パラオの曙   作:瑞穂国

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どうなる曙!

どうする曙!

この戦い、作者も目が離せないぞ!


ソノ身ヲ賭シテ

白濁の水柱が立ち上るのを、曙は両の目ではっきりと捉えた。頭は一気に現実へと引き戻され、たった今噴き上がった水柱を観察する。数は三本。大きさからして、八インチ級―――重巡の砲撃と思われた。

 

―――どうして・・・っ!

 

どうして気づかなかった。そこまで思った時、曙はその原因に辿り着く。

 

周囲を警戒する“霞”は、対水上電探として二二号電探を装備している。現在の日本海軍駆逐艦としては、標準的な装備だ。

 

しかし、その未改修型は故障が多く、電探を回転させる部分が止まったり、変なノイズが入ることがあった。横須賀で開発された改修型は故障も減ったが、まだ配備数は少ない。戦艦や巡洋艦、一部の対水上戦闘を専門とする駆逐艦に優先的に配備されているくらいだ。

 

“曙”は元々横須賀の配属であり、どちらかと言えば対水上戦を専門としていたため、この改修型を搭載していた。しかし、呉出身で対空専門の“霞”には、未だに未改修型が搭載されている。

 

パラオ出発時から調子がおかしかったらしいが、何とか騙し騙し使えていた。ところが、一機艦の対空戦闘時に、引き起こしをかける敵雷撃機による機銃掃射を受け、マストにあった二二号電探は、ついに故障してしまった。

 

―――迂闊だった・・・っ!

 

気が緩んでいなかったと言えば嘘になる。今の今まで、そのことに思い至らなかったなんて。

 

ラッタルを物凄い勢いで駆け上がり、羅針艦橋に飛び込む。すぐさま艤装と精神同調に入った。

 

「精神同調完了!」

 

その瞬間、二度目の射弾が落下する。今度も三発。先よりも近い。

 

『ごめん曙、見つけられなかった』

 

悔しさを滲ませる声で霞が言った。

 

違う。謝るのはあんたじゃない。

 

「とにかく、話は後!」

 

主機を動かし、“曙”は加速する。二二号電探を旋回させ、敵艦を探した。

 

やはり、いた。

 

おかしいと思ったのだ。電探が使えないとはいえ、“霞”には優秀な見張り妖精がいる。この月明かりの中で、射程距離にまで迫った敵巡洋艦を見つけられないわけがないのだ。

 

見つけられなかった理由は簡単だ。なぜなら敵艦は、今“霞”のいる位置とは、“曙”を挟んだ反対側にいたのだから。“曙”と“睦月”型駆逐艦の艦体が障害となって、その視界を遮ってしまっていたのだ。

 

『あたしが迎撃する!』

 

霞が吼えるように言った。だが曙も、それに負けじと声を張る。

 

「馬鹿言ってんじゃないわよ!電探が故障してて、どうやって夜間戦闘するつもり!?」

 

『見張り員がいる!』

 

「却下!あたしの電探の方が、ずっとよくわかる!」

 

『けどっ!』

 

「ああもうっ!いいからあんたは、さっさとクソ提督に連絡しなさい!そんでもって、そこの寝坊娘をさっさと起こして!」

 

それだけ指示して、一方的に通信を切った。切られたスピーカーの向こうで、ワーワーギャーギャー霞が騒いでいる気がするが、そんなものを気にする曙ではなかった。

 

―――邂逅者はあたしだ。

 

あの娘は、あたしが守らなくちゃいけない。そして何より、あそこまで責任を感じている霞を、戦闘に出したくなかった。

 

主機を一杯にして、“曙”は急加速する。置いてけぼりにされた霞は、渋々ながらも曙の指示に従ったらしかった。

 

再び敵弾が降り注ぐ。先程まで“曙”がいた辺りだ。冷や汗ものである。

 

曙は改めて敵艦の位置を確認した。電探の情報によれば、距離はざっと一万三千。敵艦隊の編成は中小艦艇のみで、恐らく残存の敵艦が遊兵と化したものだ。

 

厄介だ。遊兵と化した敵艦は、下手をすれば見境なく襲いかかってくる可能性がある。

 

霞たちへの攻撃を止めさせる方法はただ一つ。敵艦隊の目標を、“曙”へと向けさせること。

 

上がった速力そのままに、“曙”は敵艦隊への突撃を敢行する。とにかく動く。それが、敵艦隊の注意をこちらへと向けさせる、手っ取り早い方法だ。加えて。

 

突如として、闇夜を一条の光が貫く。光の根元は、“曙”の前部煙突の後ろだ。

 

探照灯の強い光源が、夜の海をはっきりと照らしだした。射撃を続ける敵重巡まで、その光は届いていないが、それで構わない。今大事なのは、敵の注意を“曙”へと向けさせることなのだから。

 

「当てられるものなら、当ててみなさい!」

 

曙の咆哮と共に、彼我の距離は一万を切った。

 

疾走する風。艦上を駆け抜ける飛沫。高められた艤装との精神同調を通して、それらがまるで自らの感覚であるかのように感じられた。

 

敵重巡が再び発砲する。

 

―――こっちに来る・・・っ!

 

曙は直感していた。

 

十数秒後、八インチ砲弾が弾着の水柱を噴き上げる。“曙”の探照灯が照らしだす海面に生じた白柱は、その光を受けてきらきらと輝いていた。

 

 

霞からの緊急信を、榊原は“大和”艦橋で聞いた。長い髪を一生懸命乾かしていた大和共々、スピーカーから聞こえてきた霞の切迫した声に、一気に現実へと引き戻される。

 

「敵艦隊の編成は!?」

 

『少なくとも重巡一を含む!それ以外はまだよくわからないけど、中小艦艇が五隻前後!』

 

「了解。早急に離脱してくれ」

 

『それは無理。邂逅した艦娘がまだ目覚めてないの。それに、曙が・・・』

 

曙が、囮になって敵艦隊に向かった。

 

榊原の背中に、一時に物凄い量の冷や汗が流れる感覚がした。

 

『あたしも曙を支援する!』

 

頼む。咄嗟にそう口走りそうになって、榊原は強く歯を食い縛った。ぎしぎしという音が聞こえるのではないかという程、強く。

 

「・・・それは許可できない」

 

『どうして!?』

 

「俺たちが救援に向かうまで、霞は待機だ。新しい艦娘の意識を覚ますことを、優先してくれ」

 

『でもっ、でもそれじゃあ、曙が・・・っ!』

 

曙が、沈んでしまう。掠れて絞り出すような霞の声を、通信機は律儀にも拾っていた。

 

―――「指揮官に大切なことは、何だかわかる?」

 

曙の言葉が蘇る。彼女の答えは、「味方の損害を最低にすること」。絶対に、無茶な戦場に、艦娘を送り出さないこと。

 

「すぐに向かう。それまで、霞は現在位置で待機していてくれ」

 

『・・・っ!・・・この・・・っ』

 

この、クズ司令官!涙に近い声で、霞との通信は切れた。

 

「敵艦隊視認しました!砲炎見えます!」

 

艤装との精神同調を終えた大和が叫んだ。水平線上に、赤々と炎が上がっている。その光の下に見えるのは、紛うことなき、重巡リ級である。

 

「大和、大至急“赤城”に繋いでくれ」

 

「もう繋がってます。いつでもどうぞ」

 

そう言って大和は促した。榊原は頷き、手に持ったマイクのスイッチを入れる。

 

「こちら榊原少佐です」

 

『聞こえている。何かあったか?』

 

塚原の落ち着いた声は、緊急に通信を入れた榊原の用件を、ある程度予想していたらしかった。

 

「邂逅に向かった曙と霞が襲撃を受けました。救援に向かいます」

 

『了解した。摩耶と満潮、陽炎を連れていけ』

 

何かを言い募ることなく、塚原は榊原の求めていたものを、すぐに理解してくれた。摩耶、満潮、陽炎。パラオ泊地所属の彼女たちもまた、榊原や大和と同じように、仲間の危機には駆けつけずにいられないはずだ。ただし、さすがに護衛戦力が足りなくなるので、長波は置いていく。

 

「感謝します」

 

それだけ言って、通信は短く終わった。入れ替わりに、榊原は三人のパラオ泊地所属艦娘と、回線を開く。代表して口を開いたのは摩耶だ。

 

『話は聞いてた。あたしたちは、いつでも行ける』

 

彼女たちの表情が、ありありと浮かぶようだった。仲間を助けたい。その強い意思がこもった瞳は、間違いなく榊原に向けられている。

 

「提督、ご命令を」

 

隣の大和が、静かに言った。

 

「これより、パラオ泊地所属艦隊は輪形陣を離脱。曙、霞、及び新艦娘の救援に向かう」

 

気迫のこもった返事が重なった。

 

四隻のBOBが、一機艦の輪形陣から離脱していく。左翼に位置取る“大和”と“陽炎”は取舵を、右翼に位置取る“摩耶”と“満潮”は面舵で大きな円を描いて、曙と霞の待つ方へ艦首を向ける。

 

「全艦両舷一杯!摩耶、満潮と陽炎を連れて先行してくれ」

 

『了解!』

 

機関の発揮しうる最大出力で、三隻が“大和”の前に出る。“大和”はニ七ノットしか発揮できないが、“摩耶”、“満潮”、“陽炎”は三四ノットの高速力を誇る。

 

あっという間に“大和”を追い抜いていった三隻の戦乙女を榊原は見つめていた。その時だ。三隻の先頭を行く摩耶が、その場にいた全員を叱咤激励する。

 

『月夜の守護者が誰なのか、思い知らせてやれ!』

 

誰もが摩耶の言っていることを理解する。『三日月夜の鋼鉄乙女たち』。パラオ泊地艦隊は、そう名乗っている。仲間と共に戦う、その決意は、各々の艦橋側面に美しき女神として描かれていた。

 

全員が威勢よく返答する。若干どころではなく口が悪いのも、パラオ泊地所属の駆逐艦娘たちにはいつものことだ。

 

月夜の中を、四隻は驀進していく。淡い月光に照らされる、美しき女神の肖像に、確かな決意を秘めて。

 

 

“曙”と敵重巡との距離は、すでに七千を切っていた。

 

およそニ十秒置きに立ち上る水柱を、持ち前の素早さをもって回避していく。方法は至ってシンプルだ。一度砲弾が落下した位置に、立て続けに弾着する確率は極めて低い。その特性を活かして、とにかく手近な水柱に向けて舵を切るのだ。

 

とはいえ、いつまでもそうしていられるわけではない。砲撃が繰り返されれば、いずれは命中弾が出る。その時、装甲の薄い“曙”が、八インチ砲の直撃に耐えられる道理はないのだ。

 

命中弾が出た時。それは、敵艦隊にとって“曙”が脅威たり得なくなる時と同義だ。その先の砲撃は、後方の二隻の駆逐艦に向かうことになる。

 

霞からは、“睦月”型駆逐艦への強制接舷準備に入った旨が報されている。また、榊原率いる救援部隊も、駆けつけてくれると言う。

 

―――だから、それまで辛抱しなさい!

 

自らを叱責する。

 

敵駆逐艦が前に出てくる。回避を続ける“曙”の動きを妨害しようとしているのは明白だ。

 

「見えすいてんのよ!」

 

探照灯を先頭の一隻に向けさせる。一端激しい動きを止め、敵駆逐艦に砲門を向ける。

 

発砲。“曙”の一ニ・七サンチ連装砲は、平射ならば高角砲と変わらないスピードで連続斉射が行える。敵重巡が誤差修正を終える前に、敵駆逐艦を沈めるつもりだった。

 

彼我の距離は四千。この距離で、曙が外すはずがなかった。

 

第ニ射目で命中弾を得て、そこからは連続斉射だ。先頭の駆逐艦が沈黙するのに、一分とかからなかった。

 

敵重巡との相対位置を変えるべく転針する。

 

「まだまだっ!」

 

―――こんなものじゃなかった。

 

思い出したのは、かつて―――まだ、艦娘たちが日本近海の安全すら確保していなかった頃のことだ。

 

同じような状況だったあの時。曙は守られる側だった。まだ練度の不足していた曙は、被弾し、速力を大きく落としていた。

 

曙を守ってくれたのは、当時の艦娘たちの中でも、ずば抜けて練度の高かった先輩駆逐艦娘だ。華麗に敵弾をかわし、的確に敵戦力を削いでいく。

 

彼女は、曙の教官だった。人間不信で荒んでいた曙に、今を生きることを、生きる術を教えてくれた。

 

―――当たるはずがなかった。

 

彼女の練度なら、当たるはずがなかったのだ。

 

なのに彼女は、損傷した“曙”を庇って被弾した。その体を張って曙の盾となり戦う姿は、阿修羅の如くだった。

 

救援の艦隊が辿り着くまで、彼女は曙を守った。多数を被弾し、強制活性化の限界にあった彼女が沈むのは、誰の目にも明らかだった。

 

艤装を脱ぎ、彼女の艦に乗り込んだ曙は、艦橋で力なく倒れる彼女に泣きついた。ごめん、何度も謝った。それなのに彼女は、「無事でよかった」と、たった一言、それだけ言ったのだ。

 

彼女から、曙は海を奪ってしまった。

 

「・・・仲間を守れずして、」

 

何が。

 

「何が駆逐艦だああああああっ!」

 

“曙”の砲撃が、ニ隻目の駆逐艦を撃沈する。それに苛立つかのように、敵重巡が再び発砲する。

 

その発砲炎の中、ふと、曙の目が何かを捉えた。

 

見張りから報されて、知ってはいた。敵の重巡はニ隻だと。だが、今砲撃を続けている奴と違い、もう一隻は特に何をするでもなく、不気味な沈黙を保っていた。

 

砲炎の光で浮かび上がったのは、そのもう一隻の重巡だった。

 

―――まさか!

 

そのまさかだった。もう一隻の重巡も発砲する。斉射だ。

 

曙は悟った。こいつらは遊兵なんかじゃない。最初から、邂逅のために離脱した少数艦を叩くつもりだったのだ。

 

巨弾が迫る気配。

 

弾着の衝撃が、艦を揺さぶる。焼かれるような痛みの中で、曙の脳裏には、吹雪の顔が浮かんでいた。

 




また少し、吹雪について触れました

彼女は、なぜ艦娘ではなくなったのか。その謎は、艦娘の存在に迫る、大きなヒントとなっていきます
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