パラオの曙   作:瑞穂国

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どうもです

摩耶様もようやく改装に入って、物語の終わりに向けて進み始めました

新たな頭痛の種・・・もとい、仲間が加わります


飢エタ狼

この日のパラオ泊地は、いつにない忙しさで満ちていた。特に港湾部は、輪をかけて忙しい。なぜか。

 

この日は、定期の輸送船団が入港する日であった。それに加えて、改装作業の完了した“摩耶”のドックからの引き出し作業があった。港湾部のタグボートやら、水先案内人を乗せたパイロット船やらが、朝からパラオ泊地内を行ったり来たりしている。

 

港湾内の整理が一段落したことで、いよいよ“摩耶”の引き出し作業が行われようとしていた。気づけば時刻は十五時を回っており、太陽が西に傾き始めている。日没にはまだ時間があるが、時間が経つ早さを実感する。

 

「いよいよね」

 

執務を終え、手空きとなった榊原は、他の艦娘たちと共に埠頭で第二浮きドックを見つめている。いつものごとくその隣に立った曙が、含みを持たせた言い方で呟いた。

 

大規模改装は、新たな始まりでもある。BOBそのものを扱う慣熟訓練も再度必要になるし、場合によっては使用する戦術そのものが大きく変わってくる。

 

さらに、摩耶の場合は、もう一つ。

 

その鍵を握る清水は、やはり静かに、第二浮きドックの様子を見守っていた。おそらくは、そこに収まった“摩耶”の艦橋に立つ、一人の少女のことを。

 

「たく、遅いんだっての」

 

そんなことを言った木曾は、その片目を細めて、笑っている。大規模改装の計画時期は同じだったが、結果的に摩耶は、木曾よりも大きく遅れることとなった。

 

「注水が始まったみたいね」

 

よく通る声が聞こえた。聞き覚えのない声だ。それもそのはず、声の主は、本日付でパラオ泊地の所属になったばかりであった。

 

重巡洋艦娘、足柄。凛とした立ち姿が印象的な女性だ。船団を護衛してきた彼女は、泊地沖に艦体を錨泊させて、午前のうちに着任の挨拶をしたばかりであった。

 

呉でも古参の部類に入るらしい足柄は、同じく呉出身の陽炎や祥鳳とも顔見知りらしく、懐かし気に言葉を交わしていた。元々社交的な性格のようで、他の泊地所属艦娘たちともすぐに打ち解けていた。その際、冗談交じりに榊原と腕を組んだ足柄と、祥鳳、大和の間に、空中放電現象が起きたことはいうまでもない。

 

ともあれ、榊原の足柄に対する第一印象は、気さくなムードメーカーといったところだった。そんな、理想の幼馴染のようだった足柄が豹変したのは、霞に出会った時である。

 

―――「霞ちゃーん!」

 

―――「げえっ!?」

 

霞を見るや否や、まるで獲物を見つけた猛獣か何かのように飛びかかったのだ。が、さすがは霞、華麗な身のこなしで第一撃を回避し、その場から逃走。そこから、霞の逃走劇が幕を開ける。

 

が、所詮は駆逐艦、航続距離で重巡に敵うはずもなく、三十二分と四十秒で捕獲されたのだった。

 

―――「会いたかったわよ霞ちゃーん」

 

―――「や、め、ろーっ!!」

 

必死の形相で足柄の魔手から逃れようとする霞。そんな霞を、息を荒くしながら抱きかかえ、頬ずりを始める足柄。

 

着任初日にして、「ロリコン」の烙印を押されてしまった足柄なのであった。

 

そんな足柄も、今は静かにドックの様子を窺っている。が、その腕の中には、死んだ魚のような眼をした霞が、すっぽりと収まっているのであった。

 

某所では、「三大ツン駆逐艦娘」の一人にも数えられるほど、普段から威勢のいい霞が、借りてきた猫―――否、まな板の上の鯉のように大人しくなっている。

 

―――あのままでいいのか・・・?

 

自分はいらぬ心配をしているのだろうか。パラオ水雷戦隊を率いる木曾や、秘書艦である曙は、別段止める様子はない。木曾に至っては、楽しんでいる向きさえある。

 

とりあえず、今は放っておくことにした。

 

榊原たちが見守る中、浮きドックがゆっくりと沈降していく。もう間もなく、船台が海面に到達しようとしていた。浮きドックの周りには、引き出し役のタグボートが控えている。双眼鏡を覗くと、“摩耶”の艦首にも妖精が見えた。海面の様子を窺っているようである。

 

ドック内に海水が流入し始め、“摩耶”の艦体が海水で覆われていく。艦底色で塗られた喫水線下が、次第に海面下へと没して、艦に浮力を与えていく。海面下に働く浮力と、艦体にかかる重力とが釣り合った時、“摩耶”は再び海上に浮くのだ。

 

“摩耶”の沈み込みが、ある一点で止まった。それからもしばらくはドックの沈下が行われるが、それもやがて止まる。ついに“摩耶”は、船台から離れて、海面にその巨体を浮かせたのだった。

 

その“摩耶”に、タグボートが近づいていく。タグボート周辺の海面が泡立つと、“摩耶”が少しずつドックから引き出され始めた。排水量にして、自身の数倍はある船を動かすために、タグボートの機関は非常に強力なものが搭載されている。

 

斜め上方向から差す南国の陽光が、新たなる鈍色の輝きを照らし出す。タグボートに曳かれて、“摩耶”の艦体が、ゆっくりと露わになり始めた。

 

鋭い艦首は、まるで波を切り裂くナイフだ。シアーがかかった艦首の後に現れるのは、太い砲身を二本備えた主砲塔。背負い式に配された第二砲塔の後部には、多数の機銃座とその指揮装置、さらに高角砲と高射装置が据えられている。“高雄”型の特徴ともなっているがっしりとした大型艦橋は、今回の改装にあたっていくらか手直しがされているようだ。艦橋と煙突の間にそびえる櫓型のマストは、電探や各種装備品の追加に伴って、より大きくなっている。煙突を含めた艦上構造物の周りには、高角砲と機銃が所狭しと並べられ、高空への睨みを利かせる。後部艦橋以降の艤装については、大きな差異は見受けられなかったが、艦尾周辺にはやはり機銃座が増設されていた。

 

まさしく浮かべる剣山だ。夏川が「対空番長」と呼んでいたのも頷ける。

 

「まさしく軍艦、といった風情だな」

 

清水がポツリと呟く。確かに、“大和”や“曙”とは違った美しさが、“摩耶”には感じられた。

 

ついに全体像が露わとなった“摩耶”からタグボートが離れると、主機が回転を始め、微速で沖へと向かう。その艦影を横から眺めて、榊原は“摩耶”の改装計画を思い返す。

 

大規模改装が施された“摩耶”だが、その外見に大きな違いはない。しかし、各部の装備品は大きく強化、改良がなされていた。

 

前部と後部に二基ずつ据えられた主砲塔は、従来と同じE型砲塔だ。しかし、備えられた砲は違う。「三号砲」と呼ばれるそれは、従来の二〇・三サンチ砲の砲身を伸延した、五五口径砲だ。撃ち出した際の初速が速く、貫通能力が向上している。また、装弾機構にも手が加えられたことで、発射間隔が十五秒とわずかながら早くなっている。

 

六基据えられた高角砲も、換装されていた。日本海軍の標準的な高角砲だった四〇口径一二・七サンチ連装高角砲から、“大鳳”や“大淀”と同じ六五口径一〇サンチ連装高角砲に変更している。現在の日本海軍では最優秀とされている高角砲だ。これと組み合わせる高射装置も、九四式にパラオ工廠部製の簡易計算機を組み込んだ、最新鋭のものとしている。

 

機銃は言わずもがな、改修型二五ミリ機銃だ。三連装のそれを、甲板の至る所に並べていた。

 

こうした新型装備の積載による、トップヘビーと復元性の低下を考慮して、両舷のバルジもより大きなものとしていた。

 

速力低下を防ぐために、艦尾の延長と機関部の強化もなされている。もっとも、速力に関しては、実際に動かしてみなければわからないが。

 

こうした改装の結果、排水量にしておよそ五百トンほどが増加していると見込まれていた。

 

微速で泊地沖を目指していた“摩耶”は、いつもと同じ位置―――“大和”や“祥鳳”、“足柄”と舳先を並べる形で、投錨作業に入る。後進がかけられた直後、主錨が海面に突入して飛沫を上げる。やがて、その艦体が海上に固定された。

 

しばらくして、“摩耶”から内火艇が下りてくる。海面をのんびりとこちらへ向かってくる内火艇の艇首に、人影が見えた。満足げに腕を組み、短髪を風になびかせる少女の表情は、随分と晴れやかなものに見えた。

 

埠頭についた摩耶を、全員で迎える。彼女は視線を彷徨わせ、恥ずかしげに頬を掻いた後、照れたような―――とても朗らかな笑みで、こう言った。

 

「終わったぜ」

 

その表情に、榊原は頷く。それから一気に、頬の力が抜けていった。

 

「何ともなかったか?」

 

真っ先に尋ねた清水に、摩耶はひらひらと手を振って答える。

 

「心配し過ぎだって。・・・大丈夫だ、何ともなかった。いい艦だと思うよ。お前にも、早く見せたい」

 

「そうか。なら、よかった」

 

そんなやり取りを聞きながら、榊原は曙と顔を見合わせる。彼女は何も言わないが、その視線だけで会話は成立した。

 

―――きっと、大丈夫だ。

 

「明日から、早速慣熟訓練だな」

 

大きな伸びをしながら、摩耶が言った。そちらについては、清水に一任すると、榊原は決めている。

 

「・・・よしっ!それじゃあ今日は、私の着任と摩耶の改装を祝して、パーティーするわよ!」

 

柏手を打ってそんなことを言い出したのは、ようやく霞を解放した足柄だ。一方、解放された霞の方は、魂の抜け落ちたような表情で、満潮の方へと逃げてくる。

 

「こういう時は、やっぱりカツね。おいしいカツレツを揚げてあげるわ」

 

「カツ!?足柄さんカツ作れるの!?」

 

興奮した様子で言った長波と同じように、駆逐艦娘たちが目を輝かせる。その表情に負けないくらい、いい笑顔を見せた足柄は、自信満々に胸を叩いた。

 

「任せなさい!呉の秘書艦にも、太鼓判を押されてるんだから」

 

それから、確認を取るように、榊原の方を見る。

 

「食堂部の釣掛さんに、一応確認してくれ。多分、大丈夫だと思うけど」

 

「はーい。わかったわ」

 

頷いた足柄は、足取りも軽やかに、庁舎の方へと戻っていく。その背中を追いかけた長波と卯月は、どうやら足柄の手伝いを申し出ているらしい。そこに加わろうとした磯風を、陽炎が長女権限と実力による羽交い絞めで食い止める。

 

その様子を眺めていた榊原の脇腹が、曙に小突かれる。

 

「いつまでそこに立ってるつもり?ほら、クソ提督も戻るわよ」

 

こちらを覗き込む瞳に首肯して、榊原も歩きだす。パラオ泊地艦隊の背中を押すように、一陣の風が吹き抜けていった。

 

 

 

その晩は、足柄が腕によりをかけたカツに、全員で舌鼓を打った。




しばらくはパラオ泊地で話を進めていきますが・・・

どこかで、横須賀とルソンの話を入れなければな、と
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