ソードアートオンライン~剣士達のensemble~ 作:宮橋 由宇
「ねぇ、ハクア」
「ん?」
第一層迷宮区の最上階。その攻略の合間、安全地帯で休憩を取っていた僕にユウキは、
「ケーキ、食べたくない?」
そう、アイテム欄を見ながら言った。
「ケーキ?」
勿論僕は意味が分からず聞き返す。
「うん。ケーキ」
「それは、どこかのNPCの店のってこと?」
第二層には美味しい上にもの凄くでかいケーキがあるらしいとアルゴから聞いたことはあるが……
「ううん、違う違う。んー……ケーキというか、クリーム乗せパンかな」
「んん?」
ますます意味が分からない。
ユウキは、「どー説明したもんかなー」と悩んでいる。が、数秒後には
「まあいいや、取りあえずやってみればわかるよ!それじゃあ早速行こう!」
と、僕の手を引っ張って走りだした。
「ちょっ!?まだ行くとは言ってな──てか結局なにするの!ねぇ!?」
引っ張られながら聞くも、ユウキは「いいからいいから」としか言わない。やっぱ強引だよこの子……
「それじゃあ行ってみよー!いざ!《トロンダの村》へ!」
「ここ迷宮区だよねぇ!?」
僕の魂の叫びも虚しく、ユウキは止まることなく電光石火の勢いで迷宮区を降りていった。モンスターとの鉢合わせが三回ですんだのは奇跡としか言いようがない。
自由奔放なのも行き過ぎると考え物かもしれないなぁ……
2
「はい!とうちゃーく!」
宣言通り、《トロンダの村》の中に入り、圏内の表示が出てから、ユウキは元気よくそう叫んだ。
「……で?結局何すればいいの?」
途中で何をするのか聞くのは諦めて、ただ付いてきた僕は、ここに来てやっとと言うべきか、ユウキにそう聞いた。
「うん!するのはクエストだよ!《逆襲の雌牛》クエ」
「クエスト?」
クエスト……と言うことはその報酬がユウキの言うクリーム乗せパンなのだろうか。
「うん。そのパンに載せるクリームがこのクエストの報酬なんだよ」
「へぇ……よく知ってたね。そんなこと」
「キリトから聞いたんだ。前食べてたのを見て美味しそうだったから」
「どんなクエストなの?」
「んー、一応は《探し物系》なのかな?村に隠れてる牛を全て見つけるってクエストなんだけど……」
聞いただけでも割とめんどくさそうなクエストだ。ホルンカの村の時の《森の秘薬》ほどではないとはいえ、進んでやりたいと思うような物ではないことは確かだろう。
「牛は何体いるの?」
「全部で12体」
「多い……」
そうかなぁ……と可愛らしく小首を傾げるユウキにため息をつく。
このトロンダの村の広さは約8万㎡。東京ドームで例えるなら大体二倍弱と言ったところだろうか。それだけの広さを誇ると言うことはそれだけ隠れる場所も多くなり、見つけにくくなると言うこと。あくまで村なので、大きな遮蔽物がそんなに無いのが救いだが、それでも見つけにくいことに変わりは無く、総合的に見てみればドングリの背比べの如き小さな差でしか無い。
そうした目で見てみれば12体という数はたいした違いも無いのかも知れない。それが5体だろうが10体だろうが20体だろうが、最終的に行き着くのは1体であり、その1体を見つけるのに裂くべき労力に違いは無い。12体を見つけるのではなく、12体居る内の最後の1体を見つけると考えれば、何体だろうと一緒ではないのか。1以外の数も、究極的には1となる。数が多いからと敬遠するのはそれは単なる逃避ではないのか。
……と、つらつらと述べて言っても、所詮はそれも逃避行為でしかないわけで、最終的には僕が折れ、ユウキの気紛れに付き合うしか道は無いのだが。
「まあ、いいけどね……いいよ、手伝う。たまにはこう言うのも良いでしょ」
「ほんと!やった!」
それに、こうも純粋に喜ばれては、そんな後ろ暗い考えは恥ずべきことのようにも思えてくる。そんな僕の心の葛藤をユウキが気付くわけもなく、逆襲の雌牛クエは無慈悲なシステム音と共に開始されたのであった。
2
そして、開始から約1時間後──
「終わったー!」
「……やっとか」
片や元気よく、片や疲労困憊した様相で二人の剣士はクエストを終了した。勿論、僕とユウキの二人である。どちらがどちらなのかは今更言うまでもないだろう。
ユウキの手にはクエスト報酬であり、当初の目的でもあった、クリームの入った素焼きの壺が握られている。いや、大きさ的に掴まれていると言った方がただしいか。
「お疲れユウキ。よかったね、無事ゲットできて」
自らの現状を顧みる限り、けして無事では無い気もするが。まあ、ユウキもとても嬉しそうな表情だし、わざわざ場が白けるようなことを言う必要も無いだろう。
「と……それじゃあどうする?このまま帰る?」
「んー……ついでだしここで食べて帰ろうよ」
パンもクリームもあるし、とポーチを確認しながらユウキは言う。特に反対する必要も無いため、僕たちはなだらかな小高い丘の中腹に横並びに座り、アイテム欄からパンとクリームを取り出して、わざわざ手を合わせて『頂きます』と告げた。僕は控えめに、ユウキはその小さな体に見合わず豪快に一口目を食べた。逆だろと思わなくもない。
「あっ……美味しい……」
「だね……これは凄いや……」
口の中に広がるクリームの甘みとヨーグルトのようなほのかな酸味。それにパンの歯ごたえも相まって、確かにケーキみたいで美味しい。
安価な黒パンだが、それが今回は良い働きをしてくれている。少し堅めの歯ごたえのあるパンの方がこのクリームには合うと思われるからだ。
少しの間、互いに無言で食べ進める。パン自体の大きさもそれなりのため、かなりの食べ応えがある。
「ふぅ、ごちそうさま」
「ごちそうさま!」
そして、二人同時に食べ終わる。
「あ、待ってユウキ、クリームがついてる」
「え?あっ……」
わざわざそんなところだけが細かく再現されていることに疑問を覚えないでも無いが、取りあえずは気にせずにユウキの頬に付いたクリームを指ですくい取りそのまま舐めた。……うん、やっぱり美味しい。
「…………」
「ん?どうしたの?ユウキ?」
なぜが俯いて固まってしまったユウキに首を傾げながら聞く。
「な、何でも無い!」
返ってきたのは少し慌てた声。顔が微妙に紅潮しているように見える。どうかしたのだろうか?
(ま、いいか)
本人が何でも無いと言っているのだから、気にしない方が賢明だろう。
ユウキから視線を外し、雄大な草原を見ながらのんびりと時間後過ぎていくのを待つ。
「……やっぱり……ここがゲームの中なんて思えないなぁ……」
しばらくして、そんな声がとなりから聞こえてきた。
「確かにね……どれもこれもリアルで、現実と見分けが付かない物も多々ある」
「例えば?」
「うーん……武器とかは……まあ現実世界じゃそうそう見るもんじゃないしどうにも言えないけど、日常生活の中で使う物。服とか、イスとかそう言うのが僕はクオリティが高いと言うか、リアリティがあると思うんだよね」
あくまで僕が感じたことではあるのだけれど。
つらつらと自分の見解を述べていく。
「だから、僕はこの世界が──ってユウキ?」
そして、気付けば横で聞いていたはずのパートナーは、その愛らしい顔を僕の肩に置くようにしてもたれかかりながら、スゥスゥと寝息を立てていた。
とても気持ちよさそうに眠るもんだから、起こすのも躊躇われる。
「……まあ、いいか」
別に無理に起こす必要も無いだろう。僕はユウキをそのままにして、あかね色に染まりつつある空を見上げていた。天上があるのにあかね色に染まるのはどう言う仕組みなのか気になるところではあるが。
かくして、二人の剣士の非日常の中の日常は、穏やかに、緩やかに流れていった。
現状問題は何も解決していない。今自分達がいるのは1層で、攻略しなければいけないのは100層。何も変わっていない。
けど、それでもこんな感じでのんびり出来るというのは、それだけ自分たちがこの世界になれてきた証、現実を認め、その上で歩もうとする意思ではないのか。
現状は変わっていない。だが、変わろうとしている、そんな予感がした。