頑張れ・・・頑張れ一機艦!(無責任)
最初、それは小さな点に過ぎなかった。
艦隊に迫りくる敵攻撃隊を捉えたのは、やはり“大和”の二一号電探が最初だった。続いて“祥鳳”の四二号電探も敵攻撃隊を捉え、艦隊全体に対空戦闘用意が下令される。
『敵編隊接近。方位○六五、距離四万。数、概算で百六十。全艦対空戦闘よーいっ!』
近藤の良く通る声が、スピーカーを通して艦隊中に伝わった。
「主砲三式弾、装填よし!」
大和が榊原を見る。コクリ、その視線に頷いた。
艦隊各艦の高射装置や測距儀が、迫りくる敵攻撃隊の方へと向けられる。それに伴い、主砲という主砲が、高角砲という高角砲が、機銃という機銃が、旋回し、その砲口を敵攻撃隊へと振り立てた。
だが、そんな一機艦の中にあっても、輪形陣中央の四隻の空母だけは変わらなかった。
また一機、“赤城”から攻撃隊が発艦する。“加賀”と“飛鷹”、“隼鷹”も同じだ。敵攻撃隊の接近を受けても、二制艦は第二次攻撃隊の発艦作業を止めなかった。
最も発艦作業が進んでいるのは、やはり“加賀”だった。カタパルトを用いることで、次から次に艦載機を発艦させていく。すでに“天山”の発艦が半分ほど終わっていた。残りの三隻は、カタパルトがないため、一機ずつ甲板を疾走しては発艦していく。こちらは、ようやく“天山”と“彗星”の発艦作業に入ったところだ。
塚原は、敵の空襲によって被弾した空母から艦載機隊が発艦できなくなるよりも、敵攻撃隊と交戦しながら可能な限り攻撃隊を発艦させることを選んだのだ。
―――だから、俺たちが守らなくちゃならない。
発艦作業中の空母ほど、無防備な存在はない。風上に向かって航行を続けなければならず、狙い撃ちにされる可能性が高いのだ。
『全艦、陣形を密にせよ』
近藤が輪形陣の間隔を詰めるように指示を出した。
輪形陣には、大きく分けて二つの種類がある。各艦の連携と弾幕の密度を重視する密集型と、回避運動を含めた艦隊行動を重視する散開型だ。
今回、輪形陣中央の空母がまともに回避行動を取れないので、近藤は密集して弾幕で敵攻撃隊を防ぐことにしたようだ。
「敵編隊、距離三万五千」
大和が読み上げる。双眼鏡を覗き込めば、迫りくる敵攻撃隊がゴマ粒のように見えた。
『距離二万より、対空戦闘開始』
その指示と共に、上空直掩の零戦隊が、迫りくる敵編隊に襲いかかった。
上空直掩に着く零戦は、六隻の空母から出ている。二制艦の四隻は攻撃隊にも着けなければならないので、一隻当たり三機と少ない。よって、直掩隊の主力は、三直艦の“祥鳳”、“瑞鳳”の戦闘機隊ということになる。“瑞鳳”は十二機、カタパルトを装備していた“祥鳳”に至っては、実に二十四機もの零戦を上げている。
合計で四十八機。このうちの半数に当たる二十四機が、先頭を行く敵戦闘機隊に突っ込んでいった。
たちまち、熾烈な制空権争いが始まる。とはいえ、二十四機の零戦に対して、敵戦闘機の数はほぼ倍。歴戦の戦闘機隊は、その技量をもって何とか拮抗を保っているが、彼我共にもつれ合う格闘戦では、決して有利とはいえなかった。
では、残りの二十四機は何をしていたのか。その答えはすぐに示された。
味方直掩隊と戦闘を繰り広げながら、じりじりと一機艦に接近していた敵攻撃隊の上空から、人工的なきらめきが降り注いだ。まるで流星群のように敵攻撃隊に突き刺さった零戦が、主翼に一三ミリと二〇ミリの機銃を瞬かせ、弾丸を雨霰と撃ちこんだ。
薄く広がっていた雲をうまく利用したこの攻撃は、非常に有効だった。零戦隊が攻撃隊後部を高速で通過した後、真っ赤な火焔と黒煙が踊る。
「防空指揮所より、敵機十機撃墜確認!八機落伍!」
艦橋のすぐ上にある露天の防空指揮所からの報告を、大和が叫ぶ。防空指揮所には、見張りの妖精たちが大型双眼鏡に取り付いて、敵機の様子を見張っている。
一航過の後、二十四機の零戦は反転して、今度は攻撃隊の下方から攻撃を仕掛ける。それに気づいた敵戦闘機隊は、慌てて攻撃隊の護衛に戻ろうとするが、その一瞬の隙を見逃すほど、最初に敵戦闘機隊に取り付いた二十四機は甘くなかった。
巧みな空戦技術で、戦闘機隊を攻撃隊から引き剥がし続ける。
結局、二度の降下と一度の上昇で、敵攻撃機は二十二機が撃墜された。また、他にも多数機が被弾し、白煙や黒煙を引きながらなんとか攻撃隊に付き従おうとする機体もある。攻撃を諦めて、爆弾や魚雷を投棄し、帰投する機体もあった。
零戦隊の攻撃は終わった。攻撃隊に戻った敵戦闘機隊が何とか追い払おうとして、再び乱戦の様相を見せる。が、これで零戦の数は、敵戦闘機とほぼ互角になった。これなら、負けはしない。
一三ミリや二〇ミリの機銃が迸り、彼我の曳光弾が入り乱れる。優位を保つ直掩隊だが、攻撃隊を再攻撃できるだけの余裕はなかった。
ここからは、対空砲火が迎撃の主役だ。
ゴクリ。大和が生唾を呑み込む。敵攻撃隊は、確実にこちらへと接近してきていた。
「大丈夫だ。落ち着いてやればできる」
榊原は、できるだけ落ち着いて聞こえるように、ゆっくりと大和に言った。
「はい」
大和も頷く。
『一制艦、対空射撃用意』
一制艦の旗艦、単縦陣の先頭に位置取る“長門”が、一制艦の戦艦四隻に下令する。各艦の主砲には、対空用の三式弾が装填され、すでに迫りくる敵攻撃隊の方へと、その砲口を向けていた。
三式弾の有効射程距離は二万メートル。そこからが、大和たちの出番だ。
敵攻撃隊は、高度二千で輪形陣に突入してくる。艦隊の進行方向から見て十時の方向だ。
“長門”、“陸奥”、“金剛”の四一サンチ砲二十四門、そして“大和”の四六サンチ砲九門が、その巨大な鎌首をもたげ、射撃の機会を窺っていた。
「敵編隊、距離二万!」
大和が叫ぶ。同時に、主砲発射を告げる、甲高いブザーの音が艦上に鳴り響いた。あまりにも強烈な“大和”の主砲発射時の爆風に巻き込まれないようにだ。
―――頼むぞ、大和。
主砲発射の衝撃に備え、榊原は大和を見遣る。その真剣な眼差しが、今しも機動部隊に迫らんとする敵編隊を、真っ直ぐに見据えていた。
まず撃つのは、“長門”と“陸奥”だ。日本海軍戦艦部隊の主力艦は、統制砲撃の訓練を受けており、その砲撃には寸分の狂いもない。十六門の四一サンチ砲が一斉に咆哮し、褐色の砲炎を噴き上げる。
それから一拍を置いて、“金剛”が発砲。“長門”型にも劣らない、堂々たる斉射だ。
そして、“大和”の番が来た。ブザー音が止み、一瞬の静寂が艦上に訪れる。
「撃ち方、始めっ」
次の瞬間、めくるめく閃光が迸り、巨大な砲声が榊原の聴覚を支配した。七万トン近い巨艦にもかかわらず、四六サンチ砲九門の一斉砲撃は艦を横方向に動揺させ、衝撃波が艦橋の窓をビリビリと震わせる。万雷にも勝る圧倒的な爆音が、海上に響き渡った。
―――とてつもない威力だ。
これが、最強の戦艦“大和”の砲撃。神の雷にも似た、暴力的なまでの破壊力。
放たれた三式弾は、音速の二倍という速度で空を切り裂き、敵攻撃隊へと迫る。二十数秒後、敵編隊の上空に、花火が開いた。丁度、ススキ花火に似た形だ。漏斗状に広がったその一つ一つが、三式弾に込められた子弾である。
真っ赤な火箭が、敵攻撃隊に降り注ぐ。計三十三発の三式弾が敵編隊を押し包み、さながら一網打尽にしたようだった。
「やった!?」
大和が歓声を上げる。が、そう甘くはなかった。
敵攻撃隊は、進撃を続ける。撃墜された機体は少ない。黒煙を引いて落伍している機体はいくらか見えるが、撃墜は精々十機といったところだろうか。
三式弾は、通常の対空砲弾とは違う。爆風の威力や、断片で切り刻むのではなく、内部に込めた子弾を高速で吹き飛ばし、高い貫通能力を与える。結果、効果範囲は全方位ではなく、特定の角度に限定される。つまり、炸裂するタイミングと位置が適切でなければ、効果が薄いのだ。
最大有効射程距離の二万では、そのタイミングを計るのは難しかった。
敵編隊が散開する。爆撃機は上昇、逆に雷撃機は高度を下げる。
「“摩耶”、撃ち方始めました!」
大和が報告する。輪形陣先頭に位置取るパラオ泊地所属の重巡洋艦が、その主砲と高角砲から一斉に砲炎を迸らせた。
それを皮切りに、機動部隊各艦が一斉に発砲する。あらゆる高角砲が、迫る敵機を撃墜せんと、砲弾を吐き出す。途端に、上空は真っ黒い高角砲弾の花で覆い尽くされた。
射撃は低空の雷撃機に集中している。近藤は雷撃機の方が脅威度が高いと判断したのだろう。
『一制艦、目標敵降爆(急降下爆撃機)編隊』
敵雷撃機と反対方向に位置する一制艦は、機動部隊上空への侵入を図る爆撃機に、その狙いを定めた。左舷側に指向可能な全高角砲が仰角を引き上げ、高射装置から送られる諸元をもとにして信管が調節される。
「撃ち方、始めっ」
大和の号令。“大和”の左舷側にある高角砲三基が、一斉に砲炎を上げ、敵爆撃機へと砲弾を投げつけた。さらに、左舷へ指向可能な三基の一五・五サンチ三連装砲も咆哮し、零式弾を撃ち出す。
高角砲弾の速射能力は高い。大体五秒から六秒に一回、二門の砲が同時に褐色の炎を噴き上げる。
対空射撃の主役となったのは、やはり“摩耶”と“五十鈴”、“秋月”の三隻だった。三隻とも、一機艦の中では対空能力がずば抜けており、その訓練も欠かしていない。正確無比な対空射撃が、接近を試みる雷撃機を確実に屠っていった。
「“加賀”、発艦作業完了!」
大和が叫ぶ。カタパルト装備の大型空母が、真っ先に発艦作業を終えたのだ。
―――“赤城”はまだかかりそうだな。
双眼鏡を覗き込んでその様子を確認した榊原は、額を汗が伝うのを感じた。“飛鷹”と“隼鷹”の“彗星”は、後数機を残すのみだが、“赤城”には“天山”が後十機は残っている。
「主砲、三式弾再装填完了」
どうしますか?大和が目線で尋ねる。艦橋から見える爆撃機を見上げた榊原は、コクリと頷いた。
爆撃前の敵機は、編隊を組んで固まっている。絶好の機会だ。
「やれるな?」
「・・・はい!」
大和は確かに頷いて、主砲に諸元を入力する。再び、艦上にある要塞のような、巨大な主砲塔が駆動し、距離一万を切ろうとしている爆撃機にその砲口を向ける。砲身の微調整があった後、本日二度目の斉射を知らせるブザー音が鳴り響いた。
「第二射、撃ーっ!」
九門の四六サンチ砲が、大気を鳴動させる轟音と共に、重量一トン半の砲弾を音速の二倍という速度で吐き出す。等速度的に広がる衝撃波は海面に巨大なクレーターを産み出し、榊原の鼓膜を容赦なく打ち据える。まるで濡れ雑巾で思いっきり引っ叩かれたかのような感覚に、榊原は両足を踏ん張って耐えた。
艦の動揺が収まるころ、三式弾炸裂の花火が開く。今度こそ。その思いを込めて固唾を呑むのは、榊原も大和も同じだった。
「・・・よしっ!」
思わず、ガッツポーズを作る。三式弾に巻き込まれた敵機が多数、炎を引いて墜ちていく。目測で十数機。もっとかもしれない。
「て、提督!大和・・・大和、やりました!」
「ああ!よくやった!」
二人とも興奮気味に言い合う。完璧な炸裂位置とタイミングだった。精神同調によって“大和”そのものになった大和だからこそ、実現できたことだ。
『長門より大和。今の射撃、見事なリ』
旗艦の“長門”からも、賛辞が届く。
「守ろう。大和なら、やれる」
榊原の言葉に、大和は自信を持って頷いた。
だが。
「っ!敵機急降下!“赤城”に向かいます!」
恐れていた事態が、ついに起こってしまった。
トラック沖海戦が長くなりそうで驚愕
次回も機動部隊戦です