パラオの曙   作:瑞穂国

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一応、今回で過去編は終了の予定です

人類最初の提督が誕生します


艦娘、ソシテ提督

深海棲艦に対抗可能な唯一の戦力。

 

そう名乗った吹雪との出会いから、二か月が経とうとしていた。

 

あの夜以来、秋山が吹雪に会う機会はなかった。初めて吹雪と会った人間とはいえ、一尉でしかなかった秋山には大した権限が与えられるはずもなく、基本的な彼女の対応はもっと上の人間が担っていた。

 

“吹雪”の艦体は、横須賀に停泊している。秋山もその様子だけは見ることができた。時折その艦影が見えなくなるあたり、沖合に試験運転でもしに行っているのかもしれない。

 

この二か月の間に、大きく変わったことがある。

 

陸海空、三つの自衛隊が解体され、あらたに陸海空軍が創設された。特に海軍―――旧自衛隊の変化は大きい。“あけぼの”含めた旧護衛隊群は、海軍の中でも本土防衛艦隊に編入され、日本の最終防衛線としての役割を果たすこととなった。

 

そして、この本土防衛艦隊とは別に。「連合艦隊」と呼称される新たな艦隊が、創設された。

 

何を説明されずとも、秋山にはその艦隊の目的が分かった。

 

吹雪は、「“わたしたち”」と言った。すなわち、深海棲艦に対抗可能な戦力は“吹雪”だけでなく、他にもいるということだ。おそらく、“吹雪”と同じような、第二次大戦時の軍艦が。

 

連合艦隊は、彼女たちが所属することになるのであろう。

 

人員は、旧海上自衛隊から引き抜かれていくことになるはずだ。できればその一人に、秋山も選ばれたかった。

 

海軍への改変に伴い、秋山が一尉から少佐―――三佐相当へと昇進したのは、戦時特例に基づいたものだ。もっとも、その実は幹部となる人員が足りなくなっているからだろうが。

 

広瀬も昇進していた。それに伴い、彼は海軍情報部へ転属となっている。

 

秋山も、そのうち転属になる可能性が高い。叩き上げの先任伍長などと違い、尉官以上の幹部は転属が多いからだ。

 

そんな折、新たに設置された連合艦隊の司令部に、秋山は呼ばれていた。

 

真新しい廊下に、秋山の靴音が響く。設置されたばかりとあって、行き交う人は皆慌ただしい。丸めた大きめの書類をいくつも抱えた人や、山のような本を台車で押している人。敬礼を交わす間も惜しむように、秋山とすれ違っていった。

 

「・・・ここか」

 

目的の部屋を見つけた秋山は、表札を確認してノックをする。「連合艦隊司令長官公室」の扉が、心地良い音を立てた。

 

「秋山少佐、参りました」

 

「入れ」

 

ガチャリ。すんなりと開いた扉から、室内に入る。置かれたばかりらしい執務机に、第一種軍装の将校が腰掛けていた。

 

秋山もよく知っている。前第一護衛隊群司令、東郷源八郎大将だ。連合艦隊の創設にあたり、彼に司令長官のお声がかかったらしい。

 

「失礼します」

 

右手を軍帽のつばに合わせる秋山を、東郷はチラと見遣っただけだった。

 

「秋山少佐。BOBの第一発見者、か」

 

「はい」

 

BOBとは、「青い海の戦艦」の略称で、二か月前に現れた“吹雪”のことを指す。ちなみに、BOBを操作することのできる吹雪を、艦娘と呼んでいた。

 

「回りくどいのは苦手だ。本題から行こう」

 

東郷はそう言って、秋山をここへ呼んだ用件を話し始める。

 

「知っての通り、連合艦隊はBOB、ひいてはそれを操作する艦娘を中心とした組織だ。二か月にわたる慎重な調査の結果、艦娘は我々人類と何ら変わらない、肉体と精神を持つことがわかった」

 

執務机の上にある資料のうち一つが、秋山に示される。艦娘―――吹雪に関する調査報告書であるようだ。

 

「彼女たちは、深海棲艦と戦うことを使命としている。だが、強大な深海棲艦と戦い、勝利するには、確かな戦術とそれを教え、指揮することのできる者が必要だ。さらにいえば、たった一人で強大な軍艦を動かす彼女を、心理的にもサポートできる、人間的に優れた人物であることも求められる」

 

老練な光を帯びる東郷の双眸が、秋山を捉えている。ハワイ沖海戦を生き残った彼は、以後も多くの深海棲艦との戦闘に参加していた。言葉や眼力の端々に見える説得力が違う。

 

「吹雪が提示してきた条件は二つ。第一に、艦娘と同じように、BOBの乗組員たる妖精を見ることができること」

 

妖精を見ることができる人間とそうでない人間の違いは、結局まだよくわかっていない。仮説としては、可視光の領域が関係しているのではと言われている。すなわち、秋山のように妖精を視覚できるのは、常人よりも脳が認識できる可視光の領域が広いからとする説だ。実際、可視光領域外―――赤外線では、妖精の姿を捉えることができたらしい。

 

「第二に、艦娘を愛し、艦娘に愛され、ともに戦うことのできる人物であること」

 

―――うまい言い回しだ。

 

この一言で、吹雪はこれから現れるであろう艦娘たちの尊厳を守ったことになる。艦娘は艦娘。決して、人間が深海棲艦と戦うための道具ではない。自らの指揮官は、自らで選ぶ。彼女はそう宣言したのだ。

 

もしも、この文言を吹雪一人で考えたのだとしたら、彼女は非常に聡明であると言えた。

 

「私が知っている限り、この条件に合致するのは、秋山少佐だけだ。幸い吹雪も、初めて出会った少佐のことを慕っている」

 

東郷が何を言わんとしているのか。それを理解した秋山は、自然とその背筋が伸びるのを感じた。

 

「秋山少佐」

 

「はっ」

 

「少佐は、二階級特進の上、新設される横須賀鎮守府の指揮官に就任してもらう」

 

東郷の言葉に、秋山は思わず目を見張る。

 

「二階級特進ですか!?」

 

「そうだ。少佐には―――大佐には、連合艦隊最初の戦力を任せる」

 

後は現地に行って説明を受けろ。最後にそう言った東郷は、質問をしようとした秋山をさっさと室外へ追い出してしまった。

 

 

“あけぼの”艦内の荷物を急ピッチでまとめ、秋山が横須賀鎮守府に着任したのは翌日のことだった。

 

深海棲艦の出現後、本国へと帰還してしまった米海軍の基地施設を返還してもらった跡地に、連合艦隊が使用する新たな鎮守府は建設されていた。とはいっても、建物などの施設はほとんど使い回しだ。そのうちの、「鎮守府庁舎」と表札の掲げられた、ペンキ塗りたての白が眩しい建物に、秋山は入っていった。

 

「秋山さん!」

 

入口に入るや否や、秋山を呼ぶ元気な声が聞こえた。二か月ぶりでも、忘れるはずがない。あの夜と変わらない姿で、彼女は秋山を出迎えてくれた。

 

「お久しぶりです。また会えてよかった」

 

「ありがとうございます。わたしも、また秋山さんに会えて嬉しいです」

 

そう言った吹雪の顔には、思わず惚れ惚れしてしまうような満面の笑みが浮かべられている。秋山の表情も、自然と綻んでいた。

 

「荷物、お持ちします」

 

「大した量じゃないから、大丈夫ですよ」

 

「そうですか?じゃあ、秋山さんのお部屋まで案内しますね」

 

吹雪が先導する形で、庁舎の中を進んで行く。ここもやはり、連合艦隊司令部と同じように、人の行き来が多く、慌ただしい印象を受けた。やはり、一つ大きな組織を作るというのは、それなりに手間も時間も人員もいるのだ。

 

「そういえば」

 

前を進む吹雪が、秋山を振り向いて思案顔で尋ねた。

 

「秋山さんが、わたしの指揮官になるんですよね」

 

「はい。そう聞いてます」

 

聞いたのは昨日であるが。

 

「それじゃあ、秋山さん、っていう呼び方もなんだかおかしいですね」

 

「うーん、気にするようなことでしょうか?」

 

確かに、締まりがない感じはするのだが。かと言って吹雪に秋山大佐と呼ばせるのは、何だか堅苦しい。

 

「気にするようなことです。せっかくだから、カッコイイ呼び方がいいじゃないですか」

 

吹雪は何だかんだと楽しんでいる様子だった。

 

カッコイイ呼び方、と言われても、秋山にはいまいちピンとこない。そもそも、吹雪にとってカッコイイとはどういうことなのだろうか。

 

歩きながら、下唇に人差し指を当てて考える吹雪を、秋山は微笑ましげに見つめる。これでは、「真面目に考えてください!」と怒られてしまうかもしれない。

 

「あ、ここです。こちらが、秋山さんの私室になります」

 

吹雪が一つの部屋に案内する。「司令控室」の表札がかかったその部屋のノブを捻る前に、何かに思い至ったらしい吹雪が大きく柏手を打った。

 

「そうだ!司令官、っていうのはどうですか?」

 

「司令官・・・」

 

何だかむず痒い。つい先日まで・・・というか、つい昨日までは、“あけぼの”の一乗組員でしかなかった。それが今日から、一個艦隊にまで育つかもしれない、新設艦隊の指揮官となるのだ。文字通り、吹雪の司令官として。

 

持って来た荷物を、これから秋山の自室となる部屋に置く。

 

―――何をするべきか。それは、俺の足で歩いて、決めなければ。

 

「吹雪さん」

 

「はい?」

 

早速探そう。自らがなすべきことを、この鎮守府で。

 

「鎮守府の施設を、案内してもらえますか?」

 

「あ、はい!もちろんです」

 

秋山のオーダーに、吹雪は笑顔で応える。

 

持っていた荷物を置いてきた分、身軽になって鎮守府内へと歩きだす。敷地は広い。ちょっとした散歩ぐらいの気分だ。

 

工廠、補給所、装備保管所、ドック。一部工事中のそれらの施設を回りながら、吹雪が簡単な説明―――特にさらなる艦娘との出会いについて、詳しく話してくれた。

 

曰く、新たな艦娘との邂逅には、二つの種類があること。そのどちらも、どんな艦娘と出会うことができるのかを、選ぶことができないこと。

 

「建造なら、資材が入るようになればすぐできますよ」

 

「開発資材、というのが必要なのでは・・・?」

 

「わたしが持ってます」

 

「吹雪さんが?」

 

「この間、試験航海中に見つけたんです。五個ぐらいありますから、開発にも使うとして、建造が二回はできると思います」

 

秋山の質問にも、吹雪は淀みなく応える。まるで、全ての答えを知っているかのような。どことなく違和感は感じたが、今はとにかく、彼女の話を聞く必要があった。

 

「あの・・・司令官?」

 

「?どうかしましたか?」

 

さっきまではきはきと説明していたのとは一転して、こちらを窺うような上目遣いで、吹雪は秋山を見つめていた。

 

「その・・・わたしのことは、吹雪って呼んでほしいです」

 

少しモジモジとしながら頼んでくるあたり、本当に見た目通りの、少女に変わりない。秋山は微笑んで、吹雪の名を呼ぶ。

 

「吹雪」

 

「・・・はいっ!」

 

吹雪は満面の笑みで威勢よく返事をした。

 

最後に案内されたのは、鎮守府の埠頭だ。艦はほとんど泊まっていない。ただ一隻、秋山が邂逅した、唯一深海棲艦に可能だという“吹雪”のみが、静かにたたずんでいるだけだ。

 

「一隻だけだと、少し寂しいですね」

 

眉を八の字に下げて、吹雪が言った。

 

「そんなこと、ないですよ」

 

風が吹き抜ける埠頭を、秋山は“吹雪”に向かって歩いていく。

 

風は、“吹雪”の方から吹いてくる。被った軍帽を飛ばすほどではないが、強く、確かな風だ。そこに乗る潮の香りが、また何とも言えない風情を醸し出す。

 

風の中で、“吹雪”は静かに秋山と対峙する。艦体から溢れる決意にも似た雰囲気。駆逐艦としての心意気。

 

人類の希望。共に戦う、頼もしい仲間。

 

「司令官?」

 

“吹雪”を見つめ続ける秋山に、横に立った吹雪が不思議そうに声をかける。

 

「何でもないです」

 

そう答えながらも、二人は並んだまま、“吹雪”と向き合い続ける。

 

内なる決意が滲み出ていることは、言うまでもないことだ。

 

 

戦いが始まった。

 

深海棲艦と人類、そして艦娘。出会った提督と艦娘が、世界を新たな方向へと回していった。

 

そして、三年が経った今もまた―――




次回からは再びパラオ泊地の話に戻っていきます

第二次トラック沖海戦まではまだ時間があるので、色々とフラグを回収したり、新たなフラグを立てたりということになりそうです
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