パラオの曙   作:瑞穂国

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お待たせしてすみません。ようやく普通の生活に戻った作者です

今回で夜戦に一区切り。とはいえ、はっきり言って戦闘はほとんどしてません

どうぞよろしくお願いします


目的ハ何カ

夜を映し出す照明弾の光と、その下で特大の水柱に包まれる軽巡洋艦の姿を、角田の目はギリギリで捉えていた。

 

「金剛!」

 

「電探に、小さな感がありマース!この距離でこれだけの影なら、間違いなく戦艦デース!」

 

横に控える艦娘の反応は早い。独特の語尾が、戦闘中はさらに強調されている。

 

戦艦娘の金剛。角田率いる横須賀の水上部隊旗艦を務める比叡の、すぐ上の姉に当たる。いつでも明るく親しみやすい艦娘だが、その戦闘指揮能力は経験に裏打ちされた確かなものだ。

 

損傷が激しく、旗艦任務続行不能と判断された“比叡”に代わり、今は一救艦の旗艦となっている。

 

「距離三五〇。三救艦からの距離は二〇〇」

 

「夜戦にしては遠いねえ」

 

「遠いデスネー」

 

いかに深海棲艦の戦艦が電探を搭載しているとはいっても、夜間距離二万メートルでは戦闘を行うこと自体現実的ではない。せめて一万五千メートルまでは近づきたいところだ。

 

ではなぜ、敵戦艦はこの距離で砲撃を始めたのだろうか。

 

「ともかく急ごう。こっちも、距離を縮めないことにはどうにもならない」

 

「了解デス。三救艦にも連絡しマース」

 

角田の意図を察して、金剛がすぐに三救艦旗艦“摩耶”に電文を送る。内容はもちろん、撤退しつつ一救艦との合流を図れというものだ。

 

“摩耶”からの返答は早い。

 

『獲物はそちらへ追い込む』

 

短く言って切れた清水の声に、角田は苦笑する。

 

「これは撤退する気ないねえ」

 

「困ったものデース」

 

そう言いつつも、金剛は各部の状況を確認し、戦闘準備を進めていく。

 

「観測機、発艦準備完了デス」

 

「すぐに出して」

 

角田の要請に応え、“金剛”後甲板第三、四砲塔間に設置されたカタパルトから、零水観が放たれた。火薬式のカタパルトから洋上へと躍り出た双葉単フロートの機体は、弾着観測の任に着く。

 

「“摩耶”一号機(“摩耶”搭載の零水偵)より、敵戦艦はル級改flagshipと認む」

 

「あいつか!」

 

昨夜の戦いが脳裏をよぎる。あの戦艦一隻のために、“比叡”は甚大な被害を受けた。一方、十発近い四一サンチ砲弾を撃ちこんだにもかかわらず、ル級改の砲火には全くの衰えが見られなかった。

 

ル級改は、“金剛”型の手には余る。角田はそう判断していた。

 

まさかそんな難敵と、二夜連続で戦うことになるとは。

 

「・・・やれるね、金剛」

 

「やれない、なんて答えるとでも思いマシタカ?」

 

「いいや、全然」

 

「それじゃあ、そういうことデース」

 

一瞬だけ角田を見、微笑みを湛えて前を向いた金剛の横顔は、次の瞬間には妖しい光を宿して黒々とした海面の先を見つめていた。

 

「それに、妹を傷つけられて黙ってられるほど、私は人間ができてマセーン。復讐は必ず成し遂げマース」

 

「・・・そうだね。僕も、自分の嫁さんを傷つけられた相手に慈悲をかけるほど、聖人じゃないからね」

 

「私は、一度として角田テイトクと比叡ちゃんのケッコンを認めたことはありませんヨ?」

 

「またまたー」

 

ひらひらと手を振る角田に、金剛は深い溜め息を吐いた。それから何事かを呟いた気がしたが、声は機関の上げる轟音にかき消され、唇の動きは暗くて読み取れなかった。

 

聞き返す必要性を感じず、角田は余計な思考を頭の隅に押しやる。

 

ル級改から放たれる一六インチ砲弾は、いまだに三救艦を標的としており、“木曾”の周囲に巨木を思わせる水柱が林立する。その間を細かく舵を切りながら進む軽艦艇たちは、さながらジャングルの中を行く探検隊のようであった。

 

―――いや、マングローブの間を泳ぎ回る、恐ろしい肉食魚と例えるべきかな。

 

不用心に水辺に近づいた動物は、容赦なく食い殺す。

 

だがしかし、今彼女らが相手取ろうとしているのは、大河の支配者たる巨大ワニだ。あまりにも分が悪い。

 

戦うにしろ、少しでも手数が必要になるはずだ。

 

「距離三〇〇」

 

『提督、先行しても?』

 

入った通信は、“高雄”からのものだ。“金剛”よりも、彼女たちの方が足が速い。砲戦距離に捉えるのは彼女たちの方が早いはずだ。

 

「うん、よろしく。まともに撃ち合わず、少しずつこちらに引き付けてね」

 

『了解です』

 

言うや否や、“高雄”以下が加速して“金剛”の前に出る。二救艦から急遽参加している“初雪”と“深雪”も付き従った。それでも、砲戦距離に捉えるには十数分がかかるだろうか。

 

それまでは何とか、三救艦に頑張ってもらうしかない。

 

「“摩耶”発砲!」

 

三救艦旗艦の重巡は、“高雄”たちの妹に当たる。勇猛果敢な艦娘であると伝え聞いていた。そしてその戦闘能力も、敢闘精神に見合った、姉譲りの高いものだ。

 

「どの辺で撃てる?」

 

「どの辺で撃ってほしいデスカ?」

 

「二〇〇」

 

「難しい要求をしてきますネー」

 

それでも、金剛は「できない」とは言わなかった。

 

理論上、二万メートルの距離から電探を用いた射撃を行うことは可能だ。可能だが、やはり現実的とは言えない。条件はBOBも深海棲艦も同じだ。

 

前方の海面では、お互いの砲火が入り乱れていた。深海棲艦の巨弾を軽艦艇たちが回避する。中口径砲弾が深海棲艦に挑みかかる。

 

「距離二五〇」

 

報告が寄せられた次の瞬間、ル級改が大きく舵を切った。右舷を三救艦に向けていた巨艦は大きく面舵を切り、その艦首をこちらへと向ける。その艦上で、一時的に砲火が収まっていた。

 

一体どういうことか。その理由は、ル級改の砲撃を紙一重で回避し続けていた軽巡洋艦以下水雷戦隊の動きでわかった。

 

“木曾”を先頭として一糸乱れぬ艦隊運動を行っていた水雷戦隊は、全艦が大きく取舵を切り、離脱にかかっていた。その動きは、魚雷発射後のそれに他ならない。彼女らは、自らに搭載された必殺の酸素魚雷を放ったのだ。

 

とはいえ、お互いの距離はまだ一万メートルほどがある。この距離で魚雷を放っても、命中は望めなかった。ただし、魚雷が航走している数分間の行動の自由を、ル級改から奪うことができる。

 

ここぞとばかりに、“摩耶”が主砲を放つ。一方のル級改も、対応可能な前部二基の主砲に発射炎をきらめかせるが、さすがに交互撃ち方たった二発では、有効な射撃とはいかなかった。

 

「敵戦艦に命中弾!」

 

先に命中弾を出したのは“摩耶”だ。ル級改の左舷両用砲群辺りに主砲弾炸裂の閃光が走り、吊光弾の中で橙色の炎が踊る。戦艦のそれに比べれば遥かに小さいが、破壊力は本物だ。

 

二十秒後には、“摩耶”が斉射に移る。一方のル級改も、どこか苛立たし気に、前部全六門一六インチ砲を咆哮させた。業を煮やして、斉射に移行したのだろう。

 

「距離は?」

 

「二一〇。あとちょっとデス」

 

「針路を変えるよ。三、四番も使えるようにする。針路一〇五」

 

「取舵一〇、針路〇七五」

 

“金剛”は、すぐには変針しない。四万トン近い艦体に生じる慣性力に打ち勝ち、舵が利き始めるには数十秒がかかった。

 

転針の指示から三十秒ほど直進を続けた“金剛”が、次第に左へと艦首を向け始める。正面に見えていた交戦の炎が、ゆっくりと右舷側へ流れていく。

 

「清水少佐、聞こえてる?」

 

転針を終え、いよいよ砲戦を始めようかという中、角田は再びマイクを取る。“摩耶”艦橋の少佐からは、すぐに返事があった。

 

『感度良好です』

 

「三救艦は離脱。以後は一救艦に任せてもらうよ」

 

『意見具申。“摩耶”のみは現海域に留めるべきと考えます』

 

―――こんなに頑固者だったかなあ。

 

内心で苦笑しながらも、角田の答えは決まっていた。

 

「意見具申了承。“摩耶”は現海域に留まって」

 

『了解しました』

 

通信が切れると同時に、“摩耶”が新たな斉射を放つ。一方のル級改は、酸素魚雷の網から抜け出せていないのか、いまだ直進を続けている。その前部甲板にも、次なる斉射の炎が踊った。

 

「ヘイ、テイトク。射撃準備完了ネー」

 

「距離は?」

 

「二〇〇ジャストデース」

 

「よし、砲撃始め」

 

「撃ちます、ファイアー!」

 

次の瞬間、鎌首をもたげた各砲塔右砲から、巨大な火球が生じた。艦左舷前方へと指向した主砲口から砲弾が飛び出し、その反動が一瞬艦の前進を止めたかのような錯覚にかられる。鼓膜をしたたかに打つ轟音が、四一サンチ砲の威力を物語っていた。

 

加熱した右砲から、陽炎が立つ。次弾装填のため下げられた右砲に代わり、今度は左砲が持ち上がった。弾着の確認と誤差修正が終わり次第、発砲する手はずだ。

 

「弾着デース!」

 

次の瞬間、ル級改の周囲に巨大な水柱が立ち上った。吊光弾に照らされる水柱は荘厳の一言に尽き、キラキラと輝いている。あれが、恐るべき破壊力を秘めた砲弾によって作られたものだとは思えないほどだ。

 

観測機が報告を上げ、誤差修正が行われる。再入力された諸元に従って、各砲の旋回角と府仰角が調整された。

 

第二射を放とうとしたその時、目を疑うようなことが起きた。

 

「敵戦艦面舵、反転!離脱していきマス!」

 

「何!?」

 

―――どういうこと?

 

昨日と同じだ。ル級改は再び、離脱にかかる。まるで戦いを避けているかのように、だ。

 

「・・・どうしマスカ?」

 

困惑気味に金剛が尋ねる。しばらく考えた角田は、静かに口を開くしかなかった。

 

「砲撃止め。深追いはしない」

 

「・・・了解デス」

 

左砲の仰角が下げられる。

 

「一、三救艦は現海域に留まり、引き続き敵艦隊への警戒を行う」

 

マイクにそれだけ吹き込んだ角田は、戦闘配置が解かれつつある“金剛”艦橋の天井を見上げ、思案顔を浮かべていた。

 

ル級改の目的は何だったのか。

 

積極的に戦うわけでも、戦いを避けるわけでもない。ひょっこりと現れ、有利な状況にもかかわらず、突然離脱していく。

 

なぜだ。その目的が全く掴めない。

 

今までの、どの深海棲艦とも違うように、角田には思えた。

 

「何者ですか、アイツは。まるで・・・私たちを試しているみたいデス」

 

角田の思案を知ってか知らずか、金剛がポツリと呟いた。

 

「・・・そもそも、マリアナを襲う理由にしたって曖昧だ。戦力も中途半端。まるで囮だね。その割には、もう二日間も近海に張り付いてるし、どこか別の場所が襲撃されたって情報もない。明らかに深海棲艦の行動ロジックから外れてる」

 

「同じことは、この間のパラオ空襲にも言えませんカ?」

 

「そうかもしれないねえ」

 

何にせよ、深海棲艦が張り付いている限り、こちらもマリアナを離れるわけにはいかない。この地を取られることは、トラック攻略戦に多大な影響を及ぼすことになるからだ。

 

「明日には、塚原の機動部隊や、榊原君のパラオ艦隊も到着する。まずは今夜を乗り切ることだね」

 

速力を落とした艦隊は、再び周辺海域の警戒任務に戻る。朝までは、まだしばらくの時間がかかりそうだった。




マリアナ戦も大詰めです

お気づきの方はお気づきかと思いますが、マリアナの襲撃は理由が弱いですよね。普通の戦術的、戦略的論理からすれば

では、深海棲艦はなぜ、マリアナを襲撃したのか?ル級改はなぜやってきたのか?

次回以降、その辺りに触れていくことになるかと
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