パラオの曙   作:瑞穂国

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少し遅くなりました

というのも、午前中に艦これ劇場版を見に行っていたもので

こちらも、一つの終わりに向けて、全力で頑張ってまいります


知覚ヲ求メル者

榊原、曙、サノ。人間と、艦娘と、深海棲艦。三人の会談は、一時間ほどで終了した。

 

理由は単純だ。丁度その時、塚原麾下の横須賀機動部隊から放たれた攻撃隊が、マリアナ沖に展開していた深海棲艦機動部隊を撃滅したのだ。

 

「さて、この辺が潮時だろう」

 

報告を受けたサノは、少しばかり名残惜しそうに、そう言った。

 

榊原も心得ている。

 

「本題に移りましょう。貴女の、降伏条件について」

 

潮時、とはそういうことだ。サノを―――ル級改をどうするか、決めなくてはならない。

 

「・・・降伏するとして、私はどうなる?」

 

「航行は可能ですから、我々の監視のもと、一旦サイパンに碇泊してもらいます。その後については、海軍上層部の判断を仰いでみないことには、断言できません。ただ、そのまま当地に留まる可能性が、高いかと思います」

 

「なるほど、本土には連れていきたくない、か。妥当な判断だな」

 

「鹵獲した」ならまだしも、「降伏した」深海棲艦を、本土の人たちに見せるわけにはいかない。それはすなわち、正体不明の敵が、実は意思の疎通が可能であることを示すことになるからだ。

 

人類の対深海棲艦戦略太平洋戦線を形成する日本としては、深海棲艦の正体が判明するのは何かと都合が悪いのだ。否、正確には、民衆がそのことを知るのが、都合が悪いのだ。

 

現状、太平洋において深海棲艦と戦えるのは、日本とアメリカの海軍だけ。それも、お互いある程度の無理をして、だ。残念ながら、しばらくは無理をしなければならない。太平洋戦線は、二つの海軍だけで支えているのだから。

 

日本はまだ、太平洋で戦い続けなければならない。そのためには、降伏したサノをマリアナに留めておくのが、最も穏便な方法なのだ。

 

「それが、そちらの最低条件、ということか」

 

「というよりも、それ以上に提示するべき条件は、今のところありません。マリアナに留まってくれさえすれば、貴女の身の安全と自由は保障できると思います」

 

「そうか・・・」

 

噛み締めるように呟いたサノは、腕を組み、椅子の背もたれに体重を預けて空を仰ぐ。太陽はもう間もなく天頂に上ろうとしており、降り注ぐ光線がサノの表情をますます白くする。やがて彼女は、残念そうに眉尻を下げて、返答を寄越した。

 

「やはり・・・吞むことはできないな」

 

そういう判断になってしまうのだ。

 

「それは、そうですよね」

 

「すまないな、要望に沿えそうになくて」

 

真面目な顔で、サノは目礼する。

 

考えなくともわかることだ。

 

なぜ、多くの軍艦は味方によって雷撃処分をされるのか。

 

「渡すわけにはいきませんか。貴女方の技術を」

 

「ああ・・・お前たちはそう考えるのか。まあ、そうだな、それも理由の一つだ」

 

サノが目を細める。その奥に宿る色は、どこか悲しげに見えた。

 

「もっと大きな理由がある。曙には、わかってもらえるかもしれないがな」

 

チラリとサノから向けられた視線に、曙は沈黙をもって答える。真っ直ぐなその瞳が、言葉以上にものを語っている。サノの口の端が、ほんの少し緩んだ。

 

「私たちは艦。私にとって、艦は全てだ。降伏したとしても、その艦を誰かの好きにされるのは、我慢ならない。だからそもそもとして、私は降伏を受け入れるわけにはいかない」

 

―――タテマエ、か。

 

もとはと言えば、この「タテマエ」を作ったのは榊原自身だ。降伏の条件に関する交渉という「タテマエ」。サノはその「タテマエ」に乗っかってくれたに過ぎない。

 

「タテマエ」は「タテマエ」だ。人間と艦娘、そして深海棲艦が出会うための、「タテマエ」。それを誰もが理解していた。「タテマエ」があまりに脆く、崩れやすいことも。

 

「・・・わがままを言いていることは、理解しているつもりだ」

 

「いえ、もとはと言えば、こちらがわがままを言ったのです」

 

榊原は頬を緩めた。自然に緩んでしまった。

 

今、この場の三人は、確かに「タテマエ」を共有していた。

 

「降伏が受け入れられないとすれば、我々としては貴女を撃沈するほかありません」

 

「もとより、そのつもりだ。すでに存分に戦った。この世界に、思い入れと呼べるものもない」

 

そう言ったサノの言葉には、微塵のブレもなかった。

 

「・・・最後に、一つだけ。撃沈を望んだのに、自分たちと会談を持ったのは、なぜですか?なぜ、会ってくださったのですか?」

 

「答えは明快、人類と同じだ。例え死ぬとわかっていても、私は知識を追い求める。新たな刺激を求める。それは、正しい姿ではないか?」

 

サノがこちらの目を覗き込んでくる。深い蒼の瞳、輝く金色の瞳。そこに、榊原と曙が映り込んでいる。

 

「人は本を読む。テレビを見る。誰かと意見を交換する。そんな知覚の営みを、死ぬまで続けていく。その生が短かろうと長かろうとだ。私の場合、たまたま知覚を得る相手との接触が、死の間際だっただけ、とも言える」

 

その声音を、何と表現していいのか、榊原は適当な言葉を知らなかった。いや、言葉で表せるようなものなのか、わからなかった。

 

代わりに、曙が口を開く。

 

「深海棲艦も、ブルーアイアンでできてるでしょ。強制活性化を使えば、生き残れるはずでしょ」

 

「私たちがそれを使えないことは、知っているだろう?艦娘と深海棲艦の違いはそこだ。私たちは、艦娘ほどの個性を持たない。意識を持つ個体もごくわずか。その必要がなかったからだ。いや、できなかったというべきかな?なぜなら、私たちの精神同調は、平坦で起伏に乏しいからだ。艦娘のように、感情や自らの精神的負担を増すことで、ブルーアイアンの活動を促せるようには、そもそもなっていなかった」

 

「・・・あんたたちは、個性を捨てる代わりに、何を得たっていうの?」

 

「さあて、ね。少なくとも、私自身が、身をもって感じられるようなものではなかった」

 

サノはかぶりを振った。

 

「私は、それを探していたのかもしれない。個を捨てた深海棲艦において、なぜ私は個を得たのか」

 

―――探しているものは、誰も同じか。

 

それは、人類が長い歴史の中で探し続けてきたもの。吹雪が気づき、一部の艦娘たちが探し始めているもの。

 

生きとし生けるもの、誰もが探す運命にあるのだろうか。自分が、この世界において「たった一つ」であることに気づいてしまった時から。

 

「最後に、一つだけいいだろうか?」

 

サノの確認に、二人が頷く。

 

「彼女に、よろしく伝えておいてくれ」

 

視線が向いた先、こちらに砲口を向けたまま海上に鎮座しているのは、“大和”だ。

 

「彼女の一発は効いたよ、なかなかね」

 

 

 

魚雷を撃ち尽くしていた“曙”に代わって、“霞”がル級改の雷撃処分を担当した。発射された四本の酸素魚雷が、ル級改の左舷に吸い込まれる。次の瞬間、摩天楼を思わせる巨大な水柱が連続して立ち上り、ル級の姿を覆い隠す。

 

巻き上げられた海水が、バラバラと崩れる。霧がかった景色の向こう、甲板に立つ人影が見えた。黒髪が風になびくのは、ル級改に残ったサノだ。

 

その姿を、榊原は真っ直ぐに見つめる。サノもまた、“曙”を見つめている。距離はあっても、不思議な引力のようなものが、両者の間にあった。

 

やがて、ル級改が傾き始める。被雷した左舷に向けて、ゆっくりと傾斜を増していく艦体。ある角度を過ぎた辺りから、その傾き方は急激に増していった。その頃には、サノの姿はもう、甲板上にはなかった。

 

泡立つ海面が、ル級改の甲板とキスをする。大量の海水に抱き込まれた巨大戦艦の艦体は、いとも簡単に波間へと没していった。

 

艦首からズブズブと沈み込み、次第に艦尾が持ち上がっていく。

 

前甲板が消えた。

 

第一砲塔が消えた。

 

第二砲塔が消えた。

 

艦橋が、煙突が、マストが、次々に波の蒼と混ざり合い、その中へ引き込まれていく。

 

「・・・ル級改、まもなく完全に沈没」

 

曙が低い声で報告する。

 

艦尾が大きく持ち上がり始めた。高角砲群が没するのと入れ替わりに、海水に浸かっていた舵やスクリューが露わとなる。

 

天を突くように屹立した艦尾。それもやがて、沈んでいく。巨大な渦を起こし、海面をかき混ぜながら。

 

サノと共に、沈んでいく。

 

最後の黒光りが、榊原の目を射る。鈍色の輝きは波間を走り抜け、辺りのものに最後を報せる。次の瞬間、そのきらめきすらも、深い蒼の底に溶け込んでいった。

 

―――これで、終わりだ。

 

ようやく、マリアナ沖に静けさが戻った。その時だった。

 

『ドロップを確認』

 

通信は、沈みゆくル級改に巻き込まれないようにと、退避させていた“霞”からだった。

 

「位置は?」

 

『たった今、ル級改が沈んでいった地点』

 

「っ!!」

 

―――「艦娘と深海棲艦、違いは思ったよりも少ないのかもしれない」

 

サノの言葉が、脳髄を駆け抜ける。

 

―――「艦娘は、かつての軍艦の記憶をもって生まれる。深海棲艦も同じだ。はっきりとしたものではなく、断片的な記憶でしかないがな。多くの無念と怨嗟、のどの渇きに似た衝動。それが、我々を駆り立てる」

 

艦を降りる榊原と曙を見送りに来た彼女は、そう言いながら“大和”を見つめていた。

 

―――「朧気だが、彼女の記憶もある。本分を尽くせなかった無念を、知っていた」

 

今、彼女は幸せか?幸せになれるか?

 

問いかける薄い瞳が印象的だった。

 

「・・・本当に、何なのかしらね、私たちの違いは」

 

曙が、宙空に向けてポツリと呟く。答えは誰も持ち合わせていない。

 

二つは同じなのか?同じところから始まったのか?

 

―――知るためには、まず彼女たちを知らなければならない。

 

榊原はチラリと曙を窺う。輝くその瞳は、今まさに邂逅へと向かっていく“霞”の姿を追っていた。もしかしたら、その先にもっと別のものを捉えているのかもしれないが。

 

顕現が始まる。辺り一面、金色と乳白色が混ざり合ったような光に包まれ、ありとあらゆる視界が奪われる。生命の息吹を宿した光の脈動が、“霞”の方へ―――先ほどル級改が沈んでいった海域へと収束していく。

 

光が収まった時、水蒸気に覆われた景色の中で、新たなる鈍色が動きだす。生命が産声を上げ、自らの意志をもってブルーアイアンを動かす。流麗なその艦影が現れるのを、誰もが眩しげに目を細め、見守っていた。

 

羅針艦橋のスピーカーから、声が流れる。

 

『駆逐艦“磯風”だ』

 

新たな艦娘。新たな仲間。

 

なぜ、深海棲艦を撃滅した海域で、艦娘がドロップするのか?

 

それは繋がりか。記憶の浄化か。はたまた、何者かの意志なのか。

 

榊原はマイクを取る。

 

「榊原広人中佐だ。君と出会えたことを、心より嬉しく思う」

 

ようこそ、この世界へ。




イベントも無事終えた作者です

サラトガちゃん可愛い。朝風も可愛い

劇場版の感想(も兼ねた短編になるかな?)みたいのは、もう少し、落ち着きました頃に
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