し、知らないよ?航海ラップなんて、作者は知りませんからね!?
名乗った清水に、摩耶たちも同じようにして敬礼で答えた。しばらくして、お互いの手が下がる。
―――こいつが、新しい提督。
第一印象は、榊原と全く逆のタイプに思える。どこか、摩耶たちと一線を引いているように、摩耶には思えた。
が、そんなどこか冷徹な雰囲気などお構いなしに、横に立っていた相模が強引に清水の首に手を回し、引き寄せる。清水の表情が、わずかに迷惑そうに歪んだ。
「何を隠そう、俺と榊原の同期で、主席様だ」
白い歯を覗かせて言った相模に、清水は面倒くさげな溜め息を吐く。そこには、「またか」というニュアンスが少なからず含まれている気がした。
「そんな情報はいらんだろ」
「おう、いらないな」
清水の苦情をあっさりと受け入れた相模。清水の溜め息は益々深くなる。意外と、苦労人タイプなのかもしれない。
「・・・いらないと思うならわざわざ言うな」
そう言った清水は、引っ付いた相模を剥がしにかかった。第二種軍装を整え、もう一度真っ直ぐに立つ。
「あたしは摩耶。よろしくな」
ひとまずは、自己紹介だ。摩耶に続いて、三人が名乗る。清水は、それをただジッと聞いていた。
「・・・それで、」
全員の自己紹介が終わると、清水はおもむろに口を開く。
「この艦隊の、旗艦は誰だ」
「あたしだけど?」
摩耶は手を上げて答える。こちらを向いた清水は、何かを見定めるように摩耶の目を見つめた後、細い両目を一層細くした。
「そうか。なら、俺は摩耶に乗る」
ほんの数瞬、摩耶は清水の言った意味を理解できなかった。頭がそれを理解した時、次に襲ってきたのは背中を走る冷たい感覚と、右腕の痛み。摩耶はいつか榊原にそうしたように、何ともない風でひらひらと手を振った。自らを守るために。
「あー、あたしはパス。そういうの柄じゃない。旗艦を譲るから、誰か他の娘にしてくれ」
長波、卯月、祥鳳は、特に驚いた様子を見せない。彼女たちは、摩耶が自分に人間を乗せることを嫌がることを知っている。理由はまだ説明していないが、そのことを受け入れてくれていた。
だが、清水は違った。
「責任逃れか?」
グサリ。狙い澄ましたかのような鋭い一言が、摩耶の心を抉る。
端から見れば、全くもってその通りなのだ。それでも摩耶は、受け入れることはできない。自らに、人間を乗せることを。もう二度と、あの時のような思いはしたくないし、させたくない。
「何も、どうしてもお前に乗りたいと言っているわけじゃない。だが、榊原から旗艦を任され、引き受けたのはお前だろ。それを覆すようなことは、責任逃れの前に重大な裏切り行為だ」
「裏切り・・・!?」
思わずカッとなりかけた摩耶は、それでも拳を強く握りしめ、歯を食い縛って耐える。
違う。裏切るつもりなどない。榊原のことは信頼しているし、認めているつもりだ。艦娘を大切に想ってくれている、誇るべき提督だ。
「裏切りでないというなら、旗艦を拒む―――いや、俺を乗せたくない明確な理由を説明しろ」
清水の言葉に、摩耶の背中を激震が走った。清水は気づいているのだ。摩耶が旗艦を拒むのではなく、自らに人間を乗せることを拒んでいることに。
「理由は・・・」
開いた口の中が乾く。頭の中を、あの時の情景がよぎる。
―――ダメだ。
仕舞い込むと決めたのだ。これはずっと―――摩耶が摩耶でなくなるまで、自らで背負っていくと決めたのだ。
「・・・お前には、言えない」
「・・・そうか」
氷のように冷え切った声から、摩耶は目を逸らす。隣に立つ長波と卯月が、ハラハラと二人の推移を見守っている気配がした。
「つまり、俺が信頼できないから、乗せないんだな」
清水の問いかけに、摩耶は沈黙することを選ぶ。
「・・・旗艦とは、戦場のみならず、艦隊が安全な航海をするために、その全てを指揮する艦だ。ただ単に、指揮官が乗っている艦というわけではない」
まるで教え子を諭すかのように、清水はゆっくりとした口調で摩耶に説明する。だが摩耶とて、そんなことは百も承知なのだ。
「BOBの指揮をする艦娘、その運航を手助けするのが俺たち提督だ。俺には、お前たちを安全にパラオまで送り届ける義務がある。旗艦の選定は、そのためにも大事な事項だ」
清水の鋭い眼光が、真っ正面から摩耶を射すくめた。
「正当な理由なしに、旗艦の指定を曲げることはできない」
―――ふざけるな・・・!
自分でもわかるくらい、摩耶はきつく清水を睨み据えた。
「理由ならある」
「ほう?」
「あたしが決めたからだ」
摩耶の言葉を、清水もまた真っ正面から受け止めていた。
「あたしは、人間はもう乗せないって決めたんだ。だから、あんたがなんと言おうと、あたしはあんたを乗せない」
お互いが、言葉を発することなく、静かに見つめ合う。西部劇で銃を引き抜く前に漂う、あの緊張感だ。相手の奥深いところを覗き込む。
「はいはい、そこまで」
緊張感の中に割って入ったのは、それまで状況を見守っていた相模だった。ひらひらと、現状に似合わないおちゃらけた表情で手を振り、睨み合いを強制中断させる。
「二人とも、西部劇じゃないんだから。今にも銃を引き抜きそうな雰囲気を漂わせるなよ」
隙あらば引き抜いて二、三発撃ちこむつもりだったのだが。
相模の言葉を受けてか、清水の視線にわずかな温度が戻る。代わりに、感情を消し去ったかのような瞳の奥に、軽蔑に似た色が見えた。摩耶は、それに気付かなかったふりをする。
これ以上、この男に関わるのは御免だった。
「・・・わかった。俺は祥鳳に乗る。旗艦も彼女だ。それで文句はないな」
「・・・ああ、ないね」
投げやりに答えた摩耶の後、祥鳳も戸惑いながらその申し出を承認した。こうして、復路の旗艦は摩耶から祥鳳に変更されることとなった。
―――なんなんだよ、あいつは。
精神同調を終え、出港準備の整った“摩耶”から、清水の乗り込む“祥鳳”の方を軽く睨む。艦橋に立っているであろう清水は、飛行甲板の庇の影になって見ることはできなかった。
『出港、全艦両舷微速』
その代わりに、スピーカーから清水の指示が聞こえてくる。返事をするのも癪だが、復唱だけはちゃんと返して、主機を動かし始めた。“長波”を先頭にして、四隻のBOBはルソンを旅立つ。
わだかまりを抱えながらも、摩耶たちはパラオを目指した。
◇
パラオ泊地に帰還した摩耶は、艦体をいつも通りの投錨地に固定して、内火艇で埠頭へと向かった。艇首に立ち、涼やかな風を受けても、その心は晴れない。清水の言葉が、ずっとしこりのように、残ったままだった。
間が悪いことに、同じように投錨した“祥鳳”からも内火艇が出て、先に内火艇埠頭に横付けていた。祥鳳と清水を乗せた内火艇の後ろに横付けることになった摩耶は、今まさに埠頭に上がる清水の方を見る。接近するこちらに清水も気づいたらしいが、チラリと窺っただけで何か表情に出すわけでもなく、そのまま祥鳳が上がるのを待って、庁舎の方へと歩き始めてしまった。
―――なんなんだよ、あいつ!
ふつふつと湧き上がる苛立ちをなんとか押さえこみ、摩耶も埠頭に上がる。帰還を告げるべく、執務室へと向かっていった。
庁舎の廊下を執務室へと向かう間、摩耶は前を進む清水を観察し続ける。憎らしいほどシャンと伸びた背筋からは、歩き方すらも鍛えられていることがわかる。無駄に口を開くことはなく、祥鳳が時々交える泊地の説明を、終始黙って聞いていた。
しばらくして辿り着いた執務室には、すでに長波と卯月が待っていた。二人の艦体は直接埠頭に着けているため、執務室に戻るのも早い。
「護衛任務、無事完了しました」
榊原と秘書艦の曙に、一言だけ真面目に報告した祥鳳は、そのまま疾風迅雷の如く榊原にすり寄り、猫撫で声を発する。
「ねえ、提督?私、旗艦の大任をちゃんと果たしましたよ。何かご褒美をください」
そこまで言い切ったところで、祥鳳は曙によって無理矢理引っぺがされる。その際に「あんっ」と微妙に色っぽい悲鳴を漏らすのもお約束だ。
「待って、旗艦は摩耶だったはずだけど?」
鬼の秘書艦によって羽交い絞めにされている祥鳳に苦笑しながら、榊原が首を傾げる。摩耶は頬を掻いて、曖昧に答えた。
「いやー、まあ。ちょっと色々・・・紆余曲折あってな」
「・・・そうか」
榊原は何も聞かず、頷いた。
「報告ありがとう。一応、摩耶は残ってくれ。祥鳳、長波、卯月は解散して大丈夫だ」
「おーう。お疲れさん」
「お疲れ様だぴょん!」
「お疲れ様でした」
三人が退室し、後には摩耶と曙、そして榊原と清水が残った。
「清水、よく来てくれた」
執務机を立った榊原が、清水に握手を求める。差し出された手を値踏みするように見た清水は、十秒ほどしてその手を取り、握手を交わす。
「話はこっちから始めさせてもらうぞ」
数秒の握手があった後、清水が切り出した。
「用件は二つ。まず、連合艦隊司令部から、お前宛てに預かってきたものがある」
「俺宛てに?」
清水は持っていた鞄を開き、中から黒いファイルを取り出す。そこから取り出されたのは、一枚の書面だった。
「榊原広人少佐。本日付で一階級昇進を命じる」
―――昇進・・・!?
清水の存在も忘れて、摩耶は飛び跳ねそうになった。榊原が―――摩耶たちの提督が、その功績を認められて昇進したのだ。嬉しくないわけがない。曙の瞳にも、嬉しそうな光がきらめいていた。
「名目上は、お前がパラオの提督長だ。俺もお前も少佐ではややこしい。妥当な判断だろうな」
水を差すように余計なことを言った清水を、摩耶は軽く睨む。だが当の清水は、特に気にすることもなく、さらに話を続けた。
「二つ目に、俺の配属に関する書類。最終確認はお前がしてくれ」
それは、連合艦隊司令部から、清水にパラオ泊地配属を命じる書類。そして、提督としての清水についての書類。それらが合計五、六枚ほどだ。
書類一枚一枚をペラペラとめくっていた榊原の手が、一か所で止まる。その頭上に、大きなクエスチョンマークが浮かんでいる気がした。
「なあ、清水」
「なんだ」
「初期艦の欄が未記入だが?」
四枚目の書類、その記入箇所の一つを指差して、榊原が清水に尋ねる。全ての提督には初期艦と言われる艦娘が必ず割り振られており、艦娘とBOBに関するあらゆる運用術を実践的に教え込む役割を担っている。
「パラオ配属後、お前の裁量で決めろとのことだ」
「そうか・・・」
清水に言われた榊原は、顎に手を当て、しばらく考える仕種を取る。
パラオ泊地に所属する艦娘は、曙、摩耶、木曾、満潮、霞、陽炎、長波、大和、祥鳳、卯月で全てだ。このうち、長波、大和、卯月は初期艦になれるほどの練度はない。また、祥鳳は航空母艦という艦種であり、初期艦には不向きとされた。
摩耶が思うに、最も妥当なのは木曾か霞だ。二人とも十二分に練度が高く、ものを教えるのも上手い。
「よし」
榊原は、決めたようだった。真っ直ぐに清水を―――それから摩耶を見つめた。
「初期艦は、摩耶に任せたい」
摩耶の背中を、強烈な電流が走り抜ける。
―――冗談だろ。
目の前が暗くなるのを、摩耶はこれほどはっきり感じたことはなかった。
ちなみに、作者が最近後悔したことは、カップ焼きそばに出会ってしまったことです・・・
つい食べてしまう・・・