朝潮型が思ったより育ってなくて驚愕
急いで育てなきゃ(使命感)
太陽の昇った海面を、十二隻の艦艇が駆けていく。細く絞られた艦体は見るからに速そうで、今でこそ全艦が一八ノットしか出してないが、その機関が唸ればたちどころに三〇ノットに迫る高速力を発揮可能だった。彼女らはまさしく、海原の高速遊撃部隊だ。
複縦陣を敷く艦隊の、左列最前に位置取る戦艦“比叡”の艦橋には、二つの人影がある。言わずもがな、艦娘である比叡と第五遊撃艦隊―――五遊艦の指揮官角田だ。
五遊艦と第四水雷艦隊―――四水艦で構成されるこの艦隊は、東郷や塚原が指揮する主力部隊よりもさらにトラック諸島に接近した位置にいる。今日一日の戦闘が終わり、日没時点でトラック諸島に最接近できるよう、速力も調整していた。
目的は、トラック諸島内の敵港湾施設を叩くことだ。
「と、長官はおっしゃっていましたが」
いつものおどけた感じで、角田は比叡に言った。
「どう見ても、なーんか裏がありそうだよねえ」
「そうですね」
比叡も同意する。こうした他愛もない会話の間も、複縦陣の位置関係に常に気を配る。“比叡”には五遊艦の六隻が付き従い、右隣の列には“川内”を先頭として四水艦の六隻が連なっていた。
「さて、そこで比叡ちゃんに問題です」
「・・・なんですか」
殊更迷惑そうに、比叡が応える。何だかんだと言って会話に付き合ってくれているところ、優しい娘だなあ、と角田は思うのだった。
「僕たちの本当の目的は何でしょうか」
「えらく唐突ですね。ヒントはないんですか?」
「比叡ちゃんの弾薬庫の中身、かな」
「弾薬庫の中身、ですか」
ヒントをもらった比叡が考え込む時間は、それほど長くなかった。
「・・・昔、飛行場を砲撃した時の装備に、似てる気がします」
程度の差はあれ、艦娘はかつて太平洋戦争を戦った軍艦の記憶を宿している。そして、戦艦“比叡”が沈んだ戦いは、僚艦の“霧島”と共にガダルカナル島ヘンダーソン飛行場を砲撃しようとした作戦の途上で起きた、帝国海軍呼称『第三次ソロモン沖海戦』だ。
「うん。僕もそう思う」
角田も同意する。
“金剛”に続いて大規模改装を受けた“比叡”の装備類は、大きく更新されている。舷側のケースメイト式副砲は全廃、代わりに四〇口径一二・七サンチ連装高角砲が増設され、片舷五基、両舷で十基と、対空火器が大幅に強化されている。
が、それ以上に大きいのが、主砲の換装だ。“長門”型戦艦に準じる四五口径四一サンチ連装砲を四基。それに伴い、射撃指揮装置も更新し、艦体には装甲とバルジを追加した。
その主砲弾薬庫には、現在一式徹甲弾、零式通常弾、三式通常弾が搭載されている。普段はこれらを、八割、一割、一割の割合で搭載していた。だが、今回の作戦に当たっては、五割、二割、三割に変更されている。
これの意味するところは、角田も比叡もわかっていた。
「僕たちの本当の目的は、トラックにある飛行場の砲撃だ」
「でも、事前偵察では、それらしきものは確認できなかったんですよね?」
比叡が疑問を呈する。
「それに、深海棲艦は腐っても艦艇ですよ。どうやって航空基地を建設するんですか?」
比叡の質問はもっともだ。現在、深海棲艦と一番近い存在であるBOBは、基地航空隊を保有できない。というのも、搭乗員妖精は航空母艦の顕現と共に現れるので、その母艦で運用可能な人数しかいないからだ。基地航空隊を形成できるような人員の余りはない。
だが、角田は首を振った。
「長官と塚原は、危惧してたよ」
「・・・お二人が」
比叡の声が真剣みを帯びる。
「・・・ちょっとちょっと比叡ちゃん。何で僕が言うと疑って、長官と塚原が言うと微妙に信頼してるのかな?」
「言わなきゃわかりませんか?」
「辛辣っ」
せっかくのシリアスな雰囲気台無しである。
「ま、だとしても多分、建設途中が関の山だろうね。作戦時に脅威とはならないよ。でも、艦砲射撃で叩ければ、完成を一か月は伸ばせる。その分、僕たちの負担は減るし、もしかしたら基地建設自体を諦めさせることができるかも」
「そう、うまくいきますか?」
「どうかなあ」
角田は緊張感のない呟きを漏らす。
「塚原の航空攻撃次第かな。一時的でもトラックの制空権を握ることができれば、この作戦はやれるよ」
「・・・相変わらず適当ですね」
「適当なのが僕のいいところさ」
角田は笑う。一方の比叡は、諦めたように溜息を吐いた。
「っ!電探に感あり!」
電波の目が感じ取った機影の接近を比叡が報告する。一瞬にして、艦隊は緊張感に包まれた。
「方位二六五。感大きい」
「・・・味方攻撃隊かな?」
「その可能性が高いですね」
比叡の報告に、角田は腕時計を見、続いて天井を見上げる。後方から接近する攻撃隊は、間もなくその上空を通過するはずだ。
「備えあれば、憂いなし、ですよ司令」
比叡が彼女の妹の口調をまねた。戦闘中の彼女には珍しい、おどけ方だった。
「それもそうだね。どっちにしろ、敵攻撃隊には備えなきゃいけないし、艦隊の警戒レベルを上げておこうか」
角田はそう言って、比叡に頷く。艦隊内通信用の探照灯が明滅し、五遊艦と四水艦に警戒レベルを上げるように指示をした。
各艦の主砲には対空用の砲弾が装填され、あらゆる高角砲や機銃が高空を睨む。大規模改装なった“比叡”も、その高い対空能力を、いつ現れるかわからない敵航空機に向けて怒らせていた。
厳かに海を行く高速遊撃艦隊の上空、美しい編隊を組んだ機動部隊の第一次攻撃隊が、水平線の先に鎮座するトラック諸島へと、その銀翼をきらめかせて飛び去って行った。
◇
第一次攻撃隊を見送った機動部隊。その斜め右前方に、第一制圧艦隊―――一制艦の六隻は位置取っていた。二制艦と三直艦が輪形陣を敷いているのに対し、一制艦は単縦陣を敷いている。上空から見る目があるならば、三つの艦隊はまるで音符のように見えたことだろう。
一制艦の四番艦、“金剛”の後ろに着ける“大和”の艦橋に、榊原と大和は立っていた。二人の目は、すでに海面から離れている太陽に照らされる、揺らめく波間を見つめていた。
攻撃隊からの「突撃体勢作れ」―――トツレはすでに受信している。トラック諸島へと飛び立った第一次攻撃隊は、そこにある港湾施設、そして警戒艦隊を叩く予定だ。
環礁内に敵主力艦隊が残っている可能性も考えたが、榊原たちはすでに四度ほど敵潜水艦の接触を受けており、こちらの接近が気付かれていないなどと考える道理はない。主力となる機動部隊と戦艦部隊は、すでに環礁を出て、こちらとの戦闘の機会を窺っていると考えるのが妥当だ。
「第一次攻撃隊より入電!ト連送です!」
「全機突入せよ」を意味する信号を、いくらか興奮気味に、大和が報告する。初実戦とあって、出撃当初は緊張の目立った大和だったが、今はいくらか余裕が出てきたらしい。榊原との雑談にも、よく付き合ってくれていた。
「始まったか」
「はい」
大和が頷く。
これで、深海棲艦はこちらの存在を完全に掴んだだろう。敵機動部隊の索敵機に見つかるのは時間の問題だ。
―――その前に、こちらが敵艦隊を見つけられるか、否か。
可能性は低いと、榊原は見ている。深海棲艦の潜水艦と、すでに四回も接触しているのだ。その全てを第一潜水隊が沈黙させているとはいえ、哨戒の潜水艦が消息を絶てば、その配置からこちらの大体の位置を割り出せる。後はその辺りを中心に索敵機を出せばいい。逆にこちらは、ほぼ手探りの状態で敵艦隊を探す必要がある。どちらが先に相手を見つけるかなど、火を見るよりも明らかだ。
「大和、対空兵装の状態は?」
「いつでも射撃可能です。主砲も、揚弾機に載る分は三式弾にしてあります」
淀みない大和の答えに、榊原は大きく頷く。
「おそらく、こちらが先に攻撃を受けることになるだろう。一制艦の存在は、二制艦の大きな盾になる」
守り抜こう。それが、一制艦と三直艦に与えられた任務だ。
武者震いだろうか。大和が口を引き結び、両の拳を強く握りしめる。やがて、榊原を真っ直ぐに見据えて、大きく返事をした。
「はいっ!」
そして、榊原の予感は現実のものとなる。
最初にそれを捉えたのは、“大和”の艦橋頂部に置かれた、二一号電探だった。
機動部隊のほとんどのBOBには、二一号電探、または一三号電探といった、対空電探が搭載されている。艦隊防空に主眼を置いた“祥鳳”に至っては、より性能の高い四二号電探を装備していた。だが、それらの中で真っ先に“大和”の電探に感があったのは、その設置位置が最も高いところだったからだ。
「電探に感あり!方位〇六五、感小さい!」
大和の報告は、すぐに機動部隊全体に伝わる。陽が昇った時点で、機動部隊の無線封止は解除されていた。
「索敵機の可能性が高いな」
編隊を組んだ機体なら、感はもっと大きくなるはずだ。
防空戦闘の統括指揮をとる“祥鳳”からの指示で、上空待機していた直掩隊のうち三機が、接近する機体に向かう。およそ一分後、零戦からの射撃を受けて、敵機がオレンジの炎に包まれ、錐揉みとなって墜ちていった。
だが、撃墜はいささか遅すぎた。
「・・・敵機から無電が出てました。こちらの位置を報せたようです」
―――そう、うまくはいかないか。
残念ながら、単機の目標を遠距離で捉えることは困難だ。こっちが見つけた時は、相手も見つけた時。索敵機を早期に発見して撃墜するのは、よほどの幸運に恵まれなければ不可能だった。
『対空警戒を厳となせ』
“祥鳳”に座乗し、防空戦闘全般の指揮を執る近藤が、艦隊全体に警戒を促す。それを受け、各艦の緊張が嫌でも高まった。中でも、特に迅速な動きを見せたのが、機動部隊の最前部に位置取る“摩耶”だった。増設された六基の一二・七サンチ連装高角砲を振り立て、わずかに速力を上げてさらに前に出る。対空戦闘に対する、絶対の自信と自負。艦隊を守らんとする、強靭な意志。
―――摩耶らしい。
榊原は内心で微笑む。今回の作戦において、近藤は摩耶に、ある程度のフリーハンドを与えていた。摩耶が持つ対空戦闘のセンスを信頼してのことだ。
「提督、あの・・・。空母が、甲板に艦載機を出す作業を続けてるみたいなんですけど・・・」
対空火器の最終確認を行っていた大和が、戸惑いの色をありありと浮かべて榊原に尋ねた。
「直掩機の発艦準備じゃないのか?」
「いえ、それがどうも違うみたいで。“天山”を並べてるんです」
「・・・ちょっと、見せてくれ」
塚原の意図がわからない。榊原は艦橋の窓から、機動部隊の方に双眼鏡を向けた。すると確かに、四隻の空母の飛行甲板では、第二次攻撃隊の準備が進んでいた。
―――一体、何のために・・・?
だが、戦場には悠長に考えていられる時間など、存在しなかった。新たな状況の変化は、いつでも唐突に訪れて、艦隊を揺さぶる。
「索敵機から入電しました!『敵艦隊見ゆ』です!」
「このタイミングでか!」
神様というのは、実に残酷な偶然を産み出すものなのだ。
敵索敵機との接触から約三十分。なぜこんなにも、まるで狙い済ましたかのようなタイミングで、敵艦隊を見つけたのだろうか。
―――今は待つしかない。
第二次攻撃隊を甲板に敷き詰め、全機を発艦させるには、どう短く見積もっても一時間近くかかる。そしてそれまでに、機動部隊は間違いなく、敵攻撃隊の空襲を受けることになる。今は耐えて、しかる後に第二次攻撃隊を出す他なかった。
敵艦隊を捉えておきながら、そこに手を伸ばせないのは、忸怩たるものがある。だからこそ、必ず艦隊を守り抜き、第二次攻撃隊に全てを託す他ない。榊原はそう考えた。
だが、塚原の考えは違った。
『“赤城”より。一機艦(第一機動艦隊。一、二制艦、三直艦で構成される艦隊)転針、針路○七六』
―――まさか・・・!
榊原の「まさか」を裏付けるかのように、塚原の言葉は続いた。
『艦首、風上にたて!』
余談ですが、海軍初の大規模改装となった“金剛”は、主砲換装と装甲やバルジの追加など諸々の調整に、四か月かかりました
“比叡”以下の三隻は、そのノウハウを生かして、二か月ほどで改装を終えることができました
スペックは、主砲の換装と高角砲の増設以外、あまり変わっていません。体重は増えたけd(弾着)