彼女と2度目のクリスマスを目前に控えた時に届いた『――飽きた 別れよ』というメールを受け取った悲しい男である。
これは、そんな彼のクリスマスまでのお話。
メクるにも同時に投稿しております。
――飽きた 別れよ
スマートフォンのディスプレイに表示された文字は何度、瞬きをしても変わることはなかった。
季節は冬、12月。彼女との2度目のクリスマスを目前に控えた頃の出来事だった。
「うわああああ! 『別れよ』じゃねェよ! マジで! 『別れよ』って突然言われても解れないっつーの、ホント! あれ? 今、上手いこと言えた? 言えたからってどうにもなんねーけどな、クソッ! ざけんなよ!」
狭い部屋に俺の声が響いた。隣の部屋の住人から壁ドン、煩い隣人に対して行われる意思表示を無視してスマートフォンを耳に当てる。
――お掛けになった電話番号は――
「アラララァイ!」
思わずスマートフォンをベッドに向かって叩きつける。隣の住人が先ほどよりも強く壁を殴りつけた音も今の俺には全く響かない。暗くなっていく部屋で俺は一人。ただ佇んでいた。
+++
赤く染めた髪を弄りながら俺はボーッとテレビを見ていた。
いや、ホント何なん? 俺、何かしたっけ?
自分自身に問いかけるが、答えはさっぱり出ない。近所のスーパーで買ってきたクソ安い赤ワインを喉に流し込みながら、頭を前後に揺らす。正直マズイ赤ワインだが、酔うためには最適だ。簡単に酔える、というより酔うために飲むのにピッタリだ。アルコール度数はそれなりに高いし、けっこー量が入っているし、何より安い。
「ふぅー」
アルコールの匂いがする息を吐き出し、天井を見る。酔いが回って複雑な考えができなくなってきた。きっと、あの
テーブルに置いている小箱を手に取り、上蓋を押し上げて中身を見遣る。そこには、銀色のリングが入っていた。彼女の名前に合わせた緑色の石がついた銀色のリング。サイズは右の薬指に合わせている。この指輪を贈って彼女の笑顔を見たいと思っていたらこのザマだ。辛い。
開かなくなってきた目を頑張って細く開けて、テーブルの上の煙草を手に取る。
「ふぅー」
今度はアルコールの匂いを打ち消すように煙草の匂いが部屋に広がった。彼女と同じ銘柄の煙草。赤い箱を手の中で回しながら、赤い髪をくしゃくしゃと、できるなら頭の中もぐちゃぐちゃになって何も分からなくなりたいと思いながら掻きむしる。
しかし、結果はどうにもならないという残酷なもので……。
もういいやと思い、まだ長い煙草を灰皿に押し付けて、そのままベッドへと倒れ込む。
『タクヤ、歯を磨いて寝なさい』
酒を飲んだ後、いつもだったら聞こえてきていた声が今日は聞こえなかった。そのことに気づいたと同時に俺は悟った。
ああ、もうあの幸せだった日々は戻らないんだな、と。
+++
ジリリリリリリと目覚まし時計が鳴る。億劫だ。実に億劫だ。寒いし、喉はイガイガしているし、もう起き上がりたくない。
今日の講義は隕石が学校に落ちてきて休みにならねーかな、と思いながら布団から片手だけ出して目覚まし時計の上に付いているボタンをいつもより気持ち強めに押す。しかし、力が強すぎたようで、目覚まし時計はベットから転がり落ちた上にアラームは鳴り続けている。ボタンを押しきれなかったようだ。
「ッとに……ボケナスがァ」
俺の悪態はアラームに掻き消された。舌打ちをしつつ、温かい布団から冷たい部屋に戻る。パジャマ替わりに着ているTシャツ一枚じゃ寒さはどうにも防げないらしく、いつの間にか暖房が切れていた部屋は地獄のようだ。そう、大紅蓮地獄。氷を纏っても寒くない体質になりたい、切実に。
目覚まし時計を拾い上げて、今度こそアラームを止める。すると、部屋の音が変わった。シンとする。いつもと変わらない朝。いつもと違うのは俺の気持ち。
「夢だったらよかったのに」
ベッドの横に置いているミニテーブルの上の灰皿に残されていたまだ長い煙草を見つめながら、俺は言葉を溢した。
+++
「でもよ、『好き』って一回も言ってくれなかったんだろ? 遊びだったんじゃねぇか?」
大学の食堂。いつもと変わらない喧噪、いや、クリスマスが近いということでいつも以上の賑わいのなか、一人沈んだ顔付きの俺に話しかけてきたのは小学校からの腐れ縁の杉本だ。細マッチョで革ジャンが似合っているが、今日の気温は革ジャンじゃ防げないレベルの寒さ。なんで、筋肉質な奴は無駄に寒そうな恰好をしているんだろうね?
そんな頭の中が寒そうな杉本ではあるが、俺の相談に親身に乗ってくれるいい奴だ。それで、今回の『突然、彼女から別れようメールが来たんですけど、どうしましょうか?』という難題の相談に乗って貰っているんだが……。
「それに、お前の彼女だったっていう人、絵画商だろ? 美人のネーチャンが街をぶらついている若い男に声を掛けて絵を売るっていう良くあるパターンだろ。で、お前は絵を買ってしまって、まぁ、上手くいってその女の人と付き合えた。けど、さ」
正論は時に人を苛立たせるもので。
「遊びだったんだよ、やっぱ」
「よし、服を脱げ。冬空の下に現代アートのマテリアルとしてお前を使ってやる」
「それ、最早、拷問じゃねぇか!」
「違う。あの人を悪く言ったお前の罪を雪ぐための罰だ」
「タクヤ。お前、目が怖ぇよ。マジになんなって。お前の彼女、あ、元彼女を悪く言おうとしてるって訳じゃないからさ」
“元”彼女。
そのワードで杉本にジリジリと近寄っていた俺の足が崩れ落ちた。
「タクヤ?」
杉本の声が遠くに聞こえる。ああ、こういう形で現実を突き付けられるとダメージがデカい。ホントにデカい。
フラフラと後退りして、椅子にドカッと座る。きっと、漫画なら絶望に打ちひしがれた俺の姿を真っ白にするか、魚眼レンズで写したように歪んで表現するだろう。
椅子に座り込む俺と対照的に、俺の後方に目線を移した杉本は椅子から立ち上がった。
「そろそろ時間だ。行くぞ」
「絵なんか描く気分じゃない」
「美術大の学生のセリフじゃねーよ、それ」
むんずと俺を掴む杉本。
彼に引きずられ、教室へと向かう俺の気分はまさに売られていく子牛の気分だった。
+++
筆を取る。俺、そして、彼女も好きなマリンアートの巨匠のような可憐な絵を描きたいと考えて芸大に入ったものの、理想にはなかなか近づけない。
コバルトブルーの絵具を油で伸ばす。その上から紺色を乗せて、明暗のコントラストを付けようとしても、今回は失敗だった。なんというか、線引きされたようにキッチリと別れている。そう、まるで、俺と彼女が決して交わらないと暗示するように。
「こぉおおおん!」
「山本! 奇声を上げるな!」
「さーませぇん!」
講師に怒鳴られてしまった。あー、鬱。ちなみに、“鬱”って漢字を俺は書ける。この字を書けるって人はあまりいないんじゃないだろうか? クイズ番組で見た知識だが、街頭インタビューをした所、1%も書けない漢字らしい。
それほど難しい“鬱”という漢字。では、なぜ俺がこの漢字をすらすらと書けるのかというと、中学生の時に難しい漢字をどれだけ書けるのかというゲームが流行り、常に流行の最先端を走る俺としては負ける訳にはいかないと頑張って覚えた訳だ。
そう、目の前のキャンバスの中心に大きく書いたようにクラスの友達にババンと見せたら、それから2時間、昼休みまでは俺はクラスのヒーローになることができた。放課後はどうだったって? 『部活だ、塾だ』で忙しく過ごしていた中学生の頃は一つの話題がすぐに消え去る。次の日にはお笑い芸人が歌手とともにダンスをするというテレビ番組の話題になり、一生懸命覚えた漢字が一日の栄光で終わってしまって、こっそりと涙を制服の袖で拭ったということはここだけの秘密だ。
「ふぅー」
さて、昔話はここらで終わり。
気持ちを切り替えて、目の前のキャンバスを集中して見る。四角いキャンバス。その縁の方には、綺麗なコバルトブルー、そこからグラデーション調に内側に紺色が塗り重ねられている。そして、中心には大きく黒い絵具で“鬱”と描かれていた。
「うっつううう!」
「山本! 静かにせぇ!」
「さーませぇん!」
+++
講義が終わり、再び食堂へと戻った俺と杉本。
ハートブレイクされたのにも関わらず、真面目に講義に出て、それで叱られるとかぶっちゃけあり得ないと自分の行動を棚に上げ、杉本に向かって愚痴を溢すが、杉本のヤローは冷たい目で俺を見た後、大きく溜息をつくというリアクションを返してきた。と、いうよりリアクションをそれしか返してこなかった。少し泣きたい。
そんな訳で現在、食堂の机に突っ伏して体力気力の回復を図っていると、後ろから俺を呼ぶ声がした。ゆっくりと顔を上げる。目に映ったのはライトブラウンの癖っ毛を腰の辺りまで伸ばした女性だ。俺たちの方へと小走りで向かって来る彼女に向かって右手を挙げる。
「おお、我が後輩」
「はい、あなたの後輩の
軽い挨拶を交わした俺たち。俺が座っている椅子の横に立つ聖は俺の顔を覗き込む。
「んー。先輩、顔色が悪いですよ」
「ハハハ。歯に衣を着せないで言ってもいいんだぞ。顔が悪いって。顔が悪いから、フラれたんだって」
「え!? 先輩、彼女さんと別れたんですか?」
「そう。飽きたから別れようだってさ。連絡を取ろうにもダメ。着信拒否されているか、電話を解約したかで電話は繋がらねーしよ」
「それは辛いですね」
「しかも、杉本はこんな風にスマホ弄っていて俺の話を聞いてくれねーし。そんな態度を取るなら、一方通行コミュニケーションって新曲を作ってライブするぞ、コノヤロー」
「単独事故になるから止めとけ」
「そういう冷静なツッコミはいらない! 俺だけ空回っているじゃねぇか!」
「タクヤ先輩が空回るのはいつものことですし」
「俺の味方なんていなかった!」
頭を抱える俺を、微笑を浮かべて見つめてくる聖。
「なんで笑顔なんだよ?」
「あ、いや、タクヤ先輩と杉山先輩の掛け合いが面白くて。……ごめんなさい。タクヤ先輩は彼女と別れたばかりなのに、私が笑っているって嫌な気分になりますよね?」
シュンとする聖。その子犬のような様子に少し慌てる。
「あ、そんなんじゃなくて。聖まで杉本の味方になられたら、流石にキツイなって感じで牽制を掛けたんだ。でも、今の言葉を聞いて安心した。聖は俺の味方って思えたし」
「味方だなんだと細かいことを言ってるから別れを切り出されるんだよ」
「よし! お前は俺の敵だ! 今度、お前のパソコンの『良い子は見ちゃいけませんよフォルダ』に保存されている画像を流出させてやる!」
「パソコンは持ってねーし」
「なん……だと!?」
聖との会話に割り込んできた杉本の言葉に呆気を取られる。
「嘘だ」
「嘘かよ! 性格悪いな、お前は!」
「まぁ、そんなどうでもいいことは置いておいて……」
「よくなくなくなくなくなくない!」
顔を横にブンブン振る俺を正面から真面目な顔で見つめた杉本は静かな声で言葉を繋いだ。
「その元カノに話を聞かなきゃ進まないんじゃねぇの?」
「だから、電話が繋がらないって言ってんだけど」
「会いに行けばいい。職場はどこ?」
「職場?」
「その人が働いている職場。どこ?」
「……いやいや、職場に突っ込むって迷惑だろ? 常識的に考えて」
「そ、そうですよ! その人だけじゃなくて他の方々にも迷惑になります」
「それじゃあ、ここでグダグダしゃべっているだけで解決するのか?」
杉本の言葉で、俺だけではなく俺の意見に賛同してくれた聖も言葉を失う。
「解決なんざしねぇだろ」
杉本は少し苛立ったように声を出す。声の大きさは大きくはなかったものの、杉本の言葉は妙に俺の心に突き刺さった。真っ直ぐ、杉本を見ることができず、俺は視線を地面へと向ける。
「タクヤ」
項垂れていた俺だったが、杉本の俺を呼ぶ声に視線を上げた。
「行くぞ」
「そう……だな。このままじゃ、何も解決しそうにないし。……行こうか」
「でも、いいんですか? 仕事中だと話もできる状況じゃないでしょうし」
「それもそうだ」
「なら、仕事が終わるまで待てばいいだろ? 長引いても夜の9時ぐらいには終わるだろうし、それぐらいなら待てる」
杉本の隙のない理論。いや、よくよく考えたら隙があるけど、この時の俺はそれに気づくことはできず、杉本の先導の元、なぜか一緒についてきた聖と共に電車に乗り込むのだった。
+++
「ハァ……」
溜息をつく。電車に乗り、あの人の職場まで行ってみたものの、案の定、仕事中ということで待つしかなかった。そして、待ってみたのはいいものの……。
「で、あなたがタクヤの彼女、あ、元カノですよね?」
「そうやって俺をいじめるのは止めろ!」
「ええ、
「緑さんも合わせないで!」
俺の彼女、正確に言うと元カノである緑さんの仕事が終わるのを待っていたら、時間は夜の8時過ぎ。ちょうど飯時なので、話をするのと同時に飯を食べようと提案すると、緑さんはそのクールな表情を変えないまま頷いてくれた。流石に、話だけだと緊張して逃げ出したくなるし、酒を交えつつの会話の方が、幾分か気が楽だ。
で、今はある居酒屋の個室に四人で座っている。俺と緑さんが隣同士、そして、杉本と聖が隣同士で座っていて、長方形のテーブルに対面して座っている感じだ。
「それで、話って何?」
いつもと変わらないトーンのまま緑さんは口火を切る。
「……」
何で別れようって言ったんですか? 何で連絡も取れないようにしたんですか? 何で……何で今もいつもと同じ態度でいれるんですか?
言いたいこと、聞きたいことはたくさんあった。けど、そのどれもが口から出てこず、無言の空間が作られた。
「緑さん、何でタクヤ先輩と別れたのか聞いてもいいですか?」
口を開かない俺の様子を見かねたのか聖が緑さんに向かって尋ねた。
「飽きたから」
「飽きたからって……。そんな身勝手な理由で納得できる訳ないでしょう!」
緑さんが答えた理由はメールの文面と変わらない。聖の言う通り、緑さんからの一方的な突然の最終通告だ。たった三文字の理由で納得しろというのが無理な話。通告を受けた本人である俺だけではなく、友人ではあるが他人の聖が声を荒げるのも仕方のないことだろう。
「それ以外の理由はないの」
「だったら! その『飽きた』原因の説明をしてください!」
「原因なんてない」
「ッ!」
「座れ、高槻」
テーブルを叩いて立ち上がった聖を杉本が治めるが、火が点いた聖は止まらない。
「そんなんじゃ納得なんかできないって言っているんです! タクヤ先輩がどれだけアナタのことを想っていたか知っているんですか? 知らないからそんなことが言えるんでしょうけどね! いいですか!」
「高槻!」
「んぅ……」
杉本の突然の声で聖は言葉を留めた。
「他の客に迷惑だ。座れ」
渋々と言った様子の聖は椅子に座り直し、されども、その視線は緑さんから離すことはなかった。
「それで、字府さん。アンタは飽きたからタクヤを振った。それでいいんだな?」
「ええ」
「タクヤの何が飽きたか聞いてもいいか?」
「特にこれといったものはない。私、飽きっぽい性格なの」
「……だとさ。タクヤ、お前から何か言うことはあるか?」
「いや……ない」
それは宣告。一部の隙もなく俺を打ちのめす宣告だった。もう取り戻しようがない。そんな感じを緑さんの言葉から受けた。
目の前が歪む。けど、緑さんには涙を見せたくない。だってさ、ここで泣いてるのを見られたら俺の完全敗北じゃん。俺だけ踊っていて、クルクル回っているただの道化。しかも、その動きが観客、杉本も聖も笑えないときた。
「俺、少し用があったことを思い出したからもう帰る。ここに金、置いておくから」
立ち上がりながら、財布から3000円を取り出してテーブルの上に置く。
「タクヤ、さよなら」
緑さんに背を向けたまま彼女の言葉を受け止めた。
「おい、タクヤッ!」
歩き始めた俺を追って杉本が店から出る。
「悪い、今日先に帰るから。会計頼む」
「それはいいが……」
「今日は一人にしてくれ」
痛ましい者をみるような視線を俺に注ぐ杉本を置いて、俺は自宅への道を歩み始めた。
+++
今日も今日とて朝日が昇る。俺の心の中は曇り空を通り越して土砂降りだというのに。
カーテンを開けると憎々しいほどに太陽が空に輝いていた。曇り空に開いた穴から見える黄金の光が作り出す幻想的な風景。嫌なことがあってもこうやって綺麗な空を見上げると、いつもは元気が出る。けど、今回はショックが大き過ぎた。カーテンを閉めて、服を着替える。
昨日は杉本に相談という名目で俺の話を聞いて貰うために学校に行ったが、今日はもういいだろう。二日連続で話を聞いて貰ってもしょうがないし、何より緑さんから突き付けられた別れの言葉は俺の心に深く爪痕を残した。
『さよなら』って緑さんは今まで言ったことがなかった。会った後に、それぞれの家へと帰る時には緑さんは必ず『またね』と言ってくれていた。つまり、昨日使った言葉はそういうことだろう。
――もう会うこともない
そう告げられているに違いない。
靴を中途半端に履きつぶしたまま、玄関のドアを開ける。行先は特に決めていない。とにかく、どこかへ行きたかった。
+++
銀玉が落ちる音が身の回りに溢れる。落ちていき、下の穴に飲み込まれていく銀の玉は今の俺の気持ちをよく表していると思う。心が崩れて崩れて崩れて……そして、細かく分かれた心はどこかへ行く。玉の総量が減り時々増えるパチンコと、心の総量が磨り減り時々回復する人生は似た者同士なのかもしれない。
目の前の台から射出される玉が消えた。どうやら、持ち玉を全て使い切ってしまったらしい。
「クソッ……」
煙草を灰皿にグリグリと押し付ける。もう玉が出なくなった台を最後に一度だけ、何か機械の故障とかで一玉ぐらい出てくれないかなと思って見遣るが、動くのはマッチョな男が悠々と歩いている映像が流れている画面だけだった。
踵を返してパチンコ店から外に出る。寒い。朝は太陽が出ていたから少しは暖かくなるかと思ったら、この気温だ。コートを羽織り、更に首元にはマフラーまで巻いている。そして、インナーには通常の1.5倍暖かい発熱インナーを着込んでいるというのにも関わらず寒さは俺の身を切る。
「どこが地球温暖化だよ」
雪が積もる地域なら、まだ寒くても許せた。雪の中へと頭から突っ込んで、このぐちゃぐちゃな気持ちをリセットできるから。雪が積もらない、というより雪が降ること自体が稀な地域じゃ、積もった雪へと頭から突っ込むなんて夢のまた夢。俺が緑さんと元鞘に戻るぐらい無理なこと。奇跡だ。
「奇跡……か」
ふと、思い出した。今日はクリスマス・イブ。一年に一度の奇跡が起こる日と色々な物語の中で言われている日だ。やれ、彼女がクリスマス・イブにできましただの、病気で弱っていたペットの犬がサンタさんにお手紙を書いたら次の日には病気が治っていただの、ミニスカを履いた女の子サンタが窓から入ってきましただのと多岐に渡る内容の物語だ。
いや、あえて言おう、妄想であると。
そんな諸先輩方に見習い、俺も少し妄想をしてみよう。まず、緑さんが俺の家に来る。そして、看板を掲げているんだ。それには、こう書いてある。『ビックリ大成功』と。それで、二人は仲良くクリスマスパーティーをして、そして、俺が渡した指輪を指に通してくれた緑さんが『タクヤ、大好き。抱いて』って言うと。いや、違う。緑さんはこんなことは言わない。
「タクヤ先輩!」
考え事に耽っていると、後ろから名前を呼ばれた。後ろを振り返ると、聖がその小さな体に似つかわしくない大きなお胸を揺らしながら俺に向かって走ってきている光景が目に入った。いつもなら、その様子をスマホのカメラでHDの動画撮影をした後に、杉本に送りつけて奴の反応を愉しむ所ではあるが、今はそんな気分じゃない。
しばらく、何もせずに待つ。俺の近くまで走ってきた聖は膝に手を付いて乱れた息を整えている。いつもなら、この様子を動画に撮って杉本に送りつけてやる所ではあるが、気分が乗らないので仕方ない。
息を整えたのか、聖はバッと顔を上げた。
「どこに行っていたんですか!? 心配したんですよ! 電話を何度も掛けたのに出てくれないし!」
「悪ぃ……」
「っと……そうじゃなくて。大変なんですよ、大変!」
随分と慌てた様子の聖は大きく身振りを使って、俺にとって信じられないことを告げた。
「緑さん、ニューヨークに行くって言ってました!」
「は?」
聖の言葉の意味がよく分からない。混乱状態のまま、聖の話を聞く。
「昨日、タクヤ先輩が帰った後に、私は緑さんと話したんです。それで、聞きました。……ニューヨークに行くって」
「いつ?」
「今日です! だから、早く空港に行かないと!」
緑さんのその行動の意味に思い至り、俺はそれ以上、話を聞きたくないと表すように聖に背を向けた。
「いいよ。同じ国に居たくないほど嫌われたってことだろ?」
「違います!」
聖の大きな声が俺の足を止めた。振り返る。
「違うんです。緑さんはニューヨークに行くことは会社の都合だって言っていました。それで、緑さんがあんな言葉でタクヤ先輩と別れたのは、それ以外の理由が思いつかなかったって言っていました」
「じゃあ……」
「緑さんは、緑さんは今でもタクヤ先輩のことが好きなんです」
「なら、余計に見送りに行けない」
「なんで!?」
「会うと、ニューヨークに行き辛くなるだろ? だから、緑さんも会わないように俺に別れようって言ったんだと思う」
仕方ないことだ。仕事、会社の都合で離れ離れになるなんて、星の数のように多くあること。それが、俺と緑さんの場合はたまたま日本とアメリカっていう超長距離になるって話だ。そう簡単に会いに行ける距離でもないから、緑さんは未練を断ち切るために俺と別れた。そういうことだろう。
「綺麗さっぱり諦めるよ。緑さんの重荷にはなりたくねーしな。それが、いい男って奴だ」
聖は俺の言葉を聞いて、唇を震わせた。何か覚悟を決めた顔付きになった聖は、口を大きく開き、叫ぶようにして言葉を紡ぐ。
「私は! タクヤ先輩のことが好きでした」
「へ?」
「でも、今のタクヤ先輩のことは嫌いです」
「え?」
「いつもなら、タクヤ先輩は人を引っ張っていくじゃないですか。それで皆を巻き込んで楽しませてくれる。そこが私は好きでした。けど、緑さんのことになると、一歩引いています」
自分では気づけなかった、いや、心のどこかでは気づいていたのかもしれない、けど、気がついていないフリをしていたことを聖に言葉にされる。
「タクヤ先輩」
少し伏せた目を上げる。聖の視線を正面から受けて少したじろぐ。
「緑さんは待っています。タクヤ先輩が来るのを」
「なんで……そう言える?」
「私だったら、そうだから」
そう言って聖は寂しげな笑みを浮かべた。
「同じ人を好きになったから分かるんです」
指を顔に持って行った聖は目から流れる滴を拭い、声を震わせながら言った。
「行ってください」
「聖……」
「はい」
「ありがとう」
頷く聖の横の道路に黒色の軽自動車が停まった。杉本の車だ。
聖に頭を一度下げて、車を回り込んで助手席のドアを開く。
「腹は括ったか?」
「ああ」
ドアを閉めながら、杉本を見る。
杉本は頷き、ハザードランプを消した。俺は椅子に座り、シートベルトを着けた。杉本の足がアクセルにかかった。
すぐに行きます、緑さん。
+++
空港に着いた俺たちは車を駐車場に停めると、すぐさま、空港に向かって走り出す。昨日、俺が帰った後、杉本が話を聞き出してくれた。発着口の場所も杉本は分かっているらしい。杉本について階段を二段飛ばしで昇り、空港でしか見たことがない動く床の隣を全速力で駆け抜けて動く床に乗っている人たちを追い抜かす。
全力で走ったお陰か、ターミナルのロビーには人が多くいる様子が見えた。どうやら、飛行機には搭乗していないらしい。その人たちの中に視線を泳がせる。
「緑さん!」
見つけた。緑さんの方に向かって駆け寄ると、緑さんはほんの少しだけ驚いた表情を見せた。
「タクヤ、見送りなんていいのに」
「嫌です。それは俺が嫌なんです」
「そう。アナタがそう言うってことは、聖さんはアナタに話したのね?」
「はい」
「それに、杉本さんも。口止めをしたのに」
「すんません。けど、俺たちはタクヤと緑さんのことを思って話させて貰いました」
「そうなの?」
「うす」
杉本が目で俺に合図をする。俺から緑さんへ話せという合図だ。しかし、それは遅くて。
ロビーにブザーが響いた。
「ごめんなさい、時間。せっかく来てくれたのに、話をあまりできなかったけど、嬉しかった。ありがとう」
緑さんは踵を返して、ゲートを通った。ブザーは鳴った。けど、まだ
「緑さん! また会いに行きます! 絶対に会いに行きます!」
ゲートで区切られた俺と緑さん。その外側で緑さんは笑顔を浮かべてくれた。ブザービーターが決まったと思った。
「ありがとう。さよなら」
向こう側へと消えていく緑さんの姿。その姿を見送りながら、俺は終わったと感じた。確かに緑さんの笑顔が見ることができたから試合は引き分け。だけど、得失点差で負けてしまったような感じ。この喪失感は辛い。
後ろで帰るぞと言って、足を出口の方に向けた杉本の言葉が遠くに聞こえるような気がする。聖にも、杉本にも助けて貰ったのにこの結果だなんて。
何もなくなった掌を見つめると、コートの袖が目に入った。そう言えば、緑さんと別れる前に買ったんだよな、このコート。クリスマス・イブに緑さんとデートしようと思って新調したコート。今となっては、悲しい思い出にしかならない。少しお高めな値段だったけど、帰ったら捨てよう。
そう思って、服のポケットの中に何かあったら空港のゴミ箱に捨てようと考えた俺はポケットに手を入れる。固い感触があった。取り出してみる。小箱だ。中に入っているものに気がついた瞬間、先ほど聞いた聖の声がした。
『けど、緑さんのことになると、一歩引いています』
もうここまで来たんだ。なら、最後まで行くのが俺じゃないのか? 緑さんの前でもうカッコなんかつけなくてもいいんじゃないのか? 失うものなんか何もねぇだろ! これから手に入れるなら、突っ走れよ、俺!
ロビーを走り始める。距離はほとんどないけど、超えるには十分だ。搭乗ゲートを飛び越えて、金属探知機の警報を後ろにして、俺は走る。まだ知らない緑さんの心を知るために。
+++
「緑さん!」
飛行機の前。外に一度出て乗るタイプの飛行機のため、海風に吹かれている緑さんの姿を見つけた。彼女の後ろ姿に向かって大声を出すと、彼女は今まで俺に見せたことがないほど驚いた表情で俺を見つめていた。
聖は言っていた。『緑さんは待っています。タクヤ先輩が来るのを』と。なら、確かめたい。俺が来るのを待っていたのかどうかということを。
「アナタの口からアナタの心が聞きたい! 教えてください!」
冷たい風が吹きすさぶ。その風の中、緑さんの言葉ははっきりと聞こえ、さらに予想ができない言葉だった。
「私はあなたのことが好き」
瞬きすらできなかった。
そう言って、光に照らされながら小さく笑みを溢した彼女は、この世のどんなものよりも美しくて、綺麗で、愛おしくて、きっとずっと俺の心の中に残り続けるのだろうなと思った。この一瞬を絵にしたい。そう考えてもきっと理想の目の前の光景に近づくことなんてできないし、何よりも時間が止まったこの景色は俺だけのものにしていたい。誰にも知られたくない。けど、世界中の人に自慢したい。
そんな二律背反の中、彼女の唇が止まった時の中で動いた。
「タクヤ。あなたを愛しています」
体中に電流が走った。嬉しい。
好きな人に好きだと言って貰えるのがこんなに嬉しいことだなんて知らなかった。涙で滲む視界の中、自然に俺の体は動き、いつの間にか俺の腕の中には彼女が居た。
……ここで、言わなきゃダメだ。
今日はクリスマス・イブ。サンタさん、今年の俺へのプレゼントは“勇気”をお願いします。
「みッ……緑さん!」
なんで、大事な所で噛むんだよ。俺のボケナス、ウスラトンカチ! そして、サンタクロース。勇気をプレゼントしてくれなかった貴様は許さん。いつか会うことができたなら、貴様のトレードマークの赤い服を大型雑貨店で売られているような安っぽいミニスカのコスプレ風サンタ衣装にしてやる。冬の夜空をミニスカで飛び回り、凍えて警察に職質されるがいい。
サンタクロースへの呪詛を述べながら心を落ち着かせようとしたが、全然、効果はない。心臓はバクバクしているし、膝はきっとガクガクしているだろう。視界の焦点が合わないし、全体的に景色が白いし、もうどうしよう。
普段は要らないことまでペラペラしゃべる俺の口め。こういう時こそクールな言葉を
「タクヤ、どうしたの?」
俺の胸に頭を預けた緑さんが俺の言葉を促してくれた。
緑さんの目を見て、揺らいでいた心が
……俺にとってのサンタクロースは緑さんだったんだな。
大きく息を吸う。
「俺! ニューヨークまで行けるような有名な画家になります! それで、緑さんを迎えに行って……それで! それで!」
抱きしめていた緑さんから俺の体を離す。そして、彼女の肩に両手を置いて、俺は綺麗な目を覗き込む。
「その時は、俺と結婚してください」
風が彼女の髪を揺らした。
「私たち、別れたよね?」
「え? あ、ハイ」
正直、イケる思っていました。漫画とか映画なら、ここは女の人が顔を赤らめて『ハイッ! 幸せにしてくださいね、旦那様♡』とかいう場面でしょ? 違うの?
けど、現実は残酷でクールな彼女の表情ははっきりと拒絶の色を示しているように感じた。思わず、目線を下に落としてしまう。サンタは来ないし、緑さんにはフラれるし、もうクリスマスなんて信じない。
涙が零れそうになっている俺の両頬に少し冷たい掌が添えられた。
「緑さンッ!?」
少し上げられた顔。そして、次の瞬間、唇に触れた柔らかな感触。先日まで俺の部屋にあった香りが鼻腔を擽る。
「別れたのに、結婚って性急過ぎると思う。だから、あなたさえ良かったら、もう一度、私と付き合ってください」
「え? あ、ハイ」
「そして、高名な画家になってニューヨークまで私を迎えに来てください」
「え? あ、ハイ」
「待っています。タクヤ……」
「ハイ」
「大好きです」
「俺の方が好きです」
光に照らされる中、俺と緑さんはゆっくりと目を閉じ、白い結晶が舞う中、もう一度、口づけを交わした。
体がゆっくりと離れる。緑さんは一歩引いて、俺と視線を合わせた。
「ごめんなさい。もう時間」
寂しそうな表情を浮かべた緑さん。そんな彼女の表情は可憐だった。
けど、そうじゃない。
俺が見たい緑さんの表情はこの表情じゃない。
俺は緑さんの前に跪いた。そして、ポケットから指輪を取り出して緑さんの右の小指へとそれを付ける。
「約束です。必ず迎えにいきます」
今はまだ右手の薬指。けど、いつか……俺が緑さんを迎えに行けるような男になった時はこの指輪を左手の薬指に通したい。そんな想いを汲み取ってくれたのか、緑さんは指輪をギュッと抱きしめるように左手で覆う。
「ハイ……」
そうして、見せた緑さんの表情はとても美しくて綺麗で胸が締め付けられるようで、でも心が温かくなるようで……。
このまま、ここに居たらきっと涙が零れる。俺が踵を返すと同時に緑さんも飛行機の方に体を向けた。きっと、会えるのは随分、先のことになるだろう。けど、試練を乗り越えて愛は深まるとか聞いたこともある。だから、これからの試練を乗り越えて見せよう。
額に井桁模様を作った空港の警備員さんの元へと両手を上げながら、俺は思った。
――サンタさん。来年のプレゼントの前借りってできますか?
+++
空港の警備員の人にこってり絞られた後、空港内のカフェで優雅にコーヒーを飲んでいた悪友の隣の椅子に向かい、腰を下ろす。
「上手くいったみたいだな」
「よく分かったな」
今の俺は、怒られ疲れて青い顔をしているっつーのに、何故、こいつは緑さんとのことが上手くいったと分かったのだろう?
「一部始終をロビーから見ていた」
「てめぇ……」
俺と緑さんの特別な時間をこいつに見られていたのか。確かに背中を押してくれたという恩はあるけど、それでも、見られていたくはなかった。
「一服してから帰るか」
「そうだな」
杉本と共に空港の中を歩く。感謝の言葉を口にしたいけど、なんだか照れ臭くて……。
言おうか言わまいか悩んでいると、いつの間にか喫煙所に着いていた。煙草を口に咥えた杉本はポケットの中を探っている。どうやら、ライターが見つからないらしい。その様子を見て、俺は自分のライターに火を点け、杉本の前に持っていく。
「ありがとな」
杉本の方は見ず、呟くように言葉を述べた。
「フッ」
微かに笑った杉本は俺の手にあるライターに煙草を近づけて火を点ける。杉本は何も言わなかったが、俺たちの間はそれだけで十分だった。俺も煙草を取り出して、火を点ける。雪が降る中、煙を吐き出して空を見上げる。決意表明の時間だ。
「帰るか。で! 明日からも頑張る! それで、絵を描き上げる!」
「吹っ切れたみたいだな」
「ああ。迎えに行くって約束したからな。立ち止まってなんかいられない」
「聖が寂しがるぞ」
「あっと……。『ありがとう』としか伝えられなかったから、今度は謝らなきゃな」
「そうだな」
「それで、お詫びに俺よりもいい奴を紹介する」
「は?」
「杉本。お前、聖のこと好きだろ?」
「ングッ! ゲホッゲホッ!」
杉本は何も言葉にしなかったが、その表情が雄弁に語っていた。赤く染まる杉本の顔はなかなか見ることのできないレア顔だ。ソシャゲのガチャなら☆5は固いね。
「タクヤッ! お前ッ!」
「ハハハッ!」
今日はいい日だと思う。煙草を灰皿に捨て、クリスマスソングが流れイルミネーションが光るホールに出ながら大きく伸びをする。新しい時を刻む俺を出迎えるには、これぐらい煌びやかじゃないと困る。
パンッと掌を打ち鳴らし、気合いを入れ直して、俺は前に顔を向けた。
「行くか」
+++
あれから何年経っただろう? 早いような遅いような不思議な感じがする。学者なら相対性理論だのなんだのと言い、詩人なら愛だと述べるようなこの感じ。なかなか趣深いと思う。
水場を挟んだ向かい側に堂々と立つクリスマスツリーを見上げる。後ろのビルの窓の光にも負けず、煌々と色鮮やかに光輝く。金色の像と水の装飾もいい感じだ。ハラハラとまばらに雪が降っているのも、いい感じだ。感性をビンビンに刺激されるね、ウン。
「タクヤ」
色とりどりに光り輝く街の中、一際輝いている存在が俺に駆け寄ってきた。モスグリーンのダッフルコートを着た緑さんは優雅に俺の方へと歩いて来る。去年に贈った艶やかな赤色のカシミヤマフラーがよく似合っている彼女の表情は嬉しさが零れるように自然と湧き上がっていた。
「久しぶり、緑さん」
「ええ。元気そうね、安心した」
「そんなに俺って信用ない?」
「大先生は食生活が乱れている方が多いから。カップラーメンばかりの食生活とか」
「そんなことないよ」
「どうかしら。タクヤが嘘つく時は左手の親指を右手で隠すから」
俺は慌てて両手を上にあげる。
「そういう所、変わってないね」
「ムムム……」
俺も大人になったというのに、今だに緑さんの掌の上で転がされているような気がする。しかし、それは頂けない。
「お手を」
彼女の前に跪くようにして左手を差し出す。緑さんは緑色の石が光る右手を俺の左手に乗せた。
「違います」
「え?」
「左手を」
不思議そうな顔をした緑さんはおずおずと俺の掌の上に置いていた手を交代する。俺の手に置かれた緑さんの左手を優しく握りながら、俺はそっと銀色のリングをその薬指へと通すと、緑さんの表情が変わった。
「約束、守ってくれたんだ」
「もちろんです。賞を受賞して、ここまで来れるような画家になりました。そして、今日、アナタを迎えに来ました。緑さん……」
この前とは違って、自信と勇気に裏付けされた言葉はスラスラと出てきた。サンタクロースは、今回しっかりと仕事をして俺に勇気を贈っていたらしい。
「俺と結婚してください」
「はい。幸せにしてくださいね、旦那様」
美しい笑顔を見せた緑さんと見つめ合い、キスをする。雪の結晶の後ろで口づけを交わす恋人たち。奇しくも、それは俺の受賞作の絵の構図と同じであった。
俺はクリスマスなんて信じないと言っていたが、今日からはクリスマスの奇跡というものを信じてみようと思う。なにせ……
「タクヤ、末永くお願いします」
「こちらこそ」
……腕の中に幸せを抱きしめているのだから。