パラオの曙   作:瑞穂国

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遅くなってしまいました!

E-4まですんなり行けたのに、E-5でどん詰まりして、諦めて丙にした作者です

イベント頑張りすぎて執筆遅くなるのは、さすがに想定外でした


見エザル機動部隊

パラオ泊地の食堂も、さすがに夜が更けてくると静まっていった。

 

夕食後、食堂のいたる所で、別れを惜しむかのようにおしゃべりを楽しむ艦娘たちの姿が見えた。早い艦娘では、もう二日後にはパラオを発つことになる。姉妹艦同士、あるいは仲のいい者同士、別々の鎮守府に所属していることが少なくない艦娘たちは、積もる話に花を咲かせたり、静かに酒を酌み交わしたりと、思い思いの時間を過ごしていた。

 

その艦娘たちも、今はまばらだ。代わりに、パラオの静かな夜が、食堂に満ちている。

 

そんな食堂の一角で、榊原と相模は談笑していた。ルソンへの配属が決まっている相模は、最も早い帰還組だ。横須賀に戻った後は、すぐにルソンへと移ることになるそうだ。

 

清水にも声をかけたのだが、彼は来なかった。ちなみに清水も、最も早い帰還組だ。

 

「しっかし、驚いたな。まさか清水も、提督になるなんて」

 

欠席したことで、必然的に清水の話題となった。相模はコップの麦茶を煽る。これがお酒なら格好が付くのだが、生憎相模の持ち込んだ酒は一本だけで、それも作戦前に角田大佐によって飲み干されてしまっていた。

 

「あいつなりに考えあってのことだろう」

 

そう言って自らも麦茶を煽った榊原は、二杯目の麦茶を注ごうとした。と、その手がやんわりと止められる。見れば、榊原たちの腰掛ける机の横に、見知った将校が立っていた。

 

塚原大佐だ。反射的に立ち上がろうとする二人の様子を悟ったかのように、塚原はそれを手で制した。

 

「二人に差し入れだ」

 

浮かしかけた腰を戻した二人の前に、塚原は一升瓶を差し出す。

 

「“赤城”の艦内に取っておいたものだ。飲まないか」

 

「ありがたく、いただきます」

 

若干の戸惑いを覚えながらも、二人は塚原の厚意をありがたく受け取ることにした。隣の机から椅子を引いてきた塚原は、そこに腰掛ける。榊原は、さっきまで麦茶を飲んでいたコップを持って立ち上がり、洗って、塚原の分も持って戻ってくる。

 

「開けますよ、塚原さん」

 

相模が塚原から一升瓶を受け取り、開ける。それを三つのコップに注ぎ入れた。

 

乾杯。塚原が小さく言って、控えめにグラスを鳴らす。クイッと煽った透明な液体が、脳天に心地よい熱を伝えた。

 

「まずは、作戦ご苦労様。初参加で、色々大変だったと思うが、よくやってくれた」

 

「いやあ、自分は何もしてないですよ」

 

塚原の労いに、相模が苦笑する。その言に、塚原は不敵に笑っていた。

 

「謙遜だな。あの広瀬さんが託した情報を、的確に捌いたのは君だ。東郷長官も感心していた」

 

作戦においては、情報の取捨選択が最重要事項だ。が、そうした情報処理能力に優れた人材というのは、なかなかに得難いものである。その点、相模は元々の思い切りの良さと勘の鋭さもあってか、情報を瞬時に取捨選択できる能力がある。性格は大雑把だが、こと情報の収集や分析に関しては、同期の中でもトップクラスだった。

 

「榊原君もそうだ。一制艦が戦線を持たせたのは、君と大和の活躍があったからだ。機動部隊を預かったものとして、感謝している」

 

「い、いえ。自分は何も・・・。あそこで踏ん張れたのは、ひとえに大和のおかげです」

 

恐縮した榊原を、塚原はジッと見つめていた。やがてその端正な表情が破顔する。低く抑えた控えめな笑い声が、その容姿によく似合っていた。

 

「つくづく、謙遜なやつらだ、君たちは」

 

塚原は相模が注いだ二杯目を呷る。

 

「これからの戦い、今回よりもさらに厳しいものになる」

 

塚原が言外に含んだ意味に、榊原も相模も気づいている。

 

今回の作戦は、トラック攻略戦の前哨戦に過ぎない。遊撃艦隊によってトラックには敵航空基地が確認された。深海棲艦が何を目的にしているにしろ、その戦力を陸上にも振り向けることが可能だということが判明したのだ。トラックを奪還する戦いは、これまでになく激しい戦いになる。

 

それだけではない。トラックを攻略した先に待つのは、深海棲艦最大の拠点、ハワイの開放。そこに展開する敵艦隊もまた、強力無比なものだ。解放には、より一層の困難が予想される。

 

自然と、二人の背筋は伸びた。

 

「我々提督にとっても、そしてもちろん艦娘たちにとっても、厳しく辛い戦いが続く。その時、必要とされるのは、君たちだ。艦娘たちに寄り添う、若き提督たちだ」

 

塚原の頭が、ゆっくりと下がる。

 

「どうか、彼女たちをよろしく頼む」

 

それは、同じ提督としての、懇願に近い言葉だった。榊原も相模も、伸びた背筋のまま、はっきりと返答をする。

 

「「はい」」

 

これは、決意だ。提督として、艦娘たちと歩んでいく、確たる意志。二人の返事に、塚原は満足げな微笑みを浮かべていた。

 

食堂の人影は、いよいよまばらとなる。艦娘たちは会話の場を大浴場へと移しつつあり、食堂に残ったのは、ついに榊原たちだけとなった。

 

三杯目を注いだ塚原が、人気のなくなったのを確認したかのように、体をわずかに前に傾けて、再び話し始めた。

 

「実は、二人に内々に、頼みたいことがある」

 

―――内々に・・・?

 

およそ塚原の口から出たとは思えない言葉に、榊原はクエスチョンマークを浮かべた。一方の相模はというと、早速興味津々といった様子で、話を聞く姿勢に入っていた。

 

「ある艦隊を、探してほしい」

 

「“ある艦隊”?」

 

塚原のぼかした表現に、榊原は首を傾げた。

 

「正確には、艦隊かどうかもわかっていない。なにせ、誰も見たことがないからな。が、論理的に推察すれば、艦隊、それも機動部隊である可能性が非常に高い」

 

「その、根拠というのは?」

 

塚原は語りだす。角田から受けた相談の内容。トラック環礁への予想以上の損害。壊滅した敵警戒艦隊。それらを精査した結果、その存在が浮かび上がってきた“もう一つの勢力”。

 

榊原も相模も、終始唖然として聞いているしかなかった。

 

「今ある情報は、これで全てだ。ここから、俺たちはトラック沖にもう一つ、艦隊が存在していた可能性が高いと考えている」

 

「・・・他国の艦隊、例えば米国のBOBである可能性はないんすか?」

 

相模はすでに臨戦態勢だ。軽い受け答えのようだが、今頃その情報処理能力は、フル回転しているはずだ。

 

「それはないな。米国艦隊には、『IF作戦』の詳細を知る術はない。『IF作戦』の内容を正確に知っていなければ、こちらの索敵範囲を予測し、そこから逃れて極秘裏に行動することは不可能だ」

 

「では、作戦立案に関わった、海軍上層部と繋がりのある遊撃部隊、ということですか」

 

「そうなるだろう」

 

相模の質問が止まる。それを見て、塚原が話の続きを始めた。

 

「その艦隊は、トラック周辺―――南太平洋を活動拠点にしている可能性が高い。接触を狙うなら、そこしかない。そこで、二人に協力をお願いしたい」

 

榊原は、頭の中で地図を広げた。

 

南太平洋は、日本からオーストラリアを結ぶ数多くの島々を含め、非常に広大な範囲になる。それらの各所には、日本やアメリカ、オーストラリアなどが運用する警備隊や基地、泊地が点在していた。

 

その中でも特に規模と重要度が大きいのが、パラオとルソンだ。前者は言わずもがな、南太平洋における最前線であり、後者は対豪航路やインド洋航路を守る、輸送路の砦だ。また、ルソンに関しては、アメリカとの共同運用という観点でも重要度が高い。

 

そのいずこかに、機動部隊運用の拠点を設けることは、十分に可能なはずだ。

 

―――大体、やりたいことがわかってきた。

 

榊原、そして相模が選ばれた理由を。

 

榊原はパラオの提督であり、相模はルソンへの転属が決まっている。横須賀所属の塚原なら、そのくらいは知っているはずだ。

 

「トラック戦は、最低でもあと一回、生起する。その時、今回のような不確定要素は取り除いておきたい。それに、個人的な興味もある。正体不明の艦隊は、なぜその姿を隠しているのか。秘密裏に進めなければならないような、重大な“何か”を持っているのか」

 

何とも言えない沈黙が場に広がった。

 

「・・・協力の内容を、教えてください」

 

榊原が口を開く。塚原は頷いて、詳細を話し始めた。

 

「まずは、艦隊を捕捉しなければならない。そのためには、ルソン警備隊の協力が不可欠だ。そこで相模少佐には、ルソンで指揮を執る卓己中佐に、今回の件への協力を打診してほしい。彼には、余すところなく情報を伝えても大丈夫だ」

 

「わかりました」

 

「艦隊発見後の行動は、迅速に頼む。理想は二人に接触してもらうことだが、位置によってはどちらか片方で構わない。最終的に、お互いに情報が共有できればそれでいい」

 

―――俺と相模が、塚原さんの目となり耳となる。

 

どこにいるとも知れない艦隊を探し出し、接触する。一筋縄ではいかない任務だ。

 

「動きがあれば、“赤城”の通信室に、俺宛てにして連絡をくれ。暗号の組み方は、出港前に残しておく」

 

塚原は説明をそこで切り上げ、殊更真剣な口調で最後に言った。

 

「無理は承知だ。だが、どうかよろしく頼む。これは俺の勘でしかないが、正体不明の艦隊が、これからの戦いに大きな影響を与える気がしてならない」

 

 

 

塚原が去った後、温まったかもよくわからないうちに風呂を上がった榊原と相模は、濡れた髪のまま無造作にタオルを首にかけ、作戦室の海図と睨み合っていた。時刻はすでに十一時を回り、庁舎に人影はないが、念には念を入れて、誰かに気付かれないよう部屋の電気は極力落としてある。広げた海図の南太平洋の辺りが、辛うじて見えるくらいだ。

 

「さて、と。どこから探すか」

 

のん気な声で相模が言った。

 

実は、二人ともすでに、重点的に捜索するべき範囲には目星をつけている。何も言わなかったが、恐らく塚原も、同じ海域を念頭に入れて話していたはずだ。でなければ、わざわざ相模に声をかけた理由が見当たらない。

 

塚原は、どうしても、ルソンの卓己に、今回の情報を伝えたかったのだ。

 

「どうしても、ルソンが―――フィリピンが必要だった」

 

「その心は?」

 

呟いた榊原に、相模がおどけて尋ねる。一切淀みなく、榊原は答えた。

 

「フィリピンの近くにあるんだ。最も探すべき場所が」

 

「あるな。思いっきり怪しい海域が。通常船どころか、BOBまで進入禁止の危険区域、だっけか」

 

「確か、深海棲艦の襲撃率が異様に高い、魔の海域って言われてるんだったよな」

 

「そうだ」

 

二人が見つめるのは、フィリピンの南方にある海域だ。深海棲艦の出現時から、幾度となく船団が襲撃され、BOBの艦隊をもってしても侵入が危険とされる、死の海域。

 

いつからか、そこは『Z海域』と呼ばれるようになった。

 

「よく見ると、危ないところにあるなあ、ルソン警備隊」

 

両者の位置関係を確認した相模が、苦笑交じりに言った。ミンダナオよりはいくらか遠いとはいえ、十分に近距離と言える。

 

「だが、どうやってZ海域を捜索する?確か、航空機も進入禁止になっていた気がするが・・・」

 

「まあ、その辺は俺に任せとけって」

 

そう言って胸を張る相模に、妙に納得してしまう自分がいる。こいつなら、どうにかこうにかして、なんとかするのだろう。

 

「卓己中佐がどんな人かは、会ってみなくちゃわからないけど。少なくとも、理解のない人じゃない。あの塚原さんが、協力を打診しようと思う人だしな」

 

「違いない」

 

それからも二人は、熱心に議論を重ねる。最終的な索敵計画がまとまった時、時刻は午前一時に迫ろうとしていた。




第一章も残り後少し

さらに飛ばしていきましょう!

もう一度、吹雪について触れたい・・・
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