っていう話です
対空砲火を突破した爆撃機が“赤城”を狙うのは、必然と言えた。
もとは巡洋戦艦改造の大型空母だ。その巨躯は“長門”型戦艦をも上回り、僚艦の“加賀”よりも目立つ。機動部隊でその大きさを超えるのは、榊原の乗る“大和”だけだ。
“赤城”の飛行甲板では、なおも発艦作業が続いている。残った“天山”は九機。“赤城”が風上への驀進を止めることはない。
雷撃機に相対していないBOB、すなわち輪形陣右翼の各艦と一制艦の高角砲が、まさに急降下に入った爆撃機編隊へと、その射撃を集中させた。
“赤城”自身も応戦する。飛行甲板両舷に設けられた一二・七サンチ連装高角砲が仰角を一杯にして、艦尾上空から急降下を仕掛ける敵機に向けて火を噴く。改装によって大幅に増設された二五ミリ機銃も同じだ。炎の礫のような弾丸が上空へと伸びて、爆撃機の進路を阻害する。
“金剛”の放った高角砲弾が、爆撃機を切り刻んで落とす。
機銃をまともに浴びて、コントロールを失う機体もある。
高角砲弾の直撃を受けて爆発四散した機体にもろに突っ込んで、共に墜ちていく。
それでもなお、急降下を止めない。
高度がみるみるうちに下がる。高角砲の有効射程を突破した敵機には、機銃弾だけが雨霰と撃ちこまれた。曳光弾の嵐に押し包まれる敵機は、耐えきれずに炎に包まれるかと思った。だが実際には、そうそう命中せず、敵機はなかなか撃墜できなかった。
なんとかさらに一機を撃墜した時、先頭の爆撃機がついに投弾した。高度は千を切っている。腹から離れた爆弾が、陽光の中にキラキラと反射して、“赤城”へ降り注ぐ。
―――当たるな・・・!
投弾を許した時点で、もはや祈ることしかできない。二制艦旗艦の無事を念じて、榊原は爆弾の行方を追った。
投弾した敵機は引き起こしをかけ、“赤城”の艦上をフライパスする。直後、爆弾が落下して、盛大な水柱を噴き上げた。
最初の一発は、“赤城”の右舷艦首付近に落ちる。そこから、続くようにして次々と爆弾が降り注いだ。艦首、右舷左舷。着弾のたびに瀑布が上がり、巨大な“赤城”の姿を覆い隠す。
「・・・よしっ!」
八発目を最後に、着弾が止んだ。被弾はゼロ。至近弾による被害が若干あるかもしれないが、ともかく“赤城”は、何事もなかったかのように航行を続けていた。
おそらく、濃密な弾幕が先頭機の照準を狂わせたのだ。編隊での急降下爆撃は、先頭機の投弾タイミングと照準に全てがかかっている。それを狂わせたことが、“赤城”の幸運だった。
ついている。そう思った時だ。
別の場所で、轟音が鳴り響いた。炸裂音と破壊音が連続し、大気を震わせる。
「“隼鷹”被弾!」
大和が叫んだ。“赤城”よりも後方に位置していた軽空母に、敵弾が命中したのだ。
被弾はまだ続く。甲板中央付近への被弾に続いて、今度は艦尾に爆炎が踊った。薄い甲板がめくれ上がり、最後尾で発艦を待っていた“彗星”が吹き飛ばされる。のたうつ炎が、甲板を焼いていた。
さらにもう一発。今度も甲板中央だ。島型艦橋の向こう側で火柱が上がり、飛行甲板の切れ端が飛び散る。真っ黒い煙が、すさまじい勢いで噴出していた。
“隼鷹”の被弾は、最終的にその三発。甲板をズタズタにされた以上、その攻撃能力が完全に損なわれたのは、誰の目にも明白だった。
だが、攻撃隊の発艦は完了した。“隼鷹”、そして僚艦の“飛鷹”から発艦した攻撃隊は、一機艦上空から少し離れた空域で、編隊を組んでいた。
―――後は、“赤城”だけだ。
幸運にも難を逃れた大型空母の甲板に並ぶ“天山”も、残り少なくなってきた。全機の発艦完了までは後少しだ。
「右舷、雷撃機接近!」
―――来たか。
それまでとは反対方向を、榊原は見た。海面付近、まるで這うようにして一制艦に迫る機影がある。輪形陣右舷へと回り込んだ、敵雷撃機隊の半分だ。
―――狙いは、一制艦か。
榊原はそう判断した。でなければ、わざわざ対空砲火に優れるこちらへ突っ込んでくる道理がない。
もしかしたら、敵は戦艦同士による決戦を望んでいるのかもしれない。だからその前に、こちらの戦力を少しでも削ろうとした。
とにかく、考えるのは後だ。
接近する雷撃機は、およそ二十五機。距離は六千を切った。
「右舷高角砲群、撃ち方始めっ!」
大和が指示をする。高射装置からの諸元入力を終えた高角砲が、一斉に火を噴いた。“長門”と“陸奥”、“金剛”も同じように発砲する。さながら活火山のように、迫る敵機へと高角砲弾を撃ちまくった。
一制艦の右舷に、真っ黒い花が次々と花開く。爆風と鋭い断片を振り撒く高角砲弾が、戦艦部隊に迫る雷撃機を落とそうと、触手を伸ばす。
一機が絡め取られ、高度を落としていく。
爆風をもろに受けた敵機が海面に衝突する。
断片に切り刻まれ、黒煙を噴きながら波間に消えた機体もあった。
チラリ。榊原は、“大和”のすぐ右舷を航行する二隻の駆逐艦を見遣る。一制艦隷下の“曙”と“霞”だ。両艦とも、一二・七サンチ連装砲を振り立てて、対空砲弾を撃ちまくる。平射砲ゆえに、対空射撃においては高角砲よりもロスタイムが大きくなりがちだが、相手が雷撃機なら話は別だ。仰角が〇度付近の射撃なら、高角砲に遅れを取ることはない。
もっとも、“曙”には高射装置が搭載されていないので、四隻の戦艦ほど正確な対空射撃は行えない―――はずなのだが。
―――「雷撃機くらい、勘で落とせなくてどうすんのよ」
事も無げに言った曙の言葉に、嘘はなかった。
高速で移動するとはいえ、海面付近を飛ぶ雷撃機は、曙に言わせれば水上目標と変わらないらしい。おまけに、わざわざまっすぐ飛んできてくれるのだ。距離八千でいきなり夾叉を得られるほど射撃の腕がたつ曙なら、それを落とすことも可能だと言う。
その言葉通りのことが起きている。炸裂した対空砲弾に一機が巻き込まれ、墜落する。“曙”の射撃は、高射装置を載せていないとは思えないほど正確だった。
“霞”も負けていない。呉所属時に、対空火器強化のため第二砲塔を降ろし、代わりに高射装置と機銃を増設した彼女もまた、“曙”に負けず劣らずの弾幕を形成する。
二隻からの射撃が、機銃に切り替わった。
雷撃機との距離は、三千を切った。高角砲の有効圏を突破された以上、後は機銃のみが頼りだ。
一制艦各艦の艦体各所から、細く鋭い火箭が何十と伸びる。標準装備となっている二五ミリ機銃が、弾倉が空になるまで撃ち続ける。機銃に取り付く妖精が、空になった弾倉を交換し、再び発砲。それが幾度となく繰り返され、雷撃機の進路を阻害する。
そもそも機銃は、敵機の撃墜よりも攻撃進路の阻害を主眼においている。とはいえ、その威力は零戦の搭載する二〇ミリ機銃よりも強力だ。まともに受ければ無事ではすまない。
弾幕に突っ込んだ雷撃機が、錐揉みとなって墜落する。
機銃弾にズタズタに引き裂かれた機体が、海面に衝突する。
推進機をやられたのか、形を崩すことなく落ちていく機体もある。
だが、全機を撃墜することなど不可能だった。
「敵機投雷しました!」
大和が絶叫した。雷撃機との距離は一千。投雷距離としてはまずまずだ。
「雷跡十三!」
焦りの滲む声で大和が報告する。一制艦上空をフライパスした雷撃機の後から、白い航跡が迫ってきた。
榊原は左舷方向を見た。一制艦と並んで行動する二制艦と三直艦もまた、左翼から迫る雷撃機に射弾を浴びせかけている。そしてその中央、旗艦“赤城”の攻撃隊は、まだ発艦を終えていなかった。
回避行動は取れない。そもそも間に合わない。
―――当たるなよ・・・!
榊原は、その白い航跡を睨む。ここで倒れるわけにはいかないのだ。
その時。二隻の駆逐艦が発砲した。榊原は目を見開く。
海面に水柱が上がる。一制艦直衞の“曙”と“霞”は、一二・七サンチ連装砲に俯角をかけ、海面を撃っているのだ。触発信管は海面衝突と共に炸裂し、衝撃波を海中に伝える。上手くすれば、魚雷の信管が作動して誘爆させることができるかもしれない。
―――・・・ダメか!
だが、そううまくはいかなかった。対潜迫撃砲の類いならまだしも、対艦に特化した駆逐艦の主砲では、魚雷の迎撃など無理難題もいいところだ。さすがの“曙”も、こればかりはどうにもならなかった。
十三本の雷跡の内、明らかに命中コースなのは、“金剛”に二本、“大和”に三本。避けることも、防ぐこともできない。
―――万事休す・・・!
天をふり仰ぎたい衝動を抑え、榊原はじっとその時に備えた。
だが、予想だにしない事態が起きた。“金剛”と“大和”に向かっていた魚雷に、別方向から白い線が伸びていったのだ。榊原が目を見開くのと同時に、敵の魚雷と白線が交差し、巨大な海水の柱が現出する。莫大な水の塊となった魚雷が、その航跡をさらに引きずることはなかった。
残りの魚雷は、一制艦各艦の艦首、あるいは艦尾をすり抜ける。命中弾は皆無だ。敵機の魚雷は、ついに一本も一制艦を捉えることがなかった。
「一体、何が・・・?」
たった今、目の前で起こったことが信じられないといった様子で、大和が呆然と呟く。一機艦の編成を思い返した榊原は、たった一つ、こんな芸当が可能な存在に思い至った。
「・・・第一潜水隊だ」
“おやしお”型と“そうりゅう”型計四隻で構成された、最新鋭潜水艦隊。そこから放たれた魚雷が、一制艦に伸びた魚雷を誘爆させたのだ。
「魚雷で魚雷を誘爆させるなんて・・・」
「ああ。なんて練度だ」
例え、深海棲艦を沈めることができなくとも。自らのやれることを、百パーセントの能力でやりきる。そしてそのための鍛練は欠かさない。そんな、プロとしての心意気を感じた。
輪形陣左翼での戦闘も、終息に向かっていた。こちらは、“摩耶”、“五十鈴”、“秋月”の対空射撃が非常に的確で、投雷前に多数を撃墜することができた。被雷はなし。
発艦作業中の対空戦闘という困難な選択を、一機艦は成し遂げたのだ。
敵の攻撃隊が集合をかけつつ撤退していく。被害報告が寄せられ、集計の結果、被弾は“隼鷹”の三発のみ。至近弾による被害がいくらかあったが、戦闘に支障はない。“隼鷹”も、被弾が爆撃だけだったことと、早急な応急処置が功を奏して、速力の低下等はない。
『ブルーアイアンを強制活性化させて、破孔を修復してみるよ。多分、着艦はできる・・・と思う!』
当の隼鷹は、あっけらかんと言った。以降、損傷機の回収は、“隼鷹”が一括して受け持つこととなった。
そして。
『“赤城”、攻撃隊発艦完了!』
ついに、第二次攻撃隊が発艦作業を終え、美しい編隊を組んで進撃を始めた。
前書きと後書きに書くことがなくなってきて、ふざけ始めてます・・・
結構前からだけどなっ
江風改二はまだかなあ