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ルソンを出港した榊原たち特殊遠征部隊は、南下する航路を取った後、フィリピン南部のミンダナオ島を掠めるように進んだ。ルソンに次ぐ大きさを誇るミンダナオだが、Z海域と直に接しているということもあって、船舶の行き来は沿岸寄りに限定されている。特にZ海域に指定されている南側では、小さな漁船以外に航行する船はまずない。
「・・・静かな海だ」
起動している二二号電探の反応がまばらになって来たのを確認して、榊原はポツリと呟く。かつて多くの船舶が行き来していた海域とは思えない。
電信室の妖精に後を託し、榊原は再び艦橋に戻る。羅針艦橋横の見張り所に立つのは、すでにオートナビゲーションへと切り替え、艤装を外した曙だ。よく冷えていそうなペットボトルを片手に、風に当たっている。顔の右でまとめられた群青の長髪が、しなやかに揺れていた。
「ん、戻ったの?」
「ああ。電探の反応がまばらになってきた」
「でしょうね」
いつも通りの簡素な答えが返ってくる。榊原は、制帽が飛ばされないよう気を付けつつ、曙の隣に立った。
「クソ提督も飲む?」
そう言って曙が差し出したのは、彼女が持っているのと同じ、ペットボトルに入ったスポーツドリンクだった。よく見れば、曙の足元に氷の入ったバケツが置かれている。ペットボトルはそこに浸け込まれていたらしかった。何とも用意のいい秘書艦だ。
「ありがとう、もらうよ」
丁度喉が渇いてきたところだった。差し出されたペットボトルをありがたく受け取り、蓋を開けて中身を呷る。よく冷えた液体が涼しい。
「にしても暑いわね」
キュッと蓋を閉め、ペットボトルをバケツの中に戻した曙が、セーラー服の裾をパタパタとしながら言った。緯度は下がるばかり。赤道に近づくにつれて、気温は上がっている。日光から隠れるものが無い分、甲板の上では余計に暑さが感じられた。
「こういう時は湯船に浸かりたくなるもんだが、そうもいかないしな」
「・・・ていうか、クソ提督はその見てるだけで暑い服装をどうにかしたら?」
曙に指摘されて、榊原は自分の服装を見る。今着ているのは、夏用の第二種軍装。生地は薄手だが、長袖であるところは第一種軍装と変わらない。確かに少し暑い。
「そうは言っても、これが制服だからな」
「こんな極秘任務中に、そんなこと気にしても仕方がないでしょ。着替えてきなさいよ」
「そうか?」
数秒考えた後、榊原は曙に言われた通り、服装を変えることにした。少なくとも、タウイタウイに着くまでは入用にならないはずだ。その間は、夏季作業用に支給されている作業服に着替えることとした。生地は第二種軍装よりも薄く、上着は半袖にもできる。
艦橋を曙に任せ、自室へと足を向ける。曙は艦橋のへりから海を見つめたまま、ひらひらと手を振っていた。
数時間後。
特殊遠征部隊は、張り詰めた緊張感に包まれていた。いよいよ、Z海域に侵入するのだ。
Z海域とはいっても、何か目印があったり、線が引かれているわけではない。ただ海図上に、危険海域、進入禁止の表記があるだけだ。
民間商船では、GPSの位置情報がある一定の距離まで来ると、警報を鳴らしてくれる。しかし、現代機器を受け付けないBOBには、そんな警報装置はない。代わりに、乗艦する提督はGPSの受信機を携行しているが、今回榊原も相模も、その警報装置の音量を切っていた。
すでに精神同調を終えた曙の横に立ち、榊原は自らのGPS受信機を見る。警告音は鳴っていないが、先ほどから受信機は赤い明滅を繰り返している。Z海域まで三海里を切っている証拠だ。先ほど確かめた海図上では、残り一海里半となっていた。
「電探に反応は?」
「全く。“瑞穂”と“漣”が映ってるだけ」
こんな位置を航行する船舶など、いないのだ。
見張り所に出て、榊原は双眼鏡を“曙”の後方に向ける。単縦陣を敷いて続行するのは、相模の乗る“瑞穂”、そして“漣”の順番だ。双眼鏡で覗いた“瑞穂”の艦橋から、相模がグッと親指を突き立てている。
「曙、“瑞穂”宛発光信号。無線封止を厳となせ。警戒機、発艦準備」
「了解」
連絡用の探照灯が、カシャカシャと信号を送る。程なく、“瑞穂”から了解した旨の返信があった。
―――さて、と。
果たして深海棲艦は、見逃してくれるだろうか。
卓己のレポートによれば、確かに少数船団の方が海域進入時の生還率は高い。が、そうは言っても、やはり半数近くが帰らぬ船となっているのは事実だ。残りの半数に、“曙”たちがなれる保証はない。
「“瑞穂”より、警戒機発艦準備完了」
「発艦始め」
「“瑞穂”宛、発艦始め」
“瑞穂”の両舷に備えられたカタパルトから、二機の零水偵が射出された。“曙”の前に出た二機は、部隊の前方警戒を担当する。数分後、さらに二機が射出され、同じく前方の警戒任務に就いた。
「各艦、周囲への警戒を厳となせ」
上空からの目に加えて、各艦の見張り員も動員し、接近する艦艇に注意を払う。波は静かだが、水平線の先のどこかに、数多の船舶を沈めてきた敵艦隊がいると思うと、心は平静でいられない。艦橋中央に立ちながらも、榊原はいつ飛び込んでくるかもしれない報告に、耳を傾けていた。
とはいえ、常に気を張り詰めていることはできない。Z海域進入から最初の四時間が経過すると、曙は艤装をオートナビゲーションに切り替え、周辺警戒を瑞穂と交代する。精神同調の完了と警戒引き継ぎの旨が“瑞穂”から報され、曙は緊張を解いて艤装を脱いだ。筋肉を弛緩させたのは榊原も同じだ。しばらくは、息抜きをすることができる。
そうして、二度周辺警戒を交代した後。再び曙が周辺警戒を担っている間に、異変はあった。
時間はすでにミッドナイトを回っていた。警戒機は飛んでいない。夜間飛行をすることは、現状では危険すぎた。今頃搭乗員妖精たちは、母艦となる“瑞穂”の格納庫内に愛機を預け、ぐっすりと眠りについているはずだ。
代わりに頼りになったのは、“曙”が搭載する二二号電探、いわゆる電子の目であった。
「接近する艦影、数少なくとも四!」
―――来たか・・・!
叫んだ曙の報告に、榊原は意識を緊張させた。
「こちらに気付いた様子は?」
「間違いなく見つかってる。逆探に感があったし、真っ直ぐ突っ込んでくる」
「艦種は?」
「そこまでは。もう少し接近しないと何とも」
状況は十分に揃っていた。
「無線封止解除。合戦準備」
「・・・強行突破、ってわけね」
問いかけた曙に、榊原は頷いた。夜間仕様で灯火は落としているが、月明かりでその動きは見えたはずだ。
『無線封止解除。中佐、状況を報せてください』
作戦行動中ということで、相模の呼びかけも、中佐である榊原に対する丁寧語だ。こんな状況にもかかわらず、どこか滑稽なその声に、榊原は苦笑してしまった。
「艦影四が接近中。敵味方は不明なるも、接近方向より敵艦である可能性が高い。それと、以後は同期の話し方で結構」
『はいよ、了解した。“瑞穂”は速力があまり出ない。夜戦には不向きだ』
「わかってる。漣を預かってもいいか?」
『もちろんだ。頼んだぞ』
親友との短いやり取りが終わる。やがて、部隊後尾に位置取る駆逐艦娘から通信が入った。
『こちら漣です。ぼのちゃん聞こえてる?』
「聞こえてるわよ。漣、あんたの能天気っぷりは相変わらずね」
『本音がうまく言えないだけですよー』
「はっ、どうだか」
そんな軽口のやり取り。曙の口元が、月明かりの中で自信ありげに吊り上がっていた。
「やることはわかってんでしょ?」
『もちろん。これくらい、川内さんの訓練に比べればお茶の子さいさいってもんですよ』
「あっそ」
漣とのやり取りを終えたらしい曙が、榊原を向く。静かに頷いたその深い瞳が「いつでもやれるわよ」と雄弁していた。
榊原も頷き返し、マイクのスイッチを入れる。
「漣」
『はい、榊原中佐』
「しばらく、君の指揮権を自分が預かってもいいか?」
『もちろんです。こう見えて、やるときは徹底的にやっちまう性格ですよ』
隣の曙が、呆れたように息を吐くのがわかった。つまりそれは、漣が言っていることへの、肯定の証。
あの相模の初期艦に選ばれるほどの逸材だ。榊原も、余計な心配はしていなかった。
「艦影に接近して、確認を試みる。危険な任務だが、必ずやり遂げるぞ。我々は、何としてもタウイタウイに辿り着かなくてはならない」
「了解」
『ほいさっさー』
二人の返事を聞き届けて、榊原はもう一度、電信室に確認する。上がってくる報告は変わらない。艦影は方位一五五、部隊の左舷方向から接近してきている。距離は現時点で三万。敵味方の識別を求める電信に、返事はない。敵であると判断された。
「第三戦速。“漣”は“瑞穂”の前に出ろ」
榊原の指示で、二隻の駆逐艦が加速する。“瑞穂”を追い抜いた“漣”は、ピタリと“曙”の後ろにつけている。もとはといえば、両艦とも横須賀の“川内”傘下で同じ水雷戦隊に所属していた。連携は心配する必要がないだろう。よく鍛えられている。
二隻の駆逐艦が、横に並んだまま取舵を切り、接近する艦影の方へと向かっていく。
「電探の感度上昇。あちらも増速」
―――挑んでくるか。
どちらにしろ、現状は夜戦だ。水平線よりも手前、相手を目視できる状態でなければ戦闘も行えまい。
「正面砲撃戦用意。接近する艦影が発砲、あるいは艦型識別ができた時点で攻撃を開始する」
攻撃開始のタイミングを榊原が告げた時点で、彼我の距離が二万になった。そろそろ、水平線にその艦影が現れるはずだが、何分頼りとなるのは月明かりだけであり、視認することはなかなか難しい。榊原は艦橋に足を踏ん張ったまま、報告が入るのを待った。
「艦影見ゆ!本艦正面、距離一万二千!」
見張り員からの報告を、曙が叫んだ。双眼鏡を覗きこみ、榊原も確認する。月明かりの下、朧げにマストらしきものが見えている。その下には、艦上構造物らしき箱型の影も。
「艦型識別は?」
「まだ無理ね。でも、この距離であの大きさだとすると、巡洋艦級か駆逐艦級の可能性が高いわ」
「了解」
向かい合って進んでいるため、彼我の距離は見る見るうちに縮まっていく。あっという間に一万を切り、次第にその艦影がはっきりとしてくる。月光きらめく海面に、黒々とした影が差していた。
彼我の距離が七千を切った時、戦場は急沸騰を始めた。
「敵艦発砲!」
砲炎を確認した時点で、曙は「艦影」ではなく「敵艦」と報告した。波間の向こうにめくるめく閃光が走る。
「艦型識別できた!先頭から三隻は駆逐ハ級、その後方に軽巡ト級!」
「撃ち方よーい!」
榊原は即座に、砲撃戦の開始を決断した。すでに測敵を終え、諸元を入力していた“曙”と“漣”の主砲が、冷たい月夜にギラリと輝く。
「撃ち方、始め!」
「てーっ!」
敵艦からの第一射が弾着する中、二隻の駆逐艦から反撃の砲火が放たれた。
と、いうわけで。物語は新たな局面に突入していくわけですが・・・
おかしいですね・・・このシリーズ、当初は半年で終わらせるはずだったんですが・・・
まだまだ続きそうです・・・
というわけで、次回以降もお楽しみに