ソードアートオンライン~剣士達のensemble~ 作:宮橋 由宇
十二月四日、日曜日、午前12時。
SAO正式サービス開始日より、四週間が経過した。通常のゲームであるならば、もう十層ぐらいは余裕でクリアされている頃だろう。四週間──一ヶ月という期間があれば、それだけの攻略は余裕……そう、余裕であるべきなのだ。
だがどうしたことか、このSAOは一ヶ月の期間を経てして、未だ第一層すらクリアされていない。クリア出来ていない。
既にレベリングでのレベル上げも限界に達し、第一層での上限レベルになったプレイヤーも多数いる。武器も限界まで強化され、攻略は十分に可能な状態なのだ。
それでも第一層すら攻略できていないのは、このSAOというゲームがそれだけ無理ゲー──だからではない。勿論、それも無いとは言えないが、基本、このゲームはフェアに出来ている。事実として、ベータテストの時には攻略に、これほどまでの停滞を見せたことは無かった。
では、何故か。答えは簡単だ。『プレイヤー達が、攻略をしようとしない』からだ。
このSAOというゲームが、他のゲームと決定的に違う点。それはずばり、デスペナルティの重さだろう。
SAOの中で死亡すると、ナーヴギアが電流を流し、装着者の脳を焼き切る。つまり死ぬ。SAOにおいて、死亡するというのは、現実世界からの永久退場と同義なのだ。
それ故、死亡率が通常の対モンスター戦と比べて格段に高いボス戦は、今まで手が出せないでいた。手を出すほどの人員が集まらないでいた。
そしてそのままずるずると、少しづつの攻略は進んでいる物の、全体としてみれば未だ百分の一も終わっていないまま、一ヶ月の期間が過ぎてしまった。誰もが、このままこの世界から出ることは出来ないのだと、諦めかけていた。
だが、ようやく、その時はやってきた。
2000人という数多くの犠牲の果てに、一ヶ月という長い期間の末に、ついに彼らは、残った約8000人のプレイヤー達は、第一層ボス部屋に辿り着いた。さっそく攻略会議が開かれ、多少のごたごたはあった物の特にこれと言った問題もなく攻略の準備は進められていった。
そして、ついに、である。
十二月四日、日曜日、午前12時。
ついに、彼らは辿り着いた。
第一層、ボス部屋に。
2
決戦だ。
これが、このボス攻略が、これからの僕らの運命を決める戦いになる。
敗北は許されない。ここで負け、二人、いや一人でも仲間を失えば、最早このゲームのクリアはあり得なくなる。いや、ディアベルさえいればあるいは可能かもしれないが、所詮にそれは仮説に過ぎない。
今ここで勝たなければ、もう二度と攻略は不可能かも知れないのだ。
故に決戦。いや、血戦。
勝つ以外に道は無い。
そう覚悟を決めたところに、少女の声は小さく響いた。
「やっと……だね……」
「……うん……」
静寂。一世一代の決戦を前にして、多くの言葉は必要無かった。互いに交わす言葉は少ない。他の参加者達も緊張からか、ただ無言で佇んでいる。ぴりぴりと張り詰めた空気は息が詰まってしまいそうなほど。
第一層ボス部屋、その扉を前にして、僕達の緊張感は極限まで高まっていた。
ボス攻略のために集まった合計46人の戦士達。彼らは今、まさにこれからの命運を決める大勝負に向かおうとしていた。
つい数分前までは賑やかに騒いでいた彼らも、いざボス部屋に入るとなると、やはり口数は少なくなるらしい。先ほどまでの賑やかさがウソのように、あたりはしんと静まりかえり、張り詰めた緊張感が緩む気配は無い。
「……長かったね……ここまで……」
そして、僕のとなりに佇む紺碧の少女。
1ヶ月間、共に戦ってきた小さなパートナーは恐怖を紛らわすかのように、先ほどから小さく僕に話しかけてきていた。
「……そうだね……ようやく……ここまで来れた」
そう、ようやく。
ここに来るまで色々あった。まだまだ物語は序盤も良いところだけれど、ここに来るまでの時間の濃密さを思えば、ようやくという表現でも間違っていないだろう。
僕らは、計46人のプレイヤー達は、ようやく、SAOの攻略に向けて動き出したのだ。
「……皆、装備は完璧にしてるか?」
攻略組リーダーのディアベルが、あくまで小声で、しかし全員に聞こえる声でそう話しかけてきた。その声に僕を含めた全員が小さく頷く。
ディアベルはその反応に満足げに一度頷いてから、小さな声で、激励した。
「────行くぞ!」
3
黙示だ。
暗い森の中、冥い心の中で、小さな、今にも消えてしまいそうな一縷の望みをたぐり寄せる。
隣で静かに戦況を見据えるパートナーの手を、恐怖を押し殺すようにぎゅっと握りしめ、間断なく、小さな声で喋りかける。
自分がここに居ることを確認するために、彼が隣に居てくれていることを認識するために。
「やっと……だね……」
「……うん……」
返答は小さく、短く。けどそれでも良い。今はただ、居てくれることがありがたい。
望みを、願いを、思いを、答えを。
分かるかもしれない、自分の心を。
自分で自分が分からないのは死の恐怖よりも恐ろしい。
今回のボス戦を生き抜けばそれが分かるかもしれないのだ。
ならば進もう。
彼の手のぬくもりがあれば、ボクはまだ先に進める。
「────行くぞ!」
やけに大きく響くディアベルの声と共に、ボス部屋の扉が開かれる。
命の黙示録が、今その音を奏で始めた。
「──行こうか、ユウキ」
「うん!」
ボクらも向かおう。濃密なる暗闇の中に、自らの意思を示すために。
4
芥蔕だ。
進むべき道は見えている。やるべき事は分かっている。
だが心に小さく穿たれた楔は、俺の深層に留まり抜けることは無い。
「……静かね……」
「……あぁ……」
赤いフーディッドケープを被った、暫定的パートナーである
彼女は一瞬むっとしたようにこちらを見たが、すぐにボス部屋へと視線を移した。
まだ……まだなにか、気がつかなければいけないことがある。
体がそう警告を発している様な感じで、心のもやはいっこうに晴れない。
ボス戦に対する恐怖は勿論ある。
全滅する可能性があることも分かっている。
だがそれではない。楔の原因はそれではないのだ。
何か、もっと大事な……
(……いや……)
今ここでずっと考えていても仕方が無いだろう。それよりも、目の前のことについて考えるべきだ。
「……フェンサーさん、やるべき事は分かってるな?」
「ええ、貴方が《ルインコボルド・センチネル》の攻撃を弾いて、ノックバックしている間に私がリニアーを叩き込む……」
「そうだ。そして、攻撃が通るのは──」
「喉元の一点だけ……でしょ?」
「ああ。それでいい」
ちゃんと理解している。そのことを確認して一応の安堵の息を漏らす。
もう一組、ハクアとユウキのコンビに関しては、もうあちらに全て任せるしか無い。幸い、彼らは十分に強い。俺が居なくても二人だけで何とかなるだろう。
「────行くぞ!」
と、そんな中にディアベルの声が響いた。
いよいよ来たと、気を引き締める。
「行きましょう!」
「ああ!」
そして、細剣使い……いや、アスナと共に、俺はボス部屋の中に入っていった。
5
戦争だ。
これは、このゲームは、
モンスターとの、
茅場晶彦との、
自分自身との戦争だ。
負けられない、負けてはいけない戦い。
今回のボス戦は、そのための第一歩。私はそう考えている。
(そう……これは、私自身との戦い……)
自分に勝てぬようではこの先、生き抜くことなど到底不可能だろう。ここで勝たねば、 自分に未来は無い。
(……スゥー……ハァー……)
緊張を抑えるために深呼吸を繰り返す。
込み上げてくる恐怖を紛らわすために、横に居る暫定パートナーの
「……静かね……」
「……あぁ……」
だが返ってきたのは、どこか上の空の短い返答。それが少し頭にきて、文句を言おうと向き直る、が……
「…………」
葛藤の渦の中に居るような、そんな彼の姿を見て、何も言えなくなる。
仕方なしに私はボス部屋に視線を移した。
リーダーである青髪の青年、ディアベルは神妙な面持ちで装備の最終確認をしていた。
こんなおまけみたいな扱いをされたことに未だ納得はいっていない。けれど、それでも今はこの場所で戦うしか無い。
(……それに……)
ある意味では良かったのかも知れない。ハクアとユウキ、この二人とパーティーになれたことは。キバオウなんかと同じパーティーになっていたら、ボス戦攻略は辞退していたかも知れない。
「……よし!」
装備の最終確認を終え、準備万端と行った様相で意気込む。
そのタイミングで、ちょうどディアベルが扉に手をかけ開けようとしていた。
「────行くぞ!」
そして、小さなかけ声と共に扉を押し開ける。
「行きましょう!」
「ああ!」
他の部隊に続いて、私たちもボス部屋に向かって走りだした。
──己自身に、打ち勝つために。
ハクアは、ユウキは、キリトは、アスナは、
たった四人の歪な
二人であったが故に、弾かれた二つのコンビ。その四人で、おまけ部隊として作られたこの部隊が、ボス戦の戦局を、これからのプレイヤー達の運命を大きく左右することになるのを知るものは、未だいなかった。
運命の歯車はゆっくりと回り出す。
──自らが、狂っていることにも気付かずに。
一章一節にて、キリトがアスナをホームに連れ込んだのは部隊分けした後だったことに原作を読んで気付き、どうしようかと悩んだ挙げ句、そこの描写はとばすことにしました。大変申し訳ありません。m(_ _)m
あと、アスナとキリトが名乗るシーンがありましたが、あれはストーリーの都合上仕方が無いのでご容赦ください。(原作では、アスナは一層ボス攻略後にキリトの名前を知る)
そのほかにも誤字脱字、原作との齟齬が生じているシーンがあれば遠慮せずに言ってください。出来る範囲で修正します。
感想、評価よろしくお願いします。