようにしている。その上で、俺を信頼してくれているなら、嬉しい」

 

清水は何も言わずに、こちらを見つめていた。そして特に何か反応するわけでもなく、トレーを持って席を立つ。相変わらず、食べるのが異様に早い。

 

「気を緩めるな」

 

立ち去り際、清水が言った。

 

「彼女たちはただの少女じゃない。現状唯一、深海棲艦に対抗できる戦力だ。情をかけ過ぎると、いざという時に正しい判断ができなくなる」

 

忘れるな。彼女たちは仲間ではなく、兵器だ。そう言い残して、清水はトレーを片付けに行った。

 

―――油断するな、ってことか。

 

榊原はそう思うことにした。清水なりの、励ましなのだと。

 

清水の本当に考えていることが理解できる者など、少なくとも榊原たちの同期にはいなかった。

 

 

「あっ」

 

風呂から上がった榊原は、同じようにして暖簾から出てきた彼女とばったり出くわした。普段と違い、風呂上がりの髪の毛はストレートに後ろへ流れ、水滴を帯びて群青に輝く。風呂用具を持った曙は、榊原の登場に目を開いて、間の抜けた声を出しつつも、すぐにいつもの切れ長な目元に戻った。

 

「曙も、今上がったところか」

 

「見ればわかるでしょ」

 

攻略艦隊到着以来、それまでよりも交わす言葉が少なくなった秘書艦は、それでもいつもと変わらないそっけない返事を榊原に返した。

 

「それもそうだ」

 

自らの間抜けな質問に苦笑して、榊原は休憩室の方を向いた。冷蔵庫では、コーヒー牛乳が冷えている。

 

「曙は、コーヒー牛乳、飲むか?」

 

「・・・今日は、やめとく。明日の朝、お腹壊したらシャレにならないし」

 

もの欲しげな表情だったが、曙はそれを振り払うようにさっさと歩きだす。相変わらず、本当に真面目な艦娘だ。彼女に倣って、榊原もやめておくことにした。

 

大浴場から、提督私室と艦娘寮のある庁舎の方へと廊下を歩いていく。隣に並んだ榊原を流し見て、曙がギリギリ聞こえる声で言った。

 

「別に、わざわざ一緒に来なくてもいいのに」

 

「俺が一緒に歩きたいだけだよ」

 

「・・・ふんっ。あっそ」

 

そっけない返事のようだが、さっきと違ってどこか喜色のようなものが見て取れた。こうしているのは、まんざらでもないらしい。可愛いやつである、という感想は、失礼であろうか。

 

「・・・何こっち見てんのよ、クソ提督」

 

緩みそうになる頬を懸命に抑えて曙を見ていたことは、彼女にはバレバレだったようだ。それを誤魔化そうとして、榊原は別の話題を探した。

 

「曙の髪、随分長いな。綺麗にするの大変じゃないか?」

 

「へ?」

 

榊原の言葉は、曙の意表を突いたらしい。どこか恥ずかしそうに流したままの髪をいじりながら、曙は何でもない風を装って話し始めた。

 

「ま、まあね。あたしたち、基本毎日潮風に当たるし。色々大変よ」

 

でも、短くしようとは、思わないかな。曙は呟いた。そうして、風呂上がりで整えられたばかりの髪をいじる姿は、榊原に何かを思い起こさせた。

 

だから、ついこんな言葉が、口を突いて出てきた。

 

「髪、梳こうか?」

 

バッ。ものすごい勢いで、曙がこちらを見た。

 

「な、何でクソ提督が・・・っ!」

 

「いや、嫌ならいいんだ」

 

もちろん、榊原も無理強いする気はない。

 

一転してそっぽを向いてしまった曙は、ボソボソとやはり聞き取れるか聞き取れないかの声の大きさで、先を口にする。

 

「別に、嫌なんて、言ってないでしょ」

 

本当に可愛いやつである。

 

また緩みそうになった頬を堪えているうちに、榊原の腕が強引に引っ張られた。小柄な体でも榊原をぐいぐいと引っ張っていく曙は、まるで何かを誤魔化すように速足だった。

 

「ちょっ、どこに行くんだ?」

 

「決まってんでしょ。あたしの部屋よ」

 

マジですか。

 

いかに提督とはいえ、艦娘寮に入ることはほとんどない。うら若き乙女たちの秘密の花園だ。強引にいばら混じりかもしれない花園へと曳かれていく榊原の動揺は推して図るべしである。

 

そうこうしているうちに、榊原は艦娘寮の一室の前に連れて来られた。基本的に同じデザインの扉が並ぶ寮だが、それぞれが誰の部屋であるかを示す表札には、結構凝った工夫がされている。出撃先でも自作の表札を持っていき、与えられた部屋にわざわざかけるのだとか。

 

ちなみに曙の表札には、ウサギやらカニやらがデコレーションされていた。

 

―――あっ、可愛い表札。

 

榊原がそんなことを思った時、曙が自室の扉を開いて、モジモジとしながら、彼を招き入れた。

 

「ど、どうぞ」

 

「あ、ああ。失礼するよ」

 

榊原も、若干緊張気味に、曙の部屋へ足を踏み入れる。女子の部屋に入ったのは初めて―――ではないが、少なくとも中学以来だろうか。

 

室内は、榊原たちの部屋よりも一回りほど小さい。ベッドと机、タンス。質素なのは変わらないが、小物が多いのと、一応申し訳程度にはドレッサーが置かれていた。どこか、“曙”の艦橋に近い匂いがする。

 

こほん。曙がわざとらしく咳払いをする。

 

「じゃあ、クソ提督。ベッドに座って」

 

「え・・・?」

 

ドレッサーの前じゃなくていいのか?とは思ったが、曙が有無を言わさない表情なので、大人しく従うことにした。腰掛けたベッドはホテルなんかのそれよりはいくらかしっかりとして、反発を返してくれる。代わりに、掛布団は柔らかだ。夜もそこまで暑くならないので、どちらかと言えば薄手になっている。

 

ベッドに腰掛けた榊原とは別に、曙はドレッサーの前に向かって、櫛を取る。差し出されたそれを受け取ると、榊原の想像もしていなかった事態が起こった。

 

ポスッ

 

風呂上がりの軽やかな曙の体が、榊原の膝の上にチョコンと乗ったのである。

 

「あ、曙!?」

 

思わず彼女の表情を覗き込もうとした榊原から逃げるように、曙は早口でまくし立てた。

 

「な、何よ!?文句ある!?」

 

否、それは開き直りと言うべきか。

 

「文句は・・・ない」

 

ない。が、理由はよくわからない。若干どころではない榊原の困惑を封じ込めるように、曙が催促してきた。

 

「ほら、早く」

 

「・・・わかった」

 

この二か月で、曙に無理に理由の説明を求めることが無意味であることは理解していた。太ももに乗る彼女の柔らかな感触が気にならないわけはないが、それを押し殺せるぐらいには、榊原は理性的だった。

 

「それじゃ、梳くぞ」

 

「お、お願い」

 

慎重に、それこそ壊れ物でも扱うように、榊原はゆっくりと、蒼く輝く髪に櫛を入れた。

 

スッ

 

風呂上がりで湿っていても、その櫛通りは驚くほどいい。日頃気を付けているというのは本当なのだろう。流れるような、綺麗な髪だ。

 

「・・・ほんとに綺麗だな。櫛がよく通る」

 

「クソ提督こそ。随分慣れてるのね」

 

「妹によくせがまれてな。髪を梳くのに関しては、世界一うるさい女だった」

 

その間もゆっくりと髪を梳いていく。最初はこわばっていた曙の体も、次第に力が抜けて、時折心地よさそうに足を揺らす。

 

「・・・なんていうかさ」

 

曙は、いつもと同じく、おもむろに口を開いた。

 

「あたしたちは艦娘だけど、年頃の女の子とあんまり変わんないっていうか・・・。可愛いものは好きだし、おしゃれとかだってしたい」

 

榊原は、髪を梳く手を止めずに、その話に耳を傾ける。こちらがちゃんと聞いていることを察してくれているのか、曙はそのまま話を続けた。

 

「でも、そう好きに言ってられないでしょ?おしゃれな服を着て、可愛いバックなんか持って、出かけることは、あたしたちにはできない。だから、さ」

 

だから、せめて髪だけは。どれほど潮風に吹かれても、髪だけは綺麗でいよう。

 

それは、艦娘という年頃の女子の、意地のように榊原には思えた。この一線だけは譲れないという、気高い意志。

 

思い知らされる。彼女たちが、ただの兵器などではないことを。目の前の曙は、ともすればどこにでもいる、極々普通の女の子にしか見えない。

 

海を思わせるこの群青のきらめきは、どれだけの想いが込められているのか。

 

「・・・綺麗だ」

 

榊原は、もう一度はっきりと口にする。

 

「曙の髪は、すごく綺麗だ」

 

単純と思われるかもしれない。けど、それでもいい。榊原は、心の底から、そう思っているのだから。

 

「な、何度も言い過ぎよ、このクソ提督!」

 

厳しいお言葉が返ってきた。ただ、その最後に、小さく「ありがとう」という言葉が聞き取れた。

 

やはり、曙は可愛い。

 

「終わったぞ」

 

頃合いはよくわかっている。差し出した櫛を受け取った曙は、朱の差した顔のまま、榊原を追い出しにかかる。

 

「クソ提督は、さっさと出て行って!」

 

それが彼女の照れ隠しであることは、二か月も一緒ならよくわかった。扉から出た榊原は、部屋の中にいる曙に微笑む。

 

「おやすみ」

 

「・・・おやすみ」

 

真っ赤になりながらも、彼女の顔には確かな笑みが浮かんでいた。

 

なお、この後比叡に見つかった榊原が、半目の彼女に必死になって誤解を解こうとしたことは、また別の話である。




次回から、いよいよ第一次トラック沖海戦

どんな戦いになるかは大体決めていますが、何話かかるかは作者の筆の進み具合任せです

できるだけ勢いを損なわないものにしたいです
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