パラオの曙   作:瑞穂国

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フフフ・・・書き溜めが後一話分で尽きるぜ・・・

怖い・・・

ていうか、いい加減パラオに着かないかな・・・


警報ハ当テニナラナイ

警告の一報が入ったのは、二人が昼食に舌鼓を打ち、一通りお腹休めも終わったころだった。

 

今二人は、羅針艦橋から艦首方向を見つめている。曙は自らの艤装を装着し、すでに精神同調を完了していた。いつでも戦闘状態に移行可能だ。一方の榊原も、落ち着いた様子で、曙の横に立っている。その首からは、提督任命時に支給された新品ピカピカの双眼鏡が提がっていた。

 

「警戒レベルはニだったよな」

 

「そうよ」

 

海軍の制定する警戒レベルには五つの段階がある。

 

警戒レベル一:海上輸送路近海で深海棲艦を確認。

 

警戒レベルニ:海上輸送路への深海棲艦の接近。

 

警戒レベル三:海上輸送路への深海棲艦艦載機の接近。

 

警戒レベル四:海上輸送路への深海棲艦の侵入。

 

警戒レベル五:海上輸送路における深海棲艦の襲撃。

 

もちろん、これは判断の一基準にすぎず、実際には哨戒部隊―――旧自衛隊の航空機を運用する基地航空隊が最終的に判断を下し、周辺を航行する船舶へ警告を発していた。

 

“曙”の進む海域は、フィリピンに展開する日米合同部隊の管轄だ。旧式のP―3Cが主力とはいえ、最前線の航空隊ということもあって、隊員の士気も緊張感も高い。

 

「こういう時は、一番近くの港に退避する、だったか」

 

警戒レベルニ以上の際に適用される環太平洋各国の取り決めを思い出して、榊原は呟いた。BOBも船に変わりはないので、一応この取り決めが適用される。つまり、無駄な混乱を避けるために、掃討艦隊以外は当該海域から退避するのだ。

 

とはいえ、BOBに対しては強制力がないので、退避を選ぶ艦娘は半々だ。輸送船団を伴っていない限り、大抵は掃討艦隊への加勢を具申する。まあさらに言えば、大体は却下されるのだが。

 

―――さて、どうするか。

 

榊原は、曙を見る。その表情は険しかった。

 

「・・・悪いけど、そんな暇はなさそうね」

 

いつもと明らかに様子が違う。どういうことか、そう尋ねる間はなかった。曙が五感を研ぎ澄ますようにゆっくりと目を閉じ、静かな呼吸を繰り返す。

 

やがて、そっと目を開く。艦橋内に、低い艤装の唸りが響いた。

 

「敵艦隊発見!前方、距離二三○(ニ万三千メートル)!一八ノットで接近中!」

 

「何!?」

 

曙の叫びに反応して、榊原は咄嗟に、提げていた双眼鏡を覗く。だが前方の水平線に、艦影は見えなかった。と、するならば。

 

「電探か?」

 

「そ。火を入れといて正解だったわ」

 

後ろを振り向いた曙は、そこにいた妖精に親指を立ててみせる。電探を担当しているのだろう彼は、不敵に笑って同じポーズをした。

 

再び前を向いた曙は、幾分か柔らかくなった表情で毒づく。

 

「何が警戒レベルニよ、文句言ってやるわ」

 

榊原も同感であるが、あえて口にはしなかった。代わりに軍帽の位置を確かめ、居住まいを正す。

 

「数はいくつだ?」

 

「反応弱いけど、三つ」

 

「三隻か・・・」

 

曙はそれ以上何も言わない。黙考する榊原をチラと見遣っただけで、前方の水平線を見つめている。

 

「・・・付近に、民間船の航行予定はあったか?」

 

「ニ時間後に一つ。航路を変えている可能性が高いけど」

 

「・・・一番近いのはルソンの警備隊か。とすると、到着までニ、三時間」

 

いくつか小声で呟く。一つずつ、情報を引き出しては並べ、整理する。

 

答えは出た。是非もなしだ。後は―――

 

「曙」

 

榊原は、自らの相棒カッコカリの名を呼ぶ。何かを期待するような目線で、彼女は答えた。

 

「何?」

 

―――まさか、こんなところで始めての命令を出すことになるとはな。

 

人生、何がどう転ぶかわからないものだ。

 

「やれるな?」

 

断定に近い問い掛けに、曙は口角を吊り上げた。答えは決まっていたようだ。

 

「はっ。あたしを誰だと思ってんのよ」

 

それだけで十分だった。榊原はこくりと頷いて、“提督”として初めて命令を発した。

 

「深海棲艦の長期侵入は危険だ。ここで迎撃する」

 

「了解!」

 

曙の返答と同時に、“曙”の機関の唸りが高まる。曙は艤装との精神同調率を高め、艦―――正確にはそれを構成するブルーアイアンを戦闘状態へと移行し始めた。

 

「ねえ、クソ提督」

 

前甲板の先、飛沫を振り撒く艦首を見つめる曙が、今度は逆に榊原を呼んだ。

 

「戦闘は曙に任せるよ」

 

「・・・わかったようなこと言ってくれるじゃない」

 

「違ったか?」

 

「違わないけど。了解。戦闘指揮をもらうわ」

 

言うや否や、曙は合戦準備を下令した。妖精たちが慌ただしく動き、それぞれの持ち場につく。大型双眼鏡に取り付いた妖精が、そのレンズを前方の海面へと向けた。

 

「飛ばすわよ!しっかり掴まって!」

 

言われた通り、榊原は艦橋のへりに掴まり、両足に力を入れて踏ん張る。曙と同じように前方を睨み、手に力を込めた。

 

「第四戦速!」

 

次の瞬間、“曙”が主機を唸らせ、一気に加速した。慣性力に持っていかれそうになる体をなんとかその場に留める。速力の上昇に伴って増した抵抗が、艦首に大きな波を起こし、海面にうねりを作り出した。駆逐艦らしい快速で“曙”は驀進する。

 

やがて、水平線上に小さな影が現れた。艦橋よりも高いメインマストに設けられた見張り所からも同様の報告が来ている。

 

「敵艦見ゆ!」

 

彼我の距離、およそ二万。駆逐艦の足を持ってすれば、すぐに縮めることのできる距離だ。

 

こちらの接近に気づいたのだろうか、三隻の駆逐艦もまた、一斉に加速する。

 

正面を向いて突撃する両駆逐艦の相対速力は五○ノットを超えた。みるみる接近する敵駆逐艦のシルエットが、次第にはっきりとした輪郭を持ちだし、その細部も見て取れるようになる。

 

榊原は、秋山から渡された資料の中にあった、深海棲艦の識別表を取り出す。首に提げた双眼鏡を使って、艦型を割り出すためだ。

 

「・・・はい、これ」

 

その動きを狙って、曙は艤装の背部から何かを取り出すと、榊原の方へと差し出した。

 

「これは・・・?」

 

「それ、支給品でしょ?こっちのがよく見えるわよ」

 

曙が手に持っていたのは、艶やかな黒の双眼鏡だ。一目で、よく使いこまれているのがわかる。整備もしっかりと為されているようだ。本体の周りに、首から提げるためのベルトが巻かれている。

 

「吹雪がクソ提督に、って。中将からの餞別だそうよ」

 

「これを、俺にか?」

 

曙がぶっきらぼうに首肯した。榊原は、その手をしげしげと見つめる。数秒の後、小さく頷いて、それを受け取った。

 

「ありがたく、使わせてもらうよ」

 

手に取ったそれは、ズッシリとした存在感があった。冷たい表面が白手袋越しに触れる。

 

それまで提げていた双眼鏡と取り替えて、早速覗き込む。ピントはすぐに合った。手にピタリと収まったそれは、先ほどの重々しい存在感が嘘のように、腕の疲れを全く感じさせなかった。

 

「先頭はハ級・・・。後ろはイ級が二隻か・・・」

 

識別表の艦型に照らし合わせる。前甲板に主砲が一基しかないのがイ級、背負い式に二基を配置したのがハ級だ。背負い式の分、ハ級の方が艦橋が高く、どっしりとした印象を受ける。

 

「距離、一五○!」

 

眼前の一二・七サンチ連装砲が、ゆっくりと砲身を持ち上げる。その直線上には、当然のように敵艦がいた。

 

「一番連管用意!」

 

次に曙は、一番煙突のすぐ後ろにある三連装魚雷発射管を呼び出す。

 

「魚雷を使うのか?」

 

榊原は疑問を口にした。が、曙は前を向いたまま、首を横に振る。

 

「囮に使うだけ。駆逐艦相手なら、砲撃の方が早いから」

 

“曙”の魚雷発射管に装填されているのは、日本海軍必殺の九三式酸素魚雷ではない。わずかに性能で劣る、九○式通常魚雷だ。これは、燃焼剤に圧縮空気を使っているので、酸素魚雷ほど射程が長くない。航跡もくっきりと見える。

 

実は、海軍―――というより、妖精たちで構成された海軍工廠部は、三連装発射管の酸素魚雷対応版を開発できていなかった。そのため、睦月型、特型、初春型については、未だに九○式を使用している。酸素魚雷対応版の配備は、もう少し先になりそうとのことだ。

 

彼我の距離が一万を切った辺りで、“曙”が面舵を切り、同時に左舷前方に向けて一番連管三本の魚雷を放つ。海中に突っ込んだ魚雷が正常に作動しているのを確認した。

 

「・・・着いてきたわね」

 

“曙”の動きを見た三隻の敵艦も舵を切る。それを確認した曙は、意味ありげにほくそ笑んだ。

 

転舵によって、お互いが反航から同航に移った。上空から見れば、ハの字に見えるだろうか。それまでと違い、じりじりと距離が縮まっていく。

 

「左砲戦!」

 

距離八千、ついに“曙”の主砲が戦闘の火蓋を切った。

 

「てーっ!」

 

大音声、一拍置いて、前甲板二門、後甲板四門の主砲口に閃光が走る。腹の底に響く砲声が、全力で唸る機関音をかき消して、大気を震わせた。

 

―――駆逐艦とはいえ、すごいものだな。

 

したたかに鼓膜を打った音を聞き届け、榊原は双眼鏡を覗き込む。数秒後、敵一番艦の周囲に、六本の水柱が立ち上った。

 

「ほう・・・」

 

榊原は感嘆の声を上げる。水柱は二本が敵艦の手前に、四本が向こう側に出現した。夾叉と呼ばれるこの状態では、次に命中弾が出る確率が極めて高い。

 

本来夾叉は、二、三度の射撃による誤差修正を経て、初めて得られるものだ。まして、大型艦に比べて観測機器の貧弱な駆逐艦が、距離八千から初弾夾叉を得るなど、並大抵の練度では不可能だ。

 

―――秋山中将が、曙を選んでくれた理由がわかる気がする。

 

これほど優秀な駆逐艦だ。初期艦に選ばれない方がおかしい。特に、自分のように経験もなく、艦隊指揮を任された者には。

 

「てーっ!」

 

曙は、すでに四度目の斉射を放っていた。敵一番艦には命中弾による火災炎が生じており、速力も落ちている。そこへ、さらに二発が命中して、爆風と破片を振りまく。千切れた構造物の一部が宙を舞った。

 

敵弾も飛んでくる。一二・七サンチ砲とほぼ同等の威力を持つ五インチ砲弾がバラバラと落ちてきて、水柱を作り出した。しかし、その精度は“曙”の砲撃と比べるべくもない。全てが明後日の方向に弾着して、虚しく炸裂するばかりだ。

 

“曙”の第五斉射が落下する。瞬間、一番艦の中央部に、弾着とは明らかに異なる光が迸った。

 

水柱が収まるのを待たずに、特大の火柱が噴き上がった。敵一番艦のほぼ中央で生じた光球は、瞬く間に拡大して艦体を包み込み、衝撃で押し潰す。本来BOBに向けられるはずだった魚雷は、運悪く命中した一二・七サンチ砲弾によって一時に誘爆を起こし、駆逐艦の竜骨をいとも簡単にへし折って艦体を真っ二つにした。

 

轟沈だ。

 

「目標を二番艦へ変更!」

 

一番艦を無力化したと判断した曙が、その砲口を二番艦へと指向する。同時にほんのわずかに舵を切って、敵弾の予想落下点を回避した。測敵がやり直され、距離七千まで接近した敵二番艦へ砲弾を命中させるための諸元を導く。

 

「てーっ!」

 

十数秒後、諸元の入力された“曙”の主砲が、再び砲炎を吐き出した。




警報を当てにし過ぎるのはよくないですよ

次の次ぐらいにはパラオ泊地に着きそうです、はい
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