ソードアート・オンライン Dragon Fang《ゲーム版》 作:グレイブブレイド
今年最初の投稿になります。
中世ヨーロッパ風の造りをしている第76層主街区《アークソフィア》。俺たちがこの街にやってきて3日が経過しようとしていた。
ラスボスである茅場晶彦を倒してもログアウトされる気配はなく、更には一部のスキルやアイテムを消失、76層以上に来たプレイヤーは75層以下の層に戻れなくなるなどの深刻なシステムエラーが発生した《76層以上の大事件》。
初めは混乱していた俺たちだったが、ようやく落ち着きを取り戻して昨日から攻略を再開した。今ここにいるプレイヤーたちは攻略組のトッププレイヤーばかりということもあって、攻略は予想以上にスムーズに進んでいた。
しかし、第75層のフロアボス戦で10人以上の攻略組プレイヤーを亡くし、ヒースクリフ団長の失踪、《76層以上の大事件》でのスキルやアイテムの消失により、攻略組は大きなダメージを受けたのだった。今のところは順調だが、この状態のままでは第75層のフロアボス戦並……それ以上の被害を伴うことだって考えられる。あまり油断できない状態だと言ってもいい。
俺は今日もキリさんとカイトさんとザックさんとアスナさんの5人で第76層の迷宮区の攻略を行い、アークソフィアへと戻ってきた。そして、街の中にある1軒の宿屋へと向かう。
ここはエギルさんが営む宿屋。他にもカフェテラスと食堂も付いており、俺たちの拠点にもなっている。
早速俺たちは扉を開けて店内に入る。時間はまだ午後の4時半頃だということもあって、俺たち以外に客はいなかった。けれども、もう少しすれば大勢のプレイヤーがやってきて店内は賑やかになる。
「お前ら今日は随分と早かったな」
俺たちが店内に入って数秒後にエギルさんが厨房の方からやって来た。
「あ、エギルさん。ただいま。今日はいつもより朝早くに行ったから、その分早く戻ってきたんですよ」
「そうだったのか。まだ飯の準備はできてないから、それまで空いているところに座ってくつろいでいてくれ」
「はい」
適当にその辺にあった1つのテーブルに腰を下ろす。水を飲んで一息ついたところで俺はあることに気が付いた。
「あれ?ところでクラインさんは?」
「さっきまでここにいたはずなんだけどな。その内戻ってくるだろ」
エギルさんはそう言って、店の厨房へと戻っていく。
そんな時だった。
急に店内が暗転。続けざまに入り口のドアが開かれ、店内にいた全員が入り口に注目する。
そしてBGMが流れ始めると同時にクラインさんが入ってきた。だが、俺たちの目に信じられない光景が入ってきた。
「待たせたね」
初めに言うが、今のクラインさんの恰好はいつもみたいに侍みたいなものではない。
ひも付きの麦わら帽子を被り、『威風堂々』とプリントされた白いTシャツを着て、その上によく分からないキラキラがジャラジャラしたデニムのベストを羽織って、下はベストと揃いのハーフパンツをはいている。それと左側の頬には水色の絆創膏が貼っている。一言で表すと物凄くダサい格好だ。
ある意味危険な予感がし、俺たちは壁際にある1つのテーブル席の方へと一気に退避した。
クラインさんはそんなことに気が付くことなく、いつの間にか入り口から店内にかけて敷かれたレッドカーペットの上を陽気にスキップして店内に入ってくる。奥までやって来ると、満面の笑顔でポーズをとってTシャツロゴの『威風堂々』の文字を見せびらかす。
「私服、初めて見ましたけど……」
「想像の斜め上を行く破壊力だ」
「もはや、どっからツッコんでいいか分かんねえ」
俺、キリさん、ザックさんが引き気味にコメントする。アスナさんはビクビクしながらクラインさんに近づき、インタビューしようとしていた。
「その服、どこで買われたんでしょうか?」
「全てオーダーメイドだ。羨ましいのか?」
自信満々にそう答えるクラインさん。それはある意味怖すぎるもので、アスナさんはドン引きして俺たちの方へと急いで退避してきた。
「やっべ。本人、気づいてねえパターンだよ」
「ここは傷つかないようにオブラートに包んで……」
ザックさんに続いて俺が言いかけている中、黙っていたカイトさんが声をあげる。
「ダサっ!!」
「か、カイトっ!?」
クラインさんを除くこの場にいた全員が思っていたことをカイトさんがストレートに言い放つ。俺たちはビクっとし、キリさんはカイトさんの名を言った。
「ダサすぎる!」
するとここでBGMはピタリと止んだ。
「これ放送事故レベルだろ。よく、こんなダッサい服着てみんなの前に出てこられるよな」
カイトさんは続けざまにクラインさんに言葉の暴力を浴びせながら、クラインさんにゆっくりと近づく。この光景を見ていた俺たちは、クラインさんが暴れだしたり、ハートブレイクしてショックを受けると言った最悪の結末を覚悟していた。しかし……。
「ダサい?誰が?誰?オレ?」
「ああ」
「フッ、見る目ねえな」
俺たちの予想に反して、クラインさんは動じる様子を見せることはなかった。そして、カイトさんの頭に自分が被っていた帽子を乗せ、俺たちの方にゆっくりと歩いて来る。
「動じてねええええ!」
そう叫びながら今いるところから逃げるキリさん。同時にザックさんとアスナさんも逃げるが、俺は逃げるタイミングを逃して取り残されてしまう。この間にもクラインさんが俺の目の前にやって来た。
「リュウ、どうして皆してオレを避けようとするんだ?」
「え、えっと……。さ、流石にちょっと……ダ……じゃなくて、個性的すぎる格好かなって……。その格好のままじゃ普通に会話できる自信ないんで……一旦休憩!」
どう回答したらいいのか分からず、自分でもよくわからないことを言ってしまう。
先ほどのクラインさんのダサい私服のせいで起こった騒ぎは落ち着き、俺たちは席に腰掛けて談笑しながらくつろいでいた。ちなみに、クラインさんはいつものようにサムライ風の衣装へと戻り、酒を飲んでいる。クラインさん曰く、これは食前酒らしい。
そんな中、白いワンピースを纏った長い黒髪の少女がやって来た。
「パパ、ママ。おかえりなさい」
「ただいま、ユイ」
「ただいま、ユイちゃん」
ユイという名の少女はキリさんとアスナさんのところに駆け寄ってくる。アスナさんは抱き付いてきたユイちゃんの頭を優しく撫でる。
この子はキリさんとアスナさんの娘のユイちゃん。キリさんとアスナさんが第22層の森で出会った子で、2人のことをパパ、ママと呼んで慕っており、2人もユイちゃんのことを実の娘のように可愛がっていた。年齢相応に可愛らしいユイちゃんだが、その正体はプレイヤーの精神的ケアを行う役割を持つAI、《メンタルヘルス・カウンセリングプログラム》のMHCP試作一号というものらしい。一度、カーディナルによって削除されそうになったが、キリさんが間一髪のところでユイちゃんを助けて消えずに済んだ。今は《76層以上の大事件》の影響で、無事に復活できたという。
ユイちゃんの正体を知っているのはキリさんの身近にいるプレイヤー……俺たちだけで、他のプレイヤーには保護者とはぐれた年少プレイヤーでキリさんとアスナさんが面倒を見ているということにしている。まあ、俺たちもたちもユイちゃんと初めて出会った時は、かなり驚いたほどだったからな。
その後、ユイちゃんも加わって夕食を取り、今日は朝早くから攻略に出て疲れていたため、それぞれ自分の部屋に戻って休むことにした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日、オレとカイトはエギルに買い出しを頼まれてアークソフィアにある市場へと来た。市場には食材から武器まで様々なものが売られており、中には怪しい骨董品を売っているNPCまでもいた。
メモに記載されているものを着々と買い集め、全てあることを確認してエギルの店に戻ることにした。帰り道、オレたちはあることに気が付いた。
「なあ、カイト。オレたちが76層を解放してから、街にいるプレイヤーの数がどんどん増えていないか?」
「ああ、そうだな。街開きに来ているプレイヤーだろう。だが、この様子だと76層に来ると下の層に戻れなくなることを知らないみたいだな」
「確かにな。アスナが下の層にいる血盟騎士団に連絡を取って何とかしてくれてはいるみたいだけど、大勢のプレイヤーに伝わるのに時間がかかるらしいぜ」
カイトとそんなことを話し合っている中、突然後ろの方から声をかけられた。
「あ、ザック!カイト!」
聞き覚えのある声だ。振り向くと、見覚えのある1人の少女がこちらに向かって走ってくる。
赤いパフスリーブの上着とフレアスカートに白いエプロン、胸元には赤いリボンというようにウェイトレスに近い服装だ。そして、髪型はベビーピンクのふわふわしたショートヘア。彼女は第47層の《リンダース》で《リズベット武具店》を営んでいるリズベットだ。
「リズ、どうしてここに来たんだ?」
「ボス攻略に向かったアンタたち攻略組が何日経っても戻ってこないんだから、店を休んでまで来てあげたんじゃないの。そんな言い方はないでしょ」
「悪い悪い」
「でもザック、アンタが無事で本当によかったわ。もちろんカイトも。アスナたちはどうなの?」
「アイツらも無事だから大丈夫だ」
「よかったぁ……」
オレやカイト、アスナたちの無事だということがわかったリズは安心したかのような表情をする。でも、今のリズは何処かいつもより元気がなさそうにしていた。
「どうかしたのか?」
「実はこの前起きた例の事件のせいで、いくつかの上級鍛冶スキルやメイスの戦闘スキルが消滅したのよ……」
「マジかよ……。それは気の毒だな……」
「そうなのよ。入ってた注文は全部キャンセルしなくちゃいけなくなって店は赤字よ。1日でも早く、鍛冶スキルを鍛え直すべきなのかもしれないけど、すぐにスキル上げに集中できるほど平常心じゃいられなくてね。情報収集も兼ねてアンタたちが無事か確かめに来たの。でも、元気そうでよかった。アスナたちにも一度会いに行くから、そろそろ行くね」
「ちょっと待てリズ」
この場を立ち去ろうとしたリズを呼び止める。
「どうしたのよ?」
話を聞く限り、リズは
「リズ、落ち着いて聞いてくれ。……実は、お前はもう75層以下の層に戻れないんだよ」
「………は?」
オレの言葉にリズはぽかんとした表情をする。それでもオレは話を続ける。
「実は76層に一度来ると、75層以下に戻れなくなるみたいなんだよ」
「現に俺たちも下の層に戻れなくて困っているんだ」
更にカイトも加わって説明するが、リズはまだそのことが信じられないような反応をする。
「えっ?って事は……あたし、自分の店に戻れないの?ま、まさかぁ~。そんな事ある訳ないじゃない。ザックはともかくカイトまで冗談がうまいんだから」
「誰がそんなこと冗談で言う?俺たちが言ったことは本当の話だ」
呆れながらも冷静にそう宣言するカイト。
「そ、そんなのやってみなくちゃ分からないじゃない!」
「おい、リズ!」
そのことを素直に受け止められなかったリズは、転移門広場へ向かって走り出し、オレたちもその後を急いで追う。
「転移、リンダース!」
リズは、転移門広場に着くとすぐに転移門を使ってリンダースに戻ろうとする。すると、叫んだ直後に青い光に包まれるが、転移されることもなくこの場にいたままだった。
「な、何だ、驚かさないでよ。ちゃんとゲートは動くじゃない……って、あれ?ここは……?」
「だから言っただろ。下の層に戻れないんだって」
「そ、そんな……。あたしの《リズベット武具店》がぁ……」
やっと下の層に戻れないことを知ったリズは、ショックを受けて泣き出した。
鍛冶スキルとメイススキルの消失に、挙句の果てに下の層に戻れなくなって自分の店を失うことになってしまったとは。まさに泣きっ面に蜂とはこういうことなんだな。今のリズを見ているとなんだか可哀想になってきたな。
オレはなんとかリズを慰めようと声をかけた。
「なあ、リズ。戻れないのは辛いだろうけど、この層にもきっといいところはあると思うぞ」
「……何よ、いいところって」
「例えば……上層なだけあって下にはないレアな金属もたくさんあるだろうしな。それに鍛冶に関係するクエストだって発生するかもしれないじゃないか」
「確かに最前線だもんね……。ドロップアイテムも採取アイテムも下層とは段違い……か。うん、それはそれで中々よさそうね。ここなら攻略組が沢山いるし、新しくお店を開き直せば、上手く商売もできるはずよね」
オレの言葉を聞いてリズは元気になった。さっきまであんなに落ち込んでいたけど、とりあえずリズが元気になってくれてよかった。
「オレにできることがあったら、協力するぜ」
「いいの?」
「もちろんだ。リズはオレの専属スミスなんだろ。お前が店を再開してくれないと誰にメンテを任せればいいんだよ?」
「ザック」
リズにはいつも槍のメンテナンスとかで世話になっているんだ。協力くらいしてやらないとな。それに、これはオレがやりたくてやることだ。
「そうとなれば、さっそく《リズベット武具店》2号店となる場所を探しに行くわ。ザックも付いてきて!」
「エギルに頼まれたものは俺が持っていくから、お前はリズに付いて行ってやれ」
「悪いな、カイト。リズ待てよ!」
カイトに荷物を預けて、先に行ってしまったリズを追いかける。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ん?あそこにいるのって……」
街の中を歩いていると、行く先に見覚えのある2人の人物がいた。1人は小柄で中性的な顔立ちで錫杖を背負った少年、もう1人は赤をベースとした服を身に纏って水色の小さなドラゴンを乗せた小柄な少女だ。
2人に近づいて声をかけてみた。
「あれ?もしかしてオトヤとシリカか?」
すると、かけられた2人は俺の方を振り向いた。
「「え?リュウ(さん)っ!?」」
俺が思っていた通り、この2人はオトヤとシリカだった。
「どうして2人がこんな最前線に来たんだ?」
「噂で聞いたんだ。なんか最前線で何か事件が起きたらしいって。最前線にはリュウたちもいるから、心配になってここまで来たんだよ」
「でも、お元気そうで安心しました」
「そうだったのか。わざわざここまで来てくれてありがとな、2人とも。おっとピナもだったな」
「きゅる」
2人にお礼を言いながら、ピナの頭を優しく撫でる。ピナは嬉しそうにして鳴いた。
「それで、最前線での事件って何があったの? 特におかしなことなんて見えないけど……」
もしかしてオトヤもシリカもここで何が起こっているのか知らずに来ちゃったのか。俺は2人が驚くのも承知の上で話すことにした。
「実はこの76層は、一度上がってくると二度と下に戻れなくなっているんだ」
「「え……ええっ!?」」
思っていた通り、オトヤとシリカは驚きの声をあげた。
「最前線で起きた事件……《76層以上の大事件》っていうのは、そのことなんだよ。オトヤたちみたいに事件の詳細が知らなくて76層に来てしまったプレイヤーも結構いるみたいなんだ。何せ、俺たちも75層以下に戻れなくなっているからな……」
「そ、そんな……。リュウとかなんとかなるけど、僕もシリカも今のレベルじゃこの階層のモンスターなんて全然歯が……」
「ど、どうしよう……」
当然ながら中層プレイヤーであるオトヤとシリカは困った表情をする。確かに攻略組である俺だったら何とかなるが、今の2人のレベルだと76層のモンスターの相手をするのはかなり難しいだろう。でも、2人は中層クラスでハイレベルプレイヤーだから、俺とか付いて行って安全なフィールドでレベル上げをすればとりあえず何とかなるかもしれない。
「なあ、2人とも。よかったら、俺と一緒にいるのはどうだ?俺の他にもキリさんたちだっているし、住む場所もエギルさんのところに行けばあるからな」
「いいの?」
「でも、そうなるとリュウさんたちに迷惑がかかるんじゃ……」
「それなら大丈夫だよ。2人がここに来てしまったのには、メッセージで2人に連絡して伝えておかなかった俺にも責任があるからな。他の皆も2人のことを歓迎してくれるよ」
「「リュウ(さん)」」
先ほどまで暗い表情だったオトヤトシリカだったが、徐々に表情が明るくなっていく。
「ありがとう、リュウ。でも、お世話になるだけじゃ申し訳ないから、僕たちも何かリュウたちの力になるよ。リュウ、前に言っていたよね。『プレイヤーは助け合い』だって」
「ご迷惑おかけしちゃうかもですけど、精一杯頑張りますから!」
前にカッコつけてそんなこと言ってしまったよな。まさかちゃんと覚えていたとはな……。目を閉じて軽く笑い、2人を見た。
「ああ、分かったよ。こちらこそよろしくな」
そして、俺はオトヤとシリカの2人と握手をした。
ちょうどその時、ザックさんからメッセージが届いた。早速見てみると、リズさんもここに来てしまったとのことだ。
オトヤとシリカ、それにリズさんまで最前線に来ることになったとはな。今でも賑やかなのに、更に賑やかになりそうだ。
そして、仲間も更に増えることになり、その中に思いがけない人物もいるということを知るのは、もう少し先の話だ。
今回はリュウ君たちが76層に来てから、数日たった頃の話として書かせていただきました。
ユイちゃんが復活し、リズとオトヤとシリカが最前線に来るとという、オトヤが加わってリズとシリカの心情が変化したこと以外はゲーム本編とあまり変わらない話となってしまいました。
しかし、それだけでは何か物足りないと思い、オリジナルとして最初にあのシーンを入れてみました。気づいた方も多いと思いますが、ビルド40話で幻さんがダサい私服を戦兎たちの前で披露するところを元にしました。このシーンは凄く面白かったので、何かの機会でずっとやりたいなと思ってました(笑)。
次の投稿はいつになるかわかりませんが、ついにこのバージョンでも彼女が登場する予定です。次回もよろしくお願いします。