今回も日常回。大丈夫です、大和と祥鳳の、仁義がない感じの話ではありません
どうぞ、よろしくお願いします
普段より多くの人間で賑わっている食堂の正面に、榊原はビールの入ったグラスを持って立っていた。
パラオ泊地に所属する全ての人間が、この食堂に集まっている。工廠部、港湾部、食堂部、この泊地を支える百人近い人員が、初めて一堂に会していた。
その乾杯の音頭を、榊原は任されたのだ。
「本日はお集まりいただきありがとうございます」
食堂全体に通るよう、声を張る。シンとした空間に、声はよく伝わった。
「パラオ泊地の開設から四か月近くとなりました。改めて、ここまで来られたことを感謝いたします」
榊原の着任は二か月前だが、その前からパラオ泊地は動きだしている。特に港湾部のタグボート船員などは、警備隊の艦娘たちと同じく最初期からこの泊地で働いていることになる。それこそ、パラオ沖海戦に伴うパラオの解放直後からだ。
「今夜この場が、皆さまの親睦の場になれば幸いです。それでは、僭越ながら乾杯の音頭を取らせていただきます」
全員が、手に持ったグラスを掲げた。ビール以外にも、麦茶やソフトドリンクの入ったグラスも見える。皆が皆、決意を秘めた強い視線で、榊原を見つめていた。
ここが、最前線パラオ泊地だ。
「乾杯!」
「「「乾杯!」」」
グラスを掲げ、あるいは近くの人と打ち鳴らす。それからは、会場内が和気藹々とした雰囲気に包まれた。あちこちで、各部員同士の会話が始まっている。
「いい挨拶だったんじゃない」
立食のテーブルの方へと戻ってきた榊原を、いつもの調子の声が迎えた。オレンジジュースのグラスを持っているのは曙だ。
「そうか?」
「あくまであたしの個人的な意見よ」
相変わらず容赦はない。
「ん。ほら、乾杯」
曙はそう言って、ぶっきらぼうにグラスを差し出す。プイッと少し外を向いている辺り、全くもって彼女らしい。
「ああ。乾杯」
榊原は微笑を浮かべつつ、曙のグラスに自らのグラスを打ちつける。カツン。中に液体が入っていることで、独特の響きが生まれる。お互いにグラスを傾けて、中のものを呷った。
「これからも、よろしく頼むよ」
「・・・ふんっ。ま、いいわよ。・・・よろしく」
そう言った後、曙の顔は益々そっぽを向いてしまった。それがまた、榊原には微笑ましい。
「・・・ほらっ。あんたはそんなとこ立ってないで、挨拶回りでもしてきなさい!」
緩んだ榊原の頬が気に入らなかったのだろうか。曙は押し出すようにして、榊原を他の机へと押しやる。その仕種に今度は苦笑を浮かべて、榊原は彼女の言葉通り、各部への挨拶回りへと出た。
「榊原君」
真っ先に榊原を捕まえたのは、工廠部の夏川だった。
小さな丸テーブルを囲んで、三人が立っている。工廠部を取り仕切る夏川。港湾部を取り仕切る大野作蔵。食堂部を取り仕切る釣掛美穂。パラオ泊地、そして艦娘たちを陰から支える、各部門の長たちだ。
「皆でおしゃべりしながら食事っていうのも、いいもんだねえ」
取り皿に控えめに取った料理をパクパクと食べながら、夏川が笑った。普段は研究に没頭しているせいで、一人で食事をすることも珍しくないという。
「明美ちゃんらしいや」
そう言ったのは大野だ。初老の彼は元商船の船長だったらしく、海で生きてきた経験は榊原よりもずっと長い、大先輩だ。そんな大野は、大盛に盛られたおかずたちをゆっくりと消費しながら、年相応の上品な笑みを浮かべていた。
大野が取り仕切る港湾部は、泊地の港湾施設に関わるありとあらゆることを一手に引き受ける、泊地最大の集団だ。タグボートによるBOBや通常船舶の離着岸援助はもちろん、船舶への補給作業や貨物等の積み下ろし作業、大型船舶の水先案内、哨戒艇による近海対潜哨戒までこなす。
「もう、ご飯はしっかり取ってもらわないと」
困り顔でそう苦言を呈したのは、食堂部長の釣掛だ。同じ女性部門長ということもあって、夏川とは普段から親しい。それゆえに、友人の体調管理の甘さが、頭痛の種なのだ。お皿に取った料理をつつきながら、グラスを傾ける。
食堂部は、単に艦娘や泊地の人員に食事を提供するのが役目ではない。庁舎や官舎、艦娘寮といった泊地の諸施設についても、食堂部が管轄している。いわば、泊地の生活面全般を支える部署なのだ。
「いやあ、人間自らの知的好奇心には敵わないよ」
特に悪びれる様子もなく、夏川は空いた皿に新しい料理を盛りに行ってしまった。
夏川の工廠部は、建造、開発、修復と、BOBに関わる技術部門だ。十数名の部員数は三部門の中で最も少ない。
それぞれに、この泊地を支える役目がある。その部門を取りまとめる三人は、だがしかしそんな気苦労など感じさせない余裕があった。
「毎日立食パーティーなら、夏川技師もご飯を食べるかもしれませんね」
ポツリと呟いた榊原に、二人が同調する。
「それはそうかも」
「意外といい案かもしれんな」
三人で笑ってしまった。
「・・・何を笑っているのか知らないけど。なんとなく、私のことを馬鹿にしてる気がするんだけど」
料理を取って戻ってきた夏川が、何かを察してそう言った。
「そんなことないぞ。さあ、明美ちゃんは食べた食べた」
「そうじゃないでしょ、大野さん。何のために榊原君を引き留めたのさ」
「おっとそうだった」
大野が榊原に向き直る。夏川も、釣掛もだ。
「乾杯、したいと思ってな」
代表して口を開いた大野が、グラスを掲げた。
「これからの、航海の無事を祈って」
―――航海、ですか。
大野の言い回しが、すんなりと心に染み入った。
パラオ泊地という、荒波に漕ぎ出す船。その無事を祈るために、グラスを交わしたい。
どうかな、という顔をしている大野に、榊原は大きく頷いた。
「ぜひ。喜んで」
乾杯。四人のグラスが打ち鳴らされる。パラオの明日に、想いを馳せながら。
パーティーの各所を一通り回った榊原は、ワイワイと会話を弾ませる参加者たちを見渡せる、端の席にいた。
摩耶は、親しい港湾部員と何やら話し込んでいる。木曾と霞は、隙あらば暴走しようとする卯月を止めるのに必死だ。満潮と長波は、工廠部員と話を楽しんでいる。陽炎は、曙に連れられて釣掛のもとに向かっていた。祥鳳と大和はというと、何だかんだ二人で楽しんで呑んでいるらしい。
最前線とは思えない、和やかな空気が、食堂に漂っていた。
その様子を見守りながら、榊原は四杯目のビールを呷る。泡立つ琥珀の液体が、今夜の雰囲気にはぴったりだ。
グラスをテーブルに置いた後、自分の取り皿に箸を伸ばした榊原は、そこで取り皿が空になっていることに気付いた。いつの間にやら、全て食べてしまっていたらしい。
新しい料理を取ってこようと、席を立とうとした榊原の前に、人影が立った。こちらを見上げる、青い瞳。曙だ。
「ほら、適当に見繕ってきたから」
その手に、取り皿に盛られた料理が乗っている。小腹を満たす程度の控えめな量だ。丁度、榊原が取ろうと思っていた分量だった。
「ありがとう」
素直に受け取って、二人で席に戻る。早速、榊原はシュウマイに手を付けた。
「陽炎と釣掛さんのところに行ってたんじゃなかったのか」
「行ったわよ。陽炎が自分の作った料理を教えないから、釣掛さんに直接聞きに行った」
「陽炎が作った料理?どれだ?」
「それよ」
曙が指差したのは、たった今榊原が食べたばかりのシュウマイだった。榊原は目を見張る。
「今のシュウマイ、陽炎が作ったのか!?」
「たく。あんだけできるんだったら、最初っからやりなさいよ」
そう言いながら、曙もシュウマイを一つ摘まむ。ゆっくりと噛みしめた後、納得するように頷いた。
「おいしくできてるじゃない」
榊原が着任したての頃、陽炎はまともに料理をすることができなかった。それから、時々釣掛に料理を習っていたらしい。
「他にはないのか?」
「今回はそれだけだって。他にも色々練習してはいるみたいだけど」
いつか、陽炎の料理が、新艦娘の歓迎会に並ぶようになるかもしれない。
「・・・二か月、か」
ここへ着任して、もうそんなに時間が経ったのだ。
あっという間のことで、振り返る暇すらなかった。こうして一時の息抜きがなければ、気づくこともなかった。
「何感慨深げにしてんのよ。辛気臭いわね」
変わったこともあれば。この曙の辛口コメントのように、変わらないこともある。
「そうだな。まだ、これからだ」
「そ。まだこれからよ」
そう言った榊原と曙は、またシュウマイを一つ取り上げて口に運ぶ。アクセントのグリンピースが、プチッとはじけた。
「ねえ」
料理が再びなくなった頃、曙が榊原に呼びかけた。
「ん?」
「デザート、いる?」
料理が盛られていた大皿はほとんどが空になり、代わりにフルーツやスイーツが乗せられた大皿が運ばれている。
「欲しいな。取ってこようか?」
「いいわよ。あたしが選んでくるから」
言うや否や、曙はスタスタと大皿の方へ行ってしまった。相変わらず、行動の早い秘書艦である。
しばらくして彼女が持ってきたのは、南国のフルーツ盛り合わせと、小さなケーキだった。フォークも忘れずに持ってきている。
「ん。こんな感じでよかった?」
「ああ。ありがとう」
榊原は、曙からフォークを受け取ろうとした。が、
「ち、ちょっと待って」
その手に、曙が待ったをかけた。それから曙は、チョコレートのケーキにフォークを入れ、大体一口くらいの大きさにする。
そして、そのケーキを、おもむろに榊原へ差し出してきた。
「ほ、ほら。あーん」
あまりに衝撃的なできごとに、榊原の背筋を電流が走り抜けた。
「あ、曙!?」
「な、何よ。祥鳳のは食べれるくせに、あたしのは食べれないってわけ!?」
精一杯の強がった声。よく見れば、曙の頬は林檎のように赤く上気し、ケーキを差し出すフォークはかすかに震えている。
どうして、曙がそんなことをしたのか。榊原にはわからなかった。だが、差し出された、細かく揺れるケーキを、食べないという選択肢もなかった。
「・・・いただきます」
「ど、どうぞ」
パクリ。瞬間、口の中にとろけたチョコレートの風味が広がる。ほろ苦くて、それでもやっぱり甘い。それはまるで―――
―――そうか。
心を込めた料理には、その人の表情が見える。
「ど、どう?」
「うまい。最高だ」
「・・・へ、へえ。そっか」
曙は、気恥ずかしげに、赤い頬を掻いた。
「このケーキ、曙が作ったのか?」
「っ!な、なんで、わかったの」
そうか。そういうことだったんだ。
「なんとなく、かな。食べた時に、わかった」
曙は目を真ん丸に見開く。それから顔を茹でダコのようにして、か細い声で言った。
「・・・おいしかったなら、よかった」
―――本当に、かわいいやつだ。
そう思った榊原が、ほとんど無意識に頭へ伸ばした手を、今夜の曙は振り払わなかった。
書いててニヤニヤが止まらない作者キモいなあ、と自分でも思います
「曙かわいい!」と思っていただければ、それで満足です
次回はちゃんと早めに投稿します