今回の話から、米艦娘が登場します
米第七方面艦隊がパラオ泊地へ到着したのは、最初に電文を受信してから三時間ほどが経った時だった。
泊地の停泊場所へは、木曾が誘導する。入港誘導の連絡が入り、“木曾”は埠頭を出港していた。間もなく、第七方面艦隊と合流するはずだ。
木曾からの連絡を、榊原は通信室で待っていた。隣には、秘書艦の曙だけがいる。
ほどなく、木曾から通信が入った。
『こちら木曾。たった今、第七方面艦隊と合流した。これより、予定される碇泊地へ誘導を開始する』
「了解。相手側の編成はわかるか?」
返答に数秒の間があった。
『“ヨークタウン”級が一隻、“アラスカ”級が一隻、“ブルックリン”級が一隻、“フレッチャー”級が二隻。それと、艦型不明艦が一隻』
「艦型不明艦?」
『どっかで見た気がするんだが・・・すまん、思い出せない。少なくとも、米海軍艦艇の識別表には載っていない』
―――その艦型不明艦が、あちらが提示する情報か・・・?
ともかく、この目で確かめる必要がありそうだ。
「そのまま誘導を頼む。こちらは、埠頭で待つことにする」
『了解』
木曾との通信はそこで切れた。
「曙、作戦室の準備は?」
「とっくに。必要になるかもしれないものは、あらかた集めておいたわ」
「そうか。ありがとう」
「別に。これも秘書艦の仕事のうちだし。それよりほら、さっさと出迎えに行く」
曙に押される形で、榊原は通信室を後にした。
庁舎の外に出て、埠頭を目指す。今日は風もなく、波も静かだ。入港と停泊にあたって、特に障害となるものはなさそうだった。
「提督、曙!こっちだこっち!」
二人を急かすようにして手招いた摩耶は、双眼鏡を覗き込んで、泊地の沖を見つめている。わずかにだが、肉眼でも艦影を確認することができた。
「貸してくれるか?」
「おう。ほらよ」
摩耶から受け取った双眼鏡を、榊原も覗き込む。拡大された艦影が海面を進む様を、はっきりと観察することができた。
先頭に見えるのは、大型の空母だ。平らな飛行甲板の右舷側に、大きな煙突を背負った艦上構造物が目立つ。“ヨークタウン”級の一隻であることは明白だった。
その後には、二隻の“フレッチャー”級駆逐艦を従えるようにして、“ブルックリン”級軽巡洋艦が続いている。“高雄”型に似た砲塔配置が特徴的だ。
そして。最後尾には、二隻の大型艦が続いていた。
一隻は、塔状の艦橋がそびえる、細身の艦だ。三連装砲塔を搭載しており、“アラスカ”級大型巡洋艦だとわかる。
だが、もう一隻は明らかに違う。箱型の基部から三脚楼が立つ艦橋は、一見すれば籠マストからの改装を受けた米戦艦の特徴のように思える。しかし、その三脚楼を囲むようにして各種の装備が追加されている様子は、どちらかと言えば日本戦艦、特に“金剛”型を彷彿とさせる。
主砲は連装砲塔。大きさからして、一六インチ級だろうか。その他、艦上構造物群を取り巻く両用砲の類は、明らかに後付けされた雰囲気だ。
そして何より、その大きさだ。隣の“アラスカ”級よりも、一回りは大きい。あの艦が戦艦だとすれば、基準排水量でゆうに四万トンはあるのではなかろうか。それほどの規模になる軍艦は、米海軍の中でもかなり限られてくる。否、戦艦に限れば、榊原の知る限り四万トンを超えるのは、“アイオワ”級のみだ。
そうこうしているうちに、第七方面艦隊の各艦が碇泊場所へと誘導されていった。大型の空母や戦艦は少し沖―――“大和”や“祥鳳”の隣だ。軽巡以下は、それよりも埠頭に近く、“摩耶”と舳先を並べて錨を下ろした。
「何だか・・・不思議な気持ちね」
同じように埠頭から泊地沖を見つめていた艦娘たちのうち、満潮がポツリと呟く。
かつて敵同士で戦った相手。今は、同じく深海棲艦と戦う者として、こうして同じ泊地に舳先を並べている。
昨日の敵は今日の友、と言うには、いささか遠い日の話に過ぎるかもしれない。それでも、何か思うところがあるのだろう。
パンパンッ
感慨にふける雰囲気を払拭するように、曙が柏手を打つ。
「ほら、そろそろ整列して」
出迎えの準備をしなければ。
榊原の横に、曙以下パラオ泊地所属艦娘たちがズラリと並ぶ。どこか緊張気味なのは、榊原も艦娘たちも同じだ。その緊張が、何に由来するものなのか、誰一人完全には掴めていなかった。けれども、それほど悪いものではないように、榊原は感じていた。
「戻ったぞ」
「お疲れ様。ありがとう」
「お安い御用だ」
埠頭に着けた“木曾”から木曾が降り立ち、榊原たちの列に加わる。丁度その時、碇泊した空母から内火艇が降ろされた。海面に着いた内火艇は、碇泊した各艦を回って、それぞれの艦娘たちを乗せている。最後に“フレッチャー”級の駆逐艦娘を乗せた内火艇は、真っ直ぐとこちらへ向かってきた。
内火艇の舳先に、米海軍の制服を着た将校が立っている。おそらく彼が、第七方面艦隊の提督、ウィリアム・ハルゼー大佐であろう。
埠頭に近づいた内火艇が減速する。“大和”や“祥鳳”の内火艇が集まる内火艇用の埠頭に、綺麗に横付けた。飛び降りた妖精がロープを取り、艇を舫う。
「気を付け!」
曙が号令し、パラオ泊地艦娘たちの背筋がシャンと伸びる。そんな彼女たちの前に、内火艇から降り立った艦娘たちが並んだ。
「アテンション」
向こう側の、艦隊旗艦と思しき空母艦娘が、曙と同じようによく通る声で号令する。十数名の日米艦娘が、静かに向かい合っていた。
「ウェルカムトゥ、パラオ。パラオ泊地提督、榊原広人少佐です」
敬礼しつつ英語で挨拶した榊原に、ハルゼーは一瞬驚きの色を浮かべた後、悪戯っぽい笑顔をわずかに見せて、こう返礼した。
「ありがとう、榊原少佐。本官は米第七方面艦隊提督、ウィリアム・ハルゼー大佐だ」
流暢な日本語だった。驚きで目を見開いた榊原に、ハルゼーの笑みが一層はっきりした気がした。
「私の師匠が、日系人だったんだ。日本語は師匠から教わった。うちの秘書艦も同じだ」
隣に控える空母艦娘を、ハルゼーがそう言って紹介する。彼女は緊張気味に頭を下げて、同じく日本語でこう名乗った。
「航空母艦、エンタープライズです」
「「「エンタープライズ!?」」」
素っ頓狂な声を上げてしまったのは、榊原もパラオの艦娘たちも同じだった。その声に、当のエンタープライズはビクリと肩を震わせる。
エンタープライズと言えば、米海軍の中でも武勲艦の名高い空母だ。海軍の人間なら誰でも知っている。
「は、はい。提督には、エミリーって呼ばれてます」
エンタープライズ―――エミリーの挨拶が終わったのを見計らって、再びハルゼーが口を開いた。
「寄港許諾、感謝する。お礼と言ってはなんだが・・・」
ニヤリ。ハルゼーの口角が吊り上がる。
「“オミヤゲ”を持って来た」
―――お土産・・・?
一体、ハルゼーは何を手渡すつもりなのか。“お土産”という言葉が何を意味するのか掴めず、榊原は怪訝な表情を浮かべる。そんな彼をよそに、ハルゼーはエミリーの方へ促した。短い髪を揺らして、エミリーが榊原の方へ歩み寄る。
「あ、あの。こちら、粗品ですが」
そう言って、エミリーが何かの入った紙袋を差し出す。それをありがたく受け取りながら、榊原はそれとなく、袋の中身を確認した。
入っていたのは、ジャムとハチミツであった。
―――本当にお土産だったっ!?
本日一番の衝撃を、榊原は受けていた。
パラオを訪れたのは、米第七方面艦隊所属のグアム、ヘレナ、フレッチャー、オバノン、そしてコンステレーションだった。その内、作戦室に入ったのは、榊原とハルゼー、そして互いの秘書艦たちだ。他の艦娘たちは、食堂に案内している。釣掛にお願いして、軽食を出してもらうことにした。第七方面艦隊の面々は、昼食がまだであったらしい。
「失礼します。サンドイッチをお持ちしました」
作戦室にも、食堂部員の一人が軽食を運んできた。
ローストチキンとレタスのサンドイッチは、即席で作ったとは思えないほど綺麗だ。いかにもジューシーな切り口が、榊原たちの胃を刺激する。
「ありがとう」
榊原の礼に、食堂部員は笑顔で応えて、作戦室を後にした。
「さて、早速始めるか」
そう言いつつ、ハルゼーはサンドイッチに手を出し、豪快にかぶりついた。エミリーもまた、控えめにサンドイッチに口を付ける。
「んんっ、うまい!」
ハルゼーが感想を漏らした。それから、同じく出されたコーヒーをすすり、話を始める。
「まず、俺たち第七方面艦隊の目的について話すべきだな。俺たちは現在、ニューギニア島ポートモレスビーを拠点に活動している」
作戦室の中央に広げられた南太平洋の広域地図の中、まるで龍のような姿をした大きな島を指差して、ハルゼーが言った。
「対豪航路の防衛、それとルソンとの連絡路確保が主な目的だ」
―――サンディエゴの所属になっていたのは、そういう理由か。
太平洋の作戦を主導するのは、サンディエゴの米太平洋艦隊司令部だ。対豪輸送や米ルソン警備隊は、サンディエゴの管轄であり、それを防衛するのが第七方面艦隊であるならば、ハルゼーたちの配属がサンディエゴという扱いになっているのも頷ける。
―――何だか、パラオと似てるな。
トラック攻略戦の最前線基地となるパラオもまた、横須賀という連合艦隊司令部直下の鎮守府が直轄している。ハルゼーたちと、境遇が似ていると言えるかもしれない。
「で、だ。俺たちは一か月ほど前、オーストラリアへの輸送船団を護衛しながら、クック諸島沖を航行していた。対豪輸送路において、最も深海棲艦の襲撃が多い海域だ」
だが、襲撃はなかった。ハルゼーの話は続く。
「索敵機にかかった敵艦隊はたったの一つ。まるで任務を放棄したかのように、忽然と深海棲艦が姿を消していた。だから俺たちは、その要因を探りに、トラック沖へ偵察に行った。丁度、日本海軍がトラック沖で戦闘をしていた頃だ」
あの時。ハルゼーたちもまた、トラック沖にいたのだ。
「そこで俺たちは、奇妙な電文を受信したんだ」
「電文?」
「そう。海軍の共通バンドで発信されてたな。出力はそこまで大きくなかったが、位置によっては日本海軍の方でも受信できたんじゃないか?」
曙の用意した鉛筆を取って、榊原はハルゼーに尋ねる。
「発信位置は、どの辺りですか?」
「正確な位置までは掴めなかった。だが、大体の位置なら割り出せた」
ハルゼーたちの偵察艦隊がいた位置。電文の大まかな発信方向。それらは全て、トラックの南方海域に書き込まれていた。
―――“大和”なら、傍受できていたかもしれないな。
その海域に最も近かづいたのは、一制艦のはずだ。特に通信設備の良い“大和”であれば、その電文を傍受しているかもしれない。榊原は、後で大和に確認を取ることを決めた。
「俺たちは、電文の発信方向に索敵機を出した。だが、何も見つけることができなかった。船一隻、見つからなかった。おそらく、こちらの索敵機を早急に見つけて、回避行動を取ったんだ」
―――回避行動?
一体、何のために。
発信者は、海軍の共通バンドを用いていた。だが同海域で、日本海軍の他の艦艇は活動していない。ハルゼーの口ぶりからすると、米艦でもないはずだ。それ以外の国家は、そもそも選択肢にすらならない。
では、深海棲艦?だが、それもおかしな話だ。深海棲艦には、機動部隊がいた。索敵機を見つけたのなら、さっさと戦闘機で撃墜すればいい話だ。だが、それをしなかった。すなわち、発信源にいたのは、少なくともハルゼーたちの敵ではない。
榊原には、心当たりがあった。発信者かどうかはわからないが、同じ頃あの海域にいたであろう艦隊。塚原から託された、『IF作戦』の謎。
ハルゼーもまた、榊原と同じ結論に至ったようだ。
「俺たちは、発信者が何らかの密命を帯びた人類側の勢力だと考えた。そして、網を張った」
ニューギニア島の北西海域を指差して、ハルゼーが口の端を持ち上げる。
「そして、見つけた」
ハルゼーが言うのに合わせて、エミリーが持っていた封筒から、数枚の写真を取り出す。鮮明に写された“その艦”に、榊原は目を見張った。
大きな連装砲塔が、艦の前後に二基ずつ。“大和”型を彷彿とさせる、すっきりまとまった艦上構造物。片舷四基の連装高角砲。艦の中央部に航空作業甲板とカタパルト。
太平洋に生きる謎を、榊原は今、目の当たりにしていた。
エンタープライズさんは、羽黒っぽいイメージですね
さて、榊原とハルゼーの会談は、物語をどう進めていくのか・・・
ブルのあだ名通り、突然プロットとは違う方向に走り始めそうで怖いです。やめてよね?フリじゃないよ、本当にやめてね?作者とエミリーの胃に穴が開くからね?ね?