リアルの方で色々(テストとかね)あったせいで、更新が遅くなりつつある作者です
パラオに帰ってきましたし、いきなりの急展開で参りましょう!
無事に『五車星作戦』を終え、二週間ぶりにパラオ泊地へと帰還した榊原たち。
留守を務めてくれた清水と摩耶から業務を引き継ぎ、パラオ泊地は平常運航へと戻りつつある。
パラオの民間港へと入港した“栄光丸”からは、パラオ政府要人が降り立ち、旧庁舎に政府中枢が帰ってきた。
さらに、三隻の輸送船によって運ばれてきた、第一二航空戦闘団への増援物資も、その積み下ろしが進んでいる。バベルダオブ島基地への陸路輸送と各種組み立て、整備の期間を考えれば、本格的に運用ができるようになるのは二週間後以降と言ったところだろうか。
これら航空隊の運用を維持していくためにも、これまで以上に輸送路の安全確保が必要となってくる。本土の三鎮守府からも、護衛艦隊の増援はあるようだが、それらも含めて、輸送計画の見直しや連携確立が喫緊の課題となることが予想された。
そんな、『五車星作戦』終了から一週間。榊原と曙の姿は、泊地庁舎のあるコロール島ではなく、政府施設が置かれているバベルダオブ島にあった。
バベルダオブ島の南部、そこにパラオ唯一の空港、ロマン・トメトゥチェル空港はある。もとは民間の国際空港だが、パラオ航路が途絶えて久しい今、そこに民間機の影はない。代わりに現在は、日本空軍第三航空機動群第一二航空戦闘団、及び日本海軍第二偵察航空隊第八哨戒隊が展開の拠点としている。
今回の増援によって規模が拡大したこれらの航空隊は、新たに海空軍共通の指揮系統を持つパラオ防空隊として新しく編成されることとなった。今日榊原は、その指揮官との顔合わせのために、ロマン・トメトゥチェル空港を訪れていたのだった。
「・・・へえ、見ないうちに随分立派になったのね」
正門が迫るにつれて各施設が見えるようになってきた頃、曙が呟いた。二人は前に一度、ここを訪れたことがある。榊原が着任した直後のことだ。
パラオ開設当時は隊員庁舎など多くの建物や施設が工事中だったが、今ではレーダーや管制塔も新しくなり、大きなハンガーや地対空ミサイル―――PAC―3も用意されている。
正門に立つ守衛に敬礼し、身分証明書を手渡す。榊原と曙を交互に見た守衛は、厳重なロックがかかっていたゲートを開けてくれた。黙礼を送りつつ、二人は空港の中へ足を踏み入れる。
正門からすぐの所にある第一二航空戦闘団庁舎―――パラオ防空隊庁舎としても使われる建物に入り、目的の部屋を目指す。木製の扉を叩くと、中から穏やかな返事があった。
「入ってください」
「失礼します」
扉を開いた二人は、中の人物に敬礼する。所属は海軍と空軍で違うが、彼の方が榊原よりも階級が上だ。
源田稔大佐。パラオ防空隊の司令として、新しく配属された空軍の将校だ。
「日本海軍、パラオ泊地執務室長、榊原広人中佐です」
「日本空軍、パラオ防空隊司令、源田稔大佐です」
お互いに挨拶を交わした二人の将校が、握手をする。柔らかな源田の表情が、榊原の横に控える曙を見てさらに優しくなった。
「可愛らしいお嬢さんがご一緒のようで」
その言葉に、榊原は隣の曙を窺う。その表情に、特に変化は見られない。
「ええ。私の秘書艦で、曙です」
「曙さん」
「自慢の艦娘です」
隣の曙が、なぜか咳き込む気配がした。
「わざわざご足労いただき、ありがとうございます。早速ですが、こちらへ」
そう言った源田が自ら先頭に立ち、指し示した先は、今まさに榊原たちが入ってきた扉だ。そのまま三人は、ツカツカと庁舎の出口へ向かう。
今日、榊原たちがロマン・トメトゥチェル空港を訪れたのは他でもない、再編されたパラオ防空隊との顔合わせと、その装備―――主に防空能力について説明を受けるためだ。
今後のパラオ防衛を担っていくのは、紛れもなくパラオ泊地艦隊とパラオ防空隊だ。連携は密に取る必要がある。
庁舎を出た三人は、滑走路の横を、ハンガーとエプロンのある方へと歩いていく。
穏やかな表情のまま、源田が話し始めた。
「これほど書類が多くなるとは、思いもしませんでした。出迎えにも上がれず、申し訳ない」
「いえ、お気になさらず。自分も、その辺りは理解しているつもりです」
ほんの数か月前のことを思い出して、榊原は苦笑する。そういえばあの頃は―――いや、今もだが、曙にどやされながらエベレストのような書類と格闘していたものだ。
「榊原中佐は、パラオ泊地開設の初期からこちらにおられるのでしたね」
「はい。もう随分と長いこといるように感じていますが」
「初期の頃は、航空戦力も満足ではなかったようで。我々空軍としましても、申し訳ない気持ちです」
柔らかい口調で語られる分、そこには言い知れぬ重みが加わっていた。と同時に、事前に調べていた情報からの印象と違う雰囲気を、榊原は感じていた。
―――「防空の鬼」とは思えないな。
まだ艦娘とBOBが現れていない頃、一度だけ、深海棲艦の機動部隊が日本本土を攻撃しようとしたことがあった。その時、防空戦闘の指揮を執ったのが、航空自衛隊幹部だった源田だ。限られた時間と装備の中で、源田は見事に本土を守り抜き、深海棲艦を退かせている。
被害に対する効果が薄いと判断したのか、それ以降、深海棲艦は人類側の本拠地を襲おうとはしていない。
そんな源田が、最前線パラオの防空隊司令に選ばれたのは、ある意味必然と言えるかもしれない。
「しかし、よく“イーグル”なんて引っ張ってこれましたね」
「そこはまあ、色々と。昔の伝手やら何やらで、上を説得しました。さすがに“ライトニング”は無理でしたけど」
“イーグル”はF-15の愛称、“ライトニング”はF-35の愛称である。前者は長い間航空自衛隊の主力戦闘機を務めた機体、後者は深海棲艦出現とほぼ同時期にライセンス権を獲得し、少ない空軍の予算の中で細々と配備を進めている新鋭機だ。
「着きました。ここです」
そうこうしているうちに、三人はハンガーに辿り着く。鉄製の真新しい扉を源田が開いて、中に榊原と曙を招いた。
ハンガーには、空の守護者がその灰色の翼を休めていた。BOBが搭載するレシプロ機と違い、機首は鋭く尖って正しく鷲のようだ。三角形に近い翼が俊敏さと力強さを感じさせる。
「F-15J“イーグル”。ようやく、二機目の組み立てが終わったところです」
よく見ると、後ろではさらに二機のF-15が組み立て作業中だ。こういうところ、ライセンス獲得の利点である。すなわち、自分たちで分解、改造、整備、修理を行うことができる。
「全部で四機、ですか」
「これが限界でした。私の伝手的にも、この空港の能力的にも」
―――十分過ぎる。
大体、個人的な伝手でF-15を回してもらえるだけでも凄い。何者なんだこの人。
「あ、源田司令!」
「ああ、今日も元気そうですね、岩本くん」
源田を認めたらしい、岩本と呼ばれた航空兵が走ってくる。空軍仕様作業服の肩章から見るに、階級は中尉。パイロットだろうか。
「“イーグル”隊は全員いますか?というか、菅野くんはどこ行きました?」
「ああー、菅野隊長なら、いつも通りにあそこです」
岩本が指差したのは、奥にある組み立てられたF-15のコックピットだ。よく見るとそこには、フルフェイスヘルメットを装着して操縦席に座る人影があった。そのヘルメットには、なぜか水色と白の三角形を組み合わせた模様が入っている。丁度、新選組の衣装に似ている。
「・・・あれは、こっちを気にも留めてませんね」
「すみません、今自分が行ってきます」
そう言って、岩本がF-15に駆け寄っていく。彼が機によじ登るようにしてコックピットの中の人影を揺すって初めて、人影はこちらに気づいたらしく、フルフェイスヘルメットを取った。
―――女性・・・?
コックピットから降りてくる人物に驚く。作業服にフルフェイスヘルメットという不釣り合いな組み合わせのパイロットは、鍛えられているのがわかる引き締まった体躯をしていた。すらりとした長身に似合う端正な顔と、流れる風を思わせる黒髪が、ヘルメットの中から露になった。
「剣部隊集合!」
こちらへと歩いてきながら、菅野がよく通る声で呼びかける。すると組み立て中だった機体の影から、さらに二人のパイロットが現れて、菅野を追い越し、榊原たちの前に並んだ。その二人の隣に岩本、そして最後に菅野が立つ。
「気をつけ!」
並んだ四人が、踵を鳴らして直立不動の姿勢を取る。シャンと伸びたその姿に、自然と榊原と曙も姿勢を正した。
「相変わらず、瞑想してたのかな、菅野くん」
苦笑気味に尋ねた源田に、菅野がニヤリと笑った。
「“イーグル”が飛んでいるところを、想像していました」
「君は本当に空が好きだね」
関心とも呆れとも取れるその言葉に、菅野の笑みは益々大きくなった。
「紹介しよう。“イーグル”隊―――剣部隊の隊長で、菅野直子大尉だ」
「菅野です」
スッとした敬礼に、榊原も応える。
源田は、“イーグル”隊―――剣部隊の隊員を一人ずつ紹介していく。
二番機を務めるのが、岩本徹中尉。菅野と小隊を組む。
三番機は、赤松貞文中尉。第二小隊の長機だ。
そして四番機が、杉田庄平少尉。赤松と小隊を組む。
“イーグル”―――戦闘機のパイロットを任される、優秀な四人だ。
多分。
「パラオ泊地執務室長、榊原広人中佐です。以後、よろしくお願いします」
自らも名乗った榊原は、その右手をパイロットたちへ―――パラオの空を護る有翼の勇者たちへ差し出す。
「よろしくお願いします」
不敵な笑みと共に握り返した菅野の手は、女性らしい線の細さがありながらもたくましい。
空の守護者。海の護り人。パラオに立つ防人たちは、無機質なハンガーの中で誓いを交わし合った。
◇
その日の夜。
ロマン・トメトゥチェル空港から戻り、業務を終わらせた榊原は、風呂を終えた後、艦娘寮の一室の前にいた。
―――「今日、あたしの部屋に来て」
曙に呼び出された理由を、榊原は理解している。パラオに帰ったら話すと言っていたこと。その機会が巡って来たということか。
深呼吸を一回。できる限りの平常心で、榊原は扉をノックした。軽やかな音が鳴る。
「・・・来たわね」
ゆっくりと開いた扉の向こうから、曙が顔を出す。風呂上がりのしっとりとした表情に、寝間着。どこか普段と違う雰囲気に、少しだけドキリとする。
「入って」
「お邪魔するよ」
入った部屋の中にはすでに、机と二人分の椅子、そして湯呑みと急須が用意されていた。
さて、と。
振り返った群青の瞳が、榊原を覗き込んだ。桜色の小さな唇が、ゆっくりと開く。
「話を、始めるわよ」
いきなりの急展開過ぎてごめんなさい・・・
剣部隊の面々は、また後程も出てきていただくことになります
そして次回以降は、二、三話使っての、榊原と曙の話になります。吹雪轟沈の時の話が、少しずつ明らかになります。果たしてそれが、この世界のどんな鍵を握っているのか・・・