ソードアートオンライン~剣士達のensemble~ 作:宮橋 由宇
「フッ……!」
「プギーー!!」
眼前の青イノシシに向かって剣を振り下ろす。
剣は寸分違わず青イノシシの脳天に命中し、青イノシシは情けない声をあげながらポリゴンの欠片となって爆散した。
チンッ…
「……ふぅ……」
剣を腰に吊っている鞘に収め一息つく。そして、視界の端に浮いている自らのHPバーを確認した。
オレンジのゲージはほんの数センチだけ減少し、その下に小さく303/345と書かれていた。左がHPの現在値で右が最大値だ。青イノシシの攻撃を一度受けてしまったからだろう。少しだけ減少している。
「んー、まあこれくらいなら大丈夫か」
問題ないと判断し、視線を前に移す。
眼前に広がる景色は、広々とした草原とその先に広がる大きな森。一度入ったら出られなそうな(勿論そんなことはないが)そんな印象を感じる森だ。
他にもちらほらとプレイヤー……はみえない。珍しいことに今日は一人もプレイヤーの姿は見えない。時間が早いからだろうか、見えるのは先ほどの青イノシシやオオカミ、巨大な蜂といったモンスターばかりだ。
「次の町いくか……」
何だか無性に虚しくなった僕は、そう呟きあまり気乗りしない足取りで森に向かって歩き出した。
もうおわかりのことと思うが僕がいるのは現実世界ではない。(草原や森なんかはあるだろうがそれ以前の問題として人を襲う青いイノシシなんぞは現実世界には存在しない)
今僕がいるのはSAO《ソードアートオンライン》というゲームの中だ。詳しい説明は長いしめんどくさいので省くが、少し、いやかなり厄介な事に巻き込まれて僕を含めた約一万のプレイヤー達はこの世界から出られなくなってしまっている。
閉じ込められた人たちの大半はいまだ最初の町にとどまっている。まあ、無理もないだろう。この世界から出られない上に自分のHPバーがゼロになれば本当に死んでしまうのだから。一番安全な『始まりの町』に閉じこもるのも当然と言える。
そして、僕を含む残りの少数の者達は、町から出てモンスターと戦う道を選んだ。
彼らは、強くなってこの世界で生き残るため、ひいてはアインクラッド百層攻略というこのデスゲームのグランドクエストをクリアするため、安全が保証されている圏内から出て、危険なモンスターの跋扈するフィールドに出てきた。
勿論前者の人々と比べれば、危険度は格段に跳ね上がるし、一瞬の油断で死ぬ可能性だってある。だがその分、レベルが上がれば生き残れる確率は高くなるし、強力な装備も手に入れられる。人によっては美味しい食べ物が食べられるから何て人もいるだろう。
しかし、そんな人間はいまだ少数だ。まだ一日しか経ってないからかもしれないが9割の人は始まりの町にこもっている。時間が経つにつれ外に出てくる人が増えるのを願おう。攻略プレイヤーが増えれば増えるほどこのゲームをクリアできる可能性が上がるのだから。
「……っと、見えてきたな……」
草原を駆け、森を抜け、目的地がやっと見えてきた。
簡素な町、というか村。《ホルンカ》という名前の村で、マップに点在する安全エリアの一つである。
「始まりの町」などの主街区と呼ばれる場所ほどの安全性はないが、フィールドのど真ん中でいるよりはよっぽどましだろう。
村に入ったとたん視界に《INNER AREA》の表示が出てきた。安全な圏内エリアに入ったことを知らせるモノである。
その瞬間僕のHPは固定化され、減ることはなくなる。(幾つかの例外はあるが)それを確認したのと同時に、けして小さくない疲労を感じた。
体力は減らずとも長くフィールドに出ていると精神力は摩耗していくのだろう。このまま宿屋で一休みしようとし、
その音に気づいた。
「これは……」
キン、キンといった鉄がなにかと打ち合う音に、ロロロォォォォ!!!といったようなモンスターの声。それと「うわぁ!」だの「ひゃあ!」
だのといった何だか気の抜けるひめ──
「いやいやいや、のんびり聞いてちゃダメでしょ」
頭を二、三度振って気を取り直すと僕は宿へ向かっていた足を再びフィールドへ向けて声の聞こえてくる方向へ走りだした。
2.
草原にいたのは一人の少女だった。
長い紺色の髪を持つ小柄な少女。装備は地味なチュニックとレザーパンツだが、その特徴的な髪と何より小動物を連想させるかわいらしい顔が少女の存在感を引き立てている。
プレイヤーは全員現実世界と同じ顔になっているはずなので、このレベルの美少女は珍しいと言える。
少女は3匹の《リトルネペント》という食虫植物をモチーフにしたモンスターに襲われていた。
避けることに関してはそれなりでネペントの攻撃を危なっかしいながらも躱している。HPもまだ安全圏内だ。だが剣の扱いはからっきしなようで、力任せに振り回しているだけだ。「やぁ!」だの「とう!」だのいいながらペネントに攻撃するも半分ほどは避けられている。ソードスキルについては発動さえできていない。
「危なっかしいなぁ……」
気の抜ける光景ではあるが危ないのは事実だ。
お節介かもしれないが手伝おう。
そう決め、腰から装飾もなにもない無骨な曲刀《アイアンスライサー》を引き抜く。
そして一番近いネペントに向かって曲刀の初期SS(ソードスキル)《フェル・クレセント》を繰り出した。
SSはネペントの弱点である茎部分に当たった。
ネペントが耳障りな悲鳴を上げる。既にだいぶ削られていたのかネペントのHPバーは一撃で0になりポリゴンの欠片となって爆散した。
少女が僕を見て驚愕の顔を作る。
早口で「手伝うよ」と言うと表情を驚愕から安堵に変え、お願いとでも言うように一つ小さく頷いた。
それを確認してから、手近にいたネペントへ突撃する。ネペントはツルで迎撃してくるが、そう簡単に当たってやる訳にはいかない。
1度目を体を横にずらして避け、2度目を剣ではじく。ネペントはノックバック状態となり一瞬の隙が生まれる。
その隙を逃さずにSSをたたき込む。HPバーは3割ほど削れたがしかしまだ倒すには至らない。
『ロォァォァァ!!!!』
「チィ……!」
ネペントが怒ったような声と共に何かの液体を吐き出す。ネペントのもう一つの攻撃、溶解液攻撃だ。
肩を掠めHPバーが数ドット削られる。
そして触れた部分がジュウ…と音を立てて白い煙を出した。
この溶解液による攻撃は装備品の耐久値を減少させる付加効果がついているので厄介だ。
「お返しだ!」
ネペントにもう一度SSをたたき込む。しかし今度は当たり所が悪かったらしく2割程度しか削れなかった。
「きゃぁぁぁ!!」
「!?」
突如、背後から甲高い悲鳴が聞こえた。反射的に振り向くと先ほどの少女から白い煙が上がっているのが見えた。
溶解液攻撃の直撃を受けたのだろう。HPバーが半分ぎりぎりまで減る。
すぐに助けにいこうとするがネペントが邪魔で思うように動けない。
「くそっ……!!」
悪態をついてネペントに向き直る。ツルでの攻撃を全てよけ3回目のSSを叩き込んだ。
HPバーが0になり二体目のペネントが消滅する。
少女の元へ助太刀に行こうとしたときにはもう全てが終わった後だった。
三体目のネペントの姿は既に無く、少女は地面にへたり込んでいる。
HPバーの残量は4割ほどでバーの色が黄色に変わっていた。
「大丈夫?」
へたり込んでいる少女に向かって手を伸ばす。
「ありがと。大丈夫だよ」
少女は僕の手を取り立ち上がった。
「ならよかっ……ブフッ!?」
その答えに安堵したのもつかの間、少女の姿を見て吹き出してしまう。そして慌てて目をそらす。
「どうしたの?」
「いや……その……服……」
「服?」
少女は僕の反応に首をかしげながら、自分の服を見た。そして1秒後に真っ赤に赤面した。
少女のチュニックは、ネペントの溶解液攻撃でボロボロに溶けてしまっていた。
「わぁぁぁぁぁ!!」
少女は大きな悲鳴を上げながら両手で体を隠してしゃがみ込む。僕も何だかいたたまれない気持ちになり後ろに向いた。
そのまましばらく二人とも無言で硬直していたが、少女がメニューウインドウを操作し始めて僕は少し安堵した。
しばらくして後ろから「もういいよ」と声がした。
ドキンと音がしそうなほど心臓が鳴る。
大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせながら後ろに振り向くと、少女は薄茶色の外套を羽織っていた。
「ごめんね、代えの服持って無くて……後助けてくれてありがとう。僕はユウキ、よろしくね!」
まだ少し赤い顔のまま笑顔で手を差し出してくる。
「あ、あぁ、僕はハクア。よろしく」
少し慌てながらも僕はそう返しながらその手を取った。
「ほんとにありがとね。あのままじゃ絶対死んじゃってたよー」
「そんな軽く言うことじゃない気がするなぁ……」
あははーと笑うユウキに少し苦笑。
「それはそうと何でここに?ハクア曲刀だからクエストは関係ない気がするけど」
「いきなり呼び捨てか……ホルンカにいたときに戦闘音が聞こえてきたんだよ。悲鳴も混じって聞こえてきたから来てみれば案の定」
「え!?そんなとこまで響いてたんだ!」
ユウキの顔がまた少し赤くなる。悲鳴を聞かれたのが恥ずかしいのだろうか。
因みにユウキの言うクエストとは《森の秘薬》と言う報酬に片手剣がもらえるソードマン必須のクエのことである。
報酬の剣がそこそこ強い代わりにかなりめんどくさいらしいが。
「とりあえずホルンカに戻ろうか……」
「そうだね……」
何だか妙な空気の中、僕はユウキと共にホルンカに向けて歩き出した。
3.
幸いモンスターとエンカウントすることもなく、ホルンカについた僕は二時間ほど仮眠を取った後、ユウキのクエストを手伝うためもう一度フィールドへ繰り出した。
ユウキの剣技は最初はとても拙い物だった。
しかし僕が一つ一つアドバイスするごとに上手くなり、目的だったアイテム《リトルネペントの胚珠》が出る頃には十分に通用するレベルになっていた。SSはまだ苦手らしいが、青イノシシぐらいならダメージを受けずに戦える。
「終わったーー!!」
《リトルネペントの胚珠》を掲げてユウキが叫ぶ。確かにめんどくさいクエストだった。時間にして5時間ぐらいだろうか。ユウキは僕が来る前からやってたはずなのでもっとだと思う。それだけの間ずっとネペントを刈り続けてたんだから精神力の消耗は激しいだろう。僕も早く帰ってベットで寝たい。
「それじゃあ、女将さんの所に持って行こう」
「うん!」
言うやいなやタタターと走っていくユウキ。
その子供っぽい仕草に苦笑しながら僕もユウキの後を追って走って行った。
「アニールブレード!ゲットだぜ!」
「その台詞は何がが危ないよユウキ」
女将さんの元に戻り早速アニールブレードを受け取るユウキ。
嬉しそうに剣を振り回す姿を見てこっちまで嬉しくなってしまう。
……まあ、試し切りで切られたフレンジーボア達はたまった物ではないだろうが。
「さて、これからどうする?」
落ち着いてきたところでユウキにそう問いかける。
「んー……どうしよう?」
「いや僕に聞かれても」
しばらく考えていたユウキは不意に「そうだ!」と声をあげた。
「ねぇハクア。もし良かったらなんだけどボクと一緒に行かない?」
「それはパーティーを組むって事?」
「うん。ダメ……かな?」
上目遣いでそういうユウキに不覚にもドキッとしてしまう。
けど、その答え事態は予想できてた僕は、
「うん、いいよ。改めてよろしくねユウキ」
そう言って右手を差し出した。
ユウキの顔がぱぁぁっと明るくなる。
そして僕の手を取り、満面の笑顔でこう言った。
「うん!よろしくね!ハクア!」
そうして、僕はユウキとパーティーを組んで行動することになった。ユウキはこのデスゲームの中に居ながらいつも元気で、明るかった。僕は何度も彼女の明るさに元気を貰った。
そして一ヶ月……
それだけの月日が流れ、ようやく世界は動き始めた。
黒衣を纏った一人の片手剣使いと共に。