大丈夫です、ちゃんとまともな話をしてますから
作戦室は、しばしの間不思議な静寂に包まれている。海図台を挟んで向かい合う両艦隊の代表は、黙ったまま、置かれた数枚の写真を見つめていた。
榊原と曙は、エミリーが提示した写真、一枚一枚を精査するように見続ける。見れば見るほど、疑問は深まるばかりだ。
マストにひるがえる旗、そして空母の甲板に並ぶ艦載機の識別記号から、それらの艦が少なくとも日本海軍の所属であることはわかる。だがどの艦も、艦型識別表には載っていない。否、確かにどの艦も、どこか日本の艦に近い雰囲気はある。艦橋や対空砲の配置、シアーのかけ方。それらに、日本海軍に所属している艦の、面影があった。
写真で確認できるだけでは、その編成は戦艦二、空母二、巡洋艦二、駆逐艦四。立派な機動部隊だ。
「うちの参謀長に頼んで、そこに写っている各艦の推定諸元を導いてもらった。何かの参考になるかもしれない」
口を開いたハルゼーがエミリーに頷くと、几帳面にまとめられた薄い書類の束が出された。推定全長や排水量の数値が書き込まれたその書類を、榊原と曙二人で覗き込む。
最初の写真にあった艦は、推定で全長二四〇メートル、四万トンの艦とされている。“長門”型に近い艦影だが、断じて違う。“長門”型の二隻は、この写真が撮られた時榊原たちとともにパラオへ帰還している途中で、ニューギニア島沖にいるはずがない。
では、この写真に写っている艦は?砲塔配置的に一番近いのは“金剛”型の四隻だが、その可能性も低い。“金剛”と“比叡”は『IF作戦』に参加しており、“榛名”と“霧島”は本土だ。やはり、ニューギニア島の沖にいる意味がわからない。
つまり最初の写真の艦は、日本海軍の所属を掲げていながら、榊原の知る日本海軍のどの戦艦でもないことになる。
それだけではない。ハルゼーたちが空撮した写真は、少なくとも六つの艦型がある。
二つの艦型―――空母と駆逐艦は、辛うじて艦級を判別できる。前者は“翔鶴”型かその発展型、後者は明らかに“島風”型だ。だが、それ以外の艦に関しては、日本海軍の艦型識別表に当てはまるものはない。
最初の写真に写る、高速戦艦。空母に付き従う、高角砲を満載した、軽巡洋艦。“妙高”型を縮小したような、重巡洋艦。
そして、推定で“大和”を上回る八万トンの巨躯を誇る、超弩級戦艦。
「・・・ちょっと、いい?」
最初に沈黙を破ったのは、意外にも曙だった。最近執務用に購入したらしい眼鏡の下から、鋭い視線が覗いている。海図台に並べた写真をチラリと見遣って、曙がしゃべりだす。
「写真に写ってる艦。どれも、海軍艦艇の進化の系譜に、ピッタリ当てはまる気がする」
「どういうことだ?」
「コンステレーションを見て思ったのよ。同じ匂いがする。同じ・・・未成艦の匂いが」
細められた双眸は、真っ直ぐにハルゼーの方を向いていた。
コンステレーションという艦名を聞いた時点で、榊原たちは木曾が報告してきた艦型不明艦の正体に思い至っていた。
“レキシントン”級巡洋戦艦。旧帝国海軍が夢見た幻の巨艦構想「八八艦隊」と時を同じくして計画された、米国の建艦計画「ダニエルズ・プラン」にて建造が予定されていた巡洋戦艦だ。五〇口径一六インチ連装砲四基八門。基準排水量四万二千トン。“天城”型巡洋戦艦のライバルと目されていた艦である。ワシントン海軍軍縮会議で建造にストップがかかったその二番艦は、名を“コンステレーション”と言った。
曙の指摘に、ハルゼーはニヤリと笑った。
「やはり、そう思うか」
「ええ。大型戦艦は、どう見ても“大和”型から繋がる新鋭戦艦シリーズ、さしずめ超“大和”型といったところね。高速戦艦の方は、超甲巡か、“金剛”型代艦。軽巡は計画だけあったマル五計画の防空巡洋艦に見えるわ」
―――未完成艦の艦隊、ということか。
それであるならば、日本海軍艦艇の特徴を残しているのも頷ける。進化の系譜上にいながら、竣工することはなかった艦たち。
「・・・うちの“コンステレーション”はな、このエミリーが最初に建造した艦だ」
ハルゼーの言葉に、エミリーは神妙に頷いた。
「だが、未成艦ができたのはその一回だけだ。一体何が原因で“コンステレーション”が建造されたのかは、今もってわかっていない」
基本的に、BOBの建造は「かつて第二次世界大戦を戦った軍艦」に限られている。そこに未完成の軍艦は含まれていない。
では、“コンステレーション”は―――そして写真に写る艦たちは、なぜ建造されたのか。
「・・・ひとまず、その辺の考察は置いておくわよ」
そう宣言した曙が、榊原の方を見る。「どうする?」そう訊いているのがわかった。
―――次は、こちらが情報を提示する番か。
榊原は、すでに話すことを決めていた。
「・・・実は、現在私個人として、ある密命を受けて活動をしています」
口を開いた榊原を、ハルゼーもエミリーも静かに見つめていた。
「撮影された艦影は、その任務に関わるものである可能性が、極めて高いです」
「つまり、榊原少佐も、この艦たちを追っていた、と?」
「はい」
榊原は、塚原から受けていた依頼の内容を、全てハルゼーに説明する。『IF作戦』で、その存在が疑われた、もう一つの勢力。トラック環礁の港湾施設を壊滅に追いやった、機動部隊の存在。吹雪との関係。
「・・・そんなことが」
榊原の話に、ハルゼーは両腕を組んで唸った。
「確かに、我々が捉えたこれらの艦は、その正体不明の艦隊である可能性が高いな」
正規空母二隻という艦隊編成は、塚原が導き出した正体不明艦隊の最低限保有戦力に一致する。
「タイミング的に見て、まず間違いないと言えると思います。自分は、この正体不明の艦隊が、Z海域―――具体的にはタウイタウイかブルネイ、リンガに拠点を置いていると考えています」
榊原の言葉に、ハルゼーが目を見開いた。
「・・・そうか、この艦隊も、我々と同じか」
「と、言いますと?」
「第七方面艦隊のポートモレスビー配備は、確かに対豪航路防衛とルソン警備隊の連絡路確保に主目的がある。だが、それとは別に、このZ海域における調査活動も任務に含まれていた」
「「っ!!」」
榊原と曙の、声にならない驚きが重なった。やはり、米国は動きだしたのだ。いまだに―――いや、深海棲艦とBOBの出現によって再び世界トップの超大国になったアメリカ合衆国が、Z海域の存在を放っておくことなど、ありえないのだ。
米国には、世界のあらゆる事象を調査、研究し、その結果を許容するだけの力があった。
「・・・Z海域、か。一体、何があるというんだ」
ハルゼーの呟き同様、榊原の好奇心も、益々大きくなるばかりだ。Z海域という、封鎖された海。
「もう一つ、気になることがある」
ハルゼーは言った。
「塚原大佐の話が正しければ、この艦隊はほぼ一方的にトラックの港湾施設を叩いて、退避したはずだ。なのになぜ、高速戦艦には明らかな損傷の痕がある?」
解像度の高い、非常に鮮明な写真を指差し、ハルゼーは疑問を呈する。
写真の中の高速戦艦は、真っ白いウェーキを引きずって何事もないかのように航行しているが、その甲板のところどころに、被弾によるものと思われる破孔が穿たれていた。中には、応急処置で塞がれている箇所もある。
「・・・損傷具合からして、戦艦クラスの攻撃ね」
破孔を確かめるように、曙が言った。
「はい。“ドーントレス”の妖精さんが言うには、おそらく一六インチ級の徹甲弾を被弾した跡のようです」
曙の指摘を、エミリーが補う。
「それも、おかしな話ですね。事前偵察で確認されたトラック沖の深海棲艦に、戦艦は四隻しかいません。その全ては、日本海軍の戦艦部隊と交戦していました。トラック南方海域に展開していたこの艦隊と交戦する余裕はなかったはずです」
では、一体何者か。まさか、事前偵察で確認できなかった戦艦がいて、それと交戦したのだろうか。
―――そういえば。
作戦開始前の最終打ち合わせ。そこで提示された事前偵察時に空撮された写真に、トラック南方で撮られたものは含まれていなかった。
榊原の背中を、冷たいものが流れる。まさか、連合艦隊司令部は、トラック南方に別の戦艦戦力がいることを知っていながら、それを公表しなかったということだろうか。
―――何のために・・・?
そうする理由は全くもってわからない。何か、余程知られたくないことがあるのだろうか。
「・・・一体、“何”と戦ったんだ」
ただ一つ。確かめる方法があるかもしれない。
「答えは、Z海域にあるはずです」
榊原の言葉から何かを汲み取るように、ハルゼーは殊更ゆっくり首肯した。
「Z海域は、なぜ封鎖されたのか。その理由が、多くの謎を解く鍵になると考えられます」
「・・・やはり、確かめるしかないか」
覚悟を滲ませて、ハルゼーは腕を組み、二度三度と頷く。その双眸に、榊原は自らと同じ“提督”の色を見た。艦娘たちとともにこの世界を航海する、一人の男。
「榊原少佐」
「はい」
それまでと打って変わった、ハルゼーの改まった口調に、榊原も背筋を張る。ハルゼーの言うことはわかっていた。そしてそれに対する答えも決まっていた。
「無茶なお願いだとは、重々承知している。だが、この件―――Z海域と謎の艦隊に関する情報について、これからも継続的に、お互いにやり取りをしていかないか?」
やはり。
「我々の艦隊は、しばらくは拠点周辺の制海権を確保する必要があり、早急なZ海域の調査はできない。だが、本国にあるツテを使えば、ある程度の情報収集は可能なはずだ」
榊原にとって、願ってもない提案だった。
「喜んで。こちらこそ、どうぞ協力のほど、よろしくお願いします」
榊原の返答に、ハルゼーの相好が大きく崩れた。それから、その大きな右手が差し出される。
「“同盟”成立、だな」
悪戯っぽいその口調に、榊原も笑って応え、右手をガッシリと掴む。これ以上に、頼もしい協力者もいない。
「それで、当面はどうするつもりなんだ?」
「ルソン警備隊に、知り合いがいます。彼が、個人的にZ海域の調査を引き受けてくれるそうです。その報告を待って、以後の行動は決めるつもりです」
榊原の説明に、ハルゼーはもう一度力強く頷いた。
「重ねてになるが、我々は榊原少佐たちへの協力を惜しまない。必要なことがあれば、いつでも申し出てほしい。できる限りの援助を約束する」
夕闇が迫ろうかというパラオ泊地から、第七方面艦隊の六隻が出港しようとしている。母港であるポートモレスビーへの帰途に着くのだ。
榊原は一日の碇泊を勧めたが、ハルゼーは「早く帰らないと、参謀長のお叱りがあるんでな」と苦笑いして、今日中に出港すると言った。
泊地近海の対潜哨戒は、すでに港湾部の哨戒艇と“陽炎”、“長波”が終えていた。周囲に敵潜なしの報告を受け、いよいよ第七方面艦隊が錨を引き抜く。各艦の錨鎖が巻き上げられ、海面に顔を出した錨が、定位置にしっかりと固定された。
ボーッ
微速前進を始めたハルゼー座乗の“エンタープライズ”が、パラオ泊地の埠頭に立つ榊原たちに向けて汽笛を鳴らす。夕陽に映えるその音は、単に別れの挨拶に留まらず、踏み出した新たな道への抜錨を意味しているように、榊原には思えた。
六つの艦影は、やがて水平線へと消えていく。太陽が沈み、星たちの支配する世界となったパラオに、晩御飯を報せるほのかな香りが立ち込めていた。
さてさて、次第に正体不明の艦隊の全貌が明らかになっていきます。その目的とは、一体何なのでしょうか
次回からは、ついにあのお方がパラオ泊地に着任します。また一悶着ありそうです
榊原少佐の胃が、マッハで痛くなる・・・
作者の胃も痛くなる・・・