パラオの曙   作:瑞穂国

5 / 144
フォースによって書き上げた(大嘘)

皆さんにもフォースが届くと嬉しい(楽しんで読んでくれたら幸いです)


駆逐艦ノ本懐

小口径砲ゆえの短い斉射は、まるで太鼓が打ち鳴らされているような、小気味いいリズムを刻んでいた。“曙”の艦橋左舷側に見える敵艦の様子を確認して、榊原は再び感嘆の声を漏らす。

 

今度も曙は、三度目の射撃で命中弾を出していた。前甲板に火焔が踊り、それまで盛んに撃ち続けていた五インチ単装砲が沈黙した。よく見れば、砲座が黒煙を噴くスクラップと化していることがわかる。

 

「まだまだっ!」

 

曙が叫ぶ。それに呼応して、二番艦に対して四度目の斉射が放たれた。ほとんど平射の砲身から一斉に褐色の炎が沸き起こり、高初速の一二・七サンチ砲弾が敵艦へ向けて飛翔する。

 

曙が、今一度斉射を放とうとした時だ。二隻の敵艦の動きが、にわかに慌ただしくなった。突然面舵を切ると、こちらへ向けて突撃を始めたのだ。

 

「なんだ・・・一体・・・?」

 

榊原は、敵艦のおかしな動きに、首を傾げた。曙を窺うと、してやったりといった表情で敵艦を見ていた。榊原はその理由を確かめようと、双眼鏡を覗き込んだ。

 

「なるほど、そういうことか・・・!」

 

榊原は、曙が魚雷を囮だといった理由を理解した。

 

九○式は、くっきりとその航跡が見える。ましてや、今は日中だ。

 

敵艦には、自らに迫りくる魚雷の白い航跡が、はっきりと見えたことだろう。

 

接近する三本の魚雷に気づいた敵艦は、相対面積を最小にしようと、魚雷の来た方向―――つまり“曙”の方へと舵を切るしかなかったのだ。それはつまり、魚雷が通過するまでの間、まっすぐ進み続けるしかないことを意味していた。“曙”は、敵の進行方向へと射弾を送り込むだけでいい。

 

「逃がしはしないわ!」

 

相対位置が変わったことで、諸元の計算自体はやり直さなければならなくなった。しかし、敵艦との距離はみるみる縮まっており、結果として射撃精度は向上する。ニヤリと口角を吊り上げた曙の表情に、榊原は身震いに近いものを感じた。

 

「測敵完了、てーっ!」

 

諸元入力、即砲撃再開。放たれた砲弾は、狙い違わず、敵二番艦に直撃する。対する深海棲艦は、抵抗する手段が三番艦の前甲板一門のみとなっていた。二番艦の一番砲は潰したし、それ以外の砲は射角が取れないのだ。

 

「当たんないわよ!」

 

虚しく立ち上る水柱に見向きもせず、連続斉射を放ち続ける。その度に、二番艦に命中弾が生じ、甲板を焼く。前甲板を火がのたうち、その煙で艦橋が見えなくなっていた。

 

魚雷が通過―――もとい、射程一杯まで航走したおかげで力尽きた頃には、敵二番艦の前甲板は火の海となっていた。水線下にも被弾したのか、ガクリと速度を落として、艦首をずぶずぶと沈めだす。直角的な艦首が白波を生じることはなく、今は艦内から逃げてきた水泡の吹き溜まりとなっていた。

 

「・・・後、一隻」

 

敵三番艦は、それでも果敢に挑みかかってきた。失速した二番艦を追い抜くと、全速力で突撃しつつ、五インチ砲を乱射する。まぐれとはいえ、そのうちの一発が至近弾となった。

 

「やる気なの?いいわ、相手になってあげる」

 

呟くような、うっそりとした言葉。暗黒微笑という表現が似合うだろうか。あるいは、獲物を見つけた狩人の目か。相手に敬意を払いつつ、全力で―――叩き潰す。

 

「取舵、両舷一杯!」

 

“曙”の機関が、この日で一番大きな轟音を響かせた。唸りの調が変わり、主機に回されるエネルギーが最大となって、二千トン弱の艦体を前へと強く押しやった。彼我の相対速力は六○ノットを超えている。

 

敵艦も“曙”も、前方に指向可能な砲を振り立てて撃ちまくる。一二・七サンチ砲弾と五インチ砲弾が波の上で交差し、それぞれが目標とする相手の周囲に水柱を上げた。“曙”の砲弾が艦橋基部を炙れば、敵弾がカッターを粉々に撃ち砕く。激しい応酬が続いた。

 

「二、三番砲塔は左舷へ!」

 

射角の関係で今は撃てない後部の二砲塔が、曙の指示で旋回し、左舷方向へと砲口を向ける。このまま全速力で接近し、すれ違いざまに連続砲撃を見舞うつもりだ。

 

みるみると接近してくる敵艦の細部は、もはや双眼鏡などなくともはっきりと見て取れる。

 

やがて“曙”と敵艦の距離が、これ以上ないほどに接近した。お互いの左舷を通過していく敵艦へ向けて、装備した全砲門が咆哮し、衝撃で艦が左右に揺れる。ありったけの砲弾を撃ち込んだ両艦がすれ違ったのは、ほんの一瞬のことだった。

 

一航過が終わった時、無事な姿で海上にあったのは“曙”だけだった。艦体各所にまんべんなく被弾した三番艦は、破孔から黒煙を噴き上げ、行き足を止めている。主砲は全てが爆砕され、被害のひどい左舷側に傾いていた。聞こえる軋みは、その断末魔だろうか。

 

「・・・トドメよ」

 

速力を落とし、反転した“曙”は、満身創痍の敵艦を主砲で介錯する。被弾と浸水の拡大した三番艦がひっくり返ると、その目標を二番艦へ変更し、再び発砲した。やがてその二番艦も、ゆっくりと艦尾を持ち上げ、波間へと没していく。

 

「全艦の撃沈を確認」

 

「了解」

 

圧壊音と共に沈みゆく敵艦を見送った榊原は、短く答えると、敵艦を飲み込んだ渦から目を離した。そこには、どこか誇らしげに立っている曙がいる。

 

「すごいじゃないか」

 

「・・・ふんっ、何よ。もっと感謝したら?このクソ提督」

 

厳しいお言葉が返ってきた。彼女らしいと言えばらしいのだろう、榊原は苦笑を浮かべた。それから、自分の肩ほどしかない低い頭に、そっと手を伸ばす。ポンポン、と二回叩いた。

 

「よくやってくれた。ありがとう」

 

柔らかな髪を撫でる。よく手入れされた、滑らかな手触りだった。

 

「・・・あ、あっそ。なら、いいけど」

 

曙もまんざらではなさそうだったが、ハッと何かに気づくと、顔を赤くして榊原を睨んだ。

 

「頭撫でないでよ、このクソ提督!」

 

「す、すまん。つい、癖で」

 

榊原はパッと手を離した。

 

不機嫌そうに顔を赤くした曙は、予定されていた航路に“曙”を戻すと、オートナビゲーションを再設定して、艤装を取り去った。軽やかに抜け出た彼女は、艦橋を出る直前で立ち止まり、いまだに赤い頬で早口にまくし立てた。

 

「シャワー浴びてくる。航海日誌は書いておくから、後でサインして」

 

航海日誌の記入は、船乗り―――ひいては、艦娘の義務だ。さらに、戦闘があった場合はこれも記入し、提督が確認してサインをする。

 

「わかった」

 

「よろしく」

 

それだけ言い残すと、曙は艦橋を出ていった。ラッタルを駆け下りる音が聞こえてくる。

 

その背中を見送った榊原は、通信機器を立ち上げると、先の戦闘についてルソンに一報を入れた。

 

 

 

報告書、その他諸々が終わった時には、陽は随分と傾いていた。というのも、ルソンに一報を入れ、曙の航海日誌に目を通した後、真水がもったいないとの理由で、そのままシャワーを浴びたからだった。それから、夕飯の下準備まで終わらせている。

 

夕焼けのオレンジに染まる艦橋に上がると、見張り所からウェーキの先を見つめる曙がいた。流れる風に結んだ髪が揺れ、水平線と接しようかという太陽に照らされて、水面のようにキラキラと輝いている。静かにたたずんでいる姿は、絵画的な美しさを放っており、まさしく絵に描いたような美少女そのものだった。

 

榊原は、たそがれる曙の邪魔にならないよう、静かにその横に立った。曙はチラとこちらを見遣ったが、すぐにまた、波間へと目線を戻した。

 

お互い、特に何か話すわけでもなく、しばらくはただ静かに、二人で同じ方を向いていた。

 

―――なんだか、いい匂いがする。

 

風呂を上がってすぐというわけでもないのに、曙からは甘酸っぱい女の子の匂いがした。潮風に混じって鼻孔をくすぐる程度の、ほのかな薫りだ。艦内唯一のシャワー室には、支給品のシャンプーしかなかったはずなのに、こうも違うものか。

 

艦上には、休むことなく風が吹いている。巡航速度のため、その風もそこまで強くはなく、夕陽ときらめく水面に合わせたように、“曙”を優しく包み込んでいた。

 

それまで黙っていた曙が、先に口を開いた。ポツポツと呟くように話しだす。

 

「・・・あいつらも、さ。船なんだよね」

 

見張り所のへりに体を預け、そっと目を閉じる。きれいなまつ毛が強調された横顔を、榊原はそっと窺った。

 

「さっきの・・・深海棲艦のことか?」

 

「そう」

 

再び開かれた目は、遠くを見つめて、澄んだ輝きを宿していた。光の粒が反射されて、よりいっそうきらめきが増す。榊原もそれに倣い、境界線のはっきりしない波頭を目で追っていた。橙色の海面が、やけに神々しく映る。

 

「船、だな。確かに」

 

当たり前の事実に、今さら思い至った自分がいた。こうして海に出て、実際に“曙”が戦うところを見るまで、ただ漠然と、深海棲艦は敵であるとしか認識していなかった。今だって、その認識は変わらない。が、先に戦闘が起きた際、こちらに敵意を向けてきたのは、紛れもなく船だった。

 

「なんていうか・・・同じ船としてなんだけど」

 

躊躇うような間があった。ほんの数秒の時間にも、柔らかな風は流れていく。

 

「たとえ敵だとしても、せめて沈んだ後ぐらい・・・祈ってあげてもいいと思う」

 

それだけ言うと、曙は頬杖をついて、もと来た方向―――三隻の駆逐艦が沈んだ方を眺める。

 

「・・・それも、そうだな」

 

榊原も彼女に倣う。傾いた太陽がようやく水平線に達して、ゆっくりとそこにくっつき始める。夕陽にたそがれる二人の影が伸びて、艦橋の壁にそっと寄り添った。

 

太陽がその姿を水平線に消し、海面を照らす役割を月と星に交代するまで、静かな祈りの時は続いた。

 

 

 

「そういえば」

 

なぜか前甲板に夕食を広げている榊原と曙は、ランプの照らし出すアルミ製の机に腰掛けていた。すでに星たちが支配する海面を進む“曙”の艦上は、ささやかなパーティー会場となっており、二人以外にも妖精たちが、いたる所で夕食を頬張っている。

 

その席上、夕食に手を付けだした辺りで、榊原がぽつりと呟いたのだ。

 

「・・・何?」

 

たっぷりドレッシングのかかったサラダを咀嚼した曙が、怪訝な顔でこちらを見る。それを確認して、榊原は咳払いを一つ、それから話を始めた。

 

「まだ、ちゃんと挨拶をしてなかったと思ってな」

 

「・・・は?」

 

曙の表情が益々怪訝になるのがわかった。

 

「挨拶って・・・どういうこと?」

 

「よろしく、ってことだ」

 

一瞬固まった曙は、それから堪えかねたようにプッと吹き出した。

 

「なにそれ、今更じゃない?」

 

「今更だな」

 

「あはは、ほんっと、クソ提督可愛げない」

 

遠慮なく笑った曙に、榊原は頬を掻く。

 

「俺はまだまだ未熟だ。だから、曙の助けを借りたい。曙の知ってることを、教えてほしい」

 

「・・・あたしが助けるような状態にならないことが理想だけど?」

 

「言ってくれるなあ」

 

苦笑を浮かべて、さらに続けた。

 

「これから、よろしく頼む」

 

「・・・」

 

曙は手を止め、じっと榊原を見つめる。その双眸を、榊原もしっかりと見つめ返した。しばらくの沈黙の後、曙がふっと表情を和らげた。

 

「たく、やれやれしょうがないわね」

 

それからスッと手を差し出した。

 

「こちらこそ、よろしく。クソ提督」

 

今までで一番優しげな「クソ提督」に、榊原も頬を綻ばせる。そして差し出された手を、しっかりと握り返した。曙の手は、榊原のそれよりもずっと小さく、それでも暖かで、確かな意志と決意を秘めていた。

 

更けていく南洋の海に、妖精たちの微笑みが広がっていた。




やっと、次回はパラオに着きそうです・・・

いい加減、泊地所属艦娘に出てきてもらわないとですしね

読んでいただいた方、ありがとうございます
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。