パラオの曙   作:瑞穂国

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ついに、ここまで辿り着きました・・・!

第一次トラック沖海戦、これにて完結です!

作者の暴走が止まらない

どうぞ、よろしくお願い致します


摩耶「閑話だぜ」

パラオから、艦隊が去っていく。

 

“飛鷹”と“五十鈴”の出渠を受けて、連合艦隊各艦は、各々の所属する鎮守府へと帰還を始めた。その第一陣はすでに三日前、パラオ泊地から出港したところだった。

 

清水と相模は、この第一陣で本土へと帰還することになった。それと、塚原麾下の機動部隊もだ。別れを名残惜しみながらも、榊原は水平線の向こうへと小さくなっていく艦影を見送り続けた。

 

一方の第二陣は、ルソンから本土へと向かう船団を護衛するため、損傷のない軽巡や駆逐艦を中心としている。その指揮を執るのは、角田だった。

 

今まさに、内火艇で沖の“比叡”へと向かおうとしている先輩将校と、榊原は埠頭で対面していた。第二陣の艦娘たちも、その横に整列しており、それと向かい合うようにして、手隙のパラオ泊地艦娘たちも立っていた。榊原の隣には、病棟から出てきた曙が立っている。

 

「短い間だったが、世話になった」

 

普段とは打って変わったきびきびとした声で、角田が敬礼する。身の引き締まる響きに満ちたその声に、榊原も敬礼で応える。お互いに手を降ろした時、角田が破顔した。

 

「まあ、また会うことになるだろうけどねえ」

 

「そうですね」

 

角田ほどの将校が、トラック戦に参加しないことはあり得ない。いずれ、もう一度実施させるであろうトラック攻略戦、その時にまた会うことにはなりそうだ。

 

―――その時は。

 

その時は、一艦隊を任される提督として、参加したい。そのための努力を誓うように、榊原は角田に言った。

 

「道中、お気をつけて」

 

「うん、ありがとう」

 

角田は朗らかに笑っていた。

 

艦娘たちが、次々と内火艇に乗り移っていく。その中には、比叡の姿もあった。角田の右腕たる彼女とこの数週間のうちに随分と親しくなった大和は、一抹の寂しさを浮かべた目で、たった一言「お元気で」と言った。比叡もまた、「手紙書くからね」と笑う。

 

内火艇が離れていく。パラオ沖に停泊した各艦に、艦娘たちを送り届けるのだ。小さくなっていくその姿に、榊原たちは大きく手を振る。振動で内火艇が揺れるのではと思うほどに、去りゆく艦娘たちもブンブンと手を振っていた。

 

やがて、その姿も小さく、見えなくなる。わずかな痺れを感じる右手を降ろし、榊原はポツリと呟いた。

 

「これで一段落、か」

 

熾烈を極めた『IF作戦』第一段階は、今まさに終了した。だが、全てが終わったわけではない。トラックを解放する戦いは、まだ続くことになる。

 

あくまでこれは、戦いの一段落。いずれ訪れる嵐の前の、静かなる凪に過ぎない。

 

「何が一段落よ、たく」

 

隣の曙が、榊原にだけ聞こえる声で罵る。腕組みをして海を見つめるその横顔に、相変わらず容赦はない。いつも通りの秘書艦の姿が、そこにはあった。

 

曙が言外に込めた意味を、榊原はわかっている。

 

散々悩んだ末、榊原は曙にだけ、塚原から託された極秘任務のことを話した。秘書艦であり、聡明な彼女には、いずれ気づかれてしまう。だったら、最初から協力を仰いだ方が賢明だ。

 

面倒くさいものを引き受けたものだ、と嘆いていたが、曙は協力を承諾してくれた。

 

「なあ、おい」

 

何とはなしに海を眺めていたパラオ泊地の面子の中で、最初に口を開いたのは木曾だ。自然と、全員の意識がそちらに向いた。

 

「そう言えば、川内はどこ行ったんだ?」

 

「あ?川内?」

 

摩耶が沖に目を凝らすのに倣って、榊原も泊地の海を見つめる。

 

最も大きな艦は、角田の乗艦であり第二陣を指揮する“比叡”だ。旗艦らしい威風堂々たる艦影に、丈高い艦橋がよく栄える。新型戦艦―――“大和”型のテストベッドとして各種新機構が採用されており、どことなく“大和”艦橋に似た風情があった。

 

その横には、軽空母の“瑞鳳”がいる。船団護衛に欠かせない、エアカバーと対潜哨戒の要だ。平甲板型のため、艦橋は庇のように前に突き出た飛行甲板の下にある。

 

その他は、軽巡一隻と駆逐艦五隻だ。彼女たちも、同じように泊地沖に停泊している。

 

その、残った軽巡というのが、川内だった。

 

先程並んだ第二陣参加艦娘の中に、川内の姿はなかった。てっきり、もう乗り込んでいたのかと思っていたが・・・。

 

「どこほっつき歩いてんだ・・・?」

 

「呼んだ?」

 

剽軽極まりない声は、どこかから突然聞こえてきた。

 

「おわっ!?」

 

木曾の叫び声が聞こえた。見れば、驚いて仰け反った顔の横から、キラキラという擬音が聞こえてきそうなもう一人の少女が覗いている。二つに結んだ黒髪に、ささやかな髪飾り。何より、風になびく長い純白のマフラーが目を引いた。

 

名乗らずともわかる。川内だ。

 

どこから沸いて出てきた。

 

「さすがは、歴戦の夜戦ニンジャ」

 

当の木曾は、驚嘆とも呆れともとれる、気の抜けた声で言った。満面の笑みを、川内は浮かべている。

 

「まあねえ。隠密行動と肉薄は水雷戦隊の基本だから。ていうか木曾、私の気配に気づかないなんて、ちょっと気が抜けてんじゃない?」

 

「やかましい。ていうか、その位置で話をするな」

 

「はーい」

 

顔をしかめて苦言を呈した木曾の前に、川内が出てくる。本当に、自由奔放な、軽やかな艦娘だ。

 

「もう、川内さん置いていかないでくださいよ」

 

そう言って、川内の後を追ってきた影がある。小柄な第一種軍装に、頭の後ろで結ばれた髪が揺れていた。

 

「遅いぞ、吹雪ー。最近鈍ってるんじゃないかー?」

 

「鈍ってるとか、そういう問題じゃないですよ」

 

「鬼の初期艦様はいずこへ」

 

「一度もそんな二つ名もらったことないです」

 

駆けてきた吹雪は、乱れた衣服を整えて、榊原たちの前に立つ。

 

「すみません、お騒がせしました」

 

「いえ・・・」

 

そんなことはありません、とは言えないのが、榊原が榊原である所以だ。

 

吹雪が苦笑いを浮かべていた。

 

「短い間でしたが、お世話になりました」

 

吹雪と川内が、鮮やかに敬礼する。それに、榊原以下のパラオ泊地所属艦娘たちが応えた。それぞれの視線が数瞬交錯した後、各人の右手が下がった。

 

「また、お会いしましょう」

 

榊原は吹雪に向けて言う。結局、今回は彼女と、あの時以上に話をすることはできなかった。まだ、吹雪と話したいことがある。知りたいことがある。

 

彼女は何のためにここに来たのか。

 

―――彼女と、対等に話せるだけの何かを、今の俺は持っていない。

 

塚原から頼まれた正体不明の艦隊の存在すら、吹雪は知っているのだ。

 

何を成そうと言うのだろうか。

 

何を目指そうと言うのだろうか。

 

今の榊原には、想像することも、触れることすらもできない“何か”を、吹雪は持っている。

 

榊原の言葉に、吹雪は困った笑顔を見せた。

 

「どうでしょう。以降の『IF作戦』に、私は参加を予定してませんから」

 

これには、榊原も驚いた。吹雪は、このままこの『IF作戦』を、最後まで見届けるものだと思っていたのだ。それが、秋山と彼女の意志であると、吹雪自身も語っていた。

 

「なぜですか?」

 

榊原が問いかける。

 

話が長くなりそうなことを悟ったのだろう。川内や摩耶たちは、それぞれで開き始めた。川内は、埠頭に着けた自らの内火艇に駆け寄り、乗り込む。

 

ただ一人、曙だけは、律儀に榊原の横に残っていた。

 

人が捌けたのを横目で見遣って、吹雪は口を開く。あの夜と同じ、微かな笑みが口元にあった。

 

「私が直接来る必要がなくなった、と言えばわかるでしょうか?」

 

そんな言葉と共に、愛らしく首を傾げる。その意味は、もちろん榊原にもわかった。

 

「吹雪さんや秋山中将と同じ考えを持った誰かが、このトラック戦に関わるんですね」

 

「半分正解、でしょうか。むしろ、彼の考え方は、私たちと逆と言えるかもしれません。ですがだからこそ、彼は私たちへの協力を申し出てくれました。トラック戦という、一つの大きな転換点を、見つめることを」

 

―――・・・まさか。

 

思い当たる人間が、いる。否、榊原以外に適任な人物は、彼をおいて他にない。しかし、彼が吹雪に協力を申し出たということが、榊原には意外でならなかった。

 

「そういうわけですから、もしかしたら、次に会うのはずっと後のことになってしまうかもしれませんね」

 

「・・・そう、ですか」

 

少しばかり残念ではある。

 

「その代わり、と言ってはなんですけど」

 

言葉を続けた吹雪は、両目を細めて悪戯っぽく微笑む。どこか大人びた艶やかさすら感じる口元だ。

 

そういえば、と榊原の意識は吹雪の容姿に向かう。駆逐艦娘たちが、こぞって顕現した時の容姿―――十代前半頃の姿のままなのに対し、艦娘ではなくなったという吹雪は十代後半相当の背丈や顔立ちをしており、軽巡や重巡の艦娘に近い印象を受ける。丁度、艦娘でなかった三年間分、成長したかのように。

 

吹雪が榊原に歩み寄る。その、甘やかな薫りが、鼻孔をくすぐるほど近くに。

 

「司令官から託された資料を、榊原少佐にお渡しします」

 

吹雪が榊原の右耳に囁く。

 

「資料・・・?」

 

「執務室に、鍵をかけて置いてあります。開けるためのパスワードは、然るべき時が来れば、わかるはずです。“その時が来れば”、きっと貴方の助けになります」

 

“その時が来れば”。いったい何の時が来ると言うのだろうか。

 

吹雪の顔が離れる。相変わらずの朗らかな笑みを湛えて、海を背景に立っていた。黒に輝く髪が、吹き抜けた風に揺れる。

 

「私は、艦娘の起源を探しています。私たちは―――私はなぜ、この世界に現れたのか」

 

よく通る澄んだ声で、吹雪は自らの目的を告げる。

 

「今回、確信しました。私の探しているものは、トラックにあることを。いずれ、その眠りが覚めることを」

 

涼しい風がもう一度吹く。潮の香りを孕んだ空気が三人を包み、辺りのざわめきを消し去った。笑顔のままの吹雪をジッと見つめて、榊原も曙も沈黙を保っている。

 

「吹雪ー!早くー!」

 

やがて、内火艇で待ちくたびれたらしい川内が、吹雪を呼んだ。

 

「そろそろ、行かないといけません」

 

「・・・また会える日を、楽しみにしています」

 

「はい」

 

短く答えた吹雪は、再びこちらへと歩み寄り、今度は榊原ではなく曙の方へ顔を近づける。唇を左耳に寄せて、何事かを囁いているようだが、榊原には聞こえなかった。

 

曙の顔が、みるみる朱に染まっていく。

 

「ば、バッカじゃないのっ!?」

 

ナニを言われたのか知らないが、曙がものすごい勢いで反駁した。

 

「あはは、曙ちゃん真っ赤になってるよー」

 

吹雪は無邪気に笑っている。初めて見る表情だ。

 

「この・・・っ!」

 

掴みかかろうとした曙の手からヒラリと身軽に逃れて、吹雪は内火艇に向かっていく。彼女が飛び乗るのを見計らったように、艇は静かに埠頭を離れた。

 

艇上の二人が、手を振っている。榊原と曙も、それに振り返して見送った。

 

吹雪たちの乗り込みを確認したのだろう。第二陣の各艦が動きだす。駆逐艦二隻を先頭にして、“川内”や“比叡”、“瑞鳳”が続いていく。戦いを終えたBOBたちが、飛沫を散らしながら、泊地の外へと滑り出ていった。

 

「・・・行ってしまったか」

 

これで、本当に一段落だ。

 

しかし、戦いが終わったわけではない。いずれ始まる、新たな戦いに向けて、榊原たちは備えなければならないのだ。

 

水平線の向こうに消え行く艦影を見つめる。パラオ泊地を海上に照らし出す太陽は、遥かな高空から、榊原と曙を見守っていた。

 

 

 

「ちなみに、さっきは何て言われたんだ?」

 

尋ねた榊原に、曙が無言で蹴り(結構本気)を入れた。




一応、これで物語の前編(?)は終わりです。しばらくは、連動作品群や他作品の整理に努めさせていただくつもりです

二週間後くらいには、更新を再開できるといいのですが・・・

ここまで、わかりにくい点、読みにくい点、多々あったかと思います。そのような点含めまして、この機会にご感想、ご指摘等頂けますと幸いです

ひとまず、ここまでのお付き合い本当にありがとうございました

また、近いうちにお会いしましょう!

(E6、7終わらせなくちゃ・・・!)
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