資材は二万で十分(な時もあるけど、備えあれば憂いなし)なのよ・・・
“大和”とル級改の戦いは、両者一歩も引かずに、長期戦の様相を呈し始めた。
が、次第に互いの優劣が見え始めてくる。ここでもものを言ったのは、“大和”の分厚い装甲であった。
ル級改から放たれる高初速の一六インチ砲弾にも、“大和”はよく耐えていた。一方で、“大和”の四六サンチ砲弾は強烈な一発となってル級改を襲い、装甲に大穴を穿つ。斉射が降り注ぐたびに、ル級改にはダメージが蓄積していった。
“金剛”も斉射に移行している。“大和”の第三斉射直後に命中弾を得た“金剛”は、搭載した四一サンチ砲八門を振り立てて、果敢に砲撃を繰り出していた。
第七斉射の弾着を見届け、榊原は思案げに口元へ拳を当てた。
ル級改の甲板では、すでに何条かの黒煙が立ち上っている。相当の被害を受けているのは間違いないが、戦闘能力を損失するまでには至っていなかった。それを示すように、新たな斉射の炎が、燻る黒煙を吹き飛ばす。
砲炎が収まり、再び黒煙で隠れたル級改に、“金剛”の射弾が降り注ぐ。海水性のカーテンで覆われた内側に、命中弾と思しきオレンジ色の炎が見えた。
「てーっ!」
負けじと、“大和”も新たな斉射を放つ。これで八度目。巨大な砲声が艦上を支配し、榊原たちが立つ艦橋がビリビリと震えた。
―――やはり、堅牢な艦だ。
いかに強力な四六サンチ砲と言えども、たった数射で敵戦艦を沈黙させるほどの威力はない。前回深海棲艦と会い見えたトラック沖の砲撃戦では、一隻につき十発前後は撃ち込まなければ、沈黙させることができなかった。
それでも、やはりル級改の防御性能はずば抜けている。七度の斉射で“大和”が与えた命中弾は、実に十二発。ここに、“金剛”の四斉射分計六発の命中弾が加わる。それだけ被弾したにもかかわらず、ル級改は速力に衰えを見せることなく、砲戦を続行していた。
ル級の第八斉射が“大和”の装甲にぶち当たる。怪物じみている、という意味では、こちらも似たようなものだ。ル級改の高初速一六インチ砲弾をすでに十四発も被弾しているというのに、主砲や機関といった艦の心臓部は全くの無傷だ。まあ、右舷の副砲や高角砲は、はっきり言って屑鉄以下になってしまったが。
「右舷重要防御区画内に被弾。損害軽微。戦闘航行に支障ありません」
同じような報告は、今日で四、五度目だ。
『こちら三救艦。敵巡洋艦を撃滅し次第、そちらの援護へ向かう』
清水から通信が入る。三救艦の重巡と水雷戦隊は、確実に深海棲艦を撃破していき、重巡一隻を残すのみとなっていた。
三救艦は、魚雷を残している。重巡の援護のもと、“木曾”以下水雷戦隊を突入させるつもりだろう。
“大和”の第八斉射が、ル級改に襲いかかる。前甲板で火の手が上がったようにも見えたが、すぐに水柱で隠れて見えなくなった。こればかりは、上空に展開する観測機からでなくては、窺い知ることはできない。
水柱が崩れるなり、ル級改が更なる斉射を放った。が、その炎は後部の三番砲塔のみで上がっていた。前甲板に据えられている一、二番砲塔は、まるで張子の虎ででもあるかのように、沈黙したままだ。
先の砲撃によるものであることは間違いない。二つの砲塔が同時に破壊されるとは考えにくいから、両砲塔の中間に命中して、旋回機構や射撃指揮所からの電路を、まとめて吹き飛ばしたのだろう。いずれにせよ、ル級改はその火力の三分の二を一時に失ってしまったわけだ。
立て続けに、今度は“金剛”の砲撃がル級改を捉える。立ち上る白い巨塔と、隙間から覗く火柱。それらが崩れた時、ル級改艦上の様子が露わとなった。
幸運―――ル級改にしてみれば不運極まりないが、やはりその類のものというのは、続くものなのだ。
後部第三砲塔から、黒い煙が上がっている。双眼鏡で覗けば、砲身が千切れ、あるいはあらぬ方向を向いているのがわかる。砲塔自体も、回転台からずれて、擱座していた。その火力が奪われてしまったことは、もはや明白だった。
「砲撃止め」
トドメを差すべく、更なる斉射に踏み切ろうとした大和を、榊原が引き止めた。大和は目を丸くして、尋ねる。
「砲撃止め、ですか?」
「そうだ。俺に、少し考えがある」
「・・・わかりました」
“大和”、“金剛”が砲撃を止める。それでも、ル級改が新たな砲撃を行うことはない。こちらが砲撃を止めたというのに、離脱を図ろうとすることもない。まるで榊原の意図を図るように、あるいは榊原の意図を汲んだかのように、速力と針路を保ったまま、航進していた。
一方、三救艦の戦闘はしばらく続いていた。最後に残ったリ級が業火に包まれて、行き足を止めたところで、ようやく砲撃が止まる。その三救艦も、榊原の指示で、更なる追撃は行わなかった。
『・・・どういうつもりですか、榊原中佐』
案の定、清水から指示の内容を尋ねる通信が入る。マイクを取った榊原は、その通信を“摩耶”への限定したものではなく、艦隊全体に共有したものにした。
「深海棲艦に、降伏を呼びかける」
艦隊に所属する誰もが、電撃を受けたように目を見開き、息を飲む様子が、榊原にははっきりとわかった。
『・・・降伏を呼びかけて、どうする。鹵獲するのか?』
「会談を行いたい」
『可能だと?』
「ル級改は、過去のどの深海棲艦とも違う。目的がいまだにはっきりしない。それは、ル級改が複雑な思考と、深海棲艦とは違う目的を持ち合わせているからだ。だから、俺たちはその目的を読み切れない」
マリアナ攻撃を主導していたのは、ル級改で間違いない。であるなら。
「直接聞くのが、手っ取り早い。意思疎通は可能なはずだ」
はっきりとは言わない。だがこれだけで、清水と角田には通じるはずだ。二人には、舞との会談内容を伝えてある。すなわち、深海棲艦にもまた、艦娘と同じような存在がいることを。
それ以上、清水は何も言ってこない。最後に、榊原は角田に確認を取る。
「よろしいですか、角田大佐」
“金剛”の艦橋にいる角田は、しばらく考え込むような間があった後、おもむろに口を開いた。
『・・・やってみよう』
角田も承認したことで、榊原は初めて、深海棲艦への降伏勧告を行うこととなった。
「大和。海軍の共通バンドと発光信号で、ル級改に降伏を呼びかけてくれ」
「はい」
榊原の指示に頷いた大和は、すぐに降伏の呼びかけを始めた。海軍の共通バンドで降伏を呼びかける文面が送られるとともに、信号用の探照灯に取り付いた妖精が、国際モールス信号でも勧告を行う。
―――さて、どう動くか。
ル級改の動きを、榊原は注視する。
なぜ、深海棲艦はマリアナを襲撃したのか。襲撃した割には、あまり積極的と言えないのはなぜなのか。榊原なりに立てている仮説は二つ。
一つは、時間を稼ぐこと。マリアナという重要拠点を襲撃すれば、日本海軍は対応せざるを得なくなる。そこに、少しでも被害を与えることができれば、トラック攻略戦の発動時期を遅らせることができる。
なぜ遅らせる必要があるのか。理由はいくらでも考えられるが、一番大きいのはトラックの防衛体制が整っていないことだろうか。
そして、もう一つは―――
「っ!ル級改より返信です!」
「読んでくれ」
「降伏条件について交渉したい。本艦への乗艦を求む」
―――そうきたか。
ある程度予想はできていたことだ。目的ははっきりしないが、ル級改は人類側との、直接の接触を望んでいる。そんな仮説が立ったのは、この戦闘中だ。
申し出に対する答えと覚悟は決まっていた。
「了解した」
「本当に、乗りこむおつもりですか!?」
大和が素っ頓狂な声で尋ねる。しかし榊原は、それがさも当然であるかのように、落ち着き払って頷いた。
『・・・罠だ。そう考えるのが妥当ではないですか』
絶句している大和の言葉を受け継ぐように、清水が会話に割り込む。その声には、抑えに抑えた憤りのようなものが感じられた。この艦隊と、榊原の身を案じてのことであろうか。
それでも、榊原の考えは変わらない。
「例え罠だとしても、得るものの方が大きいと判断している。それくらい、深海棲艦との接触は、重大な出来事だ」
清水は何も言わず、黙って話を聞いていた。榊原は話を続ける。
「軍隊っていうのは、よくできた組織だ。俺一人の代わりは、いくらでもいる。いつでも、最悪の事態は想定されているんだ。だから、より良い方向に物事を考えることもできる。俺の命を掛け金にするだけで、深海棲艦に関する新たな情報を得られるかもしれない。当たれば一獲千金、当たらなくても被害はほぼゼロだ」
『・・・無駄に筋が通っているのが、気に食わん』
それでも、清水は反対をしなかった。榊原の主張自体は認めてくれたらしい。
だが、一人。猛烈な勢いで、榊原に食ってかかった声があった。
『ふざけたこと言ってんじゃないわよ、クソ提督!!』
最早言うまでもない。声の主は、曙であった。
『クソ提督が死んでも、代わりはいる!?わかったようなこと言ってんじゃないわよ!!あんたがいなくなったら、あたしが困るのよ!!』
叫びに近いその声が、ズシリと榊原の心に圧しかかる。それを知ってか知らずか、盛大な鼻息と共に、曙が有無を言わせぬ口調で注文をつけてきた。
『どうしても行くって言うなら、あたしも一緒に行く。そもそも罠じゃないなら、あたしがついて行くことに異論はないわね?それに罠だった時も、あたしが一緒なら、生きて帰るために取れる手段が増える。交渉に護衛を伴っていくのも、問題ないはずでしょ』
『・・・僕も曙ちゃんの意見に賛成だね』
それまで議論に口を挟まなかった角田も口を開く。ここは、榊原の方が折れる他なかった。
―――見透かされてるか、やっぱり。
最も付き合いの長い彼女に、隠し通せる道理もなかった。彼女は、榊原の中にあった陳腐な犠牲心を、見抜いていたのだろう。
「わかった。曙には、交渉への同行を命じる」
『了解。今そっちに向かうから、乗り移って』
三救艦から、“曙”が離脱してくる。その間に、榊原は後の指揮を角田に預けた。“大和”以下の艦隊はこの位置でル級改を捕捉し続け、少しでも不審な動きがあれば、これを速やかに撃沈する手はずだ。
やがて、“曙”が“大和”に横づける。いつぞやの時のように、縄梯子で甲板から甲板に乗り移り、艦橋に上がった。
人類初、深海棲艦との降伏条件交渉へ向けて、“曙”は舵を切った。
うごご・・・文字数を切り詰めようとしたら、かなり無理のある文章に・・・
ル級改の目的とは