そういえば、これまで真面目に機動部隊戦を書いたことないんですよね・・・
トラック沖では、バリバリやるつもりです
榊原たちが、ル級改との戦闘に突入するよりも少しばかり前―――
マリアナ北西の海域を驀進する、巨大な艦体があった。鋭い艦首では、高速発揮に伴って大きな飛沫が迸り、割れた海面が白い帯となって後方へ流れていく。巻き上げられた水滴が、飛行甲板を濡らすのではないかと思えるほどだ。
塚原大佐隷下の横須賀機動部隊。その旗艦を務める空母“赤城”の飛行甲板は、多くの妖精たちが入り乱れ、まるで蜂の巣をつついたような状態となっていた。
『塚原大佐。攻撃隊、いつでも出せます』
機動部隊を構成する各艦の準備が整ったことを、発艦指揮所の赤城が報せる。それに頷いた塚原は、チラリと艦橋右手に見える飛行甲板を窺った。
『IF作戦』終了後、“赤城”は中規模の改装を受け、艦体各所の装備を更新している。
主なものは、僚艦の“加賀”で試験運用がなされた、カタパルトの設置だ。埋め込み式のそれを、“赤城”は二つ、備えている。
また、着艦装置の更新も行われた。“天山”の運用に当たって、強度が問題となった着艦制動索をより強固なものに変更。艦の前後で張り出した飛行甲板を支える支柱も、数が増やされている。これにより、新型艦攻として開発と配備が急がれている“流星”の運用にも、支障はないとされていた。
さらに、搭載数を増やすため、露天駐機用のスペースと装備も用意されている。駐機数は八機程度と見積もられていた。
航空機運用以外では、対空火力の強化がなされていた。高角砲は、より発射速度に優れた長一〇サンチ砲へ。機銃も多数が増設されている。
加えて、本格的な艦隊運用設備が設けられていた。通信機器も強化がなされ、名実ともに機動部隊の旗艦に相応しい艦となっている。
各装備の習熟を終え、これが初の実戦だ。
「攻撃隊、発艦始め」
塚原が静かに命じると、赤城が引き絞った弓を解放し、カタパルトから最初の一機が飛び出した。
濃緑に塗られた機体だが、零戦とは形状が異なる。零戦がスマートな隼なら、こちらはまさに鷲。大空の主に相応しい、太くたくましい機体だ。
新型艦上戦闘機、名を“烈風”。日本海軍が次期主力戦闘機と位置付ける機体は、「ハ四三」発動機の猛々しい唸りを響かせて、大直径の四翔プロペラが産み出す後流を確かに翼で捉え、一気に上空へと舞い上がっていった。
ようやく部隊と呼べる数が揃ってきた“烈風”は、現在“赤城”に八機が搭載されている。その発艦は、二基のカタパルトによって、ものの二分で終了していた。
“烈風”に続いて発艦するのは、既存の零戦だ。カタパルト発艦を考慮した改造を受けており、軽い機体でも危なげなく飛び立っていく。
“赤城”において、戦闘機の後に続くのは、攻撃機の“天山”だ。最高速度が五百キロ毎時近くにもなる高速の攻撃機は、「火星」発動機を唸らせて、油圧式のカタパルトから射出されていった。魚雷を抱えた機体は、一旦沈み込んで甲板の縁に消える。すわ、墜落したかと錯覚しそうになるが、すぐに翼が揚力を生じて、大空へと浮かび上がっていった。
「二人とも、順調なようですね」
“赤城”の発艦作業を見守っていた塚原に、艦橋に戻ってきた赤城が話しかける。彼女が気にかけていたのは、後続する二隻の僚艦だ。
普段、“赤城”が僚艦としているのは、同じ横須賀所属の“加賀”だ。しかし、その“加賀”は、現在トラック攻略戦に備えて、艦体の整備を受けるために入渠しており、出撃はできなかった。
代わりに、“赤城”の僚艦を務めることとなったのは、やはり今回が初実戦の二隻の空母。
一隻は、“赤城”に勝るとも劣らない巨艦だ。しかしその艦容は、元巡洋戦艦であるがゆえに、諸設備を上に上にと盛っている“赤城”とは根本的に違う。最初から航空母艦であることを運命付けられ、そのために洗練されている姿は、どこかのっぺりとした印象を受けた。真っ平な甲板の右舷側に、煙突と一体化した大きな艦橋が設けられていた。
航空母艦“大鳳”。“翔鶴”型の改良形とも言われている。特筆すべきは、二基ある昇降機の間を、五百キロ爆弾の直撃にも耐えられる装甲で覆ったことだ。装甲設置による重心の上昇を防ぐため、格納庫は一段のみ、搭載数六十機前後となっている。これに、露天駐機と、重心の低下措置によって可能となった「天井から機体を吊る」という格納方法で、予備機抜きで八十機近い搭載数を確保できる。
もう一隻は、“大鳳”よりも一回りほど小さい。艦容に先鋭さは感じられないが、堅実ゆえの安心感はある。どこか、佐世保の“蒼龍”や“飛龍”に似た艦影だ。
航空母艦“天城”。“雲龍”型航空母艦二番艦の彼女は、“赤城”の姉の名を受け継いでいる。赤城は何かと彼女のことを気にかけ、天城もまた、そんな赤城のことを慕っている。搭載数こそ控えめだが、本人が赤城から多くを吸収したこともあって、航空隊の錬成は随分と進んでいた。
“大鳳”も“天城”も、“赤城”同様にカタパルトの設置を行っている。その発艦作業は早い。結局、総数百機を超える第一次攻撃隊の発艦に、全艦合わせて十数分しかかかっていなかった。内訳は、“烈風”八機、零戦三十六機、“彗星”三十機、“天山”三十六機。“天山”は“赤城”と“大鳳”から、“彗星”は“大鳳”と“天城”から出されていた。
発艦した攻撃隊は、編隊を組みつつ、進撃を開始する。その姿を、塚原は双眼鏡で追った。
「・・・よろしかったのですか?」
そんな塚原の真意を窺うように、赤城が尋ねる。
第一次攻撃隊に対して、塚原は敵機動部隊への攻撃を命じていた。今まさに角田たちが迎撃している水上部隊ではなく、機動部隊の撃滅を優先したのだ。
「状況が錯綜しているからこそ、セオリー通りにやることが大切な時もある。確かに、敵機動部隊の戦力は、大きく削がれている可能性が高い。しかしそれは、あくまで可能性が高いだけだ。現に、機動部隊はマリアナ近海から離れることなく、留まっている。そこに機動部隊がいる以上、当該海域の制空権を確保するために、その撃滅を優先することが定石だ」
「定石、ですか」
塚原の言葉を、意味ありげに反芻する赤城。さも可笑しそうに目を細める彼女に、塚原は不機嫌そうな溜め息を吐いた。
「その定石を破って、攻撃半径ギリギリから攻撃隊を放った人が、よく言いますね」
本来、塚原たち横須賀機動部隊の現在位置から、敵機動部隊に向けて攻撃隊を放つのはナンセンスだ。攻撃半径というのは、艦載機が往復できる半径のことであるが、攻撃を実施することを考慮に入れていない。攻撃半径ギリギリから攻撃隊を放つ「アウトレンジ戦法」が、現実に沿ったものと言えないことは、太平洋戦争におけるマリアナ沖海戦で証明されているのだ。
くしくも、同じ海域で同じ戦法を取った塚原。
「これから追いかけるんだ。文句はないだろう」
塚原の考えは、発艦した攻撃隊を、機動部隊の方が全速力で追いかけるというものであった。敵機動部隊の方へ全速力で突っ込んでいくため、こちらが攻撃を受ける可能性は高まるが、攻撃隊の飛行距離を縮めることができる。攻撃半径ギリギリからの攻撃は、往復距離の長さによる搭乗員の疲労が問題であったが、この方法ならば実質的な飛行距離は通常距離での攻撃と変わりない。帰りを考えなくていい分、搭乗員も攻撃に集中できるというものだ。同じ戦法は、南太平洋沖海戦において、“隼鷹”が実施、成功させている。
攻撃隊が敵艦隊に辿り着くまで、二時間弱。その間に、“赤城”たちは三〇ノットで驀進、さらにマリアナ諸島への接近を図る。攻撃隊の回収地点は、敵機動部隊との距離百海里を切る可能性まである。
「艦隊速力三〇ノット、針路一一五。第二次攻撃隊の準備を急がせろ」
「わかりました。面舵一〇、針路一一五」
塚原の指示に、赤城が応える。同時に、機動部隊を構成する各艦にも、同様の指示が送られた。“赤城”以下三隻の空母は艦体が大きく、すぐには艦首を振らない。二十秒ほどの間があった後、横須賀機動部隊は輪形陣を保ったまま舵を切った。
たった今飛び立っていった攻撃隊を追いかけるようにして、横須賀機動部隊は三〇ノットの高速力で進撃を開始する。“赤城”艦首では、それまでにも増して巨大な波が起こり、辺りに白い霧となって飛沫が漂う。三隻の巨艦が波頭を砕きながら進む姿は、勇壮の一言に尽きた。
飛行甲板では、第二次攻撃隊の準備が、急ピッチで進められている。格納庫の機体が、警告音と共に昇降機で飛行甲板へと上げられ、折りたたまれた翼の端が広げられると、チョークで止められて暖機運転が始まっていた。それら一連の作業が、各所で繰り広げられる。
―――・・・ようやく。
ようやく、ここまでたどり着いた。やっと、敵艦隊を叩くことができる位置までたどり着いたのだ。
頼むから、もう無茶はしてくれるな。今も敵水上部隊を迎撃しようとしている、同期の馬鹿に、届かない願いをかける。あの馬鹿は、こっちが見張っていなければ、その体力が尽きるまで猛進し続けるのだ。
こっちの気も知らないで。沸々と込み上げる感情が、自分の勝手な心配であることは百も承知だ。それでも、言わずにはいられない。
―――終わったら、説教してやる。
そんな呟きを心の中に仕舞い込み、塚原は顔をしかめる。怪我をしているのに、前線で指揮を執り続ける馬鹿がどこの世界にいる。
とにかく、全てはこの戦いが終わってからだ。
第二次攻撃隊が準備を終えるまでに、それから一時間弱がかかった。甲板に並んだ攻撃隊が、カタパルトによって次々に発艦していく。
その発艦作業が終わる頃、件の女性提督から、ル級改との砲撃戦に突入した旨の報告があった。実質的な指揮は、パラオから駆け付けた“大和”座上の榊原中佐に任せるとのことだ。そちらは十分に食い止めてくれると、塚原は判断していた。
それから数十分。第一次攻撃隊から、『突撃隊形作レ』の電文が、“赤城”宛てに届けられた。
さて、いよいよ次回から、ル級改の目的が明らかになる・・・と思います
榊原たちは、初めて深海棲艦と、直に接することになります