さてさて、ここから飛ばして参りましょう。しばらくは深海棲艦のターンです
沈黙を守ってきた彼女らが、動き始めます
軽くかかったシアーの向こう側で、海面を二つに割る白い飛沫が上がっていた。太陽を浴びて黒鉄の輝きを帯びる艦首は鋭く、否応なしにこの艦の性格を思い知らされる。高速度のままに敵艦隊へ肉薄するのが、駆逐艦の役目である雷撃戦の姿だ。
駆逐艦“曙”の艦橋、原速から強速に増速された反動を感じながらも、榊原の思考はどこかここにあらずと言ったところだった。先日の一件以来、頭の中を色々な思考が走り抜ける。ふとした時に、その意識は情報の海に沈む。
「ねえ・・・ねえってば!」
その意識を現実に引き戻してくれたのは、もはや榊原の隣が定位置となりつつあるパラオ泊地秘書艦、曙だ。ハッとした榊原がそちらを向くと、彼の肩ほどにある曙の顔が、心配しているように眉尻を下げている。彼女にこんな顔をされたのは初めてのことだった。
「・・・何ぼーっとしてんのよ。大丈夫?」
「ああ・・・問題ないよ」
「そう・・・それならいいけど」
そう答えつつも、曙はジッと榊原を見つめていた。その深い視線から目を逸らすことができず、榊原もまた、曙を見つめ続ける。
「い、いつまで見つめてんのよ、このクソ提督!」
自分から見つめてきたのに、そんなことを言って、曙はそっぽを向いてしまった。その耳たぶが、ほんのりと赤く染まっている。
―――心配をかけてしまったか。
自分の悪い癖だと反省して、榊原は思考を隅に置き、前を見る。
今日、“曙”が海に出ているのは、防空演習のためである。研究段階を終え、実戦を想定した演習の段階へとステップアップした新防空陣形を、パラオ各艦が参加する形で確認するのだ。
このため、今日はパラオ泊地に所属する全艦が出港し、演習に参加している。
程なく、防空陣形の指揮を執る“祥鳳”から、清水の声が届いた。
『榊原中佐、始めてもよろしいでしょうか』
出港中ということで、その呼びかけは階級を意識したものとなっている。榊原はマイクを取り、短く答えた。
「始めよう。以後の指揮を、“祥鳳”及び清水少佐に一任する」
『了解。第一陣、第二陣は帛式防空陣形を形成せよ』
清水の指示に、第一陣指揮艦“摩耶”、第二陣指揮艦“祥鳳”が応答する。
『第一陣了解。各艦、防空陣形へ。速度、針路に注意』
『第二陣了解。各艦、防空陣形へ。速度、針路に注意』
それぞれの陣に所属する艦娘たちから、了解の声が続く。やがて、陣形が動きだした。
まず動くのは第二陣だ。所属する“祥鳳”、“大和”、“木曾”が三角形の陣形を描いて中心に据え、その両側に“満潮”と“陽炎”がつく。両駆逐艦には、“霞”にて試験運用を終えた改良型二五ミリ機銃が搭載されている。“大和”と“祥鳳”の直衛艦として十分過ぎる能力を有していた。
それに続いて、第一陣が動く。第二陣の中核にあたる三角形に、傘のようにして被さり、第二陣と合わせて魚鱗の陣に似た隊形を作る。最も前に位置取るのは、もちろん“摩耶”だ。陣形右翼は“長波”と“曙”、左翼は“卯月”と“霞”が守る。
帛式防空陣形。前方と横方向に対する対空砲火の集中を狙った陣形だ。パラオ泊地工廠部が開発した改良型機銃、その性能あってこそのものである。
この防空陣形では、各艦の防空区画が明確に決められている。また、後方に射撃の空白を作ったのは、そもそもその方向からの攻撃が難しいのと、戦闘機による迎撃区画としたためだ。
戦力が限られるパラオ泊地艦隊が、その中で最大限の防空能力を発揮できるよう、清水と摩耶が中心となって考案したものだった。
清水と摩耶の距離は、確実に近くなっている。
どちらもそれらしき素振りを見せないが、お互いを意識している。そうでなければ、この計画をここまでまとめ、的確に実行することができなかったであろう。
―――ただ、清水としては、やはり“摩耶”から指揮を執りたいんだろうな。
真にこの陣形が機能するためには、やはり陣形先頭に立つ“摩耶”から的確な指示を飛ばす必要があるだろう。この陣形における“摩耶”の位置。そこには少なからず、摩耶の覚悟が見えている気がした。
「“長波”との間隔は適切。曙、配置完了」
各艦配置完了の報せが届く。最後にそれを、摩耶と祥鳳がまとめ上げた。
『第一陣配置完了』
『第一陣配置完了、了解。第二陣配置完了。帛式防空陣形配置完了』
祥鳳がそう報告した清水が、ゆっくりと口を開いた。
『号令より配置完了まで、十分三十秒。まずまずと言ったところだろう。続いて、空襲想定演習に移行する』
その言葉を境に、本格的な防空演習が開始された。
『想定、想定。電探に感あり。敵編隊接近。方位〇七五、距離六万。対空戦闘よーい』
全ての演習を終え、提督も艦娘も緊張を弛緩させたとき、風雲急を告げるブザーが“曙”の艦橋に鳴り響いた。
そのブザーは、外部から入った通信を意味していた。艦橋内でランプが点灯していた受話器は艦隊外からのものだ。泊地からかと思い、いくらか気持ちを引き締めて、榊原は受話器を取る。
「こちらパラオ泊地所属駆逐艦“曙”、榊原広人中佐です、どうぞ」
電話の相手は、意外な人物だった。
『パラオ防空隊、源田稔大佐です』
―――源田大佐・・・?
榊原の頭の中で、警鐘が鳴る。源田大佐が直接“曙”に連絡を入れてくるような、何か重大な案件が起きている予感が。
源田はほんの数秒すらも惜しむように、早速本題に入った。
『五分前、レーダーに所属不明機が映りました。それも、一機や二機ではありません。確認しただけで六十機。おそらく、さらに増えると思います』
―――六十機の大編隊・・・!
榊原は息を飲んだ。
『念のため確認させていただきます。そちらの艦載機ではありませんか?』
「違います」
パラオ泊地艦隊で唯一艦上機を運用する“祥鳳”の搭載機数は三十機。補用含めても四十機に満たない。これに、“大和”や“摩耶”の水上機を加えても、パラオ泊地所属航空機は五十機そこそこだ。
『了解しました。いまだ確認が取れていませんが、すでに“ファントム”がスクランブルしています。間もなく確認が取れると思いますので、その際にはもう一度連絡を入れさせてもらいます』
「わかりました。回線は海空共通の作戦行動用バンドに切り替えてよろしいですか?」
『お願いします。通信終わり』
榊原が受話器を置くのとほぼ同時に、上空をジェット機特有の轟音が通り過ぎていった。F-4“ファントム”。初期からパラオに配置されている航空機だ。もはや骨董品と言ってもいい機体だが、整備は行き届いている。
「どうすんの?」
榊原を見据える曙の問いかけは端的だ。それに対する榊原の答えも決まっている。
「このまま、現海域に防空陣形で待機する」
受け取ったマイクに吹き込み、各艦からの返信を聞き届けた。
細かな指示を出すにはまだ情報が不足している。榊原は艦橋を曙に任せ、階下の海図室に向かった。演習海域のパラオ周辺を映した海図が広げられている海図台の上には、海軍の防諜仕様が施された液晶パッドがある。
航海中、両手を塞ぐ液晶パッドを持ち歩くなどもってのほかだ。まして“曙”は駆逐艦。揺れる時はとことん揺れる。だからこの液晶パッドは、基本的に作戦要綱等を確認するだけで、海図室に放置していた。
ところが、今回は違う。液晶パッドは、受信ランプが緑色に点滅している。予想通りだ。パラオ防空隊との共通データベースを作っておいて正解だった。もっとも、榊原は提案をしただけで、実際に作ったのはパラオ防空隊の人員だが。
液晶パッドを立ち上げると、すぐに共通データベースのページに飛んだ。そこには、パラオ防空隊の防空指揮所から送られてきた、敵編隊や防空隊所属航空機の状態が記されている。
現代機器を受け付けないBOBだが、パラオ泊地周辺限定なら、パラオ防空隊の最新鋭レーダーの情報を取り入れることができた。
敵編隊が向かってくる方位は、ほぼ真東、距離二百キロ。パラオから向かってその方向にあるのは、先日榊原も攻略作戦に参加した、トラック諸島である。
―――まさかな。
トラック諸島に建設途中だったという深海棲艦の陸上基地のことを思い出して、榊原はかぶりを振る。
現状、最も有力な説は、最近新たにトラック沖に確認された敵機動部隊がパラオに接近し、攻撃隊を放ってきた可能性だ。
トラック諸島は、ハワイと並ぶ、深海棲艦太平洋艦隊の重要活動拠点であった。港湾施設も整備されており、ここで整備を受けた各艦隊が、太平洋各地で活動していた。以前パラオを固めていた敵艦隊も、その拠点はトラックであったことがわかっている。
そのトラック港湾施設は、紆余曲折あったとはいえトラック沖海戦時に完全に破壊されている。復旧には半年がかかると見込まれていた。艦隊行動の重要な拠点を失った深海棲艦の行動、特に南太平洋におけるものは大きく減ったことは間違いない。
間違いないのだが、おまけもついてきた。トラックを拠点としていた艦隊が行動を制限された結果、トラック周辺にその艦隊が集まってきてしまったのだ。現状確認されているものだけで、機動部隊二つ、火力部隊一つ、水雷戦隊二つ、その他小規模の襲撃艦隊四つ。その防御の固めっぷりは、トラック沖海戦の時以上である。
自らの拠点を攻撃された深海棲艦が、逆に人類側のトラック攻略戦の拠点となっているパラオを襲おうと思っても、何らおかしくはない。
―――おかしくはないが・・・深海棲艦のロジックから外れるな。
深海棲艦は、功を焦ることはしない。トラックを人類が攻めることはわかり切っているのだから、基本的に深海棲艦は、それを待ち伏せて戦いを挑む。それが深海棲艦のスタイルだ。余程戦力的に余裕がない限り、最前線基地で守りが堅いことなどわかり切っているパラオを攻撃してくることはないはずだ。
それに、襲撃してくるとしても、それは水上部隊と組み合わせてのものであろう。空襲と同時に水上部隊に襲撃されれば、パラオの防衛戦力もその全戦力を投入せざるを得なくなる。そうなれば、自ずと隙も出てくる。
しかしながら、いまだに水上部隊発見の報せはない。
―――不思議なことばかりだ。
液晶パッドを見つめていた榊原は思案する。その思考をいったん遮って、艦内スピーカーから曙の声が入った。
『パラオ防空隊から通信が来たわよ。そっちに直接回す』
「了解」
すぐに、海図室内の受話器のランプがついた。それを取る。
「榊原中佐です」
『源田大佐です。先ほど、防空指揮所を立ち上げました。データは行っていますか?』
「はい。確認しました」
『了解しました。今、“ファントム”より報告がありました。所属不明機は、深海棲艦の機体である可能性が高いとのことです。ですが、機体形状が識別表にあるものではなく、確定できる情報ではありません』
新型機、ということだろうか。こちらが“紫電”改二や“烈風”を開発しているのと同じように、深海棲艦とて新たな機体を開発しても何らおかしくはない。
『こちらからは以上です。パラオ泊地艦隊はどうされるおつもりか、お尋ねしたい』
「防空戦闘への参加を具申します。“祥鳳”戦闘機隊は、間もなく燃弾補給を終え、出撃が可能になります。対空砲弾もたっぷりあります」
『わかりました、具申を受け入れます。以後は作戦コードを使用します』
「作戦コード使用、“月光”了解」
『“月光”確認、“翼”了解』
作戦コード“月光”はパラオ泊地艦隊、“翼”はパラオ防空隊である。
「もう一点、よろしいでしょうか?」
自分の周囲を見渡した榊原は、周りの景色が全く見えない海図室の状態を鑑みて、源田に要請する。
「“曙”からでは、そちらからの情報を確認しつつの防空指揮が困難なため、以後の防空指揮を“祥鳳”の清水少佐に委任しようかと思います」
『わかりました。そちらにお任せします』
「お願いします。指揮権委任の確認は、共通データベースに上げます。通信終わり」
受話器を置いた榊原は、すぐに“祥鳳”に通信を入れ、清水に防空指揮を一任する。清水はたった一言、『了解しました』と答えて、共通データベースに指揮権を委任された旨を掲載した。それを確認して、榊原は艦橋に戻る。
艦橋で待っていた曙は、榊原の方をチラリと見遣っただけで、再び前を向いた。その横顔を横目で窺って、榊原も前を向く。
パラオ防空戦が始まろうとしていた。
・・・早速物凄いことになっておる
なんか・・・パラオ空襲されてるんですが
作者もビックリだよ
次回もお楽しみに