一応言い訳させてもらいますと、某イベントに参加していたからだったりするんですが・・・
とりあえず、今回もよろしくお願いします
内火艇から埠頭に乗り移った摩耶は、久しぶりに気持ちのいい演習ができたことに満足し、大きく伸びをした。突き上げた両腕にパラオの風が絡まり、薄い汗を心地よく吹きさらす。このまま風呂に入ったら、さぞかし気分のいいことだろう。
今日行われた演習は、摩耶と霞が考案した、新陣形の実験だった。“大和”と“祥鳳”を中核に据え、高い防空能力を発揮できるように工夫したものだ。
“霞”が試験的に搭載した二五ミリ機銃の改修型も、良好な結果を残している。今回の演習に同伴してその性能を確かめた夏川は、全艦への搭載を目指して早速量産型の開発に移るとのことだ。
改修型二五ミリ機銃がパラオ泊地全艦に配備されれば、艦隊の近接防空能力は大きく向上するはずだ。
「そうすっと、やっぱり問題は遠距離と中距離か・・・」
埠頭を離れて庁舎の方へと歩きながら、摩耶はポツリと呟く。
遠距離防空は、電探と戦闘機を駆使したエアカバーのことだ。パラオ泊地でこの任に当たるのは祥鳳とその艦載機隊である。防空専門空母の向きが強い改装を受けた“祥鳳”には、優秀な電探と多数の戦闘機が搭載されている。だがいかんせん、その二つを有機的に繋げる、実用に耐えうる機上通信機が無かった。本土防衛艦隊が保有している現代艦船や航空機にあるものと同じものを搭載できればいいのだが、BOB艦載の航空機も、母艦と同じように現代製の部品に対して拒否反応を起こしてしまい、優秀な通信機を配備できていなかった。
当分は現用のもので対応するしかないが、呉の工廠部ではすでに改良型の開発が終了したらしく、榊原と夏川の名前で、仕様書を回してもらうよう要望してみるとのことだった。
一方、中距離防空とは、高角砲を用いた対空射撃のことだ。現在、パラオ泊地を含めた日本海軍の主力高角砲となっているのが、四〇口径一二・七サンチ高角砲だ。連装型は多くのBOBが搭載しているが、装填速度と旋回俯仰速度にロスがあり、満足のいく装備とは言えない。
次に主力と位置付けられているのが、“秋月”型駆逐艦に搭載されている六五口径一〇サンチ高角砲だ。長一〇サンチ砲とも呼ばれるこの高角砲は、一二・七サンチ高角砲では足りなかった装填速度と旋回俯仰速度が大きく改善されている。砲口径が小さくなったために、高角砲弾の危害半径は狭くなったが、それを補って余りある濃密な弾幕を形成することができた。整備性や砲身命数が短いなど、問題はいくつかあるものの、現状最も優秀な高角砲と言えた。
だが、中距離防空における問題は、何も高角砲だけではないのだ。高角砲を指揮する高射装置にも、克服しなければならない課題があった。そもそも、この高射装置の航空機追尾性能が悪いのである。いくら優秀な高角砲を積んでも、それを指揮する高射装置が敵機を捉えることができなければ、豆鉄砲と同義なのだ。
この問題を、夏川たちパラオ泊地工廠部は、改修型二五ミリ機銃に据え付けた簡易式計算装置によって解決しようとしている。台座部分の旋回性能を大きく向上させた高射装置に、計算速度の速い射撃指揮装置を組み込み、高角砲の諸元算出までにかかるロスタイムを大幅に削ろうというものだ。将来的には、電探との連動も考えているという。
遠、中距離における防空戦闘の問題は、近いうちに解決される。だがそれは、あくまで技術的な問題であり、せっかくの新型装備を十二分に扱うためには、それを搭載するBOB、そして艦娘の習熟が必要不可欠だ。
―――兵装の習熟、か。
摩耶の頭をよぎったのは、半月ほど前に榊原から説明された、自らの大規模改装の試案だった。そこには、これら多くの新型装備を搭載した、まさしく「対空番長」とでも言うべき“摩耶”の姿が描かれていた。
摩耶はしかし、この大規模改装について、受けるか否かの返答をしばらく保留にしてもらっている。理由は、実のところ自分でもよくわかっていない。ただ、大規模改装に対する決心が着かないでいたのだ。
同じく大規模改装の話が来た木曾は、一も二もなく承諾していた。彼女の改装内容は、すぐ上の姉二人がそうであったように、高い雷撃能力を誇る一撃必殺の艦種、重雷装巡洋艦への大幅な改造となる。ただし“木曾”の場合は、“北上”、“大井”よりも発射管を二基減じ、代わりに個艦防衛能力―――対空兵装の増備を行うらしい。完了の暁には、“木曾”は五連装魚雷発射管を八基搭載し、片舷二十射線、計四十射線の雷撃能力を確保しつつ、高い防空能力を持つことになる。
改装計画の概要はすでに固まりつつあり、早ければ二週間以内にドック入りして、改装作業に移るそうだ。
「・・・あー、やめやめ」
女々しい思考に入りそうになった摩耶は、慌てて頭を振った。この方向はよくない。
「とりあえず、風呂だ風呂」
諸々の葛藤を、大して感じてもいない頭の疲れのせいにして、摩耶は大浴場へと歩みを速めた。
汗をさっぱりと流した後のご飯は、また格別だった。パラオ泊地食堂部員が腕によりをかけて作った今日の夕御飯は、カレイの煮付けを中心とした純和食だ。優しい味つけに、腹が満足した。
夕食を終えた摩耶は、食堂からラムネを持ち出して、なんとなしに埠頭へと向かった。自らの内火艇が泊まっている内火艇埠頭のへりに、摩耶は靴を脱いで腰かけた。
第一から第六埠頭までと違い、内火艇埠頭は潮の満ち引きに合わせて上下する、浮き埠頭だ。乾舷の低い内火艇のために、海面からの高さを一定にする必要があるからだ。
そのため、足を投げ出すと、海面に足先が浸かる。ひんやりとした海水の感触に、摩耶は心地よく溜め息を吐いた。
普段なら、木曾あたりと話したり、自室で読書や研究に没頭したりしているのだが、生憎今日は、木曾が夏川に呼び出されて不在だった。
大和と祥鳳は、何やら怪しげな笑みを浮かべて食堂の調理場を借りており、摩耶の本能が関わるなと警告した。
駆逐艦娘たちは、いつものごとくトランプやら将棋やらに熱中していた。その輪の中には、やはりいつものごとく、榊原が巻き込まれている。
まあ、要するにだ。たまには静かに、潮風に吹かれながらラムネを傾けるのも悪くはないと、摩耶は思ったのだ。
シュポッ
爽快な音がして、ラムネのビンに蓋をしていたビー玉が外れ、ビンの中に落ちる。噴き出しそうになる炭酸をしばらく押さえ、溢れないようにした。
やがて、泡が収まる。それを待っていた摩耶は、よく冷えたビンを傾け、中身の透明な液体をあおる。
痛いほどの涼しさが、喉を走り抜けた。
「うまい・・・!」
夏はやはりこれに限る。もうすぐそこまで迫った季節を思い、摩耶はもう一度ラムネに口付ける。まあ、気候が一年を通して温暖なパラオは、日本で言えば一年中夏みたいなものだが。
ビンの三分の一ほどを飲み干したところで、摩耶はもう一つ持ってきたものを太ももの上に出す。小さなタッパーだ。
開けた中には、一口サイズに切られたスイカが入っている。日本から届けられた、今年の初物だそうだ。食堂を出る際、釣掛が持たせてくれた。
大きな一切れを思いっきりかじるのもいいが、これはこれでまた面白い。中に入っているつまようじを取って、一切れにツッと刺し、口に運ぶ。シャリシャリとした食感に、瑞々しい甘さ。紛れもない夏の風物詩だ。
―――でも、やっぱりかぶりつくのが至高だな。
そんなことを思いながら、摩耶は二つ目を口にした。
和やかに吹く潮風の中、ふと近づく足音がした。港湾部員でも見回りに来たか?そう思った摩耶は、クルリと後ろを振り返った。
あまりに予想だにしなかった人物の登場に、摩耶は目を見開いて固まった。
夜だというのに、きっちりと第二種軍装を着こなす影。短く揃えられた髪。細いフレームの眼鏡が、海面に映る夜を反射して、銀色に輝いていた。
「摩耶・・・?」
自分で近づいておきながら、清水は摩耶に驚いたようだ。怪訝な表情のまま、こちらへやって来る。
―――なんで、お前なんだよ・・・。
なぜ、こんな夜中に顔を合わせるのが、こいつなんだ。
「埠頭に人影があると思ったら、摩耶だったのか」
夜のようにひんやりとした声音だが、最初に顔を合わせた時のような刺々しさがないことに、摩耶は気づいている。基本的に感情を表さない清水だが、だからといって艦娘に冷たいなんてことはないのだ。
「なんだよ、あたしがいちゃ悪いのか」
もっとも、第一印象が最悪な摩耶が、素直に彼の登場を喜べるかどうかは別だ。
隣にあったボラードに腰かけた清水は、そんな摩耶の言葉を気にする風もなく、なぜか手に持っているラムネのビンを開ける。
シュポッ
摩耶の時と同じ、爽快な音が走り抜けた。
「お前は、他の奴と一緒にいることが多いからな。こうして一人でいるのは、意外だった」
清水の言葉に、摩耶は目を見開く。
・・・意外と、他人のことをよく見ている提督なのかもしれない。
「・・・別に。あたしだって、一人でいたい時はあんだよ」
そう言った語尾は、さっきよりも弱くなった。
摩耶が無言で差し出したスイカを、清水も摘まむ。シャリシャリ。波音の合間に、二人分のスイカを食べるメロディーが重なっていた。
「・・・摩耶」
ふと、なんの前触れもなく、清水が摩耶の名前を呼んだ。彼の方を向くことなく、摩耶は態度だけで話を聞いていることを示す。
「はっきりさせておく。俺は、俺の考えが間違っているとは思わない。艦娘を指揮するのが提督の仕事で、その職務を全うするために、旗艦は最もその役目に相応しい艦を選ぶべきだ」
―――その話を、ぶり返すか・・・!
摩耶は力の限りラムネのビンを握りしめた。だが次に清水が放った言葉は、摩耶の想像とは違った。
「が、お前の考えが間違っているとも言えない。そんなことを言う権利は、俺には与えられていない」
―――・・・何を。
何を言おうとしているんだ。
「お前たちに感情がある以上、俺のような者を乗せたくない気持ちもあるはずだ。それを無理強いしてまで乗り込めば、精神同調によって繋がれたお前たちの艦にも、何らかの悪影響があるかもしれん」
その言葉がわずかに早くなっていることは、摩耶にはわからなかった。
「要するに、だ。この間の一件は、俺に非がある。子供っぽく、ムキになっていた。すまなかった」
思わず、摩耶は清水の方を見た。その摩耶に向かって、清水は頭を下げている。あまりに突然な出来事で、摩耶はとっさに言葉が出てこなかった。ただ、一つ。
―――そっか。こいつも・・・提督なんだ。
言いたいことは、それだけだったのだろう。残ったラムネを一気にあおり、清水は立ち上がる。
「一つだけ答えてほしい。お前が大規模改装への返答を保留にしたのは、お前が俺を“摩耶”に乗せないのと、同じ理由か?」
言われて、背中に電流が走った。今まで思い至らなかった―――いや、考えないように、心のどこかでしていたのだろうか。
「・・・わからない。でも、多分、そうだと思う」
清水の指摘を、摩耶は素直に認めた。
「・・・俺は、お前に何かしてやることはできない」
呟くような声が、背中に聞こえた。
「あいつのマネくらいは、してやれる」
あいつ―――榊原の“何をマネできる”のか。明言しなくとも、摩耶には伝わっていた。
再び一人になった摩耶は、ラムネのビンを顔の前に掲げて、向こう側を透かして見る。海面の揺らめきに反射した星の光が、ビンとラムネで散乱して無限の輝きに変わった。そのきらめきが、今の摩耶には眩しいくらいだ。
ビンに口付け、クイッとあおる。炭酸ののどごしが、爽やかな刺激を伝えた。
ここで、重大なお知らせです
ちょっと早い告知ですが、作者が七月後半からリアルで航海に出るため、一か月ほど更新が止まります
二期始まったばかりなのにすみません・・・
出かけるまでに、できれば「謎の艦隊」に接触する手前まで持って行きたいのですが・・・