パラオの曙   作:瑞穂国

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夜戦は続くよどこまでも(白目)

作者夜戦好きだな・・・どうなってるんだろうか・・・

マリアナ編も佳境です


佐世保ノ記憶

右舷を掠めた水柱を見遣って、木曾は内心で両手を合わせ、桑原桑原と唱えた。弾着したのは深海棲艦の八インチ砲弾。先ほどから“木曾”に狙いをつけている、敵二番艦からのものだった。

 

重雷装巡洋艦という、聞こえはかっこいい艦種へと改装された“木曾”であるが、その実は魚雷を満載した、走る弾火薬庫である。一発の被弾が命取りになりかねない。

 

それでも“木曾”が重雷装巡洋艦へと改装されたのには、日本海軍内にある「砲雷分離思想」という考え方に影響されたところが大きい。

 

読んで字のごとく、「砲雷分離思想」とは、艦隊内において砲撃と雷撃を担当するBOBを明確に分けるという思想のことである。

 

深海棲艦との戦いは、主に島嶼の奪還を目的としたものが多い。必然的に、島嶼の守備に当たる艦隊と、水上砲雷撃戦となる。この砲雷撃戦を制するために、日本海軍は各艦の役割をより明確にしたのだ。

 

当然、「砲」を担当するのは、戦艦や重巡である。これに対して、「雷」を担当する艦として日本海軍が注目したのが、太平洋戦争前に旧帝国海軍が産み出した、重雷装巡洋艦という艦種であった。

 

“北上”、“大井”の二隻は、日本海軍所属のBOB内で真っ先にこの改装を受け、フィリピン、マリアナ、パラオの解放戦に参加した。結果は良好。戦艦部隊との連携によって島嶼近海まで突入した「雷」担当のBOBたちは、その魚雷をもって見事制海権を確保して見せた。

 

この戦果を受けて改造計画が策定されたのが、“木曾”であった。日本海軍内では三隻目の重雷装巡洋艦―――雷巡となる。この他、“長良”型の後期三隻(“由良”、“鬼怒”、“阿武隈”)のうち、“鬼怒”と“阿武隈”についても、それぞれ雷巡やそれに近い目的の改装が計画されている。

 

改装の方向性としては、雷巡以外に機動部隊随伴の防空巡洋艦へと改装される艦も少なくない。

 

火力、雷装ともに中途半端な日本海軍の軽巡は、能力を特化させることで、一線級の戦力であり続けているのだ。

 

ともあれ。

 

木曾は敵二番艦を見つめ続ける。上空の吊光弾で照らされるその姿は、“木曾”たち「雷」担当のBOBが最も恐れる重巡洋艦のものに他ならない。通常型という性能も練度も高くない種別であっても、脅威に変わりはなかった。

 

その敵二番艦の周囲に、水柱が立ち上る。マストほどはあろうかというその大きさは、紛れもない二〇・三サンチ砲によるもの。敵一番艦を撃ち倒した“摩耶”が、その目標を二番艦へと変更し、最初の射弾を放ったのだ。

 

夜間とはいえ、両者の距離はすでに七千メートルを切っている。第一射から、その射撃は正確だ。四本の水柱は、敵二番艦の右舷、かなりの至近距離に生じている。

 

―――落ち着いてるな。

 

“摩耶”の艦娘の様子を、木曾はそう評する。

 

木曾と摩耶とは、木曾がまだ佐世保鎮守府所属だった時からの知り合いだ。着任はほとんど同時、わずかに一週間ほど木曾が早いくらいである。

 

お互いに、所属する艦隊―――直属の提督は違った。木曾は佐世保鎮守府執務室長艦隊の指揮下、一方の摩耶は当時着任間もなかった新人提督の指揮下であった。

 

仰ぐ指揮官は違えど、同じ鎮守府、同じ釜の飯を食べる仲間。着任時期が近かったことと、お互いに姉妹艦がいなかったこともあり、よくつるんでいた。

 

“あの日”も、木曾は摩耶の近くにいた。正確には、“摩耶”の救援に駆け付けたのが“木曾”たちの部隊であった。

 

激しい炎を上げる“摩耶”。撃ち砕かれた第三砲塔。抉れた甲板。吹き飛んだ後部煙突。

 

艦橋の横にまで、弾痕が見えた。

 

“あの日”、どれほど壮絶な経験を彼女がしたのか、木曾には想像もつかない。

 

ただ一つ言えることは、摩耶という艦娘が、基本的に明るく気さくであること。それゆえに、誰かにその内心を打ち明けないこと。その胸の内を、無理矢理にさらけ出させるほど、木曾は摩耶の中に踏み込める存在ではなかった。きっとそれは、姉妹艦だけの特権だ。

 

“あの日”から数日が経てば、摩耶の表情には再びいつもと同じ色が戻り始めた。いつも通りにご飯を食べ、冗談を言い、風呂で温まる。

 

唯一変わったのは、彼女が自らの艦に誰も乗せなくなったこと。まるで、ぽっかりと空いた空間を、誰かに埋められることを拒むかのように。

 

木曾の大湊行きが決まったのは、被弾によって失われた第三砲塔を高角砲へと換装した“摩耶”が、その慣熟訓練を大方終えた頃だった。

 

夕陽の中、どこか憂いを帯びたようにたたずむその姿が、なぜか印象に残っている。

 

大湊警備府での北方警備任務に従事している間、木曾は一度も摩耶と接触をしていない。筆まめな方ではなかったし、そもそも携帯電話やスマートフォンのようなものは持っていない。各艦の通信装置を個人的な用事に使うなどもってのほかだ。近況を報せることも、知ることもなかった。

 

「パラオ沖海戦」の後、同地の警備隊に推薦された木曾は、そこで久方ぶりに摩耶と再開する。

 

―――「おう、元気だったか?」

 

―――「見ての通りだ。そっちも、元気そうだな」

 

挨拶は、あの頃と変わらない、明るくて軽いもの。むしろ南国の太陽のせいで、一層眩しくなっているくらいだ。

 

しかし、相変わらず摩耶は、自らに誰かが乗ることを良しとしなかった。

 

それが、“あの日”からの逃亡に他ならないことは、木曾も、もちろん摩耶も気づいていた。けれどもやはり、摩耶の内面に土足で踏み込んで、空いた空間を埋めてやれるほど、木曾は礼儀知らずでも、近しい存在でもなかった。

 

それは、彼女たちの新しい提督となった榊原にしても同じだった。彼も、摩耶の中に空いた空間を埋めるまでにはならなかった。

 

―――しかしまさか、“あっちの提督”が、な。

 

あれほど誰かを乗せることを拒んでいた摩耶が、初めて自らに人間を乗せた。新しい提督。摩耶が初期艦に選任された、清水提督。

 

なぜ彼だったのだろうか。

 

清水の中に、何か通じるものがあったのだろうと、木曾は考えている。

 

二人は似ている。摩耶が矛盾だらけなら、清水も矛盾だらけだ。

 

それは恐怖からか、強すぎる責任感からなのか。当人たちがそのことに気づいているかは知らない。だが一歩引いている木曾にはわかった。

 

―――まあ、後は当人たちに任せるしかないか。

 

摩耶はようやく、その心の扉を開いた。その意志に、想いに、清水は応える気があるのか。応えられるのか。

 

木曾にはもう、見守る以外に選択肢がなかった。

 

“摩耶”の第二射が、敵二番艦に降り注ぐ。瞬間、白い水柱に混じって、真っ赤な火柱が敵艦上に生じた。“摩耶”は、早くも第二射で命中弾を得たのだ。

 

その様子を見ていた木曾は、一気に息を吐き出す。

 

何も、ただ魚雷を撃ち込むだけが、水雷戦隊の役目ではない。「砲」と「雷」の連携戦術こそが、「砲雷分離思想」の真骨頂だ。

 

「摩耶」

 

一度閉じていた回線を、再び開く。第三射の準備を進めているのか、摩耶の返答は短かった。

 

『なんだ』

 

「あいつのスコアは、お前にやる」

 

通信機の向こう、摩耶は木曾の言葉に何かを返すでもなく、黙っている。それには構わず、木曾は続けた。

 

「お前が敵二番艦を沈めろ」

 

『・・・どうした木曾。頭でも打ったか』

 

コノヤロウ。二度とこんなこと言ってやるものか。

 

「俺はいたって正常だよ。ピンピンしてるついでに言うと、俺の判断はこうだ。戦艦ならまだしも、たった一隻の重巡に、五十本近い魚雷は無駄遣い極まりない」

 

半分は詭弁だ。どんな相手でも、全力で倒しにいかなければ、逆に手痛い被害を被りかねない。

 

それでも、この敵艦を撃ち破ることは、摩耶にとってそれ以上の意味を持つことになる。この夜を越えることが、摩耶にとっては何よりも大切で、必要なことだ。

 

壁を撃ち破れ。恐怖に撃ち勝て。過去の束縛から、摩耶が逃れるために。

 

「俺たちが敵の砲撃を引き付ける。叩けるだけ叩きつけろ」

 

「砲雷分離思想」の真骨頂は、「砲」と「雷」の連携にある。何も「雷」がトドメを刺す必要はないのだ。

 

『・・・わかった。ありがたく、スコアはもらうぜ』

 

木曾が口にしなかった意図を、摩耶が理解したかどうかはわからない。それでも、彼女は戦う意志を示した。マリアナを守るために、自らの力を振るうことを。

 

“摩耶”の第三射、敵二番艦に対する初めての斉射が放たれた。艦上にはそれまでに倍する閃光が走り、赤々と海面に反射する。砲炎は“木曾”艦橋の窓に映り、一瞬艦橋内に朱色が差した。

 

「転針、針路〇七五!」

 

“曙”以下の駆逐艦に命じて、自らも舵を切る。あたかも、“木曾”たちがまだ、敵二番艦への肉薄を図っているように見せかけるためだ。

 

敵二番艦にも新しい動きがあった。鋭く面舵を切ったかと思うと、反転離脱にかかる。不利を悟り、これ以上の戦闘を逃れようと試みているらしかった。

 

―――させるかよ!

 

「針路一三〇!」

 

敵二番艦よりも優速な“木曾”たちは、その逃走を防ぐべく、さらに舵を切る。清水は止めてこない。彼もまた、この夜の意味を理解しているらしかった。

 

悪いが、敵二番艦には、ここで生け贄となってもらう。

 

相対位置の変化に伴い、諸元を再算出していた“摩耶”が、その砲口に新たな火炎を生じる。よほど自信があるのか、最初から斉射を行っていた。

 

「左砲戦!敵二番艦の頭を押さえろ!」

 

木曾は更なる指示を与える。次の瞬間には、すぐ後ろにつける“曙”が、砲戦の口火を切った。どうやら、元々敵二番艦に照準をつけていたらしい。

 

“木曾”も発砲する。前甲板二基、後甲板一基が据えられた一二・七サンチ連装高角砲が、オレンジ色の炎を吐き出した。

 

“木曾”たちと敵二番艦の間には、いまだ五千メートル半の開きがある。夜間のこの距離で砲撃が命中するとは、木曾も考えていなかった。それでも、小口径砲ゆえの速射性能をいかし、面の制圧力を発揮することは可能だ。

 

もっとも、中には“曙”のように、初弾から命中弾を出す高練度な駆逐艦もいるが。

 

“摩耶”の砲撃は、三射目から敵二番艦を捉えた。最初の一発が後甲板に突き刺さったかと思うと、爆炎が噴き上がって細かな破片が舞う。

 

“摩耶”の斉射は、およそ二十秒に一回。その度に水柱が敵二番艦を覆い、命中弾炸裂の閃光が艦上に走る。艦が上げる軋み音が聞こえるかのようだ。深海棲艦が苦悶している。

 

第六射が敵二番艦を襲った時、すでにその運命は決していた。炎に包まれた敵二番艦は、先ほどの敵一番艦と同じく、みるみるうちに速力を落としていく。もはやその戦闘能力が無きに等しいことは、遠目に見ている木曾にもよくわかった。

 

筋肉を弛緩させる。安堵に近い頬の緩みが、木曾の顔に浮かんでいた。

 

これで、摩耶が“あの日”を越えられたのかは、木曾にはわからない。それはきっと、マリアナ防衛戦が終結して、無事にパラオに帰ることができたら、わかることだろう。

 

守り切る。木曾が決意も新たに“摩耶”を見遣った、まさにその時であった。

 

電探に新たな反応があった。さらに次の瞬間、その反応の正体を示すように、水平線に曙光を思わせるまばゆい光が沸き起こった。

 

「新たな艦影!本艦よりの方位〇九五、距離二万!」

 

十数秒後、重巡のそれとは比べ物にならない衝撃が、艦底部から“木曾”を突き上げた。




またアイツかよ・・・

はい、おかしな行動が大好き、ル級改flagshipさんです

頑張っておくれ、摩耶様

ル級改の目的についても、またいずれ。それがマリアナ襲撃の理由にも繋がっているのですが
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