パラオの曙   作:瑞穂国

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どうもです

さてさて、開設されたばかりのパラオ泊地。この泊地が、トラック攻略戦の主力となるのはいつのことやら・・・

意外と長くなりそうで怖い・・・


敵ハ執務室ニアリ

「ここが執務室か・・・」

 

目の前の惨状を眺めて、榊原は言葉を失いそうになった。

 

執務室。本来そこは、鎮守府や泊地の提督長が日常業務を行う部屋であり、秋山中将を参考にするならば、きちんと理論的に、整然と整理されているもののはずだ。

 

さて、改めて、目の前の光景を冷静に見てみようか。

 

冷静に見るまでもなかった。

 

「何これ・・・空き巣でも入ったわけ?」

 

横の曙が諦めの感想を漏らすぐらい、執務室は散らかっていた。

 

積まれた段ボール。謎のペンギンと綿雲の群れ。海図だろうか、丸められた棒状のものがちらほら。

 

「・・・敵艦隊の襲撃を受けたのかもしれん」

 

「ちょっと探して、しばいてこようかしら」

 

二人して溜息を吐く。と、そこへ通り掛かったのは、榊原着任までパラオを預かっていた警備隊旗艦だった。摩耶は書類が入っている段ボールを抱えて、二人の方を見る。

 

「どうかしたのか?」

 

榊原が何かを言う前に、曙がキッと目元を険しくして、執務室の惨状を指差した。

 

「どうもこうも、何よこの部屋。倉庫の間違いでしょ」

 

「いや、ここが間違いなく執務室だぜ」

 

よっこいせ、と段ボールを下ろす。それから部屋を見渡して、一角を示した。

 

「執務机はあれだ。埃被んねえようにシート掛けといた。それ以外のは、書庫に入れるやつだな。書庫が工事中だから、ひとまず空いてたこの部屋に入れさせてもらった。今日中には工事終わるらしいから、そしたらそっちに移す」

 

―――工期八十パーセント消化って、嘘じゃないのか。

 

秋山に知らされていた情報を思い出して、榊原は一人首をひねった。

 

じっと、目の前の摩耶を見つめる。横須賀に連絡を入れたのだとすれば、それは間違いなく警備隊旗艦の摩耶のはずだ。

 

仮に、八十パーセントが嘘だとしたら、何のために。虚偽の報告をするような理由はなさそうなものだが・・・。

 

―――まさか、早く自炊生活から開放されたくて?

 

思考が変な方向に走りそうなのを感じて、榊原は余計なことを考えるのはやめた。代わりに尋ねる。

 

「最優先で確認しとくものは?」

 

「一番は、あっちの資材と納入物品関係。で、その次がこいつかな」

 

摩耶はそう答えて、さっきまで抱えていた段ボールをポンと叩いた。

 

「結構な量だな」

 

「一応、あたしの権限で書けるところまでは書いといたから、今日中には終わると思うぜ」

 

「そうか。ありがとう、助かるよ」

 

「それほどでもねえって」

 

摩耶は照れたように頭を掻いた。どこか戸惑っているような表情には、見た目相応の若さが見えた。素直に褒められるのには弱いのかもしれない。榊原も、その感覚はよくわかった。

 

「そ、そういやさ」

 

段ボールを置いた摩耶は、部屋の簡単な片付けと執務机を引っ張りだすのを手伝いながら、話題を転換した。

 

「提督、秘書艦はどうするんだ?」

 

「・・・あ」

 

そういえば、まだ言っていなかった。木曾に言われてから、あれこれ考えてみたはいいものの、艦娘たちに言わないんじゃ、何の意味もない。

 

三人係りで執務机を動かし、上げられていた椅子を下ろしてから手をはたく。

 

二人分の視線が、榊原に注がれていた。

 

「秘書艦なんだが・・・曙に頼もうと思う」

 

うんうんと大げさに頷く摩耶の横で、曙の大きな目がより一層見開かれた。

 

「ちょっ、あたし!?」

 

「もちろん、曙が嫌だと言うなら、無理強いはしない」

 

一時の沈黙が流れた。

 

「・・・頼めるかな?」

 

榊原の問いかけに、曙は腕組みをしてそっぽを向き、

 

「・・・別に、誰も嫌なんて言ってないじゃない」

 

聞こえるか聞こえないかの音量でぼそりと呟いた。

 

「わかったわ。クソ提督がどーしてもって言うなら、秘書艦やってあげる」

 

ツイッと外れた視線で、曙はそんなことを言った。その仕種が、意地の張り切れない子供のような可愛さだと思えるほど榊原は大人ではなかったが、それでも曙の言に苦笑するくらいには、彼女の可愛げをわかっていた。

 

「ああ。どーしても、だ」

 

「あっそ」

 

曙の言葉尻を捉えてそう返すと、まるでそっけない返事が返ってきた。今度は摩耶も、そんな駆逐艦娘の様子に苦笑するのだった。

 

 

 

「よっし、これで一通り、何とかなっただろ」

 

ある程度―――本当に申し訳程度に片付いた執務室を見渡して、摩耶はやりきったように額の汗をぬぐった。同じ仕種を、榊原と曙もする。

 

「まあ、何とか執務はできそうだな」

 

榊原の抱いた、率直な感想である。並み居る段ボール諸君には、早々に執務室から退去してもらいたいものだ。

 

「んじゃ、あたしはこれで。秘書艦の件は、あたしから残りの面子に伝えておくぜ」

 

「ああ、よろしく頼む。午後も哨戒か?誰が出る?」

 

「予定だと、木曾と陽炎だな。二時あたりに出て、一時間」

 

「わかった」

 

それじゃあな。そう残して、摩耶はひらひら手を振る。その後姿は、すぐに執務室の扉の向こうへと消えてしまった。室内には、榊原と秘書艦が残るのみとなった。

 

「さ、ちゃっちゃと片づけちゃうわよ、クソ提督」

 

「そうしようか」

 

そういう訳で、早速今日中にやるべき書類と格闘することにした。布巾で拭いた執務机の横に、摩耶の指示した段ボールを持ち出し、中の書類を取り出して積む。一方曙は、段ボールを開いて中身の書類や資料を、組み立てた本棚に入れ始めた。

 

「しっかし・・・とんでもない量だな」

 

取り敢えず最優先でやるべき資材関係の報告書を積み上げて、榊原は絶句した。半分も取り出していないというのに、ものすごい山が執務机の上に築かれていた。

 

「二ヶ月分ともなると、こんなに多くなるのか・・・」

 

資材関係だけでこれだけの量だ。これから戦わなければならない書類の総量を想像した榊原は、まるで自分が積み上げられた紙の山に挑む登山家のように思えた。

 

「さしずめ、エベレストかチョモランマといったところか」

 

山の前で腕を組む。さて、どう攻略するべきか。

 

「・・・いやいや、何を考えてるか知らないけど、精々富士山ってとこでしょ。ていうか、エベレストもチョモランマも同じじゃない」

 

至極全うなツッコミは、完成した本棚に資料を突っ込んでいた曙からもたらされた。

 

「言われてみればそうだな・・・」

 

「下らないこと考えてないで、さっさと書類やりなさいよ。資料整理はあたしがやっとくから」

 

「そうするか」

 

言われた通り、榊原は世界最高峰への挑戦を諦め、執務机に腰掛けると、目の前の書類に手を伸ばした。

 

 

 

小一時間。

 

「クソ提督・・・書類仕事苦手なのね」

 

曙の指摘に、榊原はうっと言葉を詰まらせた。

 

最初に積んだ山は、まだ半分ほどしか減っていない。本来この時間なら、山一つ分ぐらい終わっていないといけないのだが。

 

「自覚はあったんだがな・・・」

 

「自覚あったのね・・・」

 

理由はわかっている。必要な資料やら何やらの数値がしっかり頭に定着していないのだ。それにそもそも、こうした書き物はあまり得意ではなかった。一年ほど前までは、極々普通の大学生だったのだから。

 

「・・・こっち、終わったわよ」

 

「そうか。ありがとう」

 

―――こっちも頑張らなくては。

 

首を回し、もう一度書類に向き直る。まあ、何とか頑張れば、今日中にやっておくことは終わるはずだ。・・・多分。

 

そんなことを考えていた榊原の目の前に、影が落ちた。

 

「あのねえ、クソ提督」

 

見れば、榊原の正面に、曙の顔があった。執務机に頬杖をつき、まっすぐな瞳でこちらを見つめている。その口元が、文句を言うように動いた。

 

「秘書艦が何のためにいると思ってんのよ」

 

「それは・・・」

 

言い淀んだのは、果たして何故だったのか。そんな榊原の様子に、苛立ったように溜息を吐いて、曙は執務机から離れた。それから、部屋の隅に立て掛けられていた折り畳み机を持ち出し、器用に開く。あえて自己主張するよう執務机の横に置き、満足げに手を腰に当てた。

 

「これ、もらうわよ」

 

そう言って、問答無用で書類を段ボールから引き出す。ペンを取ると、榊原と同じように書類と格闘を始めた。右手が流れるように動く。

 

「クソ提督にしか権限がないものなんて、ほとんどないでしょうが。秘書艦の権限は、それくらいには大きいんだから」

 

実際、秘書艦の持つ権限は大きい。提督とほぼ対等と言ってもいい。もちろん、作戦案の承認や各艦隊との資材、装備のやり取りなんかは、提督でなければできないが、それ以外―――護衛任務等で得た資材量の確認や哨戒任務の報告書なんかは、秘書艦でも確認の印を押せる。

 

さらさらと書類を仕上げていく曙に、今度は榊原が目を見開く番だった。一点も迷いないその動きは、随分と手馴れているように感じられた。

 

「曙、慣れてるな」

 

「ま、まあ、ね」

 

チラッと見えた横顔が、わずかに赤い。

 

「初期艦の依頼が来た時から、秘書艦の仕事も一通り習うのよ。だから、クソ提督よりは慣れてるの」

 

「そうなのか・・・」

 

初期艦というのは、そんなことまでやるのか。まさに、あらゆる面で提督を仕込む“教官”だ。

 

「初期艦ってのも、大変なんだな」

 

「・・・そんなこと言ってる前に、手を動かす」

 

曙教官の容赦ない指摘に、榊原も止まっていた手を動かし始める。二人でやれば、速度は二倍―――いや、今の榊原の速度を基準にすれば、二倍半か三倍か。

 

カリカリ。二人分のペンを走らせる音が、執務室の静寂に紛れていた。

 

静寂を破るノックは、しばらくしてから響いた。榊原は手を止め、顔を上げる。扉に向かって答えた。

 

「どうぞ。開いてるから、入ってくれ」

 

「失礼しまーす」

 

元気な声と共に、女子中学生風の少女が扉を開けた。陽炎だ。

 

「哨戒任務、終わったわよ」

 

「お疲れ様。報告書は?」

 

「今木曾さんが書いてる。後で持ってくるから、先に返ってきたことだけ知らせに行けって」

 

「そうか。助かる。何か異常はあったか?」

 

陽炎はフルフルと首を振った。

 

「なーんにも。ていうか、この二ヶ月、潜水艦の侵入も数回しかないのよねえ」

 

「らしいな」

 

これは、片付け中に摩耶が教えてくれたことだ。

 

「まあ、聴音器も九三式だし、見落としとかあるかもしれないけど。にしたって少ないと思わない?最前線基地でしょ、ここ?」

 

「普通なら、もっと偵察に来てもおかしくない、か」

 

コクリと陽炎が頷いた。

 

もっともな指摘だ。深海棲艦は、極めて高度な戦略眼―――人間のそれと遜色ない、確かな行動原理を持っていた。それに照らし合わせるとすれば、こんな最前線の泊地を放っておくはずがない。もっと積極的な情報収集を行ってくるはずだ。

 

が、実際には行われていない。

 

「気になるが・・・現状ではやりようがないな。引き続き、哨戒を厳に頼む」

 

榊原としては、そう言うしかなかった。

 

「はーい。わかったわ」

 

陽炎も了承して、執務室から退出していった。

 

ふと、隣の曙を窺う。彼女は真剣な目で、じっとこちらを見つめていた。

 

彼女にも、思うところがありそうだ。

 

「曙は、どう思う?」

 

自らの教官に問い掛ける。曙はわずかに思案顔になった後、おもむろに口を開いた。

 

「仕掛けてくる、と思うべきね」

 

「何かしらのアクションをしてくる、と?」

 

「それ以外には考えられないけど?」

 

ふむ。榊原も小さく首肯した。

 

何にせよ、その時には迅速に対応しなければならない。そのためには、何よりこの泊地のことを知らなければ。

 

榊原も曙も、再び目の前の情報の山に向き合った。

 

 

 

曙の予見は、すぐに現実のものとなる。




明智光秀のパクリ?さあ、何の話でしょうか?

榊原少佐には色々と頑張ってもらわなければ・・・

書き物は苦手です。超苦手です。ほんとだよ?
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