パラオの曙   作:瑞穂国

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タイトルから察してください・・・

今度はマリアナかよ・・・


マリアナ強襲

「パラオ防空戦」の公称が定められた戦闘から、一週間が経とうとしていた。

 

最終的に、空襲は二度の攻撃のみに留まっていた。パラオ諸島に被害はない。

 

付近に深海棲艦の機動部隊が発見されなかったこと、敵機が大型だったこと、その襲来方向から、トラック諸島に展開する陸上機による空襲であったと断定された。攻撃が二度に留まったのは、これが初実戦であり、様子見の出撃であったからと考えられる。

 

『IF作戦』時、角田大佐指揮下の遊撃艦隊が建設途中の飛行場を砲撃していたから、今回の空襲をしのげたと、榊原は考えていた。砲弾の雨霰によって飛行場を破壊したことにより、建設の完了は大きく遅れたに違いない。それまでの建設ペースを考えれば、少なくとも一か月の時間は稼げたはずだ。

 

もしも、その一か月がなかったら。考えるだけで背筋が冷たくなる。

 

第一二航空戦闘団の増強前だったパラオは、深海棲艦陸上機による攻撃を防ぐことができず、大きな被害を被っていた可能性が高い。

 

―――まさに紙一重だったわけだ。

 

読み終えた戦闘詳報を閉じて、榊原は深い息を吐いた。

 

「・・・ほんとに危なかったわね」

 

そう言って、給湯室から戻った曙が、湯呑みを差し出してくれた。暖かな湯気を上げる湯呑みから、優しいお茶の香りが漂う。一息入れたい時は、やはりこれに限る。

 

「ありがとう」

 

一言お礼を言い、彼女も席に着いたのを確認して、榊原は湯呑みに口づけた。いつもより少し薄めのお茶は、心を落ち着けるには丁度いい。何も言わず、むしろ言葉はきつめであるが、無言の細かい気遣いがある艦娘なのだ。

 

二人してのんびりと執務終わりの時間を過ごし、しばらくした頃。昼下がりの執務室に、軽快なノックの音が響いた。残った湯呑みの中身を惜しく思いながらも、榊原は入室を許可する。

 

「どうぞ」

 

「失礼するよ」

 

明るい声色で執務室の扉を開いたのは、トレードマークの白衣を身にまとった夏川だった。いつぞやのパーティーの時が嘘のように、今日も今日とてその髪の毛はぼさぼさである。

 

入室した夏川は、曙がお盆に乗せて片付けていた湯呑みを見つけて、眉尻を下げた。

 

「もしかして、休憩中だったかな?」

 

「いえ、気になさらないでください」

 

ごめんねえ。申し訳なさそうに言いながら、夏川は持っていた書類を差し出した。それほど厚いものではない。以前に提出してもらった時と同じくらいだ。表紙には端的な活字が打たれている。

 

『“霞”大規模改装試案』

 

練度十分と判断された霞について、大規模な改装を施す計画の試案が、まとまったらしい。

 

「元々、呉で受けてた改装が、対空重視だったからね。高射装置も増設済みで、新しく乗っける必要もないし、“木曾”の時よりも短くて済むと思う」

 

夏川は簡単に概要を説明する。

 

改修した機銃の増設を主眼に置き、さらに対空兵装の増備を図る。可能であれば、一二・七サンチ高角砲や長一〇サンチ高角砲への換装も試みるという。

 

「いつも通り、確認をよろしく。それと、他の駆逐艦の娘の改装についても、基本的に“霞”と同じ方向性にするつもり」

 

夏川たち工廠部にも、帛式防空陣形については説明がされている。そもそもこの陣形の発案にあたって、清水や摩耶が工廠部の意見をもらいに行っていた。

 

対空兵装の増備を主眼に置いているのは、この帛式防空陣形に対応したところが大きい。

 

「というわけで、本題は終わりだね。ここからはなんていうか・・・雑談だと思って聞いて欲しい」

 

胸ポケットに収めた眼鏡を気にかけながら、夏川が切り出す。彼女に珍しいものの言い方だ。雑談と言われながらも、榊原も曙も、どこか緊張した心持ちで聞かざるを得なかった。

 

「・・・話は二つ。まず、摩耶のこと」

 

摩耶の大規模改装の話が出たのは、すでに二か月も前のことだ。同時期に試案が提出された木曾については、改装とそれに伴う完熟訓練もすでに終えている。

 

摩耶の改装をどうするか否か。艦娘本人がその答えを出せずにいることは、おそらく夏川も承知しているのだろう。それでもなお、工廠部の責任者として、懸念を口にする。

 

「工廠部の方でも、いつ結論を出されてもいいように、準備は終わらせているよ。摩耶がやる気を出してくれれば、その次の日にでも改装作業は始められる。でも、次回の作戦開始時期を考えると、そろそろ改装時期としてはギリギリになると思う」

 

摩耶の改装については、文字通り大規模なものになると説明を受けている。その期間は最短でも二週間。そこから、精神同調や艦体の扱いに慣れることを考えれば、さらに一か月は見積もるべきか。

 

予定されるトラック攻略戦の第二段階は、二か月後か遅くとも三か月後には始まる。それを考えれば、摩耶の改装時期は今がタイミングとしてギリギリだ。

 

この件に関して、榊原は摩耶本人と清水に任せている。とはいえ、そろそろ答えの期限が迫っているということか。

 

「二つ目は、曙のこと」

 

そのまま続いた夏川の話題は、榊原の隣に控える曙のものとなった。内容は大体想像がつく。

 

「彼女の練度は十分だよ。艤装との精神同調率も高くて、安定してる。この泊地じゃダントツだね。本来なら、十分に大規模改装が可能なはず」

 

でも、できない。“曙”の艦体が、そして曙自身が大規模改装に伴う精神同調の変化を受け入れない。

 

「色々試したけど、やっぱりだめ。できるのは、機銃の増設とか魚雷発射管の換装ぐらい」

 

『五車星作戦』の後、艦体整備のために入渠した“曙”は、そこで魚雷発射管を酸素魚雷対応のものに換装している。横須賀のデータをもらいうけ、改修を施したのだ。この他、機銃についても増設がされているが、主砲の換装といった大規模な改装は依然として不可能だという。

 

「原因も探ってみたけど、正直お手上げだね。どうしてか、わからない」

 

「・・・そう」

 

呟く曙の言葉には、落胆の色は見えない。どこか達観したような、わかっていたような、短い一言だった。

 

「これからも、何かの折に調査はするつもりだけど。さっきも言った通り、トラック攻略作戦のことを考えると、それまでに改装を行うことは無理だって、はっきり言っとく」

 

大規模改装を施す方法がわかったところで、そこから試案を作成し、実際に着工するだけで一か月以上の大仕事なのだ。間近に迫ったトラック攻略戦に間に合わせることはできない。

 

話は終わり。夏川は白衣を翻し、執務室を後にした。残された二人の間に、静寂が流れる。

 

「・・・何やってんの。さっさと霞に確認取ってきなさいよ、夕御飯前に」

 

促されて、榊原は先ほど手渡された書類を見る。

 

「・・・いや、夕御飯の後にしよう。その方が、ゆっくり話もできる。それより、お茶、おかわりもらえるかな」

 

「・・・はいはい」

 

そう言って曙は、再び給湯室に入っていった。彼女がお茶を淹れ直している間に、榊原は試案の内容を確認する。

 

やがて出てきた二杯目のお茶は、先よりも濃い目で、苦かった。

 

 

事態を一変させる報告は、パラオ空襲以上の衝撃を伴って、榊原のもとに届けられた。

 

その日の昼食は、入電した緊急電によって早急に切り上げられ、パラオ泊地全員は食堂から作戦室へと強制的に送られた。榊原が執務室やら書庫やらから持ち出した資料と共に作戦室へ入った時、すでに全ての準備が整っていた。

 

いつでも、始めて。目線で促す曙に頷き、榊原は早速状況の説明を始める。

 

「食堂で言った通り、マリアナが襲撃を受けた」

 

端的に言うや、手に持っていた紙片を海図台の上に置く。通信員に渡されたメモだ。マリアナの警備艦隊から送られてきたという電文は、『我、空襲を受く。一一〇五』という短いものだ。その後は次々に続報が入っているらしく、通信員はフル稼働で処理に当たっていた。

 

「電文は特定の相手に向けて送られたものではなく、可及的速やかに救援を求めるものだ。事態はそれほどに切迫しているということだろう」

 

そこでもう一枚、榊原は紙を取り出す。こちらはメモのような紙片ではないが、正式な書類でもない。書かれている文面だけが、妙に定型的だ。

 

「先ほど、横須賀の秋山中将に連絡を取り、正式な命令ではないが、早急にマリアナ救援に向かえとの指示をもらった」

 

マリアナは、パラオ、ルソンに並ぶ外地での重要拠点だ。大規模な艦隊泊地には向いていないものの、本土とパラオを結ぶ航路の拠点となっており、またルソンを経由する南方航路の砦の役目も果たしている。ここと小笠原に展開する偵察部隊が、常に本土と重要航路に太平洋側から接近する深海棲艦を監視しているのだ。

 

マリアナを抑えているからこそ、日本海軍は太平洋解放のための大規模作戦を実施できる。万が一そこを失うようなことがあってはならない。

 

「深海棲艦の意図がどこにあるかは、この際無視する。それよりも、マリアナ諸島のグアム警備隊救援を優先しよう」

 

「マリアナ近海に存在する艦隊だが、」

 

榊原から受け継ぐように、清水が口を開く。その手に持った駒を、海図台に広げられたマリアナ沖の地図に、一つずつ置いて行った。青は日本海軍、赤は深海棲艦だ。

 

「現在確認できているのは、グアム警備隊と小笠原近海から急行中の演習艦隊、これが日本海軍の戦力すべてだ。一方の深海棲艦は、機動部隊が一つ」

 

「演習艦隊?」

 

木曾が訪ねる。大規模改装に伴って制服も変わっている彼女は、漆黒のマントを羽織ってまるで本物の海賊のようだ。眼帯で隠れていない左目が、鋭く海図を見ている。

 

「横須賀所属の高速打撃部隊だ。角田大佐指揮下と聞いている」

 

―――角田大佐が、マリアナ沖に。

 

『IF作戦』時に顔を合わせた女性将校を思い出す。彼女が率いているということは、“比叡”以下の艦隊であろうか。

 

「警備艦隊には、どの程度の戦力が?」

 

「防空と対潜特化の軽空母が一隻。後は重巡一隻に水雷戦隊。機動部隊と真正面からやり合うには分が悪い」

 

警備艦隊の戦力が枯渇するのは時間の問題だ。さらにマリアナの基地航空隊は、ルソンと同じように、どちらかといえば周辺海域の哨戒を目的としており、戦闘機の配備数はパラオよりも少ない。対航空機で、圧倒的優位に立てるとは言い難い。

 

「秋山中将は、塚原大佐指揮下の機動部隊をすぐに出すと言っていた。それまで何としてでも、マリアナを守らなければならない」

 

全体に向けて、榊原は言った。その場に居合わせた艦娘たちは、無言のうちに頷く。やることは決まった。

 

「出撃に際して、まずは早急な警備艦隊への増援を優先する。そのため、対空能力と速力に優れた帛式防空陣形第一陣を、最大戦速で急行させる。第二陣は、それを追いかける」

 

異論は出ない。

 

「第一陣は、さっそく出撃準備にかかってくれ。指揮は俺が執る」

 

「ま、待ってくれ、提督!」

 

榊原の言葉を遮ったのは、意外にも摩耶であった。榊原が見つめたその瞳が、ほんの一瞬揺らぐ。それでも、彼女の内なる芯の強さを映して黒目が淡く光り、今度は真っ直ぐに、清水を見た。

 

「あたしに、やらせてくれ」

 

その場の全員が、目を見開いた。

 

「あたしに、第一陣の旗艦をやらせてくれ」




陸上型云々は、色々書きたいこともありますが、大分長くなるので割愛です

摩耶の決意は、果たして
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