ソードアートオンライン~剣士達のensemble~   作:宮橋 由宇

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幾つか、原作とは違う部分があります。
ネタバレになるので具体的に何処がとは言いませんが、予めご容赦ください。


一章五節『player』

 

 

 ────人の死という物を見たのは、初めてでは無かった。

 

 

 幼少の頃から通っていた道場で、同期の門下生が殺されるのを目の前で見た。

 

 吹き出す鮮血が、まるでその子の命そのもののように見えた。

 

 幼い少女から流れ出ていく命の灯火を、僕はただ眺めていることしか出来なかった。

 

 その時僕ははっきりと、人間の死という物を理解した。理解させられた。

 命というのは儚い物で、また同時にとても尊い。

 そんな簡単に失うことが、奪うことが出来る物ではないと知った。

 

 

 

 

 

 ────けど、これは違う。

 

 

 

 

 

 

 ────こんな物が、人の死であって良いはずがない。

 

 

 尊厳も何もない、ただ電子データとして生き、電子データとして殺される。

 ボタン1つで、命どころか、生きた証さえ完全に消去される。

 拒否権などもとより無く、プレイヤーに抗う術など残されていない。

 

 

 

 こんな物が、人生だというのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふざ……けるなよ……!」

 

 拳を握りしめ、歯を噛みしめながら、膝に手をつき立ち上がる。

 

 意識へと戻ってくる光と音。

 驚愕、悲鳴、阿鼻叫喚の地獄絵図、そして、たった二人で立ち向かう一組の剣士(プレイヤー)達。

 

 

 

 ……そうだ、今居るのは戦場だ。死地だ。こんな所で蹲っている場合ではない。始まりの街で待つ大勢のプレイヤー達のためにも、僕たち攻略組は死んではならない。生きねばならない。

 ディアベルという大きな、いっそ希望そのものとも言える存在を失ったのは痛い。だからこそ、今ここで負けるわけにはいかない。二度と攻略は不可能という、最悪の未来を現実にしないためにも、今確実に勝たなきゃならないんだ。

 

 フラフラとしながらもどうにか立ち上がり、目眩のする視界が回復するのを待つ。

 数秒でブラックアウトしていた意識は完全に回復し、周囲の状況もすぐに把握した。

 

 ディアベルの死。それは紛れもない事実として、残っている。レイドを組んでいるメンバーの中に、既にディアベルの文字は無かった。

 無機質なそのパネルが、より一層の現実感を引き立てる。

 あの爽やかな笑顔の青年はもうこの世界にも、現実世界にも居ないのだと。そうはっきり認識させられた。

 

「……………………」

 

 ありがとう、それとさようなら。

 それだけをもう居ないリーダーに向けて無言で呟き、今だけは、彼の姿を意識の外に出す。

 

 戦闘はまだ終わっていないのだ。見た限り、部隊の配置はそれほど大きく変わっていない。ディアベルが死んだ事によるパニックで動けなかったためだろう。一番近かった隊が回復のために下がっている程度で、他の部隊はどうするか計りかねているようだ。棒立ちのまま止まっている。

 

(……今はそれで良い……)

 

 この瞬間に限っては、逆に動き回られた方が迷惑だ。

 パニックになって無計画に歩き回られることほど戦場で厄介な物は無い。

 

(…………問題は……)

 

 やはり、あのコンビだろう。

 このボス戦を勝つためのキーとなる存在。だが、逆に彼らが鬼門にもなり得る。

 良くも悪くも、彼らがこの戦いの行く末を握っている。

 

(クソッ!やっぱり行くしかないのか……)

 

 誰にも聞こえない程度に小さく舌打ちしながら、その二人、ボスの前に立ち、この戦場をかろうじて支えている、キリトとアスナへと視線を向けた。

 

 素人でも分かる。二人の戦いは、ギリギリ限界間際の危険な攻防だ。いつか瓦解する。

 

 誰かがサポートに入らねばならない。そして今、まともに動けるのは──

 

「僕だけ……か……」

 

 唯一頼りになりそうなエギルさんの隊も、ダメージを受け回復している途中だ。すぐには出て行けない。

 ──やはり行くしかないだろう。自らの保身を優先して、ここで全滅したのでは本末転倒だ。

 だが、込み上げてくる恐怖心が収まる気配は無い。ガクガクと震える手足をいくら叱責しようと、その震えが止まることは無かった。

 

 思い出されるのは、ディアベルの最後の姿。

 ポリゴンの欠片となり消え去るその姿に、人として死ねない恐怖心と、確実に死ぬとは限らないという安堵が生まれた。

 けれど、所詮にそれは理性から来る感情の一部分でしか無い。

 あの巨体を前にして感じるのは、もっと原始的な、本能から来る恐怖。危ないと、逃げろと、戦うべきではないと体が警告を発する。

どれだけ助けに行こうと体に命令を発しても、末端まで冷え切った手足は1ミリたりとて動いてくれない。

 

(なんでっ!……助けなきゃ、助けなきゃいけないのに!)

 

 動け!動け!動け!

 迫る恐怖に追い立てられるように、何度も何度も同じ言葉を繰り返す。

 コボルド王の眼はこちらに向いていないのに、何故か睨まれ、今にもこちらに向かってきているような感覚に陥った。

 

 なんで!なんでなんでなんでなんで!

 死にたくない!死ぬわけにはいかない!ここで終わるわけにはいかないんだ!なのに、何で──

 

 そして、迫り来る恐怖が臨界に達するかというその時──

 

「──!──ア!ハクア!」

「ッ!?」

 

 パートナーの、ユウキの声にまた現実に引き戻された。

 剣を手に固まっていた僕の手をユウキはそっと握り、必死な顔と声で話しかけてきていた。

 

「ハクア!大丈夫!?」

 

 今にも泣きそうな、まるで家族を殺される瞬間の子供のような必死の形相をを見て、奇妙な安堵と、安心感を抱いた。

 

「…………うん……ごめん、大丈夫……」

 

 気づけば体の震えも収まり、コボルド王に対する恐怖も幾分か薄れていた。

 自分よりおびえる少女を前にして、恐怖で動けなくなるなんて無様な姿、いつまでも見せていて良いはずがないだろう。

 

 ユウキは、一人じゃ何も出来ないんだ。

 

 彼女は強い。けれどその強さは弱さでもある。

 周りに不安を見せない強さは、誰かと不安を共有出来ない弱さでもある。

 周りを笑顔にする強さは、自分は笑顔でしか居られない弱さでもある。

 ユウキは誰かに頼れない。全て自分の中で解決しようとする。一人じゃあ、何をするにも力が足りない。

 

 少女にとって、自分が頼れる人間というのは、自分自身と同じなのだ。そして僕はどうやら、その頼れる人間の中にカテゴライズされているらしいと、少女の姿を見てわかった。

 

 なら、恐怖に竦んでいる場合じゃない。

 

 その不安そうな表情を観れば、迷いなど吹っ切れた。

 

 ────こんな物が、赦されて良いはずがないだろう。

 

 戦え、抗え。

 

 残酷な運命なんかに、翻弄され続けるのは不本意だろう?

 

 自分の中のもう一人の自分が、そう問いかけてきている感じがした。

 

(……分かっているさ!)

 

 もう恐れなどない。ユウキが隣にいてくれる。それだけで恐怖など無かったかのように薄れていく。

 

 

「ユウキ……まだ戦える?」

 

 無理なら休んでくれて良いと、言外にそんなニュアンスを込めてユウキに告げる。

 ユウキは心外だというように怒った風に、けれど嬉しげな顔で、

 

「うん!行こう、ハクア!」

 

 そう元気よく返事をした。

 

 ユウキに躊躇いはない。僕と一緒なら勝てると、そう信じ切ってくれている。その信頼を、裏切るわけにはいかない。

 

「……ああ!」

 

 口元に微笑を浮かべ、こくりと頷き戦場へと飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

2

 

 

 

 逃げ惑う人々(プレイヤー)の脇を抜け、一陣の風となって駆け抜ける。

 

 するすると、誰にもぶつからないように計算しながら、止まること無く走り抜ける。ユウキも少し遅れつつも、僕について走ってくる。

 そして、物の数秒でボスの前まで到達し、イルファングと相対するキリトに声をかけた。

 

「キリト!!」

 

 だが、キリトは聞こえていないのか、はたまた聞こえていても返事が出来るほど余裕が無いのか、こちらに何らかの反応を示すことは無い。

 

 と、均衡を保っていたリズムが崩れる。イルファングの攻撃に、キリトは大きくバランスを崩した。

 

「ッ!!」

 

 その瞬間にはもう、僕は曲刀の柄に手をかけ飛び出していた。

 

 そして、キリトめがけて迫る鈍色に輝く刀に渾身の一撃をを浴びせかける。

 

「ハァァァァ!!」

 

ガァァァン!!

 

 衝撃波と共に、大きな音を響かせ、イルファングが大きくのけぞる。

 

 そこに飛び込む紺色と栗色の二人の少女。

 

 

「っ!お前……」

 

 驚愕の表情で固まるキリトに、

 

「苦戦してるみたいだね?キリト」

 

 そう告げて、二人の少女を追いかけ飛び出した。

 

「……ハッ……ほざけ!」

 

 後ろから聞こえてくるその威勢の良い声に、彼はもう大丈夫だと確信した。

 

「ハッ!」

「セイッ!」

 

 アスナがリニアーを、ユウキがホリゾンタルをそれぞれイルファングに叩き込む。ゲージがガクンガクンと減り八割を切った。

 

「グルルォォォォ!!」

「!!まずいっ!」

 

 怒りの咆哮を上げ、イルファングの刃が栗色の髪を持つ可憐な少女、アスナを捉える。

 

「アスナ!」

 

 悲鳴のような、キリトの声がこだまする。

 迫る刃に、アスナは動くことが出来ず、

 

「ぬぅん!!」

 

 刃は、どこからともなく飛んできた無骨な斧に止められた。

 

 斧の持ち主は、そのままイルファングの刀をはじき返し、尻餅をつくアスナを護るように、その前に立ちはだかった。

 

「エギル!」

「いつまでもダメージディーラーに壁をやらせるわけにはいかねぇからな。ここは俺たちに任せて下がれ」

 

 スキンヘッドの輝く斧戦士、エギルはハスキーボイスでそんなことを言う。彼のパーティーメンバーもボスの前に立ちはだかり、その隙にユウキとアスナは後退した。

 

「すまん、たのむ!」

 

 助かった、とキリトが安堵の声をあげる。

 

「キリトは下がって指揮をとって!あれを見切れるのはキリトだけだ!」

 

 僕はキリトにポーションを投げ渡しながらそう言う。キリトがこくりと頷くのを見てから、ユウキと共に再出撃した。そこにアスナも続いて、三人はまたボスの前へと出た。

 

 

 

 イルファングとギリギリの戦闘を繰り広げる。後ろから飛んでくる「右水平斬り!」「左斬り降ろし!」などと言ったキリトの簡潔な、しかし的確な指示に素直に賛辞を送りながら、着実にイルファングを追い詰めていく。

 

「グルァァァ!!」

 

 イルファングがディアベルを屠った三連撃のSSを発動しようとする。

 

「型が全然なってないよ、コボルド王」

 

 だが、センチネルと同じ要領でいなし、強制的にキャンセルさせた。

 

「セァァァァァ!!」

「……ハァ!!」

 

 ユウキが剣を弾き仰け反らせ、アスナが眉間をリニアーで貫く。

 

「グォォァァ!!」

 

 その攻撃が効いたのか、イルファングはぐらりと揺れ、盛大に倒れ込んだ。

 

「全員──!!囲んでいい!!」

 

 そこへ飛ぶキリトの絶叫じみた指示。剣士達は爆音のような雄叫びを上げイルファングを取り囲み、SSを容赦なく打ち込んだ。

 

 赤、緑、青、黄。色とりどりのライトエフェクトを煌めかせながら奔る刃に、イルファングのHPバーがグングンと減る。

 

「LAは譲るよ」

「そりゃどうも」

 

 ボスから離れ同時に、飛び込んでくるキリトにすれ違いざま「お前が倒せ」と激励を送る。

 キリトはその手に輝くアニールブレードを担ぐように構え、SSを発動させた。金色の光の奔流が溢れ出す。

 

「オ、オオオオォォォッ──────!!」

 

 絶叫じみた雄叫びと共に、斜めにその一撃を叩き込む。イルファングのHPバーがほんの数ドットだけ残して停止する。が、キリトの攻撃は止まらない。

 剣が下まで行ってもライトエフェクトは止まること無く、そのまま反転するように上に向かって切り上げた。

 

 片手剣2連撃SS《バーチカル・アーク》。

 

 Vの字の軌跡を残しながら放たれたSSは、今度こそイルファングのHPを全て削り取った。

 ズン、ズンと蹌踉めき後ずさるコボルドの王。そのまま倒れ込むようにしてポリゴンの欠片となり砕け散った。

 

「ハァ──!ハァ──ハァ!」

 

 イルファングが消えた後も、SSを放った体勢のまま荒い呼吸を響かせながら立ち竦むキリト。

 アスナはぺたりと座り込み、ユウキは大の字で倒れ込んだ。

 

「……やった……のか……?」

 

 誰かが、そう小さく呟く。その声がトリガーだったかのように、視界に《クエストクリア》の文字が現れた。コルと経験値も加算され、幾つかのアイテムもドロップした。

 

「お……終わった~……」

 

 ふー……と、ユウキのため息がやけに大きく響く。

 

 そして、一瞬の静寂の後、

 

「congratulation!俺たちの勝利だ!」

 

 エギルのその声と共に、大歓声がボス部屋を包んだ。




次で第一層は終わりですかね……ちょっと予定より短かったですが、まあおおかた予想通りです。
二層からも、楽しんでいってください。
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