ここからは、しばらく第二次トラック攻略戦の準備を進めていくことになるかと
パラオに、新しい仲間がやってくるようです
日本の暦では、いよいよ秋が始まろうとしていた。とはいえ、季節による気候変化の希薄なパラオでは、穏やかな昼の陽気に変わりはない。今日も今日とて、暖かな南国の太陽が、庁舎の廊下を照らしていた。
昼食時の時間帯、工廠を後にした榊原と曙は、食堂へと足を向けていた。そろそろ、昼食の準備ができている頃だ。
隣同士で歩いていても、何か特別、雑談をすることもない。何となくだが、こうして歩いているときも、お互いに仕事モードが入ってしまうのだ。
今日の話題は、順調に改装作業を進めている、“摩耶”についてだった。
「順調で何よりね。この分なら、あと数日で完了して、出渠できるって。慣熟訓練も含めると、『NT作戦』には、何とか間に合いそうだし」
『NT作戦』は、第二次トラック攻略作戦につけられた呼称だ。その概要についても、間もなくパラオに届けられるはずである。
「ああ。色々とあったみたいだが・・・摩耶も清水も、壁は乗り越えることが、できたみたいだな」
「・・・乗り越えた、っていうより、まだその途中じゃない?」
曙の細い目が、前を見据えたまま物を語る。彼女の意見が意味するところを理解して、榊原は頷いた。
「そうかもしれないな」
二人が本当に乗り越えられたのかどうか、それがわかるのは、もう少し先になりそうだ。少なくとも、“摩耶”が改装を終えて、出渠するまでは。
「難しい顔してんじゃないわよ、クソ提督」
曙に言われて、自らが眉間に力を入れていることに気づいた。
―――この期に及んで、何を心配してるんだ、俺は。
あの二人は、もう大丈夫だ。必ず、自分たちで答えを見つけることができる。榊原が心配しても、詮無いことである。
「難しい顔は元々だよ」
「ダウト」
誤魔化しに使った言葉は、呆気なく曙に否定される。そのあまりの早さに、榊原は苦笑するしかなかった。
「クソ提督が難しい顔してるのは、大体くだらない事考えてるときでしょ」
「・・・ひどい言われようだ。どうしてそう言い切れる?」
「どんだけクソ提督と一緒にいると思ってんのよ。普段のクソ提督は、」
そこでなぜか、曙は言葉を詰まらせた。榊原は首を傾げる。覗き込んだ彼女の顔は、明るい陽の光のせいか、わずかに朱が差していた。
何とも言えない表情をしていた曙は、観念したようにそっぽを向き、半ば投げやりに言った。
「け、結構いい表情してるからっ」
何とも可愛いことを言う秘書艦である。その言葉と表情に、どうしようもなく微笑みが漏れてしまった。
曙が嚙みつく。
「な、何笑ってんのよ!」
「いや、すまん。・・・ありがとう」
「何のありがとうよ、ったく」
拗ねてしまったのか、曙は急に歩調を早め、榊原を追い抜く。
スラリと伸びた背。小気味いリズムを刻む足音。それに合わせて揺れる群青の髪。カラコロと鳴るのは、髪飾りについた金の鈴だ。
榊原よりも小さく、それでも頼もしい背中。
「置いてくわよ、クソ提督!」
振り返りざまに放たれた曙の言葉に苦笑して、榊原も歩調を早めた。自らが最も信頼する艦娘の隣に、並ぶため。
「呉から、新しい艦娘が来ることになった。重巡洋艦だそうだ」
昼食の席上、泊地特製ラーメンをすするパラオ泊地の面々を前に、榊原は今朝届けられた連絡事項を告げた。魚介ベースのラーメンをおいしそうに食べていた艦娘たちは、その手を止めることなく、話を聞いている。
「新しい艦娘?」
全員を代表して、摩耶が尋ねる。大規模改装に伴って、その制服にも変更が加えられていた。どこか、姉二人を思わせるデザインだ。が、布面積が以前よりも小さいため、しばらくは目のやり場に困りそうである。
「そうだ。『NT作戦』において、俺たちはトラック環礁突入部隊に参加することが決まっている。その際の切り込み隊長として、重巡洋艦の派遣なんだろう」
「なるほどね」
『NT作戦』の環礁突入部隊は、戦艦を主力とした火力部隊と、その護衛部隊から成る。このうち、大和と祥鳳を除いたパラオ泊地所属全艦が、護衛部隊に所属することになっていた(大和は火力部隊、祥鳳はその上空直掩)。
しかしながら、駆逐艦を主力とする現在のパラオ泊地艦隊の編成では、火力不足は否めない。まともな砲戦火力を有するのは、摩耶のみである。
その火力を補うための、重巡洋艦編入であると、榊原は判断していた。
「誰が来るかは決まってるのか?」
「まだ協議中らしい。ただ、二週間後ぐらいには、こっちに来るそうだ」
「そういうことなら、もう今頃、決まってるだろうな」
レンゲでスープを飲みながら、清水が言う。諸々の手続きを含めると、確かに時期的には今頃だろう。
「呉か・・・どんな人がいるんだ?」
チャーシューを頬張る磯風は、姉であり、呉出身でもある陽炎の方を見た。縮れ麵を咀嚼していた陽炎は、宙空を見るようにして考える。
その目が怪しく光った意味を、榊原はまだ知らない。
「えーっと、色んな人がいるわよ。古鷹さん。加古さん。利根さん。筑摩さん。最上さん・・・は、軽巡か。それから、」
そこで一瞬の間を取った陽炎は、ニヨニヨと変な笑顔のまま、黙々とラーメンをすすっていた霞の方を見る。同じく呉出身の祥鳳も、その視線の意味を察したらしく、可笑しそうに口元を緩めていた。
そんな二人の視線を受けてか、霞が実に微妙な表情になる。
「後は・・・足柄さんとか、ね」
霞の咀嚼が、一瞬止まる。そこから、なんとなく何かを察した榊原であった。
が、しかし。そんなことはお構いなしなのが、この艦隊の駆逐艦娘であった。
「陽炎としては、どの人がいいと思っているのだ?」
ラーメンを食べ終え、律儀に手を合わせた磯風は、単純な興味で陽炎に尋ねる。その純粋な問いかけに、何とも悪い笑みを浮かべる、からかい好きな姉であった。
元呉鎮守府駆逐艦筆頭を、ここぞとばかりにいじる気満々なのであろう。
「さあ、あんまり重巡の人とは関わりなかったからなあ。あー、でも、足柄さんのことなら、霞が詳しいわよ。ねー、霞?」
霞の細い目から、「後でおぼえてろ」という無言の圧力を感じて、榊原はこの件にこれ以上首を突っ込まないことを決意した。
「そうなのか、霞?」
「・・・まあ、関りがないことも、ないわね。ただ」
箸を置いた霞は、左眉をピクリと跳ね上げて、答える。
「アイツでないことを祈るわ」
なぜか深刻な表情で放たれたその言葉は、残念ながら他の駆逐艦娘―――特にパラオ泊地しか知らない三人には、納得してもらえなかったようだ。
「えー、つまりどーゆーことぴょん?」
「なんかこう、具体的な話はないのか?」
「あーもうっ!うざい!知らない!」
そっぽを向いて口をつぐむ霞。余計なことは言わない。そんな意志が感じられた。
が、そんな彼女の意向などお構いなしに、余計なことをしゃべり始める陽炎。
「そんなこと言って。すっごく仲良かったのよ、足柄さんと霞」
「ど、どこがよっ!」
噛みつく霞の顔は真っ赤だ。
「お正月には、餅つきをしたり~」
「こたつでのんびりしようとしてたら、無理矢理引きずり出されて付き合わされたんだけど?」
「豆まき大会とか~」
「鬼役の足柄に反撃されたんだけど?」
よくもまあ、スラスラと出てくるものである。
その後も、呉であったあれこれを、陽炎が披露していく。それに答える霞は、相変わらず微妙な表情をしていた。しかし、声音はどこか楽し気で、柔らかい響きを含んでいた。
「話を聞くに、色々トンデモなお姉さんだな、足柄さん」
「トンデモどころじゃないわよ。ったく、他人を巻き込まないでほしいわ」
「うーちゃん、その人がいいぴょん。なんだか気が合いそうだぴょん」
「やめて。これ以上あたしの胃を痛くしないで」
ワイワイと好き勝手言い始める駆逐艦娘に、大和や祥鳳たちも苦笑を浮かべている。すでに全員のどんぶりが空になっており、食堂はお昼休みモードだ。話題はどうであれ、会話が弾むのはいいことである。
なお、この後行われた午後の演習では、普段以上に熱の入った霞の指導により、曙と満潮以外の駆逐艦娘がへとへとになってお風呂で溺れかけるのだが、それはまた別の話だ。
◇
暦と違って、まだまだ秋とは言い難い、呉の昼下がり。鎮守府の廊下を、陽気な鼻歌交じりに歩いていく人影があった。
きっちりとタイトな制服。ネクタイの代わりにしているスカーフの柄は、無事の航海を祈るUW旗に、今日はなっていた。カチューシャで抑えている長い黒髪は、わずかにウェーブがかかっている。何より、スラリと自信に満ちた立ち姿が印象的だ。
目的の部屋に辿り着いた彼女は、いかにも重厚な、いかつい木製の扉を叩く。小気味いいノックの後、中から返事があった。
「失礼するわね」
一言断ってから扉を開き、中に入る。室内では、一人の男性が、彼女を待っていた。
飯田恒久中将。よく、提督〇期生だの、提督三銃士だのと並び称される、最初期からの提督の一人だ。ここ呉鎮守府の、執務室長でもある。
「来たか」
「急な呼び出しだから、びっくりしちゃった。何か私に頼み事?」
彼女の問いに頷くと、飯田は一枚の紙を差し出した。最初に辞令と書かれていることから、大体内容は察することができた。
「転属の命令だ」
「ふーん。行先は?」
「パラオだ」
ピクリ。彼女の中で、何かが反応した。そう、パラオといえば―――
「いいところらしいぞ。青い空。透明度の高い海。白砂のビーチ」
『IF作戦』に参加した艦娘たちから、話は聞いている。あの加賀までもが「いいバカンスでした。また楽しみたいものです」と言っていたのだ。
しかも、それに加えて。
「若い提督二人に―――霞ちゃんまでついてくるぞ」
「素晴らしいわね」
この時点で、彼女はパラオ行きを何の不満もなく承諾していた。
「もちろん、君なら、パラオで求められている役目を、十分に果たせると判断している。ゆえに、君を派遣することにした」
「そう。まあ、理由はどうでもいいわ。どこであろうと、私は私の役目を果たすだけ。・・・私の役目は、この海と仲間を守るために、戦うことでしょ?」
「そういうことだ」
彼女の言葉に、飯田は満足げな笑みを浮かべた。それから真剣な表情で、最後の確認をする。
「では、行ってくれるな―――足柄」
彼女―――足柄は、不敵な笑みと共に、はっきりと答えた。
「喜んで」
何とは言いませんが、「日産、トヨタ」の略です
霞ちゃんの胃が痛くなる・・・