それはもう、例えるならば回転寿司で回ってる寿司が取れないくらい高速で、話が回り始めます
・・・もう少しわかりやすい例えはなかったのか
嵐は―――世界を変える大きな波は、突然やって来る。
トラック沖海戦から一か月。世界を衝撃が走り抜けた。欧州で、艦娘が独立を宣言したのだ。
『私たち“インディペンデンス・フリート”は、人類の指揮権から独立することを、ここに宣言する。自らを、自らで治める力が、私たちにはあるからだ。人類には、私たちを貴方方と対等な自治組織と認めたうえで、対深海棲艦の共同戦線を構築するための、軍事同盟締結を望む』
“インディペンデンス・フリート”―――それまで女王艦隊と呼ばれていた艦隊を率いる巡洋戦艦“フッド”の艦娘の宣言に、各国の政府はもちろん、艦娘たちの間にも激震が走った。
パラオ泊地とて例外ではない。全世界に向けて発せられた宣言の内容を、その日の夕食の席で、榊原は余すところなく艦娘たちに伝えた。
彼女たちの返答は、至ってシンプルなものだった。
―――「あたしたちの居場所は、ここよ」
全員を代表して、曙はそう言った。
―――「あたしたちは、クソ提督と一緒に戦い続ける」
真っ直ぐに榊原を捉える瞳。そこに込められた、信念、誇り。大切な何かを守り抜く、大切な何かのために戦う、決意。
榊原は、その想いに応えることを、一層強く、心の中に誓った。
フッドの宣言から二日。パラオ泊地は、いつもと同じように活動を続けていた。『IF作戦』中に溜まっていた書類も片付け終わり、榊原と曙は、平常に戻った書類たちと格闘している。
そんな折、執務室の扉がノックされた。心地良いリズムに、榊原は答える。
「どうぞ」
「失礼するわ」
執務室の扉を開いたのは、霞だった。
「艦体のドック入りが完了したから、報告に来たわよ」
工廠部が開発した、改修型二五ミリ機銃は、“霞”への試験搭載が決まっている。昨日、その準備が整った旨が夏川より知らされた。それを受けて、今日早速“霞”がドック入り、改修作業に入った。出渠は三日後を予定している。そこから、各種の試験データが回収される。
「わかった。これからどうする?せっかくだから、少し外出でもしたらどうだ?」
「いいわよ、別に。それより、卯月の訓練に付き合ってくるわ」
「そうか。よろしく頼む」
「了解」
そう言って、霞は執務室を後にした。
「ねえ」
再び書類に向き直ろうとした榊原を、今度は曙が呼び止める。執務机の横に並べた秘書官机から、曙がこちらを見つめていた。
「どうした?」
「書類、終わったわよ」
―――相変わらず、早いな。
榊原も随分慣れたつもりではいたが、それでもまだ、執務をこなすスピードは曙の方が早かった。本当に、優秀な秘書艦である。
「そうか。こっちもすぐ終わるから、一息入れようか」
「ん。お茶淹れてくる」
言うや否や、曙は席を立って、応接室の隣にある給湯室へと向かっていった。こうして、執務の合間にお茶を飲むのが、最近の榊原のお気に入りとなっていた。
それから数分。榊原が丁度書類を終える頃に、お茶とお茶請けを乗せたお盆を持って、曙が戻ってきた。
二人分の湯呑みを、どちらからともなく傾け、至福の溜め息を吐く。この一杯のために、執務をこなしていると言っても過言ではない。
「普段より、早く終わったな」
お茶請けの煎餅に手を伸ばしながら、榊原はチラリと時計を見遣る。時刻は十時を回ったばかりで、お昼にはまだ時間がある。午後は艦娘たちの訓練に付き合うとして、それまでの間が手持無沙汰であった。
「・・・暇なら、また兵棋演習でもやる?」
煎餅をかじりながら、曙が提案する。兵棋演習といえば、前回は榊原の惨敗で終わった。復仇戦というのも悪くはない。時間的には、昼食前に丁度いいだろうか。
「そうするか」
「じゃ、これ飲み終わったら作戦室ね」
そういうことになった。
だが、その約束は、果たすことが不可能となった。嵐はいつでも、唐突に表れて、予定を狂わせる。
湯呑みのお茶がほとんどなくなった頃、執務室を慌ただしくノックする者があった。音から伝わる緊迫した空気を感じ取り、榊原も曙も身構える。
「どうぞ」
「失礼します!」
飛び込んできたのは、港湾部の通信員だ。メモと思しき紙片を持っており、その顔には困惑の色が浮かんでいる。
「電文を受信しました」
「電文・・・?」
榊原は彼の差し出す紙片を受け取る。彼の報告は続いた。
「受信したのは十分前です。海軍の国際共通バンドを使用して発信されていました。発信元は」
一瞬の間があった。
「発信元は、米海軍第七方面艦隊です」
「米海軍!?」
渡された紙片を、榊原は物凄い速さで読み上げていく。横から覗く曙も同じだ。ものの数秒で読み終わった電文はしかし、さらなる疑問符を榊原にもたらしただけであった。
「何・・・どういうこと」
曙もまた怪訝な表情を浮かべている。それくらいに、妙な電文であった。
『任務遂行にあたり、重大な問題が発生した。パラオ泊地との情報交換を求む。寄港を許可されたし』
全くもって、わけがわからない。
「あちらは返信を待っています。どうしますか」
通信員の言葉に、榊原は黙考する。これは難しい問題だ。答えはすぐには出そうにない。
「・・・曙」
「何?」
「しばらく、執務室を任せてもいいか?俺は通信室へ行ってくる」
「・・・了解」
曙の返答を確認して、榊原は通信員に促す。今自分は、ここよりも通信室にいるべきだ。
庁舎内の通信室までは、三十秒ほどで着く。扉を開けて中へ入った榊原の前で、通信員は素早くヘッドセットを着け、各種機器の準備を進める。
「準備、できました」
こちらを振り返った彼に、榊原は熟考の末に選んだ通信相手を指名する。
「・・・横須賀に繋いでくれ。防諜回線で、だ」
「横須賀ですか?」
パチクリと瞬きをした後、彼は横須賀へ回線を開く。それから、ヘッドセットをもう一つ通信機器に接続して、榊原に差し出した。彼に倣って、榊原もヘッドセットを着ける。
「呼び出します」
呼び出し音は、普通の電話と同じだ。昔懐かしい黒電話のようなコールが二回、三回と繰り返される。五回目の途中で、相手は出た。
『こちら横須賀鎮守府、秘書艦の吹雪です。榊原少佐ですか?』
ヘッドセットの向こうに聞こえる声は、つい先日の『IF作戦』で顔を合わせたばかりの、横須賀鎮守府秘書艦、吹雪であった。
「榊原です。秋山中将に繋いでいただけませんか?」
『すみません、司令官は外出中で、三日は帰ってきません。その間の案件は、全て私が預かっています』
吹雪もまた、榊原の声から何かしらの事態が起こったことを悟ってくれたのだろう。ともかく、今は急ぐ。パラオ泊地を直轄する横須賀に、これから榊原が取ろうとしている選択を伝え、意見をもらいたかった。
「では、吹雪さんにお伝えします。十分ほど前に、米第七方面艦隊を名乗る相手から、海軍の共通バンドで接触がありました。パラオ泊地と、情報交換がしたいと言っています」
『っ!それは本当ですか?』
吹雪の声に、どこか弾んだ色が見えたのは気のせいだろうか。
『ちょっと待ってくださいね。今、確認を取りますから』
そう言った吹雪は、一旦通信を中断する。二分後、再び通信機の向こうに、吹雪が出た。
『お待たせしました。確認が取れました。接触してきたのは、米第七方面艦隊である可能性が極めて高いです。同艦隊は、一か月ほど前にパナマを離れ、サンディエゴの所属になったと記録があります。ですが、私の情報筋では、サンディエゴに第七方面艦隊の所属艦は一隻も確認されていません。おそらく、同時期に実施された輸送船団の往路を護衛した後、豪州周辺で活動していると予想されます』
一体どこから、そんな情報を手に入れたのだろうか。スラスラと第七方面艦隊についての情報を述べる吹雪に、榊原はヘッドセット越しにもかかわらず、冷たい汗が流れるのを感じた。
『指揮官は、ウィリアム・ハルゼー大佐。自らの緻密な考察にもとづいて、大胆不敵な作戦を行う、米海軍内でも有名な猛将です。今回の接触は、彼の行動ロジックとも一致します』
やはり、電文の相手は米艦隊なのだ。
疑問は残る。なぜ、今この時期に、接触を試みてきたのだろうか。情報交換とは、何なのだろうか。そして彼らが、豪州沖で行動する理由は何なのだろうか。
確かめる必要がある。
「・・・彼らの意図を、確認する必要があると考えます」
『榊原少佐の意見に、私も賛成です』
方針は、決まったと言ってよかった。
「パラオ泊地は、米第七方面艦隊の寄港要請を、承認します」
『わかりました。では、三点ほど、お願いしてもいいでしょうか?』
お願い。オブラートに包んでいるが、それはどこまでなら情報を開示していいのかということだ。いかに米国が同盟国とはいえ、開示できない機密事項も存在する。
果たして、吹雪はどこで線引きをするのだろうか。榊原は、耳を澄ます。
『一つ目に、開示する情報の内容についてですが。榊原少佐に一任します』
彼女に驚かされるのは、これで一体何度目だろうか。
「自分の裁量で決めていいのですか!?」
『はい。責任は私が取ります。榊原少佐が必要だと思うことを、彼らに開示してください』
呆然としたままの榊原に、吹雪は二つ目のお願いをする。
『会談の内容は、私にも報告をお願いします。議事録は作っておいてください。ただし、公式記録には残さないでください』
そして、三つ目。
『・・・泊地の皆に、一応確認を取ってください。皆、そういったことはすでに乗り越えていると思うんですけど。それでも、彼女たちにすれば、アメリカは“元敵”です』
「・・・わかりました」
榊原も、一瞬忘れかけていた事実だった。かつて日本は―――パラオ泊地の艦娘たちは、アメリカと戦争をしていたのだ。
『以上三つだけ、よろしくお願いします』
会談の成功を、祈ります。そう言い残して、榊原と吹雪の通信は終わった。
そのまま、榊原は全艦娘を通信室に呼び寄せる。訓練中だった摩耶、木曾、長波、卯月たちが最後に入ってくる。深呼吸をして、榊原はありのままを彼女たちに伝えた。全員の反応は、榊原の予想よりもさらに静かなものだった。
「・・・ま、七十年以上も前の話だしな」
そう言い切ることのできる摩耶に、尊崇にも似た念を抱かざるを得なかった。
ここに、パラオ泊地の取るべき選択肢は完全に固まった。所属全艦娘の前で、榊原は待機していた通信員に、米艦隊への返信を指示する。
「米第七方面艦隊宛てに返信。『貴艦隊の寄港を歓迎す。パラオ泊地に、情報交換に応じる準備あり』」
たった一時間。その間に、パラオ泊地を取り巻く世界は、目まぐるしく変わろうとしていた。
いよいよ、米艦隊との接触となりました
この物語の中でも、これからの展開に繋がるキーパーソンたちです