さてさて、いよいよ謎の艦隊との接触へ向け、話が進んで行きます
久しぶりのルソン入港は、朝の九時となった。太陽が昇った穏やかな海面に、榊原率いるパラオのBOB四隻が入っていく。ルソンはそこまで大きな港ではないが、四隻分の埠頭が空けられており、大型の“祥鳳”から岸壁に着けていった。
全艦の入港作業を見届け、最後に埠頭に着けたのは“曙”だ。埠頭近くまで寄せた“曙”の舷側を、二隻のタグボートが押していく。岸壁との間の緩衝材がひしゃげて、衝撃を緩和した。
「舷梯出して」
舫を取ったり、雨よけのキャンバスを用意したりと、甲板をちょこまか動いていた妖精のうち数人が、左舷着けした“曙”の舷側にラッタルを下ろしていく。その位置が決まったところで、入港作業は終了だ。“曙”を岸壁に押し付けていたタグボートが離れていき、かかっていた力の分傾いていた甲板が元に戻る。
「精神同調終了」
甲板の妖精が作業終了のサインを送ってきたのを確認して、曙が艤装を脱いだ。緊張をほぐすように大きく背伸びをして、深呼吸をしている。
「お疲れ様」
「別に。いつも通りよ」
榊原の労いにひらひらと手を振って曙が答えた。その様子に、榊原も表情を緩める。
各部の手仕舞いが完了したことを確認して、二人は“曙”の羅針艦橋を出、ラッタルを甲板へと下りていく。そこから、舷梯を伝って埠頭に足を着いた。丁度、他の三艦からも艦娘たちが下りてきたところだ。
入港の報告をするべく、ルソンの警備隊庁舎へ足を向ける。そこへ、慌ただしい足音と共に一人の少女が突貫してきた。
「ぼ~の~ちゃ~んっ!!」
疾風のごとき神速で突撃してくる少女は、後ろに流れていく風にピンク色の髪をなびかせて、一直線にこちらへ―――榊原の隣にいる曙の方へと向っていた。
「うえっ!?ちょっ、さざな」
曙が少女の名前を呼びきる前に、彼女の方は思いっきり跳躍し、モモンガもかくやという程に体を大の字に広げて、曙に飛びかかった―――もとい、襲いかかった。それを、慌てた様子で曙が受け止める。
物理法則に正しく則って重力加速度を受けた少女が曙の上にのしかかるのに、さして時間はかからなかった。
ボスッ
ようは砲弾と同じである。両手を広げたことで最大限に空気抵抗を受けるようになっていたとはいえ、相応の重量を持った物体がのしかかれば、普通の少女とさして変わらない、むしろ少し小さいぐらいの体格である曙が支えきれる道理はなかった。
「ってて」
それでも、辛うじて衝撃に備えていたらしい曙は、体を起こすと同時に自らに抱き着いているピンク髪の少女の脳天に、端から見ても遠慮会釈の無いのがわかるゲンコツを叩き込んだ。
「イッタイ!?ぼのちゃん何すんの!?」
「何すんの、はこっちのセリフよ!ケガでもしたらどうすんのよ!」
「あ、漣のこと心配してくれるんだ」
曙は無言で少女の頬をつねった。
「いひゃいいひゃい、ギブギブ!」
少女の必死の訴えからたっぷり二十秒ほどの時間を取って、曙は手を離した。
「う~、痛い」
「自業自得。ほら、いい加減どきなさいよ」
「はーい」
曙の声に、渋々といった様子で少女は立ち上がる。重量物が取り除かれたことでやっと身動きの自由を手に入れた曙は、立ち上がると埃を掃い、制服を正した。それから榊原の方を振り向いて、少女を紹介する。
「これ、あたしの妹で、漣」
「綾波型九番艦、漣でっす!いつもぼのちゃんがお世話になってます、榊原中佐」
元気一杯の挨拶の後、なかなか堂に入った敬礼を決める漣に、呆気に取られていた榊原も答礼する。
「パラオ泊地提督の榊原広人中佐です。こちらこそ、曙にはいつもお世話になってます」
お互いに敬礼を下げると、漣がこちらを観察するように、身を乗り出して興味ありげな視線で見つめてくる。最後に満足そうな笑みを浮かべて、チラリ、横にいる曙を見遣った。曙はハッとしたようにそっぽを向いてしまう。なぜだか、その耳たぶが少し赤かった。
「ふ、ふん。本当にそう思ってるなら、普段から態度と行動で示しなさいよ」
そんな彼女らしいセリフに、漣の笑みは益々大きくなった。
「だ、そうですよ。榊原中佐」
「善処しましょう」
榊原の答えの後に、漣は元の位置に戻った。
「それでは、庁舎まで案内しますね」
言うや否や、大げさな仕種で着いてくるように示して、漣が歩き出す。その背中に、曙が問う。
「漣、あんたあたしたちを案内するために、わざわざ迎えに来たわけ?」
「ん~?」
歩きながら、漣がこちらを振り向く。考えるように人差し指を顎に押し当てた後、何かを含むような笑いを浮かべて、その口を開く。
「まあ、それもあるんだけど」
「だけど?・・・って、ちょっ!?」
次の瞬間、漣が曙の細い体に抱き着いた。あまりに突然の出来事に、曙が驚いたような声を上げる。
「ふえっ?ちょっ、と。何なのよ」
されるがままの曙に十秒ほど抱き着いていた漣は、ゆっくりと顔を上げると、それはそれは可愛らしく、悪戯っぽく笑っていた。
「久しぶりに、ぼのたんのペッタンお胸を堪能したくて、早く迎えに来ちゃった」
曙の華麗な巴投げが炸裂して、漣の体が宙を舞った。
「ようこそ、ルソンへ」
入港の報告を終え、敬礼を下げた途端、柔和な声が目の前の将校からかけられた。温厚そのものといった笑顔で、右手が握手を求めてくる。それに、榊原も応えた。
「ありがとうございます、卓己中佐」
ルソン警備隊を取り仕切る先輩中佐は、温和な表情のままでさらに強く、手を握ってきた。
「相模君から、色々と話は聞いているよ。塚原も、随分と君のことを買っているようだね。今回の要人輸送作戦の指揮官として、榊原中佐を直々に推薦してくるほどだ」
―――なるほど、そういうことか。
榊原の中で、ピースが繋がった。
今回の作戦、自分に陣頭指揮が任されたのは、塚原が働きかけてくれたからだ。それはおそらく、例の謎の艦隊―――『T・T独立艦隊』の独自調査について、こちらに配慮してくれたからだろう。
榊原がルソンに来るタイミングと、相模が『T・T独立艦隊』との接触を果たしたタイミングが完全に一致していることが、塚原が予測したことなのか、はたまた運命の悪戯なのかは定かではないが、ともかくこうして榊原がルソンに来れたのは、塚原によるところが大きいだろう。
それだけ、塚原は本気なのだ。そしてこの絶好の機会を、榊原も逃すつもりはなかった。
握手を終え、ソファへの着席を勧められた榊原と随行する秘書艦の曙は、卓己の向かいに腰を下ろす。丁度その時、ルソン警備隊の秘書艦、由良が、人数分のお茶とお茶請けを持って現れた。
「長旅、お疲れ様です」
ヒマワリを思わせる優しい笑顔で差し出されたお茶を、榊原はありがたく受け取った。全員にお茶を出した由良は、そのままゆっくりと卓己の横に腰掛ける。『T・T独立艦隊』の件については、彼女も知っているらしかった。
「それじゃあ、早速本題を始めようか」
全員がお茶に口を付けたのを確認してから、卓己が切り出した。温和な表情はそのままだが、その瞳の奥には、理知を感じさせる鋭い光が宿っている。
「とは言っても、この件に関して、実際の作戦行動は全て相模君に任せてしまったからね。ことの顛末は榊原中佐も彼から聞いていると思うから、端折ることにするよ。代わりに、僕が本土にいた間、伝手を使って可能な限り集めた情報は、いくつか教えてあげることができる。それについては、このレポートを読んでくれ」
そう言った卓己に合わせて、由良が茶封筒を取り出した。厚さはあまりない。すなわち本土には、『T・T独立艦隊』に関する資料はほとんどなかったということだ。
「中身は後で見てくれ。今、私が一番確認したいのは、これからの君たちの行動予定だ」
真剣な眼差しでこちらを見ている卓己に、榊原は口を開く。
「彼女たちとの、直接の接触を試みるつもりです。具体的には、彼女たちが母港とするタウイタウイ島で、と思っています」
「・・・どうしても、行くつもりかな」
卓己の問わんとしていることはわかる。タウイタウイは、封じられた魔の海域、Z海域内に存在する。そこに侵入することがどれだけ危険なことか、ルソン警備隊を率いる卓己が一番知っているはずだ。
「はい」
榊原ははっきりと頷く。卓己は一瞬だけ、諦めたように目を細めると、お茶で唇を湿らせた。
「・・・面白いデータがある」
「面白いデータ、ですか?」
「過去に、Z海域に侵入した艦船のうち、生還することのできた艦船に関する傾向だ」
そう言った卓己が席を立とうとすると、由良が横から一枚の書類を差し出した。
「提督さん、こちらですよね?」
「ああ、そうだ。さすがは由良だ」
「いいえ、とんでもないです」
嬉しそうに笑った由良から受け取ったその書類を、卓己は榊原と曙に示す。
「小数船団。三、四隻の艦船で構成された船団だと、襲撃される確率が下がっている。全くないとは言い切れないが、少なくとも船団規模が大きければ大きいほど、襲撃を受ける頻度も、非生存率も高くなる傾向がある。この三年、まともに艦船が通行していないから、最新のデータとは言い難いが、少なくともこれまでに、嵐等で誤ってZ海域に侵入してしまったはぐれ輸送船が襲撃されたケースはない」
「侵入するなら、少数編成がいい、と?」
その通りだ。そう言いたげに、卓己は頷いた。
「ルソン警備隊が創設されてからおよそ二年半、私はここで海を守ってきた。その自負はある。君たちが成そうとしていることには、私やルソンの艦娘たちの経験が、きっと役立つはずだ。相模君にも言ったが、何かあれば遠慮せず頼ってくれ。少なくともこの警備府で、君たちは“孤独”ではない」
力強い卓己の言葉に、榊原も曙も静かに首肯した。
◇
「舫放て!」
出港用意が整った各艦は、舫を離し、あるいは錨を引き抜く。“曙”の艦上で行われている一連の作業を、榊原は艦橋から見ていた。
いよいよ船出の時だ。この世界の真実へ、榊原たちは一歩を踏み出そうとしている。
今回のタウイタウイ遠征に参加するのは、榊原の旗艦“曙”と、相模配下の“瑞穂”、“漣”の三隻だ。艦隊の目として同行する“瑞穂”の艦橋に、相模は立っている。
本件について知らない他の艦娘たちには、Z海域への偵察任務と伝えている。嘘というのは、真実と混ぜ合わせることで、信憑性が増す。実際、彼女たちが疑っている様子はなかった。もっとも、全員がZ海域の危険性については知っているため、心配もされたが。
若干の罪悪感を頭から振り払う。埠頭から離れ、港外へゆっくりと進んで行く“曙”に身を委ねながら、榊原は脳内に焼き付けた資料を見返した。
卓己が本土から持ち帰ったのは、過去のZ海域に関する資料であった。襲撃があった日時や状況、航過した航路など、軍事機密に指定されているであろう情報もある。それらをもとに相模と協議した結果、今回の遠征で通るコースを選んでいた。
―――あとは、神のみぞ知る、ってところか。
思わず天を振り仰ぐが、そこにあるのは羅針艦橋の天井であった。
「両舷原速」
港外へ出たことで、曙が速度を上げるよう指示を出す。三隻分の航跡は、やがて針路をほぼ真南に取り、一路タウイタウイを目指していった。
夏イベ明日からやんけ・・・
また明日から電波繋がらんくなるやんけ・・・
ていうか、そもそも作者は夏イベできるんだろうか・・・
英国艦はウォースパイトさんがいいです・・・
あと、今年のぼのたんもペッタンでしt(巴投げ)