花は色づき落ちてゆく 作:馮河
『彼』に初めて会ったのは私が中学2年生の時。
彼は小学生で、友達の弟で、小さくて無口な子。
そんな印象しか無かった。
最後に会ったのはもう随分前だ。
「おっきくなったねぇ」
「椿さんはあまり変わらないですね」
「えっと、それっていい意味で?」
「もちろんです」
そう言うと彼がニコッと笑った。
「……」
「椿さん?」
「……はっ!」
こんなことで何ときめいてるの私。
相手は年下で、遊ちゃんの弟さんなんだから。
「ううん、何でもないの……何で源君がここに?」
「実は姉に呼ばれて」
「えっ、そうなの」
私が来るって知っていて源君を呼んだ?
いや、約束したのは昨日の昼だ。
遊ちゃんは何で今日に指定したんだろう。
源君を今日呼んでいるなら鉢合わせることも予測できるはず。
あの遊ちゃんの事だ。なにも考えてえない訳がない。
「はい。聞いてませんでした?」
「聞いてないよ、というか、服着て……下さい」
「あ、ほんとだ」
「もう、着てないこと気づいて無かったの?」
「……ふふ」
「な、何?」
「何でもないです」
「その笑い方、私を馬鹿にしてるでしょ」
「違いますよ」
「遊ちゃんと同じだもん。分かるよ」
「ははっ、さすがに服着てないことぐらい気づきますって」
そう言い残すと、彼は私の腕を放して踵を返した。
「姉弟揃って私をからかうんだから」
掴まれていた手首がじんじんと痛む。
17歳……若いな。
私が彰一さんに出会った歳。
まだ恋に憧れていた歳。
あの頃の私は、どんなだったかな。
ちゃんと笑えていたかな。
大きくなった源君の背中を見ながら、そんなことをふと考えた。
「……椿さん?」
「あ、ごめんなに?」
「ブラックコーヒーって大丈夫ですか」
「うん」
「良かった、クリープ切らしているみたいで」
「遊ちゃんコーヒー好きだよね」
「僕も好きです」
「そうなんだ、やっぱり姉弟だからかな」
「ははっ、好みぐらいしか似てないですけどね」
「似てるよ」
「えっ?」
「何でもない、ごめん」
「そうですか?変だな椿さん、ははっ」
似ている。
笑い方だけじゃない。
コーヒーを淹れる仕草も。
纏っている空気も。
最後に会ったのはもう何年も前のはずなのに。
居心地がとても良く感じる。
恐るべし、宮田家。
「……あ、そうだ遊ちゃんに頼まれた事って何なの?」
「モデルです」
「それって今度のフォトコンの?」
「それが急に呼ばれたんで、俺もよく分からないんです」
「遊ちゃんらしいね」
「あんたにモデル頼みたいんだけど東京来てって、ほんと人使い荒いですよ」
「……その連絡いつ来たか分かる?」
「多分夜の7時頃です」
「7時……」
「どうしたんですか、考え込んで」
「いや、まさかね……」
源君が何かを言おうとしたその時、玄関の扉が勢いよく開いた。
「ただいま、源と椿いるわね」
「遊ちゃん、ちょっとどういうことなの」
「あーごめん、説明は後でするから」
「遊……」
「源ファインダー持ってきて、椿なにぼけっとしてんの行くわよ」
「行くってどこに……」
遊ちゃんが妖しく笑った気がした。
「いーとこ」
怪しい人には付いて行きたくないんですけど。